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1、贖罪のスピネル
43、謎解きは朝食のあとで
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紅城クリムゾンフォートの一室がフィロシュネーたちに提供された。外交会談を控えたフィロシュネーは、そこで会合を始めた。
空王アルブレヒトに罪がある。
ゆえに、彼は話し合いの結果、裁かれる結末になるだろう。
呪術王を殺すと、呪いが解けるという預言がある。
呪術王は、ハルシオンだ。だから、ハルシオンも殺されてしまうかもしれない。
けれど、アルブレヒトが呪術王だということになれば、死ぬのはアルブレヒトだけかもしれない。
(未来はまだ決まっていない)
フィロシュネーはドキドキしながら考えた。
(わたくしが何もしなかったら予想通りになる未来が、わたくしが何かをすると、もしかしたら変わるかもしれない)
――そんな感覚があるのだ。
(わたくし、わたくし……違和感があるの)
アルブレヒトを助けようとしていた預言者ネネイに。そして、青王クラストスに。
ネネイはあの時、「せっかくアーサー王太子が紅国を頼ったのだから」と言いかけていた。アーサー王太子が紅国を頼ったのは、ネネイにとって良いことだったのだ。それは、なぜ?
「ミランダ。シューエン。サイラス。あなたたちは信じられる方々、頼れる方々だとわたくしは考えていますの。わたくしが情報を整理しましょう。あなたたちは、ご自分がわかることを教えてくださる?」
ミランダとシューエンは信頼を喜ぶような気配で頷いた。
サイラスは……微妙に居心地の悪そうな顔。この男、どうも様子がおかしい。
(サ、サイラスぅ? あなた、裏切ったりしないでしょうね? いえ、ハルシオン様の首輪があるから、大丈夫なはずよ……ね?)
フィロシュネーはテーブルの上に広げた紙に文字をつづり、声を紡いだ。
「お話をわかりやすくするために、わたくしはお父様を青王、お義母様を第二王妃、お兄様を青国王太子、義妹を第二王女、アルブレヒト陛下を空王、と呼びます」
「まず、空国と青国は友好国。これは、わたくしたちにとって当たり前のことでしたわ。それなのに、今は敵対しています。なぜ? 空国が侵略したから。なぜ、空国は侵略したの? ……ハルシオン様が暴走なさったから。空王がそれを庇われたから……わたくし、そう考えています」
フィロシュネーは、紙に「起きた事件」と「関係者の名前」、「関係者の思惑の予想」を書いていった。
関係者は……、
青王クラストス。
青国第二王妃。第二王女。
青国王太子アーサー。アーサーの騎士シューエン。
青国第一王女フィロシュネー。
空王アルブレヒト。
空国王兄ハルシオン。
紅国の女王アリアンナ・ローズ……。
フィロシュネーは少し迷ってから預言者を関係者から除外した。フィロシュネーにとって、預言者は神鳥みたいに神秘的で、特別な生き物だから。
「わたくしは、功績をあげた黒の英雄サイラスへの褒賞として婚約することになりました」
「そもそも、なぜわたくし、サイラスへの褒賞になったの? 完全にお父様のその場の勢いでの思い付き? 参考までに、わたくしは第二王妃の嫌がらせだと思ったりもしていたのよ。サイラスが望んでいたわけでもないのでしょう?」
嫌がらせ、と微妙に苦々しい声で呟いて、サイラスが首を振る。
「望んでいません。青王陛下が俺をお気に召されたようで、爵位と第一王女殿下をくださると仰せになりました」
「そう」
ちょっとだけ残念。
フィロシュネーは紙に「青王は黒の英雄がお気に入り。黒の英雄に爵位とフィロシュネーをあげたい」と書いた。
「けれど、台本は第二王妃と第二王女の嫌がらせですわね? 青王は、あなたに第二王妃に近付いて気に入られるようにと命じた? それで合っている? サイラス?」
サイラスは首肯した。
「ふうん。青王は、なぜそんな命令をしたの? ご存じ?」
サイラスは少し悩ましい顔をしていた。
「第二王妃と空王をあやしんでいると仰せでした」
この様子だと、サイラスは父の言葉を信じていないのだ。フィロシュネーはそう思いながら紙に「青王は第二王妃と空王を(あやしんでいた?)」と書いた。そして、その後で「青王は第二王妃と空王を(悪役にしたかった?)」と書き直した。
「第二王妃と密通していたのは、空王で合っている?」
サイラスを見れば、「おそらく」と頷いた。ならば、密通や不義、共謀の罪はあるということだろうか。そんな二人に対して、青王は怒っていたのだろうか?
「ミランダ、空王と第二王妃の関係について、なにかご存じ?」
「姫殿下、私はまったく存じ上げません。空王陛下は、以前は真面目な方だったのです。政務に熱心で、空国におられる王妃様とも、穏やかで良好な仲で。他国の王妃様と密通するなんて……少女のような、穢れなき風情の預言者ネネイどのに見放されることがないようにと、道徳的な振る舞いをするようにと気を付けていらした印象でした」
「ミランダ? 空王は、先代空王を殺害なさったのよね?」
「空王陛下は当時、ハルシオン殿下が乱心なさって先代空王陛下と戦い、止めに入ったけれど間に合わなかったと主張なさっていました。姫殿下の奇跡を見た私は空王陛下がハルシオン殿下に罪をなすりつけようとなさったのだと思っています」
ミランダの発言に、フィロシュネーは頷いた。
「あの広場での奇跡によると、空王と第二王妃は共犯関係だった様子よね。あの時、ハルシオン様は『どうしよう、弟の罪が』と呟かれたのよ。つまり、ハルシオン様でないのは、確実。ハルシオン様は苦し紛れに空王の罪をご自分の罪になさり、青国を糾弾して空王を正義にしようとなさったわね」
アルブレヒトが悪人だ。
そう思ってしまいそうな心に、神鳥の奇跡でみた現実がストップをかけていた。
「わたくしは知っています。空王も、ハルシオン様を庇っているの」
そう。そこが、フィロシュネーの心に違和感を抱かせている。
フィロシュネーは紙に「空王と王兄は庇い合う関係」と書いた。
「サイラスは、第二王妃からわたくしを守って逃げたのね? 第二王妃の手勢がわたくしを狙ったから、逃がしてくれたの?」
「いいえ」
ん?
フィロシュネーは首をかしげた。
「ちがうのぉ?」
「別に逃げる必要はありません。お守りするなら、その場で全員倒せばいいので」
――考えてみれば、そうかもしれない?
フィロシュネーは半眼になった。
「青王陛下が駆け落ちの真似事をせよと」
「そういえば、青王は、既成事実をつくらせたわね。噂も広めた。そうよね、シューエン?」
視線を向ければ、シューエンは頷いた。
青王は、黒の英雄が気に入っている。寵愛している。それは、間違いないだろう。ぬいぐるみも買っていた……。
「その後、サイラスは青王の言葉を伝えたわね? わたくしに『ハルシオン様が空王を討って新たな空王になるように仕向けろ』と。あれは、どういう意図だと思われるの?」
ミランダがびっくりしているのを背景に、サイラスは冷めた目を返した。そこに、青王への親愛や忠誠の色は見えない。
「そのままでは? 青王陛下は、ハルシオン殿下を王位につけたいのです。おそらく……二国を統一して、統一国家の王に?」
「まあ。統一国家。統一、しかけていましたわね」
フィロシュネーは紙に「青王はハルシオン様を統一国家の王にしたい」と書いた。そして、「なぜかしら」と書き足した。その後、思いつく理由を書いてみた。
「サイラスは、お父様からわたくしの護衛を依頼されているのよね?」
「護衛というか新こ……、まあ、お守りするよう仰せつかっていました」
「サイラスは、わたくしの味方ね」
サイラスは肯定してくれた。
そこは合っていた。よかった! フィロシュネーは安堵した。
そして、思い出す。兄と父の会話を。
「はあっ? ちょ、ちょっと。父上はこの前、『ハルシオン殿下が呪術王の生まれ変わりっぽい』と仰ったではありませんか? ならば、ハルシオン殿下の御命は頂戴せねば大地の呪いは解けないのではありませんか。ハルシオン殿下を王にするというのは、おかしいです……」
「ええ~っ? パパ、そんなこと言ったぁ? 言ってないもぉん。アルブレヒトが呪術王だもぉん」
「父上ぇ~っ!?」
「パパ上と呼びなさいアーサー。我が息子よ。そして、王であり父の言葉は絶対だ。呪術王は、アルブレヒトだっ」
どうして父はサイラスを異常なほど寵愛していて、フィロシュネーをさらわせて、既成事実まで作らせたのか。
どうして父は「呪術王はハルシオンっぽい」と言った後で「呪術王は、アルブレヒトだ」ということにしたがっているのか。
『悪役にしたかった?』
先ほど自分でそう書いた文字が、とてもフィロシュネーの心を惹き付けるのだ。
空王アルブレヒトに罪がある。
ゆえに、彼は話し合いの結果、裁かれる結末になるだろう。
呪術王を殺すと、呪いが解けるという預言がある。
呪術王は、ハルシオンだ。だから、ハルシオンも殺されてしまうかもしれない。
けれど、アルブレヒトが呪術王だということになれば、死ぬのはアルブレヒトだけかもしれない。
(未来はまだ決まっていない)
フィロシュネーはドキドキしながら考えた。
(わたくしが何もしなかったら予想通りになる未来が、わたくしが何かをすると、もしかしたら変わるかもしれない)
――そんな感覚があるのだ。
(わたくし、わたくし……違和感があるの)
アルブレヒトを助けようとしていた預言者ネネイに。そして、青王クラストスに。
ネネイはあの時、「せっかくアーサー王太子が紅国を頼ったのだから」と言いかけていた。アーサー王太子が紅国を頼ったのは、ネネイにとって良いことだったのだ。それは、なぜ?
「ミランダ。シューエン。サイラス。あなたたちは信じられる方々、頼れる方々だとわたくしは考えていますの。わたくしが情報を整理しましょう。あなたたちは、ご自分がわかることを教えてくださる?」
ミランダとシューエンは信頼を喜ぶような気配で頷いた。
サイラスは……微妙に居心地の悪そうな顔。この男、どうも様子がおかしい。
(サ、サイラスぅ? あなた、裏切ったりしないでしょうね? いえ、ハルシオン様の首輪があるから、大丈夫なはずよ……ね?)
フィロシュネーはテーブルの上に広げた紙に文字をつづり、声を紡いだ。
「お話をわかりやすくするために、わたくしはお父様を青王、お義母様を第二王妃、お兄様を青国王太子、義妹を第二王女、アルブレヒト陛下を空王、と呼びます」
「まず、空国と青国は友好国。これは、わたくしたちにとって当たり前のことでしたわ。それなのに、今は敵対しています。なぜ? 空国が侵略したから。なぜ、空国は侵略したの? ……ハルシオン様が暴走なさったから。空王がそれを庇われたから……わたくし、そう考えています」
フィロシュネーは、紙に「起きた事件」と「関係者の名前」、「関係者の思惑の予想」を書いていった。
関係者は……、
青王クラストス。
青国第二王妃。第二王女。
青国王太子アーサー。アーサーの騎士シューエン。
青国第一王女フィロシュネー。
空王アルブレヒト。
空国王兄ハルシオン。
紅国の女王アリアンナ・ローズ……。
フィロシュネーは少し迷ってから預言者を関係者から除外した。フィロシュネーにとって、預言者は神鳥みたいに神秘的で、特別な生き物だから。
「わたくしは、功績をあげた黒の英雄サイラスへの褒賞として婚約することになりました」
「そもそも、なぜわたくし、サイラスへの褒賞になったの? 完全にお父様のその場の勢いでの思い付き? 参考までに、わたくしは第二王妃の嫌がらせだと思ったりもしていたのよ。サイラスが望んでいたわけでもないのでしょう?」
嫌がらせ、と微妙に苦々しい声で呟いて、サイラスが首を振る。
「望んでいません。青王陛下が俺をお気に召されたようで、爵位と第一王女殿下をくださると仰せになりました」
「そう」
ちょっとだけ残念。
フィロシュネーは紙に「青王は黒の英雄がお気に入り。黒の英雄に爵位とフィロシュネーをあげたい」と書いた。
「けれど、台本は第二王妃と第二王女の嫌がらせですわね? 青王は、あなたに第二王妃に近付いて気に入られるようにと命じた? それで合っている? サイラス?」
サイラスは首肯した。
「ふうん。青王は、なぜそんな命令をしたの? ご存じ?」
サイラスは少し悩ましい顔をしていた。
「第二王妃と空王をあやしんでいると仰せでした」
この様子だと、サイラスは父の言葉を信じていないのだ。フィロシュネーはそう思いながら紙に「青王は第二王妃と空王を(あやしんでいた?)」と書いた。そして、その後で「青王は第二王妃と空王を(悪役にしたかった?)」と書き直した。
「第二王妃と密通していたのは、空王で合っている?」
サイラスを見れば、「おそらく」と頷いた。ならば、密通や不義、共謀の罪はあるということだろうか。そんな二人に対して、青王は怒っていたのだろうか?
「ミランダ、空王と第二王妃の関係について、なにかご存じ?」
「姫殿下、私はまったく存じ上げません。空王陛下は、以前は真面目な方だったのです。政務に熱心で、空国におられる王妃様とも、穏やかで良好な仲で。他国の王妃様と密通するなんて……少女のような、穢れなき風情の預言者ネネイどのに見放されることがないようにと、道徳的な振る舞いをするようにと気を付けていらした印象でした」
「ミランダ? 空王は、先代空王を殺害なさったのよね?」
「空王陛下は当時、ハルシオン殿下が乱心なさって先代空王陛下と戦い、止めに入ったけれど間に合わなかったと主張なさっていました。姫殿下の奇跡を見た私は空王陛下がハルシオン殿下に罪をなすりつけようとなさったのだと思っています」
ミランダの発言に、フィロシュネーは頷いた。
「あの広場での奇跡によると、空王と第二王妃は共犯関係だった様子よね。あの時、ハルシオン様は『どうしよう、弟の罪が』と呟かれたのよ。つまり、ハルシオン様でないのは、確実。ハルシオン様は苦し紛れに空王の罪をご自分の罪になさり、青国を糾弾して空王を正義にしようとなさったわね」
アルブレヒトが悪人だ。
そう思ってしまいそうな心に、神鳥の奇跡でみた現実がストップをかけていた。
「わたくしは知っています。空王も、ハルシオン様を庇っているの」
そう。そこが、フィロシュネーの心に違和感を抱かせている。
フィロシュネーは紙に「空王と王兄は庇い合う関係」と書いた。
「サイラスは、第二王妃からわたくしを守って逃げたのね? 第二王妃の手勢がわたくしを狙ったから、逃がしてくれたの?」
「いいえ」
ん?
フィロシュネーは首をかしげた。
「ちがうのぉ?」
「別に逃げる必要はありません。お守りするなら、その場で全員倒せばいいので」
――考えてみれば、そうかもしれない?
フィロシュネーは半眼になった。
「青王陛下が駆け落ちの真似事をせよと」
「そういえば、青王は、既成事実をつくらせたわね。噂も広めた。そうよね、シューエン?」
視線を向ければ、シューエンは頷いた。
青王は、黒の英雄が気に入っている。寵愛している。それは、間違いないだろう。ぬいぐるみも買っていた……。
「その後、サイラスは青王の言葉を伝えたわね? わたくしに『ハルシオン様が空王を討って新たな空王になるように仕向けろ』と。あれは、どういう意図だと思われるの?」
ミランダがびっくりしているのを背景に、サイラスは冷めた目を返した。そこに、青王への親愛や忠誠の色は見えない。
「そのままでは? 青王陛下は、ハルシオン殿下を王位につけたいのです。おそらく……二国を統一して、統一国家の王に?」
「まあ。統一国家。統一、しかけていましたわね」
フィロシュネーは紙に「青王はハルシオン様を統一国家の王にしたい」と書いた。そして、「なぜかしら」と書き足した。その後、思いつく理由を書いてみた。
「サイラスは、お父様からわたくしの護衛を依頼されているのよね?」
「護衛というか新こ……、まあ、お守りするよう仰せつかっていました」
「サイラスは、わたくしの味方ね」
サイラスは肯定してくれた。
そこは合っていた。よかった! フィロシュネーは安堵した。
そして、思い出す。兄と父の会話を。
「はあっ? ちょ、ちょっと。父上はこの前、『ハルシオン殿下が呪術王の生まれ変わりっぽい』と仰ったではありませんか? ならば、ハルシオン殿下の御命は頂戴せねば大地の呪いは解けないのではありませんか。ハルシオン殿下を王にするというのは、おかしいです……」
「ええ~っ? パパ、そんなこと言ったぁ? 言ってないもぉん。アルブレヒトが呪術王だもぉん」
「父上ぇ~っ!?」
「パパ上と呼びなさいアーサー。我が息子よ。そして、王であり父の言葉は絶対だ。呪術王は、アルブレヒトだっ」
どうして父はサイラスを異常なほど寵愛していて、フィロシュネーをさらわせて、既成事実まで作らせたのか。
どうして父は「呪術王はハルシオンっぽい」と言った後で「呪術王は、アルブレヒトだ」ということにしたがっているのか。
『悪役にしたかった?』
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