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3、変革のシトリン

172、星空観賞会と人魚の悲恋

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 得体の知れない何かが確認されて、それがどう転がるか起こるかわからない、知りたい――こんなときに頼られるのが、預言者という役職者だ。 

 ホスト国である空国勢が慌ただしく報告と指示を交わしている。報告の声が「人魚の姿は見えません」と繰り返している。
 
「俺の預言者ダーウッドよ、人魚について、あるいは別の楽しそうな何かについての預言はあるか」
 フィロシュネーが豪華客船『ラクーン・プリンセス』に戻ると、同じく船上に戻った青王アーサーがワクワクした様子で問いかける声が聞こえた。

 ダーウッドはずっと船上にいて、小舟で降りるアーサーやフィロシュネーをはらはらしながら見守っていたらしい。

「アーサー陛下が良い子でしたら、星が語ってくれるかもしれませんな。その神秘を」
 ダーウッドが「考えるのも面倒」という気配で言葉を返している。

 これは預言したというより「知りません」という返事に近いニュアンスだ――けれど、アーサーは「そうか、そうか」と頷いている。
 
「ほーう、星が語るのか。では今夜は星空鑑賞会をしようか。星がどのように教えてくれるか楽しみだ」
「陛下は私の言葉をどう解釈なさったのですかな」
 
「星が良い子の俺に教えてくれるという預言だろう? お前が言ったのだぞ」
「……星がどうやって教えると?」
「だから、それがわからんから楽しみだと言ったのだ」

 ――あっ、ダーウッドが困ってる。
(適当に返事をするからよ。さては気を抜いていたわね、ダーウッド) 
 フィロシュネーは助け舟を出すことにした。

「そういえば、ハルシオン様のお部屋で人魚の本を見かけましたの。人魚に関するお話って、たくさんありますわよね。星空を鑑賞しながらお話を持ち寄って、人魚について考察する会をするのはいかが?」

(星を見ながら語るのよ、その神秘を――わたくしたちがね!)

「姫に慎重になっていただくにはどうすれば良いのでしょうね」
 サイラスの呟く声が聞こえる。

(この提案は大丈夫でしょう? 要するにそれらしいシチュエーションで神秘が語られればいいのよ――我ながら良い考え!)
 とにっこりするフィロシュネーの耳に「人が落ちたぞ!」「キャアアア!」というただならぬ声が聞こえる。

「何事ですっ?」
 見ると、サイラスが上着を脱いでざぶりと海に飛び込んでいた。そして、すぐにカタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢を抱えて海上に顔を出した。令嬢は意識がない様子で、怪我をしている様子だ。

「腹部を刺されたようです」
 わあキャアと大騒ぎする船上に引き上げられた二人に駆け寄り、フィロシュネーは治癒魔法を使った。幸い、令嬢は一命を取り留めて、船内の医務室で療養することになったのだった。

 
 * * *

 ――満天の星を見上げる夜。
 
『プリンセス・ラクーン』のスカイデッキは星空鑑賞会、兼、人魚考察会の会場になっていた。
 
 同じデッキにある展望露天風呂の順番待ちチケットを手にした招待客たちが、一定間隔で置かれた丸テーブルの周辺に配置された椅子に座り、軽食を口に運んだり人魚の話や星空の話で盛り上がっている。
 
 アーサーは婚約者候補であるミランダと一緒で、アーサーのもうひとりの婚約者候補アリスは、画家のバルトュスの後援者のグループにいた。なんとアルメイダ侯爵夫妻が並んで座り、バルトュスに絵を描いてもらっている。  
 
 警備はとても厳重だ。と、いうのも、『カタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢が刺されて海に落ちた』事件があったからだ。令嬢の意識は、まだ戻っていない。犯人も不明だ。

「我が兄ハルシオンが呪術で結界を張っていますので、ご安心ください」
 空王アルブレヒトが言い、ハルシオンがゴブレットを手に呪術の腕をアピールするように花火を見せている。
 
(やっぱり、ゴブレットに魔力を注いでいるように見えないけど……)
 ゴブレットを気にするフィロシュネーのテーブルに、紅茶と菓子のセットが届く。
 
「こういうときは、大人しくお部屋にいるのがいいと思いますけどね。普段と違う環境で、皆さま開放的になっているのでしょうか」 
 サイラスはそう言って優雅な所作でグラスを傾けている。
「それはお酒ね、サイラス」
「美味しいです。……姫にはまだ早いかと」
 
 フィロシュネーは素直に頷き、パフェスプーンを手にした。
 
 パフェグラスに入っているのは、ダイス型にカットした瑞々しい桃だ。ガラス上部には、スマイル顔をしたジンジャークッキー人形がある。
 
「こちらは姫もよくご存知の『無害な死霊くん』をモチーフにしたクッキーです。俺が特別に注文いたしました」
「なんて?」
「『無害な死霊くん』です」
 
 サイラスは淡々と告げて、菓子皿にフォークを向けている。
 
 ふわふわマフィンの上にスチームドエッグやスモークハム、パプリカやハーブ、卵とバターを使ったオランデーズソースをトッピングした菓子は、カットすると断面からとろりとしたスチームドエッグが溶けだして食欲をそそる。
 
 頭上では美しい星が無数に輝いていて、夜の海は島影をうっすらと見せつつ雄大に広がっていた。

 フィロシュネーが菓子を堪能しながら星空を鑑賞していると、サイラスはテーブルに置かれた本を手に取ってページをぱらりとめくった。
「人魚と人間の男は、恋をしたのです。人魚は男に言いました。海の底で一緒に暮らしたい、と……これは空国の港に伝わる昔話ですね」

 男は、人魚に「そうだね、俺も一緒に暮らしたい」と言ったのだ。
 すると、人魚は「では海の底にいきましょう」と言って男を海に沈めてしまう。

「しかし、人間の男は海の底では生きることができないので、不幸にも途中で息絶えてしまった。そして人魚の手を離れて浮いて流され、どこかへと行ってしまった……」
 
「悲恋のお話ですわね……こちらのお話は、死んだりしませんわよ」
 人魚の話は、いろいろあった。
「そちらのお話ですと、音楽を奏でて心を伝え合っているのですね。ミストドラゴンを思い出しますね」
「わたくし、ミニハープを弾いてみましょうか? また仲良くなれるかもしれませんもの」
「筒杖よりは可能性がありますね……ところで姫、良い子はそろそろ」

 サイラスが過保護な大人ぶって言うので、フィロシュネーはチケットを見せた。

「眠る時間だと仰りたいのよね、わかります。わたくし、展望風呂に入ってからお休みしますわ」
 
 部屋の半露天風呂も眺めが良いが、スカイデッキの展望も楽しんでみたかったのだ。
 
 フィロシュネーはチケットを手に、「わたくし、王族の権力を使うのではなくちゃんと順番を待ちましたのよ。えらいじゃない?」と自画自賛して笑った。
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