上 下
135 / 384
2、協奏のキャストライト

132、ここにいるのは俺の預言者だが?

しおりを挟む
 紅国の旗を掲げる第一師団が近づいてくる。
 空国の騎士団も一緒だ。
 
「ノーブルクレスト騎士団第一師団を一時的に預かっているエドウィン・インロップと申します。青王アーサー陛下」
 
 挨拶をするのは、フィロシュネーにも見覚えのある人物だった。
 歓迎交流会でサイラスに構ってほしそうにしていた伯爵だ。
 
「このたびは紅都の防衛に尽力してくださり、ありがとうございます。挨拶もそこそこに失礼いたしますが、そこにいるのは邪悪な呪術師でございますゆえ、引き渡していただきたく存じます」
 
「インロップ伯爵ではありませんか」
 サイラスが呟くと、インロップ伯爵は得意げな顔をした。
「これはこれはノイエスタル準男爵! 我々は先ほどまでフレイムドラゴンと戦っていたのだよ! 紅都を守るために!」
「お疲れ様です」 
  
(前も思ったけど、この人はサイラスに一目置かれたいのね)
 フィロシュネーは生暖かい目で見守った。
  
「シュネー、心配することはない。ダーウッドも……いやお前は心配してないかもしれないが」
 アーサーはそう言って、二人を解放して立ち上がった。
 
「我が国と貴国は友好国。助け合うのは当然であるッ!」
 
 アーサーは声が大きい。
 空気をびりびりと震わせるような威風堂々とした声には、「この場で一番偉いのは俺だぞ」という圧があった。
 
「紅国の騎士団におかれては、先ほどのフレイムドラゴン戦での勇戦ぶり、実に見事であった」
 
 アーサーはそう言って漢気おとこぎ溢れる笑顔を見せた。
 
「ところで、悪しき呪術師が出たと? フィロシュネーからも話を聞いていたのだが、困惑していたのだ。貴殿らは呪術師を追いかけていたのだとか? 詳しい話を教えてくれぬか」

 インロップ伯爵の肩をぽんっと叩くアーサーは、目が笑っていない。
 
「は……その通りでございます、青王陛下」
 インロップ伯爵は、かしこまりつつ、説明した。
「陛下もご覧になられたのではないでしょうか? フィロシュネー姫を乗せて飛翔する大きな青い鳥を?」
「うむ。美味そうな鳥であった」
「呪術師は我々の目の前で大きな青い鳥に変身し、フィロシュネー姫をさらっていかれたのです」
「なんと。けしからん蛮行であるな」
「アーサー陛下の暗殺もほのめかしていました! ご無事でなによりです!」
 
「ふむ」
 アーサーが首をかしげる。
「鳥。鳥か……」  
 
「そこにいる預言者の姿をした呪術師です。そいつが鳥に化けて姫をさらったのですよ。ですから、逃げられる前に拘束させていただきたいのです。……おわかりいただけます……よね……?」
 
 インロップ伯爵が遠慮がちな声に、アーサーは不思議そうに言葉を返した。
 
「ここにいるのは俺の預言者だが?」 
「は」
 
 アーサーはフィロシュネーと手を繋いで様子を見守っているダーウッドへと視線を移した。そして、眉を寄せた。

「お前たちは、なぜ二人で引っ付く? 引っ付くなら二人揃って俺に引っ付け。二人だけで引っ付くな、兄さんをのけ者にするな、シュネー」
「ええっ?」

 久しぶりに会った兄は、前より寂しがりやになっているみたい――フィロシュネーは戸惑った。
 
 インロップ伯爵に向けるアーサーの声は、不機嫌になっていく。
「ここにいるダーウッドは俺と一緒に青国からやってきた本物の預言者である。ニセモノがいるなら、そのニセモノを追いかけるがよい」
「は……」
「鳥が呪術師なのだろう? 俺は見ていたが、鳥はあちらに飛んで行ったぞ。追いかけるなら急ぐがよい。けいらは第一師団だったか。インロップ家は紅国の伯爵家だったと記憶しているが?」
「いかにもその通りでございます、青王陛下」
 
(まあ、お兄様。嘘をついてくださったのね)
 兄がハッキリと嘘をついたので、フィロシュネーはドキドキした。
 
 インロップ伯爵は、目に見えて青ざめている。他国の王の気分を害してしまい、家名を出されたのだ。
 『これはまずいぞ、機嫌を取り繕わないと我が家門はどうなってしまうかわからないぞ』という内心のおののきが表情にありありと出ていた。
 
「だ、第一師団はただちに――」
 配下に指示を出すインロップ伯爵に、アーサーは凍えるような声を投げかけた。これ見よがしにダーウッドを抱きかかえて。
 
「預言者がおらぬ紅国の者にはわからぬかもしれないが、預言者とは我が国において、紅国でいう聖職者……それも最高位の特別な存在である。国家の支柱である。誇りである。伯爵の肩書きを持ち、騎士団を率いる貴殿は、我が国の聖なる支柱に泥をつけたのだ」
「ひっ」
「これは由々ゆゆしき問題である」
  
 アーサーの眉間に深く刻まれた皺が、表情が、声が。大問題だ、不快だ、と訴えていた。インロップ伯爵は震えあがった。
 
「我が国の預言者を悪しき呪術師呼ばわりするとは、不快極まりない」
「し、失礼いたしました。陛下! 呪術師がそっくりに化けていて、本物を殺害したと言っていたものですから。鳥に化けて、その鳥にフィロシュネー姫が乗っていったものですから」
「本物とニセモノの区別がつかぬと言われても、俺を不快にさせた事実に変わりはない。この件については『遺憾いかん』のひとことでは済まさぬぞ」
「申し訳……」
「女王陛下に申し上げる。けいひとりの謝罪で終わらせる気はない」

 インロップ伯爵は今にも倒れてしまいそうな顔色になって、汗をだらだらと流して膝をついた。 
 その頭を見下ろして、アーサーは底冷えのする声で言い放った。
 
「汝らの職務を遂行せよ。俺は第二師団に紅都までの案内を頼むゆえ、我が国の預言者に猜疑さいぎを向けさせようとした悪しき呪術師を必ず捕えよ」
「はっ……」
 
 インロップ伯爵が必死に頷き、第一師団と共に慌てて移動していく。
 
(な、なんとかしてしまったわ。さすがお兄様)
 フィロシュネーはドキドキしながら遠ざかる第一師団を見届けた。
(でも、ニセモノなんていないのに。インロップ伯爵もちょっと可哀想ね)

 
 アーサーの視線がサイラスに移ると、サイラスは察した様子で膝をついた。

「はっ。友好国の方々は第二師団が責任を持ってご案内申し上げます」
「うむ。世話になるぞ」

 アーサーは気配をやわらかくして、ダーウッドを降ろした。
 そして、フィロシュネーに手を差し伸べて微笑んだ。
 
「シュネー、おいで」
 
 手を重ねると、兄は機嫌を良くした様子で手を揺らす。子供のように、無邪気に。

 揉め事が終わったのを見計らったように、空王アルブレヒトが寄ってくる。

「やあやあアルブレヒト陛下。置いていってすみませんでしたね」
「いえいえ、アーサー陛下。妹姫がご無事な様子でなによりですよ」
 とても親し気な様子だ。

「さて、私はあなたに用事がございます、青国の預言者どの」

 アルブレヒトはダーウッドに近づいた。そして、膝を折り、視線を合わせるような姿勢を取ったのだった。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

処理中です...