上 下
72 / 384
2、協奏のキャストライト

69、迎賓館『アズールパレス』殺人事件3〜俺はシュネーが思っているより、シュネーのことが好きだぞ

しおりを挟む
「さて、足跡魔法の信ぴょう性はだいぶ高まったといえるのではないかしら」
 フィロシュネーは気を取り直して、預言者ダーウッドにヤスミール・ブラックタロン嬢の足跡を確認させた。
 
「つまり、ハルシオン殿下が警備を引きつけた隙に、ヤスミール・ブラックタロン嬢は待機・準備部屋に入ったわけですな。ブラックタロン家は呪術の名家ですから、侵入しやすくなる呪術も何か使ったに違いありません。そして、プレゼント置き場に近づき……」
 
 ダーウッドが足跡の動きを見ながら解説してくれる。

「何かを盗もうとしたようです。おおっと、ここでビクッと飛び退きましたね。この時、マントに攻撃されたのでしょう。そして、フラフラしながら退室……」

 退室した後の足跡を、みんなでゾロゾロと追跡していく。フィロシュネーは兄をチラッと見た。
 優秀で、フィロシュネーにあまり好意を抱いていないと思っていた兄アーサーは、意外と脳筋なところがあって、フィロシュネーにも好意的だ。

(いきなり王様になるって、大変よね。本来は、もっと王様になるためのお勉強や基盤固めをしっかりして、新しく王様になったお兄様を先代の王や有能な幕僚やしっかり者の王妃が支えてあげるべきなのに)
 
 眼が合うと、アーサーは微笑んだ。
「シュネー、ここだけの話だが、兄さんは正直、自分が何もしなくても真相がわかっていくので、とても助かった」
 率直すぎる言葉に、フィロシュネーは胸が熱くなった。
「ダーウッドの仕掛けと、お兄様がくださったお薬のおかげですわ」
 
 思い出すのは、空王アルブレヒトとハルシオンの関係。そして、ここにはいないサイラスとの兄妹ごっこ。
 
「わたくしは、お兄様の味方です。どんな時でも、頼ってくださいね」
 絶対安心できる味方がいるというのは、それだけで頼もしいのだ。
 
「ありがとう、シュネー」
「お兄様。わたくし、以前はお兄様がわたくしのことをあんまりお好きじゃないのだわって思っていたの。でも、今はお兄様がわたくしのことを思っていたより好きなのだわって思うので、嬉しいのです」

 素直な声色を笑みに乗せれば、兄は耳を赤くして唇をむにゅむにゅとゆがめている。
 
「そ、……そうか。うむ。俺はシュネーが思っているより、シュネーのことが好きだぞ」
 兄が照れているのがわかって、フィロシュネーはニコニコした。
「お兄様。シュネーも、お兄様のことが好き」

「ご兄妹の仲がよろしくて結構、結構、コケコッコウ」
 そんな兄妹を背景に、預言者ダーウッドのマイペースな解説が続く。
「退室した後は……フラフラしてますね、どうも弱っていますね……あっ、隠れていますね。警備が戻ってきたのでしょうか。警備をやり過ごし……また動きましたぞ」
 
 一行は、ふらふらの足跡を追って庭に出た。
 
「庭に出て……ふうむ、部屋に戻るのではなく、外に逃げようとしたのでしょうか。となると、外に共犯者がいた可能性も……おっと、足を滑らせて池に! そして池の外に出て……あ、力尽きましたね……お悔やみ申し上げます」

 発見された地点で足跡は止まり、消えた。
 
「つまりレディ・ヤスミールは、青国の王女の部屋に忍び込み、窃盗をしようとして防犯マントに攻撃されて逃亡、途中で力付きて亡くなったと」

 そんな結論にひとまず辿り着き、青王アーサーは事実を裏付ける証拠集めをする方向性に舵を切った。さて、二国が揉めたとなるとしゃしゃり出てくるのが、二国を支援・指導する立場の紅国こうこくである。
 紅国の外交官カーセルド・ゾーンスミスは、眼鏡をキラリとさせ、意見を呈した。
 
「青王陛下。ならびに空王陛下。まずは、個人の犯行か、それとも組織的な犯行かを調べてはいかがでしょうか。特にブラックタロン家に対しては、事件が個人犯行であったとしても、家人が罪を犯した責任を問う必要があるかもしれません。ブラックタロンは空国の名家ですので、空国自体に責任が問われる可能性もございます」

 青王アーサーも空王アルブレヒトも、深刻な表情で耳を傾けている。
 
「ちなみに姫殿下」
 兄たちが真剣に話し合う中、預言者ダーウッドはフィロシュネーに耳打ちをした。
「なあに、ダーウッド?」
 
 ダーウッドは袖を引くようにして、人の輪から連れ出そうとする。これは、魔法も使っているのだろう。周囲の者がぜんぜんこちらに視線を向けない。フィロシュネーたちが離れても、気にする気配がない。
 
 内緒話だ。フィロシュネーはドキドキした。  

「狙われたのは、ノイエスタルどのがお贈りになったと思われます」
「ドラゴンの石? 魔宝石のこと?」
「うむ。あの石は、呪術師のうつろいの術にて姿を変えられているドラゴンなのです」

 移ろいの術は、オルーサが使っていた術だ。
「あ、あの石……ドラゴンなの」
 フィロシュネーは驚いた。
「ミストドラゴンですな」

 ダーウッドは頷き、説明を続けた。
 
「石を狙った組織の正式名は、≪かがやきのネクロシス≫と申しましてな。彼らの中には、姫殿下に恨みをいだいておるやからも多いのです。『真実を暴く奇跡の使い手』とうたわれる聖女としての能力も警戒されているのですな」
「……!?」

 預言者ダーウッドの顔を見ると、人差し指が口元に立てられている。
 内密に、という合図だ。

「リュウガイとは、仲間をさらわれて怒ったドラゴンが暴れて起こる被害。竜害りゅうがいと記しまする」
「紅国って、ドラゴンの恨みを買ってしまっているの?」
「石がわが国にも流れてくるようになれば、わが国にもドラゴンが襲撃してくるやもしれませんな」

 それはとても物騒な話なのでは――フィロシュネーは身震いした。
 
「紅国に出かけられる際は、あちらの女王の騎士ノイエスタルどのに、ドラゴンの石を可能な限り回収して親元に返すべきだと伝えるのがよろしいかと。ただし、できるだけ信頼できる者だけを動かして、秘密裡ひみつりに」
 
「秘密なの?」
 すぐにでも、各国の王様に情報共有して対応した方がよいのでは。フィロシュネーは焦燥感を覚えた。
 
「うむ。あの紅国の外交官も≪輝きのネクロシス≫の息がかかってございます。そして、実はこのダーウッドは前々から同じ組織に所属しているものでして」
「はあっ?」
 
 何か、おかしな発言が出た気がする。
 フィロシュネーはパチパチと瞬きを繰り返した。

「預言などという神秘的な能力を持つ者は存在しないと申したら、姫殿下はがっかりなさいますかな」
 
 ダーウッドはそう言って、その姿を青い鳥に変えたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...