上 下
69 / 384
2、協奏のキャストライト

66、三人の婚約者候補とお誕生日の贈り物

しおりを挟む
 好奇心いっぱいの視線が注がれていても、婚約者候補たちは気にする様子がない。彼らは基本、注目されることに慣れているのだ。
 
 扉の近くで一瞬、牽制けんせいし合うように、互いの従者たちが視線を交差させている。
 空国勢は「こっちは客だぞ。客に譲れ!」といった視線。
 青国勢は「青国は被害者だぞ! 呪術師に踊らされて侵略した癖に!」と無言の敵意を返している。
 先の短期戦乱において青王が暗躍する呪術師だった青国と、踊らされて侵略した空国は、現在、仲良く紅国に支援・指導されている最中である。
 
「どうぞどうぞ」  
「どうぞどうぞ」
 
 そんな従者たちの視線を遮るようにして、シューエンとハルシオンが順番を譲り合う。結果、先にプレゼントを差し出したのは、シューエンだった。

「ではお先に。お譲りくださり、ありがとうございます!」
 シューエンは礼儀正しく言ってからプレゼントを差し出した。
 プレゼントはマントだった。光沢があり、肌触りが滑らかで上品な印象。
「フィロシュネー殿下! 僕からの贈り物はこの『リフレクシオ・マント』でございます」
「素敵なマントね。リフレクシオは、反射とかそういう意味だったかしら……ありがとう、シューエン」
「ドレスの上から着用なさってもよし、床に敷いてもよしでございます! フィロシュネー殿下に悪意や害意を抱く者が触れると攻撃してくれるマントでございまして。野良じいさんとお孫さんが夜なべして作ってくれました」
「ご自分が作ったことにして他人の功績を奪わないのは、シューエンの素敵なところですわね」

 フィロシュネーがマントを他のプレゼントと一緒に置くと、その周囲にいた学友たちが「きゃっ」と距離を取る。わかりやすく怯えている。
 みなさん? やましい心がありますの?
 
 シューエンに続き、ハルシオンがプレゼントの箱を見せてくれる。
 
「シュネーさん、本日は大役をお疲れ様でした。私は見ていて胸が熱くなりました。シュネーさんの晴れ舞台に感極まって上空に呪術で花火を打ち上げそうになって、弟にしかられてしまいましたよ。えへへ……恥ずかしいな……」 

 ハルシオンは照れた様子で瞳を伏せがちにしつつ、プレゼントの箱を開けて、空色の宝石が光る指輪を右手の中指にはめてくれた。
 
「オルーサが使っていた『うつろいの術』……自分や他者を別の存在に変える術。私は最近、あの術を研究しています。この指輪に呪文を唱えると、王族の特徴的な目を常人の目と同じように見せかけることができるのですよ」
「ありがとうございます、ハルシオン様。それで、呪文というのは?」
「じゅ、じゅじゅ、呪文は……」
 
 ハルシオンの頬がほわほわと紅潮する。視線がそっと逸らされる様子は、恥じらう青少年、といった風情。
 
「そのう、作った時のハイテンションで、『だいすき、ハルシオン様』と設定してしまいました……」
 ハイテンションが目に浮かぶようだ。
 その後で正気に戻って「なんて呪文を!」と悲鳴をあげるところまでセットで。
 フィロシュネーは生暖かい眼差しで、恥じらうハルシオンに微笑んだ。
 
 学友たちが「まあ、大好きって言わせたいんですね」とか「無理やり言わせようとなさるのが、ちょっと残念ね。やっぱり心をこめて、言いたくなってから言わないと」とかコメントし合っている。ハルシオンの後方にいる彼の騎士たち、ミランダとルーンフォークは主君贔屓な様子で「可愛らしいじゃないですか」「設定しちゃったのですから仕方ないですよね」と言葉を交わしている。
 
「すみません。シュネーさん」
 ハルシオンは胸の前でぎゅっと手を組み、おねだりをした。
「でも、もしよろしければ一言、試しに呪文を唱えてみてくださいますか。一生のお願いです」
「一生のお願いをそんな一言で使ってよろしいのですかハルシオン様? もうちょっと一生を大切にしましょうハルシオン様?」
 
 一生懸命だ。これは断りにくい――フィロシュネーは指輪に呪文を唱えた。

(思えば、『大好きなカントループ』が『だいすき、ハルシオン様』に変わっただけじゃない……そんなに恥ずかしがることじゃ、ないわ)
「だいすき、ハルシオン様」

 そっと呟けば、魔法が発動した気配が感じられる。

「……っ」
 そして目の前のハルシオンは胸をおさえて悶絶している。嬉しかったらしい。
「だ、大丈夫ですかハルシオン様。お水飲みますかハルシオン様」
「だ、大丈夫です……ありがとうございます……私は満足しました。なんか、幸せな気持ちになりました」
(こ、こんな一言でこれほど喜んでくださって……)
 フィロシュネーは心配になった。

「シュネーさん」
 ハルシオンの手がすすっと伸びて、フィロシュネーの手を握る。「おおっ」と周囲から好奇心いっぱいの声が聞こえた。完全に見世物状態だ。
「シュネーさんの右手に中指があってよかった。今日も元気に呼吸して瞬きして、心臓が動いているあなたに感謝しています。本当に、ありがとうございます」
 
「お礼の仕方に全く色気がなくて、いろいろ台無しでございます!」
 シューエンが茶々を入れている。ちょっと安心したような顔をしながら。 
「ですよねぇ。自分でもそう思います、アハ」
 ハルシオンはパッと手を放し、一歩引いて優美に一礼した。 
 退室する彼に付き従う騎士たちは「健全でよかったと思いますよ、殿下」とか「頑張りましたね」とか声をかけている。
 
「指輪を贈るとはやられましたね。僕、指輪は重いかと思って遠慮したのに……ぐやじい……」
 悔しがるシューエンを、オリヴィアが慰めている。オリヴィアはアインベルグ侯爵家の嫡男、つまりシューエンの兄に嫁ぐ予定なのだ。
 
「フィロシュネー殿下、紅国のノイエスタル準男爵様から贈り物が届いていますよ」
 侍女のジーナが教えてくれたのはそんなタイミングだった。
「まあ、ノイエスタル準男爵様というのは、わたくしが知っているサイラスのことかしら。準男爵になったというお知らせは今初めて聞いたのだけど、とてもおめでたいのではないかしら」
「リュウガイ関連で功績をあげられたのだとか」
「噂のリュウガイね。よくわからないけど、功績をあげているのは素晴らしいわ」
 
 可愛らしくラッピングされた箱には、大きなクマのぬいぐるみが入っている。ぬいぐるみには大粒の宝石のペンダントがつけられている。
 茶色の地色に黒色で十字模様が特徴の落ち着いた雰囲気の宝石は『キャストライト』――空晶石とか十字石とか呼ばれる石によく似ていた。

「メッセージカードがついているわ。『最近になって紅国で流行している(?)、とても価値のある魔宝石です』……ま、待って。(?)ってなあに。あと、お誕生日おめでとう、というメッセージがないわ。そのメッセージを忘れちゃだめでしょう、サイラスぅ」
 
 ちょっぴり唇をとがらせつつ、フィロシュネーはぬいぐるみを抱きしめた。ふわふわで可愛い!

 ――と、抱きしめた瞬間。

『お誕生日おめでとうございます、俺のお姫様』
「!?」

 なんとクマのぬいぐるみから音声のメッセージが!
 誰かさんの声で! まるですぐそばで囁かれたように!

「えぇっ!?」
「きゃー! お声が聞こえましたわー!」
 学友団も大騒ぎ。

 調べたところ、どうも一度きり発動するタイプの特殊な魔法がかけられていたらしい。
 
 俺のって言ってた!
 俺のお姫様って!

「みなさん、お聞きになりまして? 今のがわたくしの騎士です! とっても大人で、とっても素敵な方なのですわ!」 
 
「フィロシュネー殿下の騎士ではなくて、あちらの女王の騎士でございま、むぐっ」  
 シューエンがツッコミを入れてオリヴィアに口を塞がれている。
「無粋な突っ込みは好感度を下げてしまいますわよ、将来の義理の弟様」

 こうしてフィロシュネーは、お誕生日をしっかりとお祝いしてもらえたのだが、数刻後、うっかり『リフレクシオ・マント』に触れた学友が軽い怪我をしてしまうという残念な事件が起きてしまった。しかも、翌日にはまた別の事件も起きてしまうのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。

珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...