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2、協奏のキャストライト
125、わたくし、死にたくありません。でも、ひとりで助かりたいわけでもありません
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フレイムドラゴンが咆哮とともに炎のブレスを吐き出す。
フィロシュネーを乗せた大きな鳥のダーウッドは機敏な動きでそれを避けた。
「的が大きいから、当てやすいですわ」
筒杖を赤い群れに放てば、閃光と爆音が轟く。
フレイムドラゴンの群れはパッと散って速度を落とした。
爆音や燃焼音が近くて、本能的な恐怖を煽られる。でも、薄く半透明の膜のような結界が身体の周囲にめぐらされていて、フィロシュネーを守ってくれている。
きっと、炎をかぶったりしてもこの膜があれば大丈夫なのだ。そう自分を鼓舞しつつ、フィロシュネーは心配になった。
移ろいの術を使い自分を乗せて飛翔しつつ、呪術をつかうダーウッドの疲労が刻一刻と蓄積されていく。その気配が肌で感じ取れるからだ。
だんだんと鳥の背は揺れ始め、高度が下がり、速度が鈍化していく。
フィロシュネーは必死に治癒魔法を使い、励まそうとした。シンプルにスピードで引き離したりできたらいいのだけど、この様子だと無理かもしれない。
(シュネー、考えるのよ。上に乗って守られるだけでなく、頭も使わないと)
眼下には、森が広がっている。
近くに小高い丘が見えた瞬間、脳裏にサイラスの声が蘇った。
『メクシ山といいます』
フィロシュネーはダーウッドを励ました。
「もう少し頑張れる? あの山まで飛べる? 霧の中に身を隠したらどうかしら」
「では、そちらに……姫殿下に隠れていただいて……」
弱々しい声がする。
「あなたも隠れるのよ」
この鳥さんは、死にたがりだ。
大切な他者が守れたら、自分は死んでもいいと思っているタイプなのだ。
フィロシュネーは必死に言葉を探した。
「わたくし、わたくし、死にたくありません。でも、ひとりで助かりたいわけでもありません」
わかるでしょ?
わかっているでしょう?
フィロシュネーはぎゅっと鳥に抱き着いた。
「あなたも一緒じゃなきゃ、いやなの。だから、あなたは自分も助かるようにしないとだめなのよ」
返事を返すことなく、けれど鳥の頭が山を見て進路を変える。
フィロシュネーには、その動きがとても緩慢に思えた。
燃え盛る炎をフレイムドラゴンが吐きだして、ガクリと落下するように高度が下がる。
「きゃ!」
悲鳴をあげる頭上を、ぶわりと炎が通過していく。その瞬間に、全身を包んでいた薄い防護の膜が空気に溶けるように消えた。
心配と焦りを感じながらも、フィロシュネーは力を振り絞って治癒魔法をかけた。
「もう少しだけ頑張って! 私たちは逃げ切るんだから、絶対に諦めないで!」
けれど、鳥の翼はふらつき、霧の及ばないひらけた草地へと落ちていく。
「あ、あっ!?」
かくりと鳥の頭が下を向いたまま、翼を動かすこともない。落ちているのに慌てる様子もなく、ただ力を失っている。
気を失っている――そう悟った瞬間、ゾッと全身が粟だった。
「きゃ、ああああああ!!」
下に引っ張られる力を強く感じる。
大地の深いところには濃厚な魔力の層があって、そこが地上のあらゆるものを自分のほうへと引っ張っているのだ。
後ろへと流れていた風景が、驚異的な速さで上に流れていく。
地面に叩きつけられる悲劇的な結末を予感し、全身を強張らせた。
しかし。
ふ、と落下速度がゆるやかになって、何か柔らかなものにふんわりと受け止められたみたいになる。
霧だ。
なかったはずの霧が、周囲にもやもや、ふわふわ漂っている。
「ふぁ……」
思わずぽかんと口をあけて間抜けな声をこぼすフィロシュネーの周囲で、真っ白な霧はクッションのようになりながら二人を地面へと降ろしてくれた。
「し、しまった」
着地の感覚で目が覚めたのか、ダーウッドがハッと気づいて鳥から人の姿に戻る。
「ここは――」
フィロシュネーは、その身体にぎゅっとしがみついた。
「ド、ドラゴン……」
霧の向こう、上空から赤い群れが追ってくるのがわかる。
恐ろしい思いでそれを見上げていると、視界に変化が起きた。
霧の中から、くっきりとした半透明の人間の姿をした死霊が二体、姿を現したのだ。
ふわふわと宙に浮いて、二体は両腕を広げてドラゴンから守るようにしている。
ダーウッドが驚いた様子で目を見開いている。
教えられなくても、フィロシュネーには、それが誰なのかがわかった。
男性と、女性。
高貴な魂。
やさしい気配。
確かに感じる、特別なつながり。
「お父様、お母様……!」
二人を守ろうとしているのは、父と母の霊だった。
呼んだ瞬間、ゆらゆらと輪郭を不安定に揺らしながら二人の顔がはっきりと自分をみる。
半透明の姿は、一生懸命な気配をのぼらせていた。
表情はゆらゆらしていて、とても優しそうで、愛情深くて、……フィロシュネーを見ると幸せそうに微笑むのだ。
「……っ」
あふれる涙に、視界が歪む。
父は、母は、このような魂なのだ。
自分を見守っていてくれて、守ってくれるのだ。
それが、フィロシュネーのお父様とお母様なのだ。
フィロシュネーを乗せた大きな鳥のダーウッドは機敏な動きでそれを避けた。
「的が大きいから、当てやすいですわ」
筒杖を赤い群れに放てば、閃光と爆音が轟く。
フレイムドラゴンの群れはパッと散って速度を落とした。
爆音や燃焼音が近くて、本能的な恐怖を煽られる。でも、薄く半透明の膜のような結界が身体の周囲にめぐらされていて、フィロシュネーを守ってくれている。
きっと、炎をかぶったりしてもこの膜があれば大丈夫なのだ。そう自分を鼓舞しつつ、フィロシュネーは心配になった。
移ろいの術を使い自分を乗せて飛翔しつつ、呪術をつかうダーウッドの疲労が刻一刻と蓄積されていく。その気配が肌で感じ取れるからだ。
だんだんと鳥の背は揺れ始め、高度が下がり、速度が鈍化していく。
フィロシュネーは必死に治癒魔法を使い、励まそうとした。シンプルにスピードで引き離したりできたらいいのだけど、この様子だと無理かもしれない。
(シュネー、考えるのよ。上に乗って守られるだけでなく、頭も使わないと)
眼下には、森が広がっている。
近くに小高い丘が見えた瞬間、脳裏にサイラスの声が蘇った。
『メクシ山といいます』
フィロシュネーはダーウッドを励ました。
「もう少し頑張れる? あの山まで飛べる? 霧の中に身を隠したらどうかしら」
「では、そちらに……姫殿下に隠れていただいて……」
弱々しい声がする。
「あなたも隠れるのよ」
この鳥さんは、死にたがりだ。
大切な他者が守れたら、自分は死んでもいいと思っているタイプなのだ。
フィロシュネーは必死に言葉を探した。
「わたくし、わたくし、死にたくありません。でも、ひとりで助かりたいわけでもありません」
わかるでしょ?
わかっているでしょう?
フィロシュネーはぎゅっと鳥に抱き着いた。
「あなたも一緒じゃなきゃ、いやなの。だから、あなたは自分も助かるようにしないとだめなのよ」
返事を返すことなく、けれど鳥の頭が山を見て進路を変える。
フィロシュネーには、その動きがとても緩慢に思えた。
燃え盛る炎をフレイムドラゴンが吐きだして、ガクリと落下するように高度が下がる。
「きゃ!」
悲鳴をあげる頭上を、ぶわりと炎が通過していく。その瞬間に、全身を包んでいた薄い防護の膜が空気に溶けるように消えた。
心配と焦りを感じながらも、フィロシュネーは力を振り絞って治癒魔法をかけた。
「もう少しだけ頑張って! 私たちは逃げ切るんだから、絶対に諦めないで!」
けれど、鳥の翼はふらつき、霧の及ばないひらけた草地へと落ちていく。
「あ、あっ!?」
かくりと鳥の頭が下を向いたまま、翼を動かすこともない。落ちているのに慌てる様子もなく、ただ力を失っている。
気を失っている――そう悟った瞬間、ゾッと全身が粟だった。
「きゃ、ああああああ!!」
下に引っ張られる力を強く感じる。
大地の深いところには濃厚な魔力の層があって、そこが地上のあらゆるものを自分のほうへと引っ張っているのだ。
後ろへと流れていた風景が、驚異的な速さで上に流れていく。
地面に叩きつけられる悲劇的な結末を予感し、全身を強張らせた。
しかし。
ふ、と落下速度がゆるやかになって、何か柔らかなものにふんわりと受け止められたみたいになる。
霧だ。
なかったはずの霧が、周囲にもやもや、ふわふわ漂っている。
「ふぁ……」
思わずぽかんと口をあけて間抜けな声をこぼすフィロシュネーの周囲で、真っ白な霧はクッションのようになりながら二人を地面へと降ろしてくれた。
「し、しまった」
着地の感覚で目が覚めたのか、ダーウッドがハッと気づいて鳥から人の姿に戻る。
「ここは――」
フィロシュネーは、その身体にぎゅっとしがみついた。
「ド、ドラゴン……」
霧の向こう、上空から赤い群れが追ってくるのがわかる。
恐ろしい思いでそれを見上げていると、視界に変化が起きた。
霧の中から、くっきりとした半透明の人間の姿をした死霊が二体、姿を現したのだ。
ふわふわと宙に浮いて、二体は両腕を広げてドラゴンから守るようにしている。
ダーウッドが驚いた様子で目を見開いている。
教えられなくても、フィロシュネーには、それが誰なのかがわかった。
男性と、女性。
高貴な魂。
やさしい気配。
確かに感じる、特別なつながり。
「お父様、お母様……!」
二人を守ろうとしているのは、父と母の霊だった。
呼んだ瞬間、ゆらゆらと輪郭を不安定に揺らしながら二人の顔がはっきりと自分をみる。
半透明の姿は、一生懸命な気配をのぼらせていた。
表情はゆらゆらしていて、とても優しそうで、愛情深くて、……フィロシュネーを見ると幸せそうに微笑むのだ。
「……っ」
あふれる涙に、視界が歪む。
父は、母は、このような魂なのだ。
自分を見守っていてくれて、守ってくれるのだ。
それが、フィロシュネーのお父様とお母様なのだ。
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