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2、協奏のキャストライト

100、アーサーの禁じられた初恋

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 大陸の中央東側、サン・エリュタニア青国の『名前のない都』で、青王アーサーは、妹フィロシュネーが生まれた日を思い出していた。
 
 フィロシュネーが生まれたのは、アーサーが八歳のときだった。
 
 周囲はどことなく普段と違って、ピリピリしていた。父譲りの繊細な気性を胸に秘めたアーサーは怖さを隠すように槍を一心に振り続けていた。

 妹の誕生の知らせはそんな王城の空気をやわらかに明るく変えてくれた。
 
「妹の誕生は、とても喜ばしいのだ」
「妹のおかげで、みんなが怖くなくなった」
 八歳のアーサーは、そう思った。

「アーサー、あなたの妹よ」
 母妃が妹に会わせてくれた日、アーサーは初めて乳児を見た。
「だーう、だぁ」 
   
 初めて会った妹はふにゃふにゃしていて、なにか言っていた。言うというより、鳴いていた。動物みたいだ。アーサーは、そう感じた。そして、人間も動物なのだと思った。
 
 動物が人間で、人間が王族を名乗って、預言者が王様を選んでくれて、選ばれたら神になる。
 アーサーはそれがなんだかとても気になった。
 
(立派な服を着ただけで、中身は同じなんじゃないだろうか)
 ……そんな気がしたのだ。
 
「アーサー、そんなに怖がらなくてもだいじょうぶよ」
 母妃が優しく微笑んでくれる。

(俺は今、怖がっていたのかな?)
 アーサーは自分を恥じた。
(妹は、俺が怖くないのかな? 無防備だな) 

 赤子は、近づいただけで悪い影響を与えてしまったりしないか、触れたら壊してしまわないかと心配になるほど無垢でか弱い生き物だった。
 触るとあたたかで、嬉しくなった。
 
(この妹は、守ってあげないといけない存在だ)
 アーサーはそう思った。 
 
 母妃はアーサーの頭を撫でて抱き寄せ、ちいさく慈愛のこもった声で「アーサーはお兄様になったのよ」とささやいた。アーサーはそのとき、昨日までと違う肩書きが自分に追加されたのだと思って、自分が強くなったような気分になったのだった。
 
 自分が強い生き物だと思うと、今度は妹が心配になった。
 この弱い生き物に、どう接したら泣かせずに済むのだろう。嫌われずに済むだろう。怪我をさせてしまったりしないだろうか……。

 
 * * *
 

「アーサー陛下~、青王陛下~」
「どちらにいらっしゃるのかしら」

 空国の外交団を迎え、歓待したパーティの夜。
 華やかに着飾った令嬢たちが、青王アーサーを探す声がする。その声でアーサーは現実に意識を戻した。

 令嬢たちはアーサーが妃探しをしていると知って、その心を射止めようと乗り出したのだ。実際のところ、妃探しというのは預言者探しのカモフラージュだったのだが。
 
「ちょうどいいではありませんか、アーサー陛下。お好みの令嬢を選んでは」
「アルブレヒト陛下。俺は最近気づいたのだが、麗しい令嬢たちに囲まれるのは得意なほうではないのだ、ははは……」
 
 アーサーはうんざりとしながら、友人アルブレヒトと一緒に中庭へと移動した。アルブレヒトは今のところ退位することなく、持ちこたえている。
 理由はハッキリしていた。実は先日、生真面目なアルブレヒトは自国民を集めて広場で自分と兄の未熟さを詫び、匿名での支持投票をさせたのだ。その結果、意外にも民はアルブレヒトを支持してくれた。アルブレヒトは、それで元気を出したのだ。

(投票した民は全体の数からすると少数だし、美形の青年王が高貴なオーラ全開で直前に耳障りのよい演説をしたものだから好印象を受けてそのまま支持したのではないかな)

 アーサーはそう思った。

(アルブレヒトが空王として適しているかどうかなど、そもそも民に判断がつかないのだ。預言者に逃げられたのは大きく印象を下げているだろうが)
 
「シュネーからの手紙が届いたのです。外交官や騎士からの報告書も。妃探しよりも俺は手紙を読みたいですね」
「私も兄からの手紙を読みます」
 薄紫の花が咲く中庭で、二王は一緒に手紙をひらいた。
 
「兄は、ネネイが紅国にいると知らせてくれました」
「騎士や外交官の報告によると、俺の預言者はシュネーといるようです」
 
 アーサーは安堵した。もしかすると死んでいるかもしれない、とも思っていたのだ。アーサーは預言者という生き物に精通していないが、不老症の人物がふらりと死を決意して死ぬのは知っていた。父に成りすましていたオルーサも、よく「そろそろアーサーに王位を譲ってパパは死ぬよ」などと言っていたのだ。
 王位を譲られたあとは、きっとアーサーに成り代わるつもりだったのだろう。そう思うと、ぞっとする。
 
「生きているならよかった」
「よかったですね」
 二人は同じ気持ちを共有しつつ、情報交換をした。

「シュネーによると、ミストドラゴンは人の言葉を理解して、音楽を好む生き物のようです。ドラゴンか……いいなあ。筒杖という道具が気に入ったようですね。俺が教えた魔法を使ったと、得意げに書いていますよ。可愛いな」 

「兄によると、紅都ではボヤ騒ぎが多いのだそうです。放火魔がいると書いていますね。それと、真っ白な死霊がたくさん紅都の周辺にいて、フレイムドラゴンはそれを苦手としていると……筒杖とはなんです? アーサー陛下?」

 アーサーが手紙を見せると、アルブレヒトは「その筒杖とやらを改良・量産して魔呪銃部隊をつくってはいかがでしょうか」とアイディアを語った。
「魔呪銃部隊。いいですね、一緒に実現させましょう、アルブレヒト陛下」
 
 この友人は、面白いことを思いつく。
 アーサーはわくわくしながらアルブレヒトのグラスにワインを注いだ。 
 前向きになった友人の空王アルブレヒトは、アーサーにとって心休まる男友達であり、王様業という恐ろしく大変な仕事に共に立ち向かう唯一無二の存在だ。
 
「野生の竜を捕獲し、ドラゴン騎士団をつくるのも浪漫がありますね」
「騎乗用魔法生物の牧場をつくるのはいかが」 

 ところで、ぺったんことはなんだろう。手紙を見るアーサーには、その部分だけがピンとこなかった。
 
「アルブレヒト陛下、ぺったんことは……」
 アーサーは友に尋ねようとして、近づいてくるモンテローザ公爵に気付いた。
 
 ソラベル・モンテローザ公爵は、国内で最も権勢の強い名門名家当主だ。
 不老症でもある公爵は、若々しい外見で、緑色の髪に橙色の瞳をしている。
 
「こちらにいらっしゃいましたか、アーサー様」
 モンテローザ公爵はアーサーの強力な支援者だ。誰よりも信用できて、頼れる味方だ。
 父のような好意的な微笑みをたたえたモンテローザ公爵を、アーサーは一時期「俺はこの公爵を将来義理の父と呼ぶのだ」と思っていた。彼の病弱な娘アレクシアをアーサーの婚約者にしていたからだ。周囲に反対される中、アーサーのわがままによって成立させた婚約だった。


 ――ふわり。
 微風に花が揺れて、甘い香りが記憶を誘う。
 

『アーサー殿下。モンテローザ公爵令嬢に近付いてはいけませんぞ』
   
 アーサーの初恋は、預言者ダーウッドの預言から始まった。
 それはモンテローザ公爵家が主催するパーティを数日後に控えた日の預言だった。

 預言者の言葉は、絶対だ。
 アーサーはそれをわかっていた。いつもは預言者が「いけませんぞ」と言えば、従っていた。
 
 けれどそのとき、アーサーは預言にそむいた。
 
 理由は簡単で、あれは初めての恋だったのだ――たぶん。
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