上 下
73 / 384
2、協奏のキャストライト

70、あなたはずっと若いままで生きて、わたくしはおばあさまになって、あなたより先に死ぬのだわ

しおりを挟む
 青い鳥の姿になった預言者ダーウッドは、普段と変わらない声を響かせた。
 
「移ろいの術、でございます」
「オルーサが使っていた魔法……呪術ね」

 ハルシオンが研究していると言っていた呪術だ。

「紅国にお出かけの際は、この姿にて定期的に連絡を取り合いましょう。手紙より確実で、安心でございますぞ」

 小さな鳥が羽をパタパタさせながら人の言葉を喋る様子は、愛嬌がある。

「預言者は、オルーサ様に改造されたりつくられたりした亜人にんぎょうでございます」
「まあ、そうなの……? 空国の預言者も?」
「うむ、うむ。それぞれの国のために用意し、古い個体や反抗的な個体は廃棄はいきして新しい二体に交代させていた様子」
 
 無感情に告げる声は落ち着いていたけれど、内容はちょっと怖い。

「は、廃棄……」
「捨てる、という意味でしょうかな」
      
「≪輝きのネクロシス≫の亜人にんぎょうは、基本的にオルーサ様につくられた者や、素質を見込まれ、拾われて改造された者たち――世を乱して憂さ晴らしするためにつくられた者たちです。預言者が王の隣にいるように、他の者もさまざまな地位にいます。ある者は紅国の反女王派筆頭貴族アルメイダ侯爵の妻。ある者は大商会の長。またある者は密猟団の首魁……」

「要するに、とっても問題のある組織なのね。さっきの外交官さんも、亜人にんぎょうなの?」
「あれは、普通の人間でございますな。しかし、紅国の反女王派筆頭アルメイダ侯爵の親類です。すなわち、彼が知った情報はアルメイダ侯爵に流れ、侯爵夫人にも伝わってしまう可能性が非常に高いかと思われます」

 続く言葉は、どことなく冷笑的だった。
 
「オルーサ様は孤独の呪いを受けておりました。それに苦しんで、仲間のような存在をつくろうと藻掻いた時期があったのでございます。結果は、欠陥だらけ、出来損ないばかりだったようですが」   
 フィロシュネーは首をかしげた。
 
「あなたがご存じの亜人にんぎょうたちをリストアップしてくだされば、全員を呪術師の一味として摘発てきはつしてスッキリ解決しないかしら」
「うむ。姫殿下。仮にです、姫殿下が私以外の者から真実を知ったと仮定しましょう」
「仮定のお話ね。わかりましたわ」
「そして、私が姫殿下を憎んでおり、父の遺した組織や兄弟姉妹たちを守りたいと思ったとします」

 言わんとすることを察して、フィロシュネーは眉を寄せた。

「あなたは預言をしたり、兄に訴えて、対抗することができる……」
「それと同じことが、各国の様々な地位にいる亜人にんぎょうたちに可能なのでございますな。それも、一致団結して」
 
 それはとっても面倒なのではないかしら。
 フィロシュネーは悩ましく眉を寄せた。
 
「中には私やネネイのように、組織を好ましく思っていない者もいるかもしれませんが」
「そういえば、空国の預言者ネネイは行方不明ね」

 青い鳥姿のダーウッドは、そんなフィロシュネーに淡々と語りつづけた。

「ネネイは元々、秘め事や企み事に強い忌避感があり、空王を騙したり陥れたりするような悪事にも罪悪感を抱いていたのです。空王を救おうとする動きまであり、組織からも睨まれていたのですよね」
「それって大丈夫なの?」
「身の危険を感じたのもあって、逃げたのではないですかねえ」
 
 フィロシュネーは空王アルブレヒトを思い出した。
 
 青国と空国では、王は神のように崇められ、絶対の権力を有している。
 それを支えてくれるのが、長い時を生き、神秘の力で預言を捧げる不老症の預言者だ。
 神秘的な預言者が「あなたさまが王様です」と言うことで、「預言者が王だというのだから」と王の神性が高まるのだ。青王と空王は即位後に不老症になるパターンも多く、それもあって「ただの人間の王」ではなく「神のような存在」として民に受け入れられていたのだ。
 
 空王アルブレヒトは、預言者に見捨てられたとか、逃げられたとか囁かれて、その求心力を弱めている……。
 
「まあ、あの変態の空王はうちの王じゃありませんし。あの王様は、王道よりも兄優先、というのがハッキリしているので、私の好みではないのです」

 ダーウッドは空王に冷たかった。 
  
「姫殿下、私はそのまま組織に身を置いて彼らの動きを把握し、情報を共有しますぞ。ネネイと違って、私は組織の中でも睨まれることなく、空気のように無難な地位を保っておりますからな」

 フィロシュネーは素直に頷いた。

「ダーウッドは立ち回りのお上手な方だと思っていますわ。けれど、気を付けてね」
「うむ、うむ」 
 
 ダーウッドは鳥の頭を愛らしく上下させて、人の姿に戻った。
 
「姫殿下は、あの外交官やブラックタロン家のように、どこかしこに息のかかった者が紛れているとお考えください。彼らの話をする際は、くれぐれも耳目に気をつけて」
「ルーンフォーク卿も、息のかかった者に含まれるのね」
「そうですな。あの方というよりは兄君や姉君ですかな。あやしい組織、という口ぶりからして本人は関係していないのでしょうが、組織名を口走っておられましたのは、ちょいと危ういですな」
「そうね……」

 ダーウッドが冗談めかして「今夜あたり、殺人事件が連続殺人事件になってしまうやもしれませんな」と言ったので、フィロシュネーはゾッとした。

「わ、わたくし、ハルシオン様にお願いしておきますわ。ルーンフォーク卿を守ってあげてねって」
 
「それは良い対策でございますな。よしよし、しめしめ。姫殿下には、信頼できるお友達がたくさんおられる。それは、たいそう良きことでございますぞ」

 呟くダーウッドの声は、柔らかだった。
 その手が懐から小箱を出して、渡してくれる。

「なにかしら」 
「じいやから、良い子の姫殿下にお誕生日プレゼントですぞ」
「じいやだなんて、ふふ! あなたは、わたくしと同じくらいのオチビさんですわ」
「中身はじじいでございますから」
「ふふふ。でも、あなたはずっと若いままで生きて、わたくしはおばあさまになって、あなたより先に死ぬのだわ」 
  
 フィロシュネーは距離が今までより近くなったのを感じて、ニコニコした。
 
 小箱の中には、振るたびに色合いの変わる香水瓶が入っている。
 
「いい匂い! それに、すごく綺麗……」
「魔法も何もかかっていない、香るだけの液体でございます」

 間近に秘密を共有する移り気な空の青チェンジリング・ブルーの瞳が、冬の凪いだ湖のよう。
 薄い唇が三日月みたいに笑みをかたどる。

 その微笑がどことなく寂しげに見えて、フィロシュネーはドキリとした。

(わたくし、無神経なことを言ってしまったかしら)

 わたくしがサイラスに「俺はあなたより先に死ぬのですよ」と言われたら。想像しただけでやっぱり寂しい。あまり言わないでほしい。
(自分が誰かに言わないでほしいことでも、自分が言う時は案外、何気なく言ってしまうものね)
 フィロシュネーは反省した。  
 
「素敵なプレゼントをありがとう。わたくしも兄も、あなたには感謝しています、ダーウッド」
「はは」
 
 預言者ダーウッドは乾いた笑い声を夜に残し、肩をすくめてフィロシュネーの手を取った。
 成長の止まった少年のような少女のようなダーウッドの手はひんやりしていて、気持ちよかった。

 そのままひたひたと連れられて、フィロシュネーは人々の輪に戻ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。

珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...