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幕間のお話2
153、本もいいけど俺も読んでみませんか
しおりを挟む青国、『名前のない都』の王城。
フィロシュネーは兄と公務をこなしていた。
朝の時間を過ごしたのは、先祖代々の英霊が眠るといわれる霊廟だ。外に出ると、快晴の世界が広がっていた。
「シュネーは学友たちとティータイムの予定があるのだったか」
「ええ、お兄様」
「では、さっさと終わらせようか」
兄である青王アーサーと一緒に、庭園を歩く。
向かう先には、湖がある。自然ではなく、人の手で造られた小さな湖だ。
侍従が用意した白い小舟に乗り、魚の形に切り取った水溶紙を湖に撒くと、魚の輪郭が柔らかにふやけて溶けていく。
霊廟で聖句を唱えて祈りをささげ、湖に水溶紙の魚を撒く。古風な儀式で、王族の公務だ。
「父上や母上も、もう安心してお休みになられているだろう。俺たちが完璧に王族の務めを果たしているからな、安泰、安泰と」
アーサーがさも「俺は完璧だ」というように自信ありげに呟く。こんな風に言うということは、そう装いたいだけで「自分が完璧」とは思っていないのだと、最近のフィロシュネーは理解していた。
「ええお兄様。お兄様がご立派なので、お父様もお母様も安心して見守っていてくださいますわ」
「まあ、見守らずに安らかにお休みいただいてよいのだがな」
兄の移り気な空の青が晴れやかに笑うから、フィロシュネーは「今のは兄にとって好ましい言葉だったみたい」と安堵した。
「それにしてもあいつらは、熱心だな」
兄の視線を追いかけると、庭園の長椅子に腰かけて何かを話し込むモンテローザ公爵と預言者ダーウッドがいる。
二人が手に広げて見ているのは、兄の婚約者候補たちの姿絵に違いない。兄には青国だけではなく、空国や紅国からも縁談が来ているのだ。
「シュネーも安心して婿を迎えるといい。俺があいつらの縁談をなんとかした後で」
「婿、ですか」
「シュネーが不自由ないように兄さんが手配してやろう」
「お、お兄様。サイラスは新居を紅国に用意していらっしゃるようですけど」
「勝手に嫁に迎えるつもりになるなと言っておけ。いや、兄さんが言っておく、お前が青国に来いと」
「まあ」
言葉を続けようとしたとき。
(あっ、死霊が……)
ふわふわとした半透明の死霊が湖の中からぷかーっと湧いて、小舟に登ろうとした。
「む」
アーサーはそれを臆することなくぎゅむっと引っ掴んで湖に捨てた。
ぺいっと捨てられた死霊は、ぷかぷかと水面を漂ってまた近づいて来る。最近、こんな風にふわふわと漂う死霊が多いのだが、アーサーは近づいて来る死霊をつまんでは「あっちにいけ」と放っていた。
死霊側が小さめのサイズでまるまる、もやもやとしており、邪悪な気配がないのと、兄が小さい動物を扱うようなノリで、周囲の侍従たちもすっかり「死霊は無害なのだ」と慣れてしまっている。
「婿を迎えること自体はいいとして、シュネー、あの神師伯とやらは大丈夫なのか。あいつが来てから死霊が湧いてるのだぞ」
「そのようですわね。でも、悪いことはしていませんし」
フィロシュネーはそっと目を逸らした。
逸らした先に噂の神師伯――サイラス本人がいる。逆光で表情が窺えないが、ひらひらと手を振っている。足元にもやもやとした黒や灰色の死霊たちが群れている……。
「姫、ご覧ください」
舟から降りると、サイラスはいそいそと招待状を見せてきた。空国王兄の紋章で封がされている。
「招待してください、と手紙を送ったところ、ハルシオン殿下は無事に招待状をくださいました」
「よかったですわね」
フィロシュネーはサイラスが送る前に見せてくれた手紙を思い出した。
誤解しようもなくはっきりと「俺は招待されたいので招待してください」と書かれた手紙は、そこはかとなく強気で、相手がハルシオンでなければ止めていたところだ。
「ハルシオン殿下は、仕方ないので渋々招待してあげます、と書いてきました」
「ふふ、そんな招待状の文面、いくらなんでも……」
笑いながら手紙を見たフィロシュネーは口をつぐんだ。
『仕方ないので渋々招待してあげます』
サイラスが言った通りの文言が書かれていた。
「……仲が良いからこその招待状ですわね」
「あの殿下と俺が? 仲が良い?」
首をかしげるサイラスを連れて、フィロシュネーは学友たちが待つ茶会に向かった。
兄アーサーは妹を見送り、モンテローザ公爵と預言者のいる長椅子に足を向けている。縁談の行く末が気になりつつも、フィロシュネーは予定を優先した。
「今日はね、当て馬アランを幸せにするお話をみんなで考える会をするのよ」
「当て馬研究会というのでしたか」
「それよ! わたくしたちは、原作で不幸せだったアランがヒロインを射止める『もしも』のお話や、原作が終わった後の続きでアランが幸せになるお話を考えるの」
「なんですかそれは」
サイラスは理解不能といった声を零してから、取り繕うように咳払いした。
「……読み終わって終わりではないのですね」
学友たちの待つ部屋の前まで来ると、サイラスは身をかがめて顔を近づけ、悪戯っぽくささやいた。
「本もいいけど俺も読んでみませんか」
――はっ?
「面白いですよ」
学友たちがキラキラした目で「今、いちゃいちゃしていました!?」と出迎えてくるので、フィロシュネーはどんな表情を浮かべたものか困ってしまった。
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