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2、協奏のキャストライト

151、お姫様にふさわしいのは/王様にふさわしいのは(2章エンディング)

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 青国、『名前のない都』の王城。
  
 フィロシュネーは自室で婚約者への手紙をしたためていた。
 窓からは、庭園が見える。群れ咲く黄色い花が風に揺れている。

「シューエンはお元気かしら。学友たちとシューエンにお手紙を書いたの。読んでくださるかしら」
「元気そうでしたよ。俺がアルメイダ侯爵を通して、手紙を読むようにと圧をかけておきましょうね。あと、婚約者への手紙にあまり他の男を心配する文言を書かないでください」
 
 相槌を打つサイラスの声がきこえる。幻聴ね――この幻聴、よく喋るわね。
 
「空国勢に招待された海上パーティにお兄様と出席するの。あなたはいらっしゃる?」
「ほう。招待状は届いておりませんが。かの王兄殿下とは親しい間柄だと思っていましたが、いざとなると俺をのけ者になさるのですね」

 幻聴が手紙に返事をしてくれる。

「兄は、わたくしが紅国に嫁ぐのではなく、あなたが婿にくるのはどうかと提案しますの。それに、自分が先に結婚するからシュネーはその後でと仰るの。でも、ご自分の婚約者選びにあまり熱心ではないのよ……あなたはこの件についてどう思います?」
「青王陛下とは話し合う必要がありそうですね」

 衣擦れの音もするし、後ろから覗き込む気配が本当にそこにいるみたい。
 
「早く会いたいわ……」
「ここにいますが」
「……?」
「背後におります。あまり無視なさらないでください」
 
 あら? 本当にいる?
 とくん、と心臓が微かな鼓動を奏でる。
 
 恐る恐る振り返って視線を上向きにする。出会った黒い眼差しは、「なぜ俺を無視するのか」と不服そうだった。
 太陽の恵みを思わせる、蠱惑的な褐色の肌。
 出会ったばかりの頃によく見せていたような、上から見下ろして目をすがめる表情。
 けれど出会った頃とぜんぜん違う、ひと目で高貴な身分とわかる衣装。

「……サイラス!」

 名前を呼ぶと、サイラスは柔らかく微笑んだ。

「これ本物?」
 幻かもしれない。もしくは、移ろいの術で騙されているのかも。
 だってここは青国の王妹の部屋で、彼は紅国の貴人だから。先触れも何もなく、ひょっこりと顔を覗かせるなんて非現実的すぎる。
「触れてみますか」
 くす、と笑って、サイラスの指がフィロシュネーの手を取る。指先が撫でられると、そこから甘い痺れがふわふわ生まれるようで、フィロシュネーは頬を火照らせた。

「会いにきました。権力とはこのように使うのですね、姫? 当然、俺を招待しない空国勢の海上パーティにもお供しますよ」
 きっぱりと言って、サイラスは視線を合わせるように絨毯に膝をついた。
「髪を撫でてもいい?」
「俺を撫でてくださるのですか?」
 それは嬉しいのだ、と教えるように黒い目が細まる。

 熟れた林檎のように上気した頬のまま、ふわふわと髪を撫でれば、実感が湧いて来る。
「俺もお返しをしてもよろしいですか」
「お返し?」
 耳に心地よい美声に頷くと、サイラスの手が髪を掬う。フィロシュネーの自慢の白銀の髪を、一束。
「美しい」
 心底、そう思っている。
 そんな声色で短く呟いて、サイラスは髪に口付けを落とした。

(この男、わたくしを殺す気だわ)
 心臓が暴れて、どうにかなってしまいそう。
 どきどきと心臓が激しく脈打つ胸を手でおさえて、フィロシュネーはそう思った。

 
* * *
 
 華やかな薔薇園を、高位貴族の代表のような公爵と呪術師が歩いている。
 
 暗い色、影の色。
 そんな色が自分には似合う。ローブを纏い、フードを目深にかぶった呪術師はそう考えている。
 
「早めに一緒に暮らしたいのだそうだよ。『姫にふさわしいのは俺です』と堂々と陛下に言い放ったのだとか」

 公爵の緑色の髪がさらりと揺れる。
 暑気に汗ばむ額にはりつく前髪を指先で払うソラベル・モンテローザ公爵は、何年経っても若々しい。彼もまた不老症なのだ。

「ところで我が国の預言者は、死ぬのをやめたの?」
「……」

 友人の温度感で尋ねられて、呪術師はそっと頷いた。
 だって、主君が頼りないのだ。かわいそうなのだ。あの青年は、まだ一人にできない気配なのだ。
 ……依存されているようなのだ。

「カサンドラやフェリシエンに『何をやってるんだ』と言われてしまうのでは?」
「気紛れです」
 すべては気紛れ。その一言で片付くことだ。
「アンネを返してしまったのも? あれ、空王にあれこれと打ち明けてしまうのでは?」
「私が対処します」

 できるだろうか。自問した瞬間に、モンテローザ公爵は見透かしてきた。
「情があるんだろう、君はもうあの子を殺せないね」
 爽やかな風のように言って、微笑んで。
 手が差し伸べられる。
 
「お姫様にふさわしいのは、やっぱりハッピーエンドだと思うんだ。そう思わない? ……アレクシア」
 
 きらきらと光めく声がそんなことを言って、呪術師は困惑した。
 自分の「気紛れ」なんて、大体は自分の国のため、自分の王のための言い訳だ。カサンドラだって「遊びですわ」と笑うけれど、その根底には「お気に入りのアルメイダ侯爵のため」というのがあったりする。
 フェリシエンはというと、あの男もあの男で「家のため」という理由がある。

 ――では、この公爵は?

 手と手が重なった、次の瞬間。
 モンテローザ公爵は、ふわりと呪術師を抱き寄せた。

 捕らえて閉じ込めるように背中に腕をまわしてから、逃げてもいいよと少し距離を空ける。

「愛しているよ、モンテローザのお姫様」
 家族の温度感で言って、モンテローザ公爵は呪術師のフードをはらりと払った。そして、あらわになった白銀の髪を父のような兄のような手で撫でて、額に慈しむようなキスを降らせた。

「死なないなら、それもいい。さて、アーサー陛下の婚約者はどうしよう。一緒に選ぼうか?」
 陽だまりのような声が言う。
 
「ソラベル。暑苦しい」
 冷たく言って、呪術師はフードをかぶりなおして距離を取った。
 
「アーサー陛下の婚約者は、私が選びましょう」
 陛下の心を傷付けた過去を思うと、ずきりと胸が痛む。

 あのやんちゃで頼りない、大切な青王陛下を支えるならば、気丈で優しくて、有能な娘がいい。彼を深く愛してくれて、私に安心だと思わせてくれる令嬢がいい。

 ――王様にふさわしいのは、さて、誰だろう。
 
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