上 下
67 / 384
2、協奏のキャストライト

64、学友団と音楽祭

しおりを挟む
 夏の始まり。
 窓からは太陽の光が差し込み、部屋中が明るい。
 
 誕生日を控えた青国王女フィロシュネーの『学友団』の茶会の席は、お揃いの髪飾りとメダルをつけた令嬢たちが集まって、和やかな雰囲気だ。学友である令嬢たちには、蘇芳すおう色のリボンの先に輝く銅メダルが授与されていた。皆、誇らしげにメダルをつけている。メダルには『当て馬研究会』と書かれていたりするのだが。

「お兄様が最近、優しいの。昨日は魔宝石を時限式で爆発させる魔法を教えてくださったし、今朝は王族秘伝のお薬の瓶をくださったのよ」
 フィロシュネーは紅茶のカップを優雅に傾けた。透明度の高いストレートの紅茶は、林檎の香り付けがされている。
「お父様の喪が明けて即位式をするでしょう? お兄様ったら、わたくしのお誕生日のお祝いもできていなかったから、即位式と一緒にしようかって仰ったのよ」
 青王の死に際して喪が守られ、公式行事や祝賀行事を控えていた青国は、これから新青王の即位式が行われる予定だ。兄アーサーは、春生まれの王女の誕生日が紛争のために祝うどころではなかったのを可哀想に思い、改めて祝おうと言ってくれたのだった。
 
「フィロシュネー殿下、おめでとうございます! プレゼントを贈ってもよろしいですか?」
 学友のセリーナ・メリーファクト準男爵令嬢が目をきらきらさせている。
「もちろん! 楽しみにしていますわ」
 フィロシュネーはニコニコしながら紅茶のカップを置いた。セリーナと競うように、他の令嬢もお祝いの言葉を贈ってくれる。
「婚約者候補の方々がどんなプレゼントをくださるのかも楽しみですわね、殿下」
「紅国の音楽祭にも参加なさるのでしょう? セリーナ様がピアノを、フィロシュネー殿下がミニハープを演奏なさる予定で」 

 フィロシュネーは頷いた。若干の不満を心のうちに隠しながら。
「わたくしの婚約者候補筆頭の方は、青国にはいらっしゃらないようですけどね……紅国はリュウガイに遭われているのですって」
 リュウガイってなにかしら? 学友たちが不思議そうにしている。
 問われても困る。フィロシュネーも知らない。
「お兄様はそれを知って、わたくしの音楽祭への参加を取りやめにしようかと悩んでおられるようなのですが、わたくしは参加するつもりですの」
 フィロシュネーが確固たる意志をみせれば、セリーナが応えてくれる。
「私、どんなトラブルがあってもフィロシュネー殿下が参加なさるならお供します。紅国の文化には前から興味もありますし」
 セリーナは父親の影響か、他国への興味関心も高い。とても乗り気だ。一方、他の学友たちは。
 
「わたくしも、お家の都合がよければお出かけできたと思うのですが」
「私は月のものが不順で遠出が不安ですの」
「わたしは北国なんて怖くて怖くて……」
 
 言い訳をしている。オリヴィア・ペンブルック男爵令嬢、アンナ・ブラックワーン伯爵令嬢、フェリシア・オルダースミス男爵令嬢、マリアンヌ・デヴェリック公爵令嬢、カタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢……学友たちは、ほとんどがあれこれと理由をつけて同行を辞退していた。
「いいのよ。無理はなさらなくても」
 ほとんど空国としかマトモな国交がなかった青国の貴族令嬢たちは、ちょっぴり紅国に怯えていた。
 これまでは、ある意味で呪術師オルーサが「こらぁ。俺様の国に入ってくるなー!」と外から守ってくれていたともいえるのだ。それがいなくなった今、亜人や異文化が流入しまくり、情報遮断されていた真実が飛び交って、国側がそれを「そんな真実はなぁい!」と誤魔化して……紅国に「めっ」されたりして、と、なかなかカオスな情勢なのである。

「未知の世界って、怖いですわよね。わたくし、わかりますの……でも、ちょっとわくわくする気持ちもありません?」
 フィロシュネーは学友たちに微笑んだ。
 
「ええ……怖いけど、わくわくする気持ちもあります」
「わ、わたくしも」
「わたしもです」
 ――みんな、首を縦にしてくれる……。
 
(同調するよう圧力をかけたみたいになってないかしら?)
 フィロシュネーはこっそりとそれを案じつつ、お菓子に手を伸ばした。
 フィロシュネーの意見には、みんなYESを返しがちだ。王族相手にNOは言いにくい。当たり前だ。
 以前は「わたくしが一番偉いのだから、当然! みんなわたくしを崇めなさい!」と思っていたものだが、こうして同じ趣味を持つ学友団を作って「お友達」と呼んでいると、たまに気になるのである。

(怖いが勝るか、ワクワクが勝るか。それは、個人差がありそうね。そういうのを個性というのかしら)
 
 みんなで囲むメインテーブルには、可愛らしい見た目のお菓子が並んでいる。
 
 アソーテッド・クッキーにはチョコレート色やベビーピンク色の生地にミルク色で動物の足跡を描いてあり。
 オレンジチーズケーキは真ん中にピンク色のチョコレートの花が乗っている。
 ふわふわのブリオッシュサンドは、生地の上にラズベリーを小さくカットした粒がトッピングされて。上からさらさらの雪みたいなシュガーパウダーをまぶしてあって、カスタードホイップにオレンジピールが混ざっている。

(わたくしばかりが話していては、いけないわ。聞き役になりましょう) 
 お菓子とお茶を楽しみながら、フィロシュネーは他の令嬢に話を振ってみた。
 
 学友たちが話すのは、だいたいが「最近読んだ恋愛物語の感想」や「婚約者の惚気」だ。
 
「私の婚約者はアインベルグ侯爵家の嫡男で、私に毎朝カンパニュラの花束を届けてくださるのです。それも、手書きの情熱的なポエムがつづられたメッセージカード付き!」
 オリヴィアが婚約者自慢をしている。
「うう、うらやましいです」 
 セリーナは羨ましそうにしながら自分の婚約者の話を打ち明けた。
「私の婚約者は紅国の伯爵家の公子様なのですが、どうも私以外に想い人がいるようで……婚約破棄になってしまうかもしれません」

 学友たちがザワリとする。心なしか、惚気話の時より反応がいい。

「まあ、婚約破棄」
「想い人が……おつらいですわね」
「家同士が決めた婚約なのに? やっぱり商人だから? あっ、いえ、身分を蔑んだわけではないのです、おほほほ」 

「私、最初の方のお手紙では心弾む文言をいただいていたのです。それが最近になって『惹かれてはいけないと思いつつ惹かれてしまう方ができました』などと書いて……」
 セリーナは哀し気に「メアリー・スーン男爵令嬢というらしいです。紅国では有名な方みたい。すごくモテるのですって」とハンカチを取り出して、はむっと噛んだ。

「ええっ!? 婚約者へのお手紙に馬鹿正直にそんなことを書いてきますの?」
「そのお手紙、証拠にして婚約破棄ですわね。違約金……慰謝料を請求しましょう、商人らしく! あっ、商人を馬鹿にしてるわけではないのですわよ?」
「やり直しの魔道具を探して婚約者とやり直すとかロマンがありますわ~!」

 学友団が大盛り上がり。みんな婚約破棄ジャンルの恋愛物語を嗜んでいるエリート令嬢たちなものだから、対策もバッチリだ。たまに夢と虚構の区別があやしい発言があるのは、ご愛敬。

 セリーナはハンカチを噛みながら「やっぱりあり得ないですよね、ふええん」と唸っている。
「あら、セリーナ様。ハンカチは食べ物ではありませんわ」
「むぐぐ……悔しさを持て余しておりました」

 セリーナは、悔しいとハンカチを噛む――学友について理解を深めつつ、フィロシュネーは立ち上がって扇をぱらりと広げた。

「男爵令嬢がなんです。婚約者は、セリーナ様でしょう。紅国と青国の友好のために家同士が決めた婚約なのに、浮気するなんて。非がどちらにあるか明白です」

 思えば、似たような被害者が何人もいる。
 紅国ってどうなっていますの? 浮気大国ですの? 不倫国家なのですか?
 もしかしてわたくしの誕生日に駆け付けないサイラスも、今頃浮気しています?

「違約金! 慰謝料! 大いにふんだくりましょう!」
 フィロシュネーは心に怒りの炎を燃え上がらせた。

「あちらの国がどれだけ不倫や浮気に寛容なのか存じませんが、浮気、だめ、絶対! わたくしフィロシュネーは、紅国の不届き者たちに正義を執行してやりますっ!」

「きゃあ、フィロシュネー殿下~! 紅国をやっつけましょう!」
「やだ、紅国をやっつけるって言い方だと外交問題になっちゃいますわ」
「うふふふ、モラルがなくて野蛮な紅国なんてやっつけて、支配してやればいいのですわー!」

 学友団が変な方向に盛り上がっている。この発言の数々は決して外に漏らしてはいけない――。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...