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2、協奏のキャストライト
128、だから、俺を捨てないでほしい
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その時、フィロシュネーは奇跡のような現実の中にいた。
「へ、陛下……」
「ダーウッド、お父様とお母様よ! 守ってくれているのよ!」
「アッ、姫殿下。お、お、おちついてください、ひ、ひめ……すとっぷ、すとっぷでございます」
ぐすぐすと涙声で言いながらダーウッドのローブをひっつかんでグイグイ揺らせば、ダーウッドは目を回すようにしながら背中に腕をまわしてくる。
「はう……目が回って死んでしまいそうです」
「わぁ、死なないで……」
他愛のないやり取りの間に、じわじわと実感が湧いてくる。
父と母が守ってくれている。
――二人だけではない。
白くもやもやとした半透明の死霊たちが増えていく。
そして……雪崩のようにフレイムドラゴンへと押し寄せていく。
「ギャアアアアアアアッ!!」
フレイムドラゴンが悲鳴をあげた。
それが、第一波。
続いて、山の表層から死霊以外の巨体が大空へと飛び上がる。
こちらもまた、白い。見覚えのある生き物だ。
「ミストドラゴンだわ……ダーウッド、死霊とミストドラゴンがフレイムドラゴンにぶつかっていってる……」
「そ、そのようで……これは……これは……」
ダーウッドはおぼつかない口調で首をかしげる。
「く、クラストス様はやはり特別な王の器をお持ちで、亡くなられた後に神格を得られて死霊たちの王として君臨なさったとか、でしょうか?」
夢みるような声だった。
「私は死後におそばに侍ることを許されるのでしょうか? いや……許されようと思うのがおこがましい……私は何を……」
「ちょ、ちょっと。しっかりして……その後ろ向きな感じ、やめてぇ」
抱き合う姿勢で現実に動揺する主従の視線の先で、ミストドラゴンと死霊の群れがフレイムドラゴンに体当たりするように突進していく。
フレイムドラゴンの群れは目に見えて動揺し、散り散りになって逃げだした。
ミストドラゴンの群れの中から二体が声に反応するように首をめぐらせ、こちらを見る。
「くるるぅ」
石にされていた子ドラゴンたちだ。
「あの子たち、わたくしを覚えてくれているみたい――あっ、……」
フィロシュネーたちを守るように背中を向けて浮かんでいた父と母が、ふわふわと降りてくる。
「お……お父様。お母様……」
フィロシュネーには、二人がにっこりと微笑むのがわかった。同時にふわりと手を振ってくれるから、フィロシュネーは涙を拭って笑顔を返した。そして、隣で自分にしがみついて「どうしたらいいかわからない」といった雰囲気でいるダーウッドの手を握った。
「ほら、手を振るのよ。一緒に」
「ひ、姫殿下」
握った手を揺らすと、父と母は楽しそうに笑っている。
「ふふ、うふふ」
フィロシュネーは嬉しくなった。
二人の存在が薄くなって、消えていく。
「……守ってくださってありがとうございました」
ずっとこうしてはいられないのだ。
二人がどういう状態なのかは詳しく知らないけれど、一般的に死んだあとの家族とはお別れをするものだ。
死霊になってずっとそばにいるなんて、聞いたことがない。
フィロシュネーは神聖な気持ちになった。
「わたくし、健やかです。もう大人です。大丈夫です……」
父の気にする気配を感じ取って、フィロシュネーは無言でぼんやりとしているダーウッドの頬をふにふにとつついた。
わたくしの隣でぼんやりしている人は、大丈夫じゃないかもしれないけど。
「わたくしたち、大丈夫です。そうよね」
そう仰い、と促せば、ダーウッドはハッとした様子で頷いた。
「は、はい。もちろん。それは、もちろん……」
二人が嬉しそうに頷いたのがわかったので、フィロシュネーはホッとした。
二人の姿はやがて見えなくなったけれど、後に残ったのはあたたかな感情だった。
「ねえ、このミストドラゴンたちって、お兄様のところにも連れていけないかしら。すごい援軍になると思うの」
死霊たちがふわふわと漂い、ミストドラゴンが「自分たちの縄張りを守ったぞ」という気配で群れている。
名案を思い付いたとき、フィロシュネーは遠くから近づいてくる青国の騎士団に気付いた。
「姫殿下、……援軍は必要ないのかもしれませんな……?」
「シュネー!」
凄まじい勢いで先頭の馬が駆けてくる。
騎士たちを置いて激走してくるのは、兄である青王アーサーだった。
葦毛の馬を駆るアーサーは、とても心配してくれているようだった。
二人を見るとパッと顔を輝かせて、かけがえのない宝物を見つけた少年のような顔で笑った。
「無事だったか!? ドラゴンの群れをお前が釣っていったときは、心臓が止まるかと思ったぞ……」
「お兄様……きゃっ!!」
清廉な魂の象徴めいた白銀の髪が、さらりと揺れる。
同じ色が三人分、同じ風に吹かれている。
馬から颯爽と降りたアーサーは、ガバッと二人をまとめて抱きしめた。
傾いた陽光が空の色を変えていく。
夕映えの世界は、美しかった。
フィロシュネーの耳には久しぶりに会った兄の優しい声が届く。
「帰ろう」
大切そうに抱きしめて、兄はささやくのだった。
「青国に帰ろう。兄さん、迎えにきたから」
断らないでほしい、というように、熱のこもった声を響かせるのだった。
「兄さんは青王で、神様だ。預言者が選んだ特別な王様なんだ。ダーウッドが神にしてくれたんだぞ……」
厳かに、神のような威厳をみせて、言うのだった。
「神である俺は、とても強いぞ。なんでもできるぞ。けれど、家族であり最も頼りにできる臣下であるお前たちがあまり離れていると、寂しいのだ。心配になるのだ」
不安を押し隠そうとして、余裕なふりをしようとして、うまくできない青年の声でつぶやくのだった。
「……だから、俺を捨てないでほしい」
これから夜へと向かう見事な夕映えの中で、たったひとりの兄アーサーは、そう訴えるのだった。
「へ、陛下……」
「ダーウッド、お父様とお母様よ! 守ってくれているのよ!」
「アッ、姫殿下。お、お、おちついてください、ひ、ひめ……すとっぷ、すとっぷでございます」
ぐすぐすと涙声で言いながらダーウッドのローブをひっつかんでグイグイ揺らせば、ダーウッドは目を回すようにしながら背中に腕をまわしてくる。
「はう……目が回って死んでしまいそうです」
「わぁ、死なないで……」
他愛のないやり取りの間に、じわじわと実感が湧いてくる。
父と母が守ってくれている。
――二人だけではない。
白くもやもやとした半透明の死霊たちが増えていく。
そして……雪崩のようにフレイムドラゴンへと押し寄せていく。
「ギャアアアアアアアッ!!」
フレイムドラゴンが悲鳴をあげた。
それが、第一波。
続いて、山の表層から死霊以外の巨体が大空へと飛び上がる。
こちらもまた、白い。見覚えのある生き物だ。
「ミストドラゴンだわ……ダーウッド、死霊とミストドラゴンがフレイムドラゴンにぶつかっていってる……」
「そ、そのようで……これは……これは……」
ダーウッドはおぼつかない口調で首をかしげる。
「く、クラストス様はやはり特別な王の器をお持ちで、亡くなられた後に神格を得られて死霊たちの王として君臨なさったとか、でしょうか?」
夢みるような声だった。
「私は死後におそばに侍ることを許されるのでしょうか? いや……許されようと思うのがおこがましい……私は何を……」
「ちょ、ちょっと。しっかりして……その後ろ向きな感じ、やめてぇ」
抱き合う姿勢で現実に動揺する主従の視線の先で、ミストドラゴンと死霊の群れがフレイムドラゴンに体当たりするように突進していく。
フレイムドラゴンの群れは目に見えて動揺し、散り散りになって逃げだした。
ミストドラゴンの群れの中から二体が声に反応するように首をめぐらせ、こちらを見る。
「くるるぅ」
石にされていた子ドラゴンたちだ。
「あの子たち、わたくしを覚えてくれているみたい――あっ、……」
フィロシュネーたちを守るように背中を向けて浮かんでいた父と母が、ふわふわと降りてくる。
「お……お父様。お母様……」
フィロシュネーには、二人がにっこりと微笑むのがわかった。同時にふわりと手を振ってくれるから、フィロシュネーは涙を拭って笑顔を返した。そして、隣で自分にしがみついて「どうしたらいいかわからない」といった雰囲気でいるダーウッドの手を握った。
「ほら、手を振るのよ。一緒に」
「ひ、姫殿下」
握った手を揺らすと、父と母は楽しそうに笑っている。
「ふふ、うふふ」
フィロシュネーは嬉しくなった。
二人の存在が薄くなって、消えていく。
「……守ってくださってありがとうございました」
ずっとこうしてはいられないのだ。
二人がどういう状態なのかは詳しく知らないけれど、一般的に死んだあとの家族とはお別れをするものだ。
死霊になってずっとそばにいるなんて、聞いたことがない。
フィロシュネーは神聖な気持ちになった。
「わたくし、健やかです。もう大人です。大丈夫です……」
父の気にする気配を感じ取って、フィロシュネーは無言でぼんやりとしているダーウッドの頬をふにふにとつついた。
わたくしの隣でぼんやりしている人は、大丈夫じゃないかもしれないけど。
「わたくしたち、大丈夫です。そうよね」
そう仰い、と促せば、ダーウッドはハッとした様子で頷いた。
「は、はい。もちろん。それは、もちろん……」
二人が嬉しそうに頷いたのがわかったので、フィロシュネーはホッとした。
二人の姿はやがて見えなくなったけれど、後に残ったのはあたたかな感情だった。
「ねえ、このミストドラゴンたちって、お兄様のところにも連れていけないかしら。すごい援軍になると思うの」
死霊たちがふわふわと漂い、ミストドラゴンが「自分たちの縄張りを守ったぞ」という気配で群れている。
名案を思い付いたとき、フィロシュネーは遠くから近づいてくる青国の騎士団に気付いた。
「姫殿下、……援軍は必要ないのかもしれませんな……?」
「シュネー!」
凄まじい勢いで先頭の馬が駆けてくる。
騎士たちを置いて激走してくるのは、兄である青王アーサーだった。
葦毛の馬を駆るアーサーは、とても心配してくれているようだった。
二人を見るとパッと顔を輝かせて、かけがえのない宝物を見つけた少年のような顔で笑った。
「無事だったか!? ドラゴンの群れをお前が釣っていったときは、心臓が止まるかと思ったぞ……」
「お兄様……きゃっ!!」
清廉な魂の象徴めいた白銀の髪が、さらりと揺れる。
同じ色が三人分、同じ風に吹かれている。
馬から颯爽と降りたアーサーは、ガバッと二人をまとめて抱きしめた。
傾いた陽光が空の色を変えていく。
夕映えの世界は、美しかった。
フィロシュネーの耳には久しぶりに会った兄の優しい声が届く。
「帰ろう」
大切そうに抱きしめて、兄はささやくのだった。
「青国に帰ろう。兄さん、迎えにきたから」
断らないでほしい、というように、熱のこもった声を響かせるのだった。
「兄さんは青王で、神様だ。預言者が選んだ特別な王様なんだ。ダーウッドが神にしてくれたんだぞ……」
厳かに、神のような威厳をみせて、言うのだった。
「神である俺は、とても強いぞ。なんでもできるぞ。けれど、家族であり最も頼りにできる臣下であるお前たちがあまり離れていると、寂しいのだ。心配になるのだ」
不安を押し隠そうとして、余裕なふりをしようとして、うまくできない青年の声でつぶやくのだった。
「……だから、俺を捨てないでほしい」
これから夜へと向かう見事な夕映えの中で、たったひとりの兄アーサーは、そう訴えるのだった。
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