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2、協奏のキャストライト
149、ノイエスタル様は不老症になられました
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神師伯と呼ばれるようになったサイラスは、コルテ神殿の内部にいた。
人生とはわからないものである。
農村にせっせと金を貢いでいた傭兵が、気付けば聖職者として神事をするよう求められているのだ。
「俺は愛の女神アム・ラァレの信徒なのですがね」
信徒だと言ったときに相手が意外そうにしたり疑う気配を見せるところが気に入っているのに。
コルテ神殿は、黒を基調とした建築だ。荘厳だが、陰気さも感じる。
長い通路にはふわふわと死霊も漂っていたりする。「どいてどいて」と死霊たちを退かしながら、でっぷりとした体格のマティアス高司祭がサイラスを奥へと案内してくれる。
「紅国には幾つもの神殿がありますが、その中で神師を戴くのは、現在我らコルテ神殿だけなのです!! 勝った!!」
「勝ったとは」
「神師を戴く我々コルテ神殿は他の神殿より優れているといえましょう!」
サイラスはまともに相手をするのが怠くなった。正直、傭兵時代からこの手のタイプの人間は好まないのだ。
(俺は貴い身分なのだろう。なら、この高司祭に「黙れ」と言ったり破門にしてやることもできるのでは?)
そんなことを思いつつ、首を振る。まだ就任したばかりだ。相手のことだってあまり知らない。初対面の印象はいまいちでも、実は良い人物かもしれないではないか。……あのフィロシュネー姫のように。
「神事というのはどれほど時間がかかるのでしょうか。俺は友人を探したいのですが。友人の見舞いにも行きたいですし。婚約者にも会いにいきたいのですよ」
「神師様! すぐに終わります、ぐへへ!」
悪そうな笑い方をしているぞ。大丈夫か、この高司祭。
コルテ神殿の奥には、いかにも特別な扉があった。
「ノイエスタル様、こちらが聖域に通じる特別な扉でございます」
「ほう。見るからに特別そうですね」
サイラスは扉をしげしげと鑑賞した。その扉は奇妙なデザインをしていた。
「時計ですね」
「はい、時計盤です」
扉の表面には、時計盤があった。時計の針は一本で、真上の時刻を指して止まっている。
「古の時代、それまで人々を楽園に導いてきた神々は人々の前からお姿をお隠しになり、人々と交わることなき天上の存在となったのです。しかし、特別寵愛を受けていた神師様が寂しがられていると哀れに思われたようで……」
神話語りが始まった。いけない、これは放置すると延々と聞かされるタイプの話だ。ストップをかけなければ。サイラスは慌てて口を挟んだ。
「俺にこの扉を開けることができると?」
「あ、そうでした。聖印に魔力をこめ、時計盤の北方の位置にお当てください。そして、『現在』と唱えるのです」
「……北?」
「上が北、下が南です。ご参考までに、右は東、左は西と伝えられています」
聖印を北方の位置に当てると、かちりと音がした。
「現在……」
なんだ、現在とは。謎の合言葉だ。
疑問に思いつつ唱えると、扉は開いた。
「おお! 素晴らしいっ、神師様には扉を開ける才能がおありですね! お上手です!」
なんだ、扉を開ける才能って。扉を開けるのに上手い下手があるのか。
「この先には、ノイエスタル様しか入ることを許されていません」
「祭壇に通じる階段を登って神像に挨拶するのでしたか」
「はい。神様へのご挨拶です」
神託通りに就任しました、これからよろしくお願いします、と挨拶をするだけでいいらしい。
ならば、さっさと終わらせよう。サイラスは聖域に足を踏み入れた。
階段は、白と黒が交互に並んでいる。
「……なんだ?」
一段のぼって、ぎくりとする。フワッと脳裏に見たことのない風景が過ったのだ。
「……?」
頭を振って、もう一段のぼる。すると、今度は都市を包む炎が見えた。
「なん……だ?」
階段をのぼると、その都度なにかが見える。サイラスは困惑した。不思議と、その風景は過去なのだと思う自分がいる。
人々の住む都市が燃えている。空が燃えるように赤い。天からどんどん焔を纏った灼熱の石が降ってくる。大地が割れる。海水が陸地を呑み込む。人々は、大きな箱舟に乗り込んだ。生きるためだ。
――世界が滅びる。そんな間際に、箱舟は、出航した。
一段、また一段、高みへとのぼっていく。
星空が広がる景色を、箱舟の民が見ている。身を寄せ合って生き延びようともがいている。
故郷を失った箱舟の民は、安住の地を求めていた。広い世界のどこかに自分たちが生きることのできる場所があってほしいと願いながら旅をしていた。
そろそろ階段が終わる。
もうすぐ、頂きの祭壇だ。
「よくわからないな」
のぼり切ると、奇妙な現象はおさまった。もう、何も見えない。
祭壇には、死の神コルテの像があった。
その像は、先ほどの箱舟の民の中にいた人物に似ている気がした。
「あ……挨拶をするのだったか」
時間は貴重だ。
サイラスは像に向かって礼をした。
「神託により、神使に就任いたしました。サイラス・ノイエスタルです」
短い挨拶だ。
誰も見ていない無人の空間で像に向かっているのは、微妙に寒々しい。
像は、当然ではあるが返事をしたりはしなかった。
サイラスはどこかそれに安堵しながら背を向け、恐る恐る階段をおりた。
すると、前触れなく声が響いた。
『神師は老いることなく、神聖な職務に従事することができる』
「!!」
サイラスの全身が驚愕にこわばる。
危うく階段を踏み外すところだった。心臓が落ち着かない。
「コ、……コルテ神……?」
呼びかけても、階段をのぼっても降りても、その後は何も変わったことは起きなかった。
サイラスは背にびっしょりと汗をかき、ふらふらと聖域から出た。そして、外で待っていたマティアス高司祭の心配そうな声をききながら意識を手放した。
目覚めたとき、医者は「ノイエスタル様は不老症になられました」と告げた。
コルテ神の祝福によるものだ、素晴らしい、と神殿は慶事としてその事実を世間に広めた。
「数日は外出なさらず安静にお過ごしください」
「はあ」
サイラスは自身の変化に戸惑いつつも、婚約者の姫に手紙を書いた。
「どうやら俺は長生きすることになったようです。将来は俺があなたを介護しますね」
人生とはわからないものである。
農村にせっせと金を貢いでいた傭兵が、気付けば聖職者として神事をするよう求められているのだ。
「俺は愛の女神アム・ラァレの信徒なのですがね」
信徒だと言ったときに相手が意外そうにしたり疑う気配を見せるところが気に入っているのに。
コルテ神殿は、黒を基調とした建築だ。荘厳だが、陰気さも感じる。
長い通路にはふわふわと死霊も漂っていたりする。「どいてどいて」と死霊たちを退かしながら、でっぷりとした体格のマティアス高司祭がサイラスを奥へと案内してくれる。
「紅国には幾つもの神殿がありますが、その中で神師を戴くのは、現在我らコルテ神殿だけなのです!! 勝った!!」
「勝ったとは」
「神師を戴く我々コルテ神殿は他の神殿より優れているといえましょう!」
サイラスはまともに相手をするのが怠くなった。正直、傭兵時代からこの手のタイプの人間は好まないのだ。
(俺は貴い身分なのだろう。なら、この高司祭に「黙れ」と言ったり破門にしてやることもできるのでは?)
そんなことを思いつつ、首を振る。まだ就任したばかりだ。相手のことだってあまり知らない。初対面の印象はいまいちでも、実は良い人物かもしれないではないか。……あのフィロシュネー姫のように。
「神事というのはどれほど時間がかかるのでしょうか。俺は友人を探したいのですが。友人の見舞いにも行きたいですし。婚約者にも会いにいきたいのですよ」
「神師様! すぐに終わります、ぐへへ!」
悪そうな笑い方をしているぞ。大丈夫か、この高司祭。
コルテ神殿の奥には、いかにも特別な扉があった。
「ノイエスタル様、こちらが聖域に通じる特別な扉でございます」
「ほう。見るからに特別そうですね」
サイラスは扉をしげしげと鑑賞した。その扉は奇妙なデザインをしていた。
「時計ですね」
「はい、時計盤です」
扉の表面には、時計盤があった。時計の針は一本で、真上の時刻を指して止まっている。
「古の時代、それまで人々を楽園に導いてきた神々は人々の前からお姿をお隠しになり、人々と交わることなき天上の存在となったのです。しかし、特別寵愛を受けていた神師様が寂しがられていると哀れに思われたようで……」
神話語りが始まった。いけない、これは放置すると延々と聞かされるタイプの話だ。ストップをかけなければ。サイラスは慌てて口を挟んだ。
「俺にこの扉を開けることができると?」
「あ、そうでした。聖印に魔力をこめ、時計盤の北方の位置にお当てください。そして、『現在』と唱えるのです」
「……北?」
「上が北、下が南です。ご参考までに、右は東、左は西と伝えられています」
聖印を北方の位置に当てると、かちりと音がした。
「現在……」
なんだ、現在とは。謎の合言葉だ。
疑問に思いつつ唱えると、扉は開いた。
「おお! 素晴らしいっ、神師様には扉を開ける才能がおありですね! お上手です!」
なんだ、扉を開ける才能って。扉を開けるのに上手い下手があるのか。
「この先には、ノイエスタル様しか入ることを許されていません」
「祭壇に通じる階段を登って神像に挨拶するのでしたか」
「はい。神様へのご挨拶です」
神託通りに就任しました、これからよろしくお願いします、と挨拶をするだけでいいらしい。
ならば、さっさと終わらせよう。サイラスは聖域に足を踏み入れた。
階段は、白と黒が交互に並んでいる。
「……なんだ?」
一段のぼって、ぎくりとする。フワッと脳裏に見たことのない風景が過ったのだ。
「……?」
頭を振って、もう一段のぼる。すると、今度は都市を包む炎が見えた。
「なん……だ?」
階段をのぼると、その都度なにかが見える。サイラスは困惑した。不思議と、その風景は過去なのだと思う自分がいる。
人々の住む都市が燃えている。空が燃えるように赤い。天からどんどん焔を纏った灼熱の石が降ってくる。大地が割れる。海水が陸地を呑み込む。人々は、大きな箱舟に乗り込んだ。生きるためだ。
――世界が滅びる。そんな間際に、箱舟は、出航した。
一段、また一段、高みへとのぼっていく。
星空が広がる景色を、箱舟の民が見ている。身を寄せ合って生き延びようともがいている。
故郷を失った箱舟の民は、安住の地を求めていた。広い世界のどこかに自分たちが生きることのできる場所があってほしいと願いながら旅をしていた。
そろそろ階段が終わる。
もうすぐ、頂きの祭壇だ。
「よくわからないな」
のぼり切ると、奇妙な現象はおさまった。もう、何も見えない。
祭壇には、死の神コルテの像があった。
その像は、先ほどの箱舟の民の中にいた人物に似ている気がした。
「あ……挨拶をするのだったか」
時間は貴重だ。
サイラスは像に向かって礼をした。
「神託により、神使に就任いたしました。サイラス・ノイエスタルです」
短い挨拶だ。
誰も見ていない無人の空間で像に向かっているのは、微妙に寒々しい。
像は、当然ではあるが返事をしたりはしなかった。
サイラスはどこかそれに安堵しながら背を向け、恐る恐る階段をおりた。
すると、前触れなく声が響いた。
『神師は老いることなく、神聖な職務に従事することができる』
「!!」
サイラスの全身が驚愕にこわばる。
危うく階段を踏み外すところだった。心臓が落ち着かない。
「コ、……コルテ神……?」
呼びかけても、階段をのぼっても降りても、その後は何も変わったことは起きなかった。
サイラスは背にびっしょりと汗をかき、ふらふらと聖域から出た。そして、外で待っていたマティアス高司祭の心配そうな声をききながら意識を手放した。
目覚めたとき、医者は「ノイエスタル様は不老症になられました」と告げた。
コルテ神の祝福によるものだ、素晴らしい、と神殿は慶事としてその事実を世間に広めた。
「数日は外出なさらず安静にお過ごしください」
「はあ」
サイラスは自身の変化に戸惑いつつも、婚約者の姫に手紙を書いた。
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