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1、贖罪のスピネル
35、ミランダとおともだちになりたいの
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「聖女様は、我々の大地に加護をもたらす唯一無二の存在なのだ」
木の棒に黒布を巻く人々が、言葉を交わす。
「聖女様は、青王や空王に休戦させるほどの発言力があるんだ」
すやすやと眠る赤子を見守っていた傭兵が、揺籠に背を向ける。
「無償でご馳走にありつけるんだってさ」
慰霊祭の幕開けは、あたたかな日だった。
空国の王兄ハルシオンが領主となっている空国領の都市グランパークスは、いつも以上に賑やかだ。祭りの中心地で、主催の聖女が拠点としている都市とあって、周辺からどんどん人が集まってくる。
フィロシュネーは、花びらの残り枚数を数えながら部屋を出た。
祭りを楽しむための装いは、上品な光沢があるやわらかな生地のドレス。後背側の裾が少し長くて、前方はミモレ丈。前方から見るとほっそりとした脚の周囲を後ろ側のフリルが段を重ねるように彩っていて、可憐な印象。
金色の葉が連なるチョーカーは、ミランダとお揃い。
手首にしゃらりと揺れるブレスレットは明るい青緑の宝石と無色透明の宝石が煌めいている。
「姫殿下、とても可愛らしいですよ。春の妖精といった雰囲気で」
支度を手伝ってくれたミランダは、満足気だ。
「わたくし、ミランダとお揃いの装飾品をつけているのが嬉しいです」
「まあ、姫殿下。光栄です」
「お祭りには、出店もあるのでしょう? わたくし。ミランダと一緒にお買い物を楽しみたいですわ」
「ぜひ楽しみましょう、姫殿下。殿下……商会長は、お小遣いをくださいましたから」
祭りの始まりの日なのに、商会長は商談で都市に戻れないらしい。
フィロシュネーはそれが少し残念だった。
ミランダにエスコートされて通路を歩いていくと、シューエンが緑色の目をキラキラさせて声をかけてくる。
「フィロシュネー殿下、とてもよく似合っておられます。僕が隣に並んでエスコートすると、より殿下の可憐さが際立つことでしょうっ。僕は、兄たちによく『シューエンは引き立て役にとてもいい』なんて言われて……うっ、ぐすっ……」
「ちょ、ちょっとシューエン。いきなり落ち込まないでくださる?」
「アーサー様は、首輪が爆発してもいいから頑張れ、などと仰り……」
「お、お兄様にはわたくしから『もっとシューエンに優しくしてあげて』と手紙を書きます」
「ぜひそうしていただいて」
待遇改善の約束を取り付けると、シューエンは涙をひっこめた。
「さあさあフィロシュネー殿下ぁっ。僕です! 僕がエスコートするのでございますっ!」
輝くような笑顔で、シューエンはエスコートを代わろうとする。
「例のけしからん噂を払拭するくらい、僕と親密なところを見せましょう」
「うーん。それって、どうかしら。どちらかといえばわたくしに軽い印象をもたれるのではなくて?」
尻軽とか、慎みがないとか、そんな印象を抱かれるのではないか。
「わたくし、ただでさえ婚約者がなかなか定まらない王女でしたから」
フィロシュネーが懸念をしめすと、シューエンは「無礼な噂が出たら、もみ消しましょう」と可愛らしい笑顔で言うのだった。
「うーん。わたくし、ミランダと手を繋いで参ります」
「あれっ、フィロシュネー殿下ぁ」
「お揃いの装いにしましたし、わたくしはもっとミランダと仲良くしたいのです」
「フィロシュネー殿下ぁ……」
眼が合うと、ミランダはニッコリと笑ってくれた。
「私と仲良くしてくださるのですか、姫殿下?」
優しいお姉さんな声でストレートに問われて、フィロシュネーはちょっと照れてしまった。
いつの間にかミランダの後ろについてきているサイラスが微笑ましい生き物を見るような保護者っぽい眼で見守っているのがまた、恥ずかしい。
『俺は今、高慢でワガママなお姫様が頑張ってお友だちをつくろうとしている、という面白すぎる現場にいるぞ』
そんな心の声が聞こえてくるような気がする。
(むむっ、き、気にしないわよ、そんな視線。好きなように思いなさいな。わたくし、気にしませんから!)
王族とは常に視線に晒されるので、父にもよく言われていた。
『シュネー、下々の者を同じ人間だと思うな、あれらはテーブルに置かれたカトラリーのようなものだと思え。カトラリーがたくさんあっても、恥ずかしがることはないだろう?』
しかし城を出てからのフィロシュネーは、下々の者がどんどん自分と同じ人間で、ひとりひとりに人生があって、個性や魅力のあるただ1人の存在なのだと思えるようになっていた。
(だから友達になりたいと思うし、恥ずかしいとも思うのね)
フィロシュネーは視線をミランダに固定して、『頑張った』。
「な……、仲良くしたい、です。わたくし、あんまり侍女や他の貴族令嬢と、仲良くしたり、おともだちみたいな関係をつくったことがなかったから……ミランダと、おともだちになりたいの」
ふわふわと頬を染めると、ミランダはフィロシュネーの手を取ってゆらゆらと嬉しそうに揺らした。
「姫殿下は私とお友達になってくださるのですか? ミランダは嬉しゅうございます」
おともだち、と口にして顔を合わせると胸がぽかぽかする。
ミランダと手を繋いで、後ろにシューエンやサイラスを伴い歩く都市は、建物と建物の間を逆三角形の旗や、花雪洞が彩っていた。
「あ、シューエン。野良おじいさんですわよ」
「僕の野良おじいさんですね、孫っぽいことしてきます」
黒い鉢巻をしたダイロスじいさんを見つけて、シューエンが人懐こく駆けていく。仲良くなったらしい。
兄アーサーが言ったように、慰霊祭は空国の王室が経費を賄い、民への施しをしている。
期間中は揉め事や争いを控えて過ごすよう告知も出されている。
けれど、人が集まれば揉め事も当然予想される。魔物も、減ってはいるがまだ出没する。
なので、都市には各地からやってきた傭兵もたくさんいる。彼らは雑用を手伝ったり、暇そうに警備をしたり、タダ飯にもありつけると喜んでいたりする。
所属を表わすらしき青や黒といった布を腕や手首につけた傭兵たちは、あちらこちらで無償で振る舞われるご馳走に集っていた。
傭兵たちは大きな口をあけて、陽気に楽しそうに、美味しそうに飲み食いして、謡ったり踊ったりしている。フィロシュネーには「ちょっと怖い」とか「野蛮ね」とか、粗野に思える振る舞いもあるが、「格好良い」と思ったり「見ていて気持ちがいい」と思うような、陽気なエネルギーも感じる。
(お城のパーティでは出会えない――そんな生き生きしたものが、世の中にはたくさんあるのね)
これが、自分が生きている世界なのだ。
フィロシュネーは、たくさんいる人間たちの笑い合う姿を見て、そう思った。
木の棒に黒布を巻く人々が、言葉を交わす。
「聖女様は、青王や空王に休戦させるほどの発言力があるんだ」
すやすやと眠る赤子を見守っていた傭兵が、揺籠に背を向ける。
「無償でご馳走にありつけるんだってさ」
慰霊祭の幕開けは、あたたかな日だった。
空国の王兄ハルシオンが領主となっている空国領の都市グランパークスは、いつも以上に賑やかだ。祭りの中心地で、主催の聖女が拠点としている都市とあって、周辺からどんどん人が集まってくる。
フィロシュネーは、花びらの残り枚数を数えながら部屋を出た。
祭りを楽しむための装いは、上品な光沢があるやわらかな生地のドレス。後背側の裾が少し長くて、前方はミモレ丈。前方から見るとほっそりとした脚の周囲を後ろ側のフリルが段を重ねるように彩っていて、可憐な印象。
金色の葉が連なるチョーカーは、ミランダとお揃い。
手首にしゃらりと揺れるブレスレットは明るい青緑の宝石と無色透明の宝石が煌めいている。
「姫殿下、とても可愛らしいですよ。春の妖精といった雰囲気で」
支度を手伝ってくれたミランダは、満足気だ。
「わたくし、ミランダとお揃いの装飾品をつけているのが嬉しいです」
「まあ、姫殿下。光栄です」
「お祭りには、出店もあるのでしょう? わたくし。ミランダと一緒にお買い物を楽しみたいですわ」
「ぜひ楽しみましょう、姫殿下。殿下……商会長は、お小遣いをくださいましたから」
祭りの始まりの日なのに、商会長は商談で都市に戻れないらしい。
フィロシュネーはそれが少し残念だった。
ミランダにエスコートされて通路を歩いていくと、シューエンが緑色の目をキラキラさせて声をかけてくる。
「フィロシュネー殿下、とてもよく似合っておられます。僕が隣に並んでエスコートすると、より殿下の可憐さが際立つことでしょうっ。僕は、兄たちによく『シューエンは引き立て役にとてもいい』なんて言われて……うっ、ぐすっ……」
「ちょ、ちょっとシューエン。いきなり落ち込まないでくださる?」
「アーサー様は、首輪が爆発してもいいから頑張れ、などと仰り……」
「お、お兄様にはわたくしから『もっとシューエンに優しくしてあげて』と手紙を書きます」
「ぜひそうしていただいて」
待遇改善の約束を取り付けると、シューエンは涙をひっこめた。
「さあさあフィロシュネー殿下ぁっ。僕です! 僕がエスコートするのでございますっ!」
輝くような笑顔で、シューエンはエスコートを代わろうとする。
「例のけしからん噂を払拭するくらい、僕と親密なところを見せましょう」
「うーん。それって、どうかしら。どちらかといえばわたくしに軽い印象をもたれるのではなくて?」
尻軽とか、慎みがないとか、そんな印象を抱かれるのではないか。
「わたくし、ただでさえ婚約者がなかなか定まらない王女でしたから」
フィロシュネーが懸念をしめすと、シューエンは「無礼な噂が出たら、もみ消しましょう」と可愛らしい笑顔で言うのだった。
「うーん。わたくし、ミランダと手を繋いで参ります」
「あれっ、フィロシュネー殿下ぁ」
「お揃いの装いにしましたし、わたくしはもっとミランダと仲良くしたいのです」
「フィロシュネー殿下ぁ……」
眼が合うと、ミランダはニッコリと笑ってくれた。
「私と仲良くしてくださるのですか、姫殿下?」
優しいお姉さんな声でストレートに問われて、フィロシュネーはちょっと照れてしまった。
いつの間にかミランダの後ろについてきているサイラスが微笑ましい生き物を見るような保護者っぽい眼で見守っているのがまた、恥ずかしい。
『俺は今、高慢でワガママなお姫様が頑張ってお友だちをつくろうとしている、という面白すぎる現場にいるぞ』
そんな心の声が聞こえてくるような気がする。
(むむっ、き、気にしないわよ、そんな視線。好きなように思いなさいな。わたくし、気にしませんから!)
王族とは常に視線に晒されるので、父にもよく言われていた。
『シュネー、下々の者を同じ人間だと思うな、あれらはテーブルに置かれたカトラリーのようなものだと思え。カトラリーがたくさんあっても、恥ずかしがることはないだろう?』
しかし城を出てからのフィロシュネーは、下々の者がどんどん自分と同じ人間で、ひとりひとりに人生があって、個性や魅力のあるただ1人の存在なのだと思えるようになっていた。
(だから友達になりたいと思うし、恥ずかしいとも思うのね)
フィロシュネーは視線をミランダに固定して、『頑張った』。
「な……、仲良くしたい、です。わたくし、あんまり侍女や他の貴族令嬢と、仲良くしたり、おともだちみたいな関係をつくったことがなかったから……ミランダと、おともだちになりたいの」
ふわふわと頬を染めると、ミランダはフィロシュネーの手を取ってゆらゆらと嬉しそうに揺らした。
「姫殿下は私とお友達になってくださるのですか? ミランダは嬉しゅうございます」
おともだち、と口にして顔を合わせると胸がぽかぽかする。
ミランダと手を繋いで、後ろにシューエンやサイラスを伴い歩く都市は、建物と建物の間を逆三角形の旗や、花雪洞が彩っていた。
「あ、シューエン。野良おじいさんですわよ」
「僕の野良おじいさんですね、孫っぽいことしてきます」
黒い鉢巻をしたダイロスじいさんを見つけて、シューエンが人懐こく駆けていく。仲良くなったらしい。
兄アーサーが言ったように、慰霊祭は空国の王室が経費を賄い、民への施しをしている。
期間中は揉め事や争いを控えて過ごすよう告知も出されている。
けれど、人が集まれば揉め事も当然予想される。魔物も、減ってはいるがまだ出没する。
なので、都市には各地からやってきた傭兵もたくさんいる。彼らは雑用を手伝ったり、暇そうに警備をしたり、タダ飯にもありつけると喜んでいたりする。
所属を表わすらしき青や黒といった布を腕や手首につけた傭兵たちは、あちらこちらで無償で振る舞われるご馳走に集っていた。
傭兵たちは大きな口をあけて、陽気に楽しそうに、美味しそうに飲み食いして、謡ったり踊ったりしている。フィロシュネーには「ちょっと怖い」とか「野蛮ね」とか、粗野に思える振る舞いもあるが、「格好良い」と思ったり「見ていて気持ちがいい」と思うような、陽気なエネルギーも感じる。
(お城のパーティでは出会えない――そんな生き生きしたものが、世の中にはたくさんあるのね)
これが、自分が生きている世界なのだ。
フィロシュネーは、たくさんいる人間たちの笑い合う姿を見て、そう思った。
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