上 下
90 / 384
2、協奏のキャストライト

87、ノイエスタル卿のデートはドラゴンと呪術師退治ですか

しおりを挟む
 サイラスはウィンタースロット男爵令嬢を拘束しながら、青い鳥のダーウッドをとても嫌な生き物をみるような目でチラチラと見た。
 
「こ、この鳥さんは悪い鳥さんじゃないわよ。そんな怖い目で見ちゃいけません」
「俺は青い鳥に嫌な思い出があるんです」
 言い訳するように言って、サイラスは視線を逸らした。
 
「姫に危ない玩具を使われずに済んでよかったです……お怪我はありませんね?」
「わたくし、とっても無事よ。サイラスもお怪我はない? ドラゴンって、大きくて怖いのね」
「あれはフレイムドラゴンといって、ミストドラゴンよりも狂暴な種類のドラゴンなのです」
 
 フィロシュネーが「危ない玩具で遊びません」と約束させられるのを背景に、ダーウッドはぱたぱたと逃げていった。
「私はただの鳥ですぞ、私は無関係の通りすがりの野鳥さんですぞ、さようなら」
「そんな主張をする鳥さんがいますかっ」
 ふざけているのかしら? 本気なのかしら? フィロシュネーは悩んだ。
 
 サイラスはそれを見送り、複雑そうな表情を浮かべている。
「姫、あれは本当に味方の密偵さんなのですね?」
「ええ。そうよ。わたくし、保証します」
 
 サイラスが足元に落ちている魔宝石を示す。
 フィロシュネーはそこに大量の魔宝石、キャストライト――ミストドラゴンの石があることに気付いた。

 一匹一匹解呪すると、どれも小さめのドラゴンで、感謝するように鳴いて飛んで行った。

「俺が見ていた限り、あの密偵さんがミストドラゴンを石にしていましたよ」
「あなたは、見えていたのね。わたくし、声しか聞こえていなかったの」
「この令嬢も呪術師ですね。フレイムドラゴンを騎乗用の魔法生物みたいに乗りこなして、子ドラゴンを捕まえて地面に並べていました。それを姫の密偵さんが順番に石に変えていったのです。全部変え終わったところで、フレイムドラゴンをけしかけたようでしたが」
 
 サイラスが空に向けて鮮やかな赤い光の華を咲かせる魔法を撃つと、部下の騎士たちがやってきた。
 
「この令嬢は呪術師だ。ドラゴンを捕えて石に変えていた」
 さりげなくウィンタースロット男爵令嬢が石に変えていたことにしている。フィロシュネーはコッソリとサイラスに感謝した。 
 
 従士ギネスが驚いて、嘆くように呟いている。
「ノイエスタル卿のデートはドラゴンと呪術師退治ですか! 女王陛下の寵姫様方が知ったらショックで倒れちゃいますよ、色気も浪漫もありませんね。お姫様が怖がって破談になってしまいます。こりゃいけません。再教育コース間違いなしです」
 
 フィロシュネーは心配になった。
「再教育って何かしら。サイラス、大丈夫? 今どんなお気持ち? わたくしに破談にされるのが心配?」
「姫、再教育については気にしてはいけません……」
 サイラスは少し考えて、学習能力を発揮した。
「俺は姫との縁談が破談になるのを、とても心配しています」
「まあ!」
 ちょっと棒読み。
「破談にしないでください」
「ええ、ええ。いいわよ、わたくし、破談にしないから安心なさって!」
 フィロシュネーはさっきまでの怖かった気持ちが時間と共にどんどん薄れていくのを感じながら笑顔を浮かべた。

「紅都に戻りましょうか」 
 サイラスはクラウドムートンにフィロシュネーを乗せて、ギネスに後事を任せた。 
「この場の後始末と、呪術師令嬢については部下に任せましょう。ところで姫、解呪の方法は姫が接吻する以外にないのですか? とうとき唇を安売りするようで、見ていると胸が痛みます」
「わたくしも、作業みたいにキスするのはちょっと……って思えてきたところよ……」  

 
 * * *
 
 騎士たちに囲まれて紅都に戻ったフィロシュネーは、クラウドムートンに騎乗してアンブレラ・スカイストリートというカラフルな傘が並んでいる通りを飛翔した。傘の隙間に学友たちを見つけて、フィロシュネーはホッとした。

「セリーナ、婚約は、破棄しよう。メアリーを愛してるんだ」
「で、では、メアリーさんと婚約するのですか?」
「いいや? メアリーはみんなのものだから、独り占めなんてできない。でも、それでいいんだ」
「え、えええっ」  

 セリーナが貴族風の青年と話している。
「……何か、揉めている?」
 フィロシュネーは学友たちに近付きながら声を聞いた。
 
 セリーナとオリヴィア、それにシューエンが、紅国の集団と言い合いをしている。

「あなた、スーン男爵令嬢でしたかしら? 貴族の婚姻というのは、個人の感情でするものではありませんわ。家同士の結びつきを強めたり、国家間の政治的意図で行うのです」
 
 オリヴィアが高らかに名前を呼ぶので、フィロシュネーは止めている相手が誰なのかに思い至った。セリーナの婚約者を奪ったメアリー・スーン男爵令嬢と、その取り巻きだ。

「こ、こわぁい――い、いじめ、ないで……っ」 
 メアリーは、傷ついた顔をして目に涙を浮かべた。いかにも「か弱くて繊細」といった雰囲気で涙ぐむメアリーを、取り巻きらしき男性たちが心配している。
「メアリー!」
「大丈夫だよ。俺たちがついている!」
(あっ! ちょっと、あのメアリーとやら、今セリーナにだけ見えるようにペロッと舌を出して笑いましたわよ!?)
 フィロシュネーは見てしまった。意地悪な黒い笑顔を! 
「わ、私はただ……っ、みんなが、おうちのために結婚するのが、さ、さ、寂しいって、おもって。貴族の家の子供って、政治の駒でしかないのでしょうか? ひっくっ、ぐすっ、私は、世界中の誰もが自分の意志で相手を選べるといいと思うん、ですっ……!」
 
「メアリー! わかるよ、その気持ち。女王陛下だって、自由恋愛推進派なんだ。時代遅れの青国が悪いのさっ! 泣かないでくれ……」 
 そんなメアリーの肩を労わるように抱き寄せてセリーナに厳しい視線を向ける青年がいる。
「クリストファー・ウェストリー伯爵公子。なぜご自分の婚約者の前で、他の令嬢の肩を抱きますの」
 オリヴィアの声に、フィロシュネーは眉を寄せた。
(あの方、セリーナの婚約者ね。うわぁ)
 クリストファーは全身で「メアリーの味方です」とアピールしているように見える。セリーナを見る眼は、とても婚約者を見る眼ではない。
 
「セリーナ、すまない。友人と一緒になってメアリー嬢を傷つけるのは、やめてくれないか」
「えっ」
「今回だけじゃないよね。知ってるんだ。セリーナがメアリ―嬢に嫉妬して嫌がらせをしているのを……」
 
 セリーナは、ショックを受けた表情で婚約者を見つめた。
「わ、私、紅国に来たばかりです。なにもしてませんっ」
「罪を認めないんだね。哀しいよ。シェイドさん、言ってやってください」 
 クリストファーが視線を向けると、シェイドと呼ばれた狼の耳と尻尾を持つ獣人の青年が杖をセリーナに向けている。
「あなたの父君が商会長であるメリーファクト商会が、スーン家御用達のクラーケン商会に嫌がらせしているのですよ!」

 ……わたくしのお友達に、なにを言いがかりつけていますのよ!
「姫、その玩具はしまってください」
 サイラスの声に、フィロシュネーは笑顔を返し、筒杖の先を上に向けた。
「人には当てませんわ」
 
 ――パァン! 
 
 止められるより前に筒杖を撃てば、快音が鳴り響く。
 爆発光と爆音に、地上の人々が驚いて空を見上げる。

「なるほど、『お兄様の真似』……」
 サイラスが呟く声を耳にしながら、フィロシュネーは指輪の魔法を解いて王族の瞳をあらわにした。
 
「ごきげんよう! わたくし、フィロシュネーと申します。こちらの騎士様とドラゴンを退治してきた帰りなのよ。ご存じ? この騎士様、ローズ女王陛下の騎士なのぉ。悪い人に『めっ』ってしたりするのがお仕事なのよ」
 
 自分を見上げる人々が、ぽかんと口を開けている。フィロシュネーはそんな地上へと、愛らしい笑顔を向けた。
 
「うふふ。あなたたちは、何をしているところでしたかしら? ご参考までに、わたくしの趣味は正義の執行です! 好きな処刑方法は死刑なの」

「ひどい自己紹介だ……」
 サイラスがそっと呟く声が風に乗って高い空へとのぼっていく……。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...