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2、協奏のキャストライト
123、だから、悪党の呪術師は笑うのだ。
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青国勢がざわりとする。
正義の騎士たちが剣の切っ先を向けて「悪しき呪術師」と糾弾したのが、彼らの預言者だったからだ。
「な、なにをっ……」
「呪術師だと」
――終わりだ。預言者ごっこは、もうおしまいだ。
ダーウッドは杖をにぎり、静かに立ち上がった。
預言者の装いは、基本は質素なフード付きのローブ姿だ。
フードを目深にかぶると顔が隠れてミステリアスになるし、コッソリ気を抜いて居眠りしても意外とバレなかったりする。
オルーサが長い年月かけて培った「預言者」という役職には、神秘的なイメージがついている。
何を言っても周りは特別扱いして、ありがたがって、発言を重んじてくれる。
この手に握る杖を軽く掲げて、いつも自信満々に落ち着き払って預言をしてきたのだ。
床にこつんと杖の底をつけると、全員が静まって言葉を待つのだ。
それが恐ろしく感じたときもあれば、快感だったときもある。
――ああ。
生まれた子供に名前をつけて、成長を見守って。
年月を気にするようになって。
見守っていた誰かが老いて亡くなったあとの墓を訪ねて、子孫たちに喜ばれて。
子孫の成長を見守って、看取って。
……それが延々とつづいて、今に至るのだ。
フードをはらって無感情な顔を見せると、騎士たちがどよめいた。
「カーリズ公爵の言っていた特徴にも当てはまる。鳥が変身する姿を目撃したものもいる……!」
「ちょ、ちょっとお」
フィロシュネー姫は慌てた様子でミニハープを置いて立ち上がった。そして、剣を怖れる様子もなく、窓辺にいる悪党の前に立って両腕を広げた。
武器も持たないのに、かよわい細腕で庇うように立つのだ、この姫は。
「ち、違いますわよ。何をおっしゃるの? ここにいるのはわが国の預言者……」
守ろうとしてくれるのだ。
なんて、いとしい。
ずっとずっと見守ってきた一族の姫君が、こんな風に好意を見せてくれるのだ。
そんなの、情を抱くなというほうが無理ではないか。
いとしくて、いとしくて、たまらなくなってしまうではないか。
「ククッ……」
だから、悪党の呪術師は笑うのだ。
とびきり邪悪に、冷笑するのだ。
「愚かなお姫様……ああ、なんてお馬鹿さんなのでしょう! まだ私に騙されていて……愉快、愉快」
「ダーウッド……っ!?」
何を言い出すのかと驚き、焦っている様子のフィロシュネー姫に、ずきりと心が痛む。
けれど、表情に出すことはない。
「ニセモノなのですよ、私は。預言者ダーウッドではないのです。化けていたのです」
声は見下すように、あざ笑うように放つのだ。
「ああ、私が預言者だとまだ信じていらっしゃるのですね? なら、教えて差し上げましょうね」
カサンドラとの打ち合わせでは、預言者が悪党の呪術師だとバレて捕まって、適当なタイミングで逃げて、おしまい。
(けれど、世の中にはアドリブというものがあるのですよ、カサンドラ。台本と違う預言をする欠陥品として、オルーサ様にもよく怒られたものです)
「青国の預言者ダーウッドは、即位式のあとで私が神の元に送って差し上げました。成り代わっても誰も気づかないものだから、楽しくて楽しくて。ついつい、姿を愛用してしまったのですよね」
これでいい。
愛用の杖を投げ捨てて、大きな鳥へと姿を変えた。
預言者は実在して、青王アーサーを選んだけれど、悪党の呪術師の犠牲になったのだ。
この筋書きなら、アーサー様の神性は疑われない。守ることができるのだ。
「術を使ったぞ! ま、間違いない……!」
高笑いでもして逃げ去ろうか、と窓際で翼を広げたとき、伝令が叫ぶ声が響く。
「青国騎士団より伝令、伝令!」
「貴国の王都を狙うフレイムドラゴンの群れを発見。しかしご心配召されるな、我らが守って差し上げるので。でも一応、万が一に備えておいてもよいかもしれませんね……」
まる暗記した言葉をそのまま唱えました、といった伝令だった。
物々しい現場に「ややっ? この騒ぎは何事です!?」と驚いている。
(……アーサー様)
鳥の心臓が、どきりと跳ねた。
フレイムドラゴンと嬉々として戦うやんちゃな青王の姿が目に浮かぶよう。
あの方なら、率先して群れに突っ込んでいくのではあるまいか。
そして、一斉に炎のブレスを浴びせかけられて……あの大きくて鋭い爪に引き裂かれたりして……太い尾に打たれたりして……。
「青国騎士団……青王、アーサー」
するりと言葉がくちばしを突いて出る。
ああ、私は嘘吐きだ。
詐欺師だ。悪党だ。こんなにたやすく、嘘を思いつく。
「ちょうどいい。あの神は目障りだと思っていたのです。どれほど勇ましくフレイムドラゴンと戦っているか知りませんが、邪魔してやりましょうね」
邪悪に宣言すれば、この場にいる騎士たちは正義の旗をかかげて必死に追いかけてくるに違いない。
それはそのまま、アーサーの援軍になるのだ。
「教えてあげましょう! フレイムドラゴンも、私がおびき寄せたのです。青王さえ死ねば、ドラゴンの群れは即刻紅都に押し寄せて民を大虐殺しますよ!!」
哄笑して羽ばたき、大空へと翔けあがる。
南に向かえばいいのだろう。強く翼を上下させたとき、ふと強い違和感をおぼえた。
「……姫殿下!?」
なんと、鳥の背にはフィロシュネー姫が乗っている。
「華麗にひらりと乗ってみせましたわ!!」
そんな風に得意満面に言いながら。
ダーウッドを疑う様子も問いただすこともなく、言うのだ。
「お兄様を助けにいくのね」
――と。
正義の騎士たちが剣の切っ先を向けて「悪しき呪術師」と糾弾したのが、彼らの預言者だったからだ。
「な、なにをっ……」
「呪術師だと」
――終わりだ。預言者ごっこは、もうおしまいだ。
ダーウッドは杖をにぎり、静かに立ち上がった。
預言者の装いは、基本は質素なフード付きのローブ姿だ。
フードを目深にかぶると顔が隠れてミステリアスになるし、コッソリ気を抜いて居眠りしても意外とバレなかったりする。
オルーサが長い年月かけて培った「預言者」という役職には、神秘的なイメージがついている。
何を言っても周りは特別扱いして、ありがたがって、発言を重んじてくれる。
この手に握る杖を軽く掲げて、いつも自信満々に落ち着き払って預言をしてきたのだ。
床にこつんと杖の底をつけると、全員が静まって言葉を待つのだ。
それが恐ろしく感じたときもあれば、快感だったときもある。
――ああ。
生まれた子供に名前をつけて、成長を見守って。
年月を気にするようになって。
見守っていた誰かが老いて亡くなったあとの墓を訪ねて、子孫たちに喜ばれて。
子孫の成長を見守って、看取って。
……それが延々とつづいて、今に至るのだ。
フードをはらって無感情な顔を見せると、騎士たちがどよめいた。
「カーリズ公爵の言っていた特徴にも当てはまる。鳥が変身する姿を目撃したものもいる……!」
「ちょ、ちょっとお」
フィロシュネー姫は慌てた様子でミニハープを置いて立ち上がった。そして、剣を怖れる様子もなく、窓辺にいる悪党の前に立って両腕を広げた。
武器も持たないのに、かよわい細腕で庇うように立つのだ、この姫は。
「ち、違いますわよ。何をおっしゃるの? ここにいるのはわが国の預言者……」
守ろうとしてくれるのだ。
なんて、いとしい。
ずっとずっと見守ってきた一族の姫君が、こんな風に好意を見せてくれるのだ。
そんなの、情を抱くなというほうが無理ではないか。
いとしくて、いとしくて、たまらなくなってしまうではないか。
「ククッ……」
だから、悪党の呪術師は笑うのだ。
とびきり邪悪に、冷笑するのだ。
「愚かなお姫様……ああ、なんてお馬鹿さんなのでしょう! まだ私に騙されていて……愉快、愉快」
「ダーウッド……っ!?」
何を言い出すのかと驚き、焦っている様子のフィロシュネー姫に、ずきりと心が痛む。
けれど、表情に出すことはない。
「ニセモノなのですよ、私は。預言者ダーウッドではないのです。化けていたのです」
声は見下すように、あざ笑うように放つのだ。
「ああ、私が預言者だとまだ信じていらっしゃるのですね? なら、教えて差し上げましょうね」
カサンドラとの打ち合わせでは、預言者が悪党の呪術師だとバレて捕まって、適当なタイミングで逃げて、おしまい。
(けれど、世の中にはアドリブというものがあるのですよ、カサンドラ。台本と違う預言をする欠陥品として、オルーサ様にもよく怒られたものです)
「青国の預言者ダーウッドは、即位式のあとで私が神の元に送って差し上げました。成り代わっても誰も気づかないものだから、楽しくて楽しくて。ついつい、姿を愛用してしまったのですよね」
これでいい。
愛用の杖を投げ捨てて、大きな鳥へと姿を変えた。
預言者は実在して、青王アーサーを選んだけれど、悪党の呪術師の犠牲になったのだ。
この筋書きなら、アーサー様の神性は疑われない。守ることができるのだ。
「術を使ったぞ! ま、間違いない……!」
高笑いでもして逃げ去ろうか、と窓際で翼を広げたとき、伝令が叫ぶ声が響く。
「青国騎士団より伝令、伝令!」
「貴国の王都を狙うフレイムドラゴンの群れを発見。しかしご心配召されるな、我らが守って差し上げるので。でも一応、万が一に備えておいてもよいかもしれませんね……」
まる暗記した言葉をそのまま唱えました、といった伝令だった。
物々しい現場に「ややっ? この騒ぎは何事です!?」と驚いている。
(……アーサー様)
鳥の心臓が、どきりと跳ねた。
フレイムドラゴンと嬉々として戦うやんちゃな青王の姿が目に浮かぶよう。
あの方なら、率先して群れに突っ込んでいくのではあるまいか。
そして、一斉に炎のブレスを浴びせかけられて……あの大きくて鋭い爪に引き裂かれたりして……太い尾に打たれたりして……。
「青国騎士団……青王、アーサー」
するりと言葉がくちばしを突いて出る。
ああ、私は嘘吐きだ。
詐欺師だ。悪党だ。こんなにたやすく、嘘を思いつく。
「ちょうどいい。あの神は目障りだと思っていたのです。どれほど勇ましくフレイムドラゴンと戦っているか知りませんが、邪魔してやりましょうね」
邪悪に宣言すれば、この場にいる騎士たちは正義の旗をかかげて必死に追いかけてくるに違いない。
それはそのまま、アーサーの援軍になるのだ。
「教えてあげましょう! フレイムドラゴンも、私がおびき寄せたのです。青王さえ死ねば、ドラゴンの群れは即刻紅都に押し寄せて民を大虐殺しますよ!!」
哄笑して羽ばたき、大空へと翔けあがる。
南に向かえばいいのだろう。強く翼を上下させたとき、ふと強い違和感をおぼえた。
「……姫殿下!?」
なんと、鳥の背にはフィロシュネー姫が乗っている。
「華麗にひらりと乗ってみせましたわ!!」
そんな風に得意満面に言いながら。
ダーウッドを疑う様子も問いただすこともなく、言うのだ。
「お兄様を助けにいくのね」
――と。
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