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2、協奏のキャストライト
97、歓迎交流会4~もっとグイグイ迫らないとスパダリにはなれないんじゃないですか
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サイラスは、インロップ伯爵に絡まれていた。
「呪術師を捕まえたのだよ! ノイエスタル準男爵、見たかね!」
「決闘していたので見ていませんでした」
「ン……。決闘していたなら仕方ないな。では説明してやろう、今回の警備コンセプトを。このドワーフ兵たちは火につよ……あっ、こら。聞きたまえ? ノイエスタル準男爵ぅ? 聞いてッ?」
(あの方、サイラスに構ってほしいんじゃないかしら)
フィロシュネーが見ていると、サイラスは近付いてくる。
「姫の勝利にお祝い申し上げます」
「ありがとう、サイラス。わたくし、ズルをしないで挑んだという事実が一番誇らしいわ。迷ったのだけど」
素直な声色で言えば、サイラスは愉快な生き物に出会ったような顔で微笑した。
「ズルを迷っていらしたのですか。姫のご気性では、ズルするにも一苦労でしょうね」
言ったあとは、何かを期待するようにフィロシュネーのリアクションを待っている。
(これはたぶん、「そちらもおめでとう」と言って欲しいのではないかしら)
フィロシュネーはシューエンと、その手首に刺繍つきリボンを結んであげているセリーナを見て悩んだ。
(紅国の騎士と青国の騎士が決闘をしたのよ。交流というのは建前みたいなもので、少なくとも青国側は「許さないぞー、勝つぞー!」って意気込んでいたのよ)
……青国の王妹として、シューエンやセリーナのお友達として、「サイラス、勝利おめでとう」なんて言えるぅ?
「……サイラスはなぜウェストリー伯爵公子の騎士になったの?」
責めるような口調にならないようにと気を付けながら問いかけると、サイラスは一拍置いてから「仕事です」と答えた。
「別の騎士が出る予定でしたが、いろいろあって私が」
自分のことを「俺」ではなくて「私」と言っている。これは紅国の騎士としてのお仕事モード。公私を切り替えているアピールだ。
「そう。お仕事……」
フィロシュネーが返す言葉を選んでいると、聞き覚えのある声が茶化してくる。
「格好良いところを見せたかったのもあるんですよ! ねえ?」
いつものグレートヘルムを外しているが、この声は従士ギネスだ。赤毛と深い青色の瞳をしたギネスは、面倒見のよさそうな顔をしていた。
「まあ、そうです」
サイラスは否定しなかった。正直だ。照れる様子もない。事実ですが何か? という顔だ。
「あ、あなた。わたくしが青国側だとわかって……いえ、いいわ」
フィロシュネーは悩んだ。決闘はあくまで建前上、「交流」なのだ。
(お仕事お疲れ様、と労うべき?)
「では、失礼」
迷っているうちに、サイラスは一礼して離れて行こうとする。その後ろに従うギネスは、どことなく残念そうな目をしていた。
「褒めてもらえなかったですね。やっぱもっとグイグイ迫らないとスッパーリンにはなれないんじゃないですか」
「スパダリ?」
「それそれ!」
今、恋愛物語用語が出てきた気がする。フィロシュネーが首をかしげていると。
「フィロシュネー殿下」
小さな声が後ろからかけられた。シューエンだ。フィロシュネーは振り返った。
「僕は、決闘を通して健全に交流をしたと認識しております。よき戦いでした。ご参考までに、実力に差はございましたけれど、僕は勝って格好つけるつもり満々でした。勝負に挑む男って、そんなものでございます」
シューエンは少年らしい純朴な声色で、照れたように笑う。その身長が以前より伸びていることに気付いて、フィロシュネーは少年の成長を感じた。
「自分の鍛錬がおよばないのがわかって悔しいのはさておき、ノイエスタル卿も勝負に挑むにあたって『勝って格好つけるつもり』だったと思うのです。生まれや国は違えど、しょせんは同じ男……僕にはわかるのでございます」
ぽふりと背中を押してくれる手は、あたたかかった。
「つまり、あいつがフィロシュネー姫殿下にのこのこ寄ってきた魂胆はみえみえなのです。褒めてほしいのでございますっ」
褒めてやれ、という手に勢いをもらって、フィロシュネーはサイラスの背中を追いかけた。
言葉をかけていた女王が先に気付いて、後ろを見てごらんなさいと微笑む様子が楽しげだ。
「姫。いかがなさいましたか」
視線が絡むと、不意をつかれたようにサイラスが瞬きをする。
この男は、時折こんな風に隙を見せる。
フィロシュネーは胸がぽかぽかとあたたかくなるのを感じながら、つくりものではない自然な笑顔を浮かべた。
「サイラス。わたくし、あなたが勝つのは当たり前だと思っていますわ。だって、あなたは強いのですもの」
「それはそうでしょうね」
サイラスは「意外でも何でもない」という顔をしている。この成り上がり騎士は、自分の腕に自信があるのだ。
「あなたが勝って、わたくしは嬉しいです。でも、わたくしの学友の騎士が敗者になったから堂々と応援したり喜びにくいのです。次の機会があれば、今度はわたくしが喜びやすい状況で格好よいところを見せてくださる?」
そうすればわたくし、一生懸命応援して、心の底から大喜びして、自慢できるわ。
フィロシュネーがそう言葉を捧げると、サイラスは優雅に一礼して。
「では、次はそのように」
……と約束してくれた。
「サイラス、ちょっとかがんでくださる?」
「仰せのままに?」
フィロシュネーが求めると、お兄さんな温度感でサイラスが姿勢を低くしてくれる。フィロシュネーはちょっと背伸びするようにして、サイラスの頬に唇を寄せた。
小鳥がついばむみたいな可愛らしいキスを贈ると、立派な騎士の格好をしたサイラスは驚いた様子で硬直する。その様子がフィロシュネーの気分を浮き立たせた。
「よしよし、しめしめ」
イタズラ成功、とにっこりして淑女の礼を見せると、女王がはしゃいだように拍手してくれた。
「わらわの騎士は、少し奥手すぎるようですね。姫殿下のほうがリードしているではありませんか」
「おそれいります……」
女王は、フィロシュネーに好意的なようだ。
(わたくし、この女王陛下とも仲良くなれるかしら?)
フィロシュネーは新しい縁に希望を抱きつつ、クリストファーの存在を思い出した。
「あっ、わたくし、大切なお仕事をしないといけませんわ」
フィロシュネーは気分よくドレスをひるがえして学友たちのもとに一度戻った。そして、蒼白になっているクリストファー・ウェストリー伯爵公子に迫った。
「オリヴィア、例のものを」
「ええ、姫様」
オリヴィアが張り切って婚約の証書とクリストファーの手紙を広げ、周囲によく見えるようにした。
「紅国のクリストファー様は、わたくしの大切な学友セリーナと家同士の結びつきのために婚約をしました。けれどクリストファー様はセリーナへの手紙で浮気を告白したばかりか、セリーナに無実の罪を着せようとしたのです」
オリヴィアが肩をそびやかして言い連ねる。
「これは、紳士としての振る舞いでもありませんし、分別ある貴族として失格ではありませんこと?」
――クリストファー・ウェストリー、許すまじ。
フィロシュネーは獲物を追い詰める捕食者の気分になって、優雅に微笑んだ。
「呪術師を捕まえたのだよ! ノイエスタル準男爵、見たかね!」
「決闘していたので見ていませんでした」
「ン……。決闘していたなら仕方ないな。では説明してやろう、今回の警備コンセプトを。このドワーフ兵たちは火につよ……あっ、こら。聞きたまえ? ノイエスタル準男爵ぅ? 聞いてッ?」
(あの方、サイラスに構ってほしいんじゃないかしら)
フィロシュネーが見ていると、サイラスは近付いてくる。
「姫の勝利にお祝い申し上げます」
「ありがとう、サイラス。わたくし、ズルをしないで挑んだという事実が一番誇らしいわ。迷ったのだけど」
素直な声色で言えば、サイラスは愉快な生き物に出会ったような顔で微笑した。
「ズルを迷っていらしたのですか。姫のご気性では、ズルするにも一苦労でしょうね」
言ったあとは、何かを期待するようにフィロシュネーのリアクションを待っている。
(これはたぶん、「そちらもおめでとう」と言って欲しいのではないかしら)
フィロシュネーはシューエンと、その手首に刺繍つきリボンを結んであげているセリーナを見て悩んだ。
(紅国の騎士と青国の騎士が決闘をしたのよ。交流というのは建前みたいなもので、少なくとも青国側は「許さないぞー、勝つぞー!」って意気込んでいたのよ)
……青国の王妹として、シューエンやセリーナのお友達として、「サイラス、勝利おめでとう」なんて言えるぅ?
「……サイラスはなぜウェストリー伯爵公子の騎士になったの?」
責めるような口調にならないようにと気を付けながら問いかけると、サイラスは一拍置いてから「仕事です」と答えた。
「別の騎士が出る予定でしたが、いろいろあって私が」
自分のことを「俺」ではなくて「私」と言っている。これは紅国の騎士としてのお仕事モード。公私を切り替えているアピールだ。
「そう。お仕事……」
フィロシュネーが返す言葉を選んでいると、聞き覚えのある声が茶化してくる。
「格好良いところを見せたかったのもあるんですよ! ねえ?」
いつものグレートヘルムを外しているが、この声は従士ギネスだ。赤毛と深い青色の瞳をしたギネスは、面倒見のよさそうな顔をしていた。
「まあ、そうです」
サイラスは否定しなかった。正直だ。照れる様子もない。事実ですが何か? という顔だ。
「あ、あなた。わたくしが青国側だとわかって……いえ、いいわ」
フィロシュネーは悩んだ。決闘はあくまで建前上、「交流」なのだ。
(お仕事お疲れ様、と労うべき?)
「では、失礼」
迷っているうちに、サイラスは一礼して離れて行こうとする。その後ろに従うギネスは、どことなく残念そうな目をしていた。
「褒めてもらえなかったですね。やっぱもっとグイグイ迫らないとスッパーリンにはなれないんじゃないですか」
「スパダリ?」
「それそれ!」
今、恋愛物語用語が出てきた気がする。フィロシュネーが首をかしげていると。
「フィロシュネー殿下」
小さな声が後ろからかけられた。シューエンだ。フィロシュネーは振り返った。
「僕は、決闘を通して健全に交流をしたと認識しております。よき戦いでした。ご参考までに、実力に差はございましたけれど、僕は勝って格好つけるつもり満々でした。勝負に挑む男って、そんなものでございます」
シューエンは少年らしい純朴な声色で、照れたように笑う。その身長が以前より伸びていることに気付いて、フィロシュネーは少年の成長を感じた。
「自分の鍛錬がおよばないのがわかって悔しいのはさておき、ノイエスタル卿も勝負に挑むにあたって『勝って格好つけるつもり』だったと思うのです。生まれや国は違えど、しょせんは同じ男……僕にはわかるのでございます」
ぽふりと背中を押してくれる手は、あたたかかった。
「つまり、あいつがフィロシュネー姫殿下にのこのこ寄ってきた魂胆はみえみえなのです。褒めてほしいのでございますっ」
褒めてやれ、という手に勢いをもらって、フィロシュネーはサイラスの背中を追いかけた。
言葉をかけていた女王が先に気付いて、後ろを見てごらんなさいと微笑む様子が楽しげだ。
「姫。いかがなさいましたか」
視線が絡むと、不意をつかれたようにサイラスが瞬きをする。
この男は、時折こんな風に隙を見せる。
フィロシュネーは胸がぽかぽかとあたたかくなるのを感じながら、つくりものではない自然な笑顔を浮かべた。
「サイラス。わたくし、あなたが勝つのは当たり前だと思っていますわ。だって、あなたは強いのですもの」
「それはそうでしょうね」
サイラスは「意外でも何でもない」という顔をしている。この成り上がり騎士は、自分の腕に自信があるのだ。
「あなたが勝って、わたくしは嬉しいです。でも、わたくしの学友の騎士が敗者になったから堂々と応援したり喜びにくいのです。次の機会があれば、今度はわたくしが喜びやすい状況で格好よいところを見せてくださる?」
そうすればわたくし、一生懸命応援して、心の底から大喜びして、自慢できるわ。
フィロシュネーがそう言葉を捧げると、サイラスは優雅に一礼して。
「では、次はそのように」
……と約束してくれた。
「サイラス、ちょっとかがんでくださる?」
「仰せのままに?」
フィロシュネーが求めると、お兄さんな温度感でサイラスが姿勢を低くしてくれる。フィロシュネーはちょっと背伸びするようにして、サイラスの頬に唇を寄せた。
小鳥がついばむみたいな可愛らしいキスを贈ると、立派な騎士の格好をしたサイラスは驚いた様子で硬直する。その様子がフィロシュネーの気分を浮き立たせた。
「よしよし、しめしめ」
イタズラ成功、とにっこりして淑女の礼を見せると、女王がはしゃいだように拍手してくれた。
「わらわの騎士は、少し奥手すぎるようですね。姫殿下のほうがリードしているではありませんか」
「おそれいります……」
女王は、フィロシュネーに好意的なようだ。
(わたくし、この女王陛下とも仲良くなれるかしら?)
フィロシュネーは新しい縁に希望を抱きつつ、クリストファーの存在を思い出した。
「あっ、わたくし、大切なお仕事をしないといけませんわ」
フィロシュネーは気分よくドレスをひるがえして学友たちのもとに一度戻った。そして、蒼白になっているクリストファー・ウェストリー伯爵公子に迫った。
「オリヴィア、例のものを」
「ええ、姫様」
オリヴィアが張り切って婚約の証書とクリストファーの手紙を広げ、周囲によく見えるようにした。
「紅国のクリストファー様は、わたくしの大切な学友セリーナと家同士の結びつきのために婚約をしました。けれどクリストファー様はセリーナへの手紙で浮気を告白したばかりか、セリーナに無実の罪を着せようとしたのです」
オリヴィアが肩をそびやかして言い連ねる。
「これは、紳士としての振る舞いでもありませんし、分別ある貴族として失格ではありませんこと?」
――クリストファー・ウェストリー、許すまじ。
フィロシュネーは獲物を追い詰める捕食者の気分になって、優雅に微笑んだ。
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