冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ

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 八時間の勤務時間が無事に終わり、飲みに行く時間になる。
  
「おつかれさまでした!」

 はきはきと挨拶をして、スタッフルームで背中まで伸ばした亜麻色の髪の乱れを直して鏡を覗く。
 失恋を機にばっさりと切ってしまおうか、なんて考えながら化粧も直して、制服から私服に着替えた。
 
 スマホには、退院してから独り暮らししている弟からのメッセージが届いていた。
 
『面接に行ってきた。就職できたら姉貴が払ってくれてた入院費用とか返すから』

 弟の拓海たくみは二十四歳。自立精神があって、いい子だ。
 普通の青年みたいに、自分が稼いだお金を自分の娯楽や将来のために使って欲しい――そんな姉心が、私にはある。

『お金は返さなくていいよ。面接通るようにお姉ちゃん、祈ってるね!』 

 メッセージに返信して、職場を後にした。
 悪いことばかりじゃない。きっといいこともある。
 
 俯いていても上を向いていても、今日は終わって明日が来る。
 
 両親が亡くなった私が人生で学んだことは、自分にはどうしようもないことがあるという現実。
 嘆いていても、現実は変わらないということ。

 弟の入院費用を払い、退院まで見守った私は、自分にできることを地道にしていくことの大切さを知っている。
 
 だから私は今回も、過去を引きずらずに今を生きたい。
 元カレに一方的に関係を切られたのは、大したことじゃない。
 大切な人が命を落としたわけでもない。私は、大丈夫。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
  
 準備を終えて、外に出た。
 
 日が落ちた都市に、しとしとと雨が降っている。
 ブックカフェの鈴木店長と同僚とで連れ立って向かうのは、駅から歩いてすぐのお店。ビルの地下にある居酒屋だ。
 
 鈴木店長は、ヤケになったように明るい声を出した。
 
「弁護士さんにも依頼を断られたし、奢るよ」

 同僚が「奢る」の言葉に目を輝かせているけど、鈴木店長は大丈夫なんだろうか。
 
「あの人、弁護士さんだったんですね? お話聞くことしかできませんけど、聞きますよ」 
 
 誰かに話を聞いてもらうと多少なり気持ちが楽になるだろうし、私は同僚と一緒に聞き役に回ることにした。

「妻が子供を連れて実家に帰ったんだ。会いに行っても断られてる」

 鈴木店長はアルコールが入るよりも先に話し始めた。
 他に相談できる相手、いなかったのかな? 見ているとつらそうで、胸が痛む。
 
「母親が連れ去ったら父親が親権を取るのが不利らしい。宝凰寺ほうおうじさんは似た裁判で父親に親権を認めさせた実績があるって聞いたから、相談してみたんだ」

 宝凰寺ほうおうじさん、というのが、私たちが見た格好いい弁護士さんの名前らしい。

「あっちの一方的な言いがかりのせいで定期的な面会もできないって。生活費を毎月貢ぐだけの人生になっちゃうよ。……見てこのSNS。妻の裏アカウントなんだけど」
 
 しかも鈴木店長、スマホの画面をこちらに向けて、毒のあるSNSを見せてくる。
 
『夫がモラハラ気質で怖いと泣いてみせたら、証拠がなくても守ってもらえる。定期的に生活費を送るATMゲットだよ』――『ツブヤイッター』というSNSの誰かのメッセージを見せて、鈴木店長は傷ついた顔を見せた。

「妻を愛してたのに……もう、悔しいよ。店を畳んで首をくくってしまいたくなる……っ」
「鈴木店長!? それはいけませんよ鈴木店長!?」
 
 感情が昂った様子で拳を握る鈴木店長に、肝が冷える。
 宥めていると、料理が次々運ばれてくる。

 海老の衣揚げに、鳥肉の辛味炒め。
 グリルドソーセージに、チーズの盛り合わせに、コブサラダ。
 ――見た目も華やかな料理がテーブルに並んでビールで乾杯すると、鈴木店長は少し激情が収まったようだった。
 
「鈴木店長、その……奢りだと悪いですから、お金払います」
「いいのに。果絵かえさん、真面目だよね。あんまり感情的にならないし。甘え下手っていうか」
「いえ。貴重なお金ですから……何かお力になれたらいいんですけど、話を聞くくらいしかできなくてすみません」

 同僚も割り勘を提案してくれて、意識して明るい声で話題を変えた。
 
「あ。あのイケメン弁護士のネットニュースの記事見つけましたよ」
 
 同僚が、見せてくれるスマホには、ネットニュースが表示されている。

 美男子の写真が掲載されていて、一目であの人だとわかった。
 名前は、宝凰寺ほうおうじ 颯斗はやと。年齢は三十二歳。
 『イケメンすぎる弁護士』とか『ハイスペック男子』とか『腕はいいが俺様でサイコパス』とか『冷血』とか書かれている。前半はいいけど、後半はなかなか酷い。
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