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2、協奏のキャストライト

105、青空の商会戦線1~ふたつの契約と王妹の剣

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 ここに、二人の王族がいる。
 それぞれ空国の王兄と青国の王妹として愛国心を抱いて、向かい合っている。

「われわれ二国は、元を辿れば、ただひとつのカントループの国だったのです。オルーサの支配下に置かれてからなぜか二つに分かれたようですが、カントループはどちらの国の民も愛しいと思っています」
 
 ハルシオンは商業神の聖印をお守りのように握りしめ、外した仮面を見つめた。自分とカントループは別なのだ、と意識している。だから「私」と言わずに「カントループ」と言うのだ。フィロシュネーにはそう思えた。
 
「ですから、青国と手を結んで二国の立場を強くする、というアルブレヒトの方針には大賛成なのですよ」
「わたくしも、空国とは仲良くしたいと思っていますわ」

 兄アーサーから届いた手紙の内容は、理解している。
 フィロシュネーが微笑めば、ハルシオンは嬉しそうに指を折りながら考えを共有してくれた。
 
「仲良く一緒に紅国に恩を売りましょう、シュネーさん。まず……私が解呪用の魔導具を開発すると、私はノイエスタルさんにひとつ恩を売れますね」
「そうですわね」
「解呪用の魔導具開発はノイエスタルさんとの契約です。彼は報酬を払い、魔導具を使って手柄を立てるでしょう。問題解決、めでたいですね! でも、それですと紅国の騎士が問題を解決しただけになってしまい、われわれは紅国に恩が売れないのです」

 なんだか話の方向性があやしい。あれえ?
 フィロシュネーはどきどきした。ハルシオンは反応をうかがうような目をしている。

「シュネーさん、……せっかく紅国が何に困っていてどうしたいのかわかっているのですから、恩を売る機会は逃したくありませんよねえ?」 
「お待ちになってハルシオン様」
「待ちません! よい子のシュネーさん、お話は最後まで聞いてください!」
 ハルシオンは拒絶される前にと指を立てた。
  
「私はなにも、お手柄を横取りしたり商売上の契約違反をするつもりはないのですよ。依頼いただいた魔導具はつくりますし、納品いたします。ただ、そこで終わらずにもっとサービスしてあげるのです。ノイエスタルさんもにっこりではないでしょうか?」

「サ、サービスをしてあげる?」
「ええ! 助けて差し上げるのです。ミランダ! 紙とペンを」
 
 ハルシオンが書類をしたためる。

『この契約書は、下記に署名する各当事者(以下「契約当事者」と称す)の神聖なる家系の名誉と繁栄のために、協力と共同の精神に基づき締結されるものである。
 本契約の目的は、契約当事者間の協力関係を築き、双方の王国の繁栄と発展を促進することである……』

 差し出されたのは、契約書だ。
(これは軽率にサインはできないわよ、シュネー。あやしい文章がないかちゃんと読むのよ) 
 ハルシオンは親しいが、油断していると何をしでかすかわからない相手でもある。フィロシュネーは隅々まで文章を読み込み、ペンを執った。

「念のため一文を加えてもよろしいでしょうか、ハルシオン様?」
「どうぞ、シュネーさん」
 ハルシオンがニコニコと頷いた。
「では」

『共有された情報は機密情報として取り扱われ、他者に漏洩することはない』
 これは大切なことね――フィロシュネーは文を書き足した。

「シュネーさん、せっかく考えてくださったところ申し上げにくいのですが、その文……情報を活かしにくいですね」
「あら」  
 ハルシオンは文をさらに書き足した。

『共有された情報は、契約当事者および契約当事者が指定する信頼できる者に対して、共同の目的の達成に必要な範囲内でのみ機密情報として取り扱われる』 

「これでいかがでしょうか、シュネーさん」
「……よいのではないかしら」
 フィロシュネーは頷いて、自分が先に書いた文に訂正線を引いた。
 
 サインを交わすと、ハルシオンは嬉しそうにはにかんだ。
「形のなかった私たちの関係が、契約の形で目に見えるようになりましたね。素晴らしい! この一枚のもたらす、私とあなたが協力関係にあるという安心感といったら……」
 

 ――こうしてこの日、二人は協力関係を結んだのである。
 

 * * *
 
 
 明るい夏の日差しを受けて、白銀の髪がきらきらと煌めく。
 フェニックスに化けたダーウッドがフィロシュネーのそばで神々しさを演出すると、集まった騎士たちは感極まったように吐息をこぼし、表情を引き締めて真剣に耳を傾けた。

「カントループ商会は、先の二国間紛争で窮地のわたくしを保護してくださった商会です。彼らは今、紅国の悪い商会に目を付けられているみたいなの。おかわいそうに」
 
 フィロシュネーは愛らしく声を響かせた。
 
「わたくし、自分の騎士団を動かしてカントループ商会をお手伝いして差し上げたい気分なの。困っているときは、お互いさまだもの……! 外交官を通して紅国に騎士団の活動許可をおねだりしたら、こころよくお許しくださいましたわ」

 というのが、騎士団を動かす表向きの事情だ。

「安心して武勇をふるってくださいませね」
 
 フィロシュネーは筒杖を指揮杖のように振った。
 フェニックスの姿に化けたダーウッドが杖の動きに指揮されるように上空を飛翔して火の粉をきらきらと降らす。煌めく火の粉は空中で溶けるように消えていく。
 
(綺麗ね)
 フィロシュネーは感嘆した。  
(触れても熱くない。わたくしの小鳥さんは、器用ね) 
 
 その幻想的で神々しい演出は騎士たちの士気も高揚させている。演出を台無しにしないように、フィロシュネーは優雅に声を響かせた。
 
「わたくしに加護をくださる神鳥様は、真実を教えてくださいます。青空と神鳥の加護のもと、太陽の妹、青王アーサーの杖、聖女にしてエリュタニアの王妹にしてノルディーニュの友、フィロシュネーが唯一絶対の正義を掲げましょう」 

 氷雪騎士団が一斉に剣をかかげる。元が寄せ集めの騎士たちは、毎日誇らしげに練習してきた動作をそれはもう張り切ってやって見せた。

「我らは王妹殿下の剣にして、大空と海を統べる王者の盾。胸に宿りしは、勇気と」
 シューエンが凛々しく唱えると、「よしきた!」とばかりに声が続く。
「博愛!」
「高潔!」
「信念!」

「正義は我らにあり!」
 溌剌とした声がピッタリ揃うと、聞いている側も背筋が伸びる。

(よくできました)
「卿らの献身と努力を誇らしく思います」
 
 フィロシュネーはにっこりと微笑んだ。
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