1 / 15
1
しおりを挟む
こんな極上の結婚を、私がするとは思わなかった。
「果絵。もう一度言って。俺が、好きか?」
「……っ、――す、好き……っ」
「俺の妻は、可愛くて最高だ」
私に熱烈なキスを繰り返すのは、ネットニュースで話題になるような、有名な弁護士様。
宝凰寺 颯斗さん――超ハイスペックな彼が、私の旦那様だ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
『ごめん、果絵。付き合って三日目だけど別れてくれ。金が必要になってさ、上司のお嬢さんと見合いすることになった』
「え……っ?」
緑が深まり、花の色どりも鮮やかな季節の、穏やかな雨音に包まれた朝。
勤め先のブックカフェのスタッフルームで。
私、二十六歳の夏樹 果絵は、彼氏から送られてきたスマホのメッセージを二度見した。
『待って。どういうこと?』
返事をチャットした時には、すでに相手からはブロックされている。会話拒否だ。
そ、そんな。メッセージ一通で関係終わり?
彼の方から告白してきたのに。
「そういう目で見たことがなかった」と返事をしたのに。「好きにさせてみせるから付き合って」と言ってきて、お試しにと付き合い始めた三日目なのに。
「果絵さん、どうしたの? ……わっ、ごめん。見えちゃった。このメッセージって前話してた彼氏だよね? うわ、最低……」
同僚のスタッフに声をかけられて、慌ててスマホを閉じる。
でも、彼のメッセージは見られた後だった。
「仕事終わった後で飲みに行こうか。話聞くよ」
「ありがとうございます」
ああ、失恋して慰めてもらう構図になってる。
慰めてくれるのはありがたいけど、あいにく私のお財布事情は寒い。
両親が数年前に交通事故で亡くなったのだけど、借金があることを知り、相続放棄をした。
同じ車に乗っていた弟は一命を取り留めたけど、最近まで長期入院していた。
退院できたのは幸いだけど、物価も上昇傾向だし、お金に余裕があるとは言えない状況が続いている。
「ただ、お金に余裕が……」
「鈴木店長を誘って奢ってもらうのはどう? 飲んで愚痴ってスッキリしよう」
「鈴木店長は断ると思いますよ」
私は高層ビルが立ち並ぶ都市の一角にある小さなブックカフェのスタッフをしている。
鈴木店長はブックカフェの店長だ。
本好きで面倒がいい。誘いにも「早く帰って子供に会いたい」と断るくらい子煩悩だ。
「あとでダメ元で誘ってみるよ。それにしても、今朝は入荷が多いね。果絵さん、この梱包の山をいけすかない男だと思ってチョキチョキ崩していこう」
「あはは……がんばります」
今朝は、梱包された雑誌の山をハサミで開封してジャンル分けする作業からお仕事開始。
スタッフは私以外に二人いる。
夏の長期休暇シーズンだからか、付録がついてる雑誌も多いみたいだ。付録付け作業は手作業になるので、結構大変。
私たちが作業をしていると、鈴木店長が来客を迎えているのが見えた。
来客は長身の男性だ。身長、百八十センチ越えていそう。
奥の部屋に案内されて行ったのをチラッと見ただけだけど、かなりの美男子で、見るからに洗練されているエリートのオーラがあった。
「俳優さんかな? 見たことある気がする……」
呟くと、同僚が「うんうん」と熱心に頷いた。
「有名人だよね。動画で見た」
ほんの一瞬で、彼は私たちの心を奪って話題の中心になった。
それくらい、パッと見たときに心を惹き付ける華やかな魅力がある――派手とかではなく、どちらかと言えば上品で、シャープな印象で……鮮烈な存在感だったのだ。
しばらくすると、来客は帰って行った。そして、鈴木店長が肩を落として出てきた。
「鈴木店長、三歳になる娘さんが連れ去りに遭ったんだって」
わけ知り顔の同僚が言う話によれば、奥さんが娘を連れて出て行ったのだとか。
同僚は鈴木店長に好奇心と同情の混ざった声をかけている。
「鈴木店長! 私たち仕事終わった後で飲みに行くんですけど一緒に行きませんか?」
普段お誘いを断る鈴木店長は、このお誘いに乗った。
これが、私の日常が変化する最初の出来事だった。
「果絵。もう一度言って。俺が、好きか?」
「……っ、――す、好き……っ」
「俺の妻は、可愛くて最高だ」
私に熱烈なキスを繰り返すのは、ネットニュースで話題になるような、有名な弁護士様。
宝凰寺 颯斗さん――超ハイスペックな彼が、私の旦那様だ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
『ごめん、果絵。付き合って三日目だけど別れてくれ。金が必要になってさ、上司のお嬢さんと見合いすることになった』
「え……っ?」
緑が深まり、花の色どりも鮮やかな季節の、穏やかな雨音に包まれた朝。
勤め先のブックカフェのスタッフルームで。
私、二十六歳の夏樹 果絵は、彼氏から送られてきたスマホのメッセージを二度見した。
『待って。どういうこと?』
返事をチャットした時には、すでに相手からはブロックされている。会話拒否だ。
そ、そんな。メッセージ一通で関係終わり?
彼の方から告白してきたのに。
「そういう目で見たことがなかった」と返事をしたのに。「好きにさせてみせるから付き合って」と言ってきて、お試しにと付き合い始めた三日目なのに。
「果絵さん、どうしたの? ……わっ、ごめん。見えちゃった。このメッセージって前話してた彼氏だよね? うわ、最低……」
同僚のスタッフに声をかけられて、慌ててスマホを閉じる。
でも、彼のメッセージは見られた後だった。
「仕事終わった後で飲みに行こうか。話聞くよ」
「ありがとうございます」
ああ、失恋して慰めてもらう構図になってる。
慰めてくれるのはありがたいけど、あいにく私のお財布事情は寒い。
両親が数年前に交通事故で亡くなったのだけど、借金があることを知り、相続放棄をした。
同じ車に乗っていた弟は一命を取り留めたけど、最近まで長期入院していた。
退院できたのは幸いだけど、物価も上昇傾向だし、お金に余裕があるとは言えない状況が続いている。
「ただ、お金に余裕が……」
「鈴木店長を誘って奢ってもらうのはどう? 飲んで愚痴ってスッキリしよう」
「鈴木店長は断ると思いますよ」
私は高層ビルが立ち並ぶ都市の一角にある小さなブックカフェのスタッフをしている。
鈴木店長はブックカフェの店長だ。
本好きで面倒がいい。誘いにも「早く帰って子供に会いたい」と断るくらい子煩悩だ。
「あとでダメ元で誘ってみるよ。それにしても、今朝は入荷が多いね。果絵さん、この梱包の山をいけすかない男だと思ってチョキチョキ崩していこう」
「あはは……がんばります」
今朝は、梱包された雑誌の山をハサミで開封してジャンル分けする作業からお仕事開始。
スタッフは私以外に二人いる。
夏の長期休暇シーズンだからか、付録がついてる雑誌も多いみたいだ。付録付け作業は手作業になるので、結構大変。
私たちが作業をしていると、鈴木店長が来客を迎えているのが見えた。
来客は長身の男性だ。身長、百八十センチ越えていそう。
奥の部屋に案内されて行ったのをチラッと見ただけだけど、かなりの美男子で、見るからに洗練されているエリートのオーラがあった。
「俳優さんかな? 見たことある気がする……」
呟くと、同僚が「うんうん」と熱心に頷いた。
「有名人だよね。動画で見た」
ほんの一瞬で、彼は私たちの心を奪って話題の中心になった。
それくらい、パッと見たときに心を惹き付ける華やかな魅力がある――派手とかではなく、どちらかと言えば上品で、シャープな印象で……鮮烈な存在感だったのだ。
しばらくすると、来客は帰って行った。そして、鈴木店長が肩を落として出てきた。
「鈴木店長、三歳になる娘さんが連れ去りに遭ったんだって」
わけ知り顔の同僚が言う話によれば、奥さんが娘を連れて出て行ったのだとか。
同僚は鈴木店長に好奇心と同情の混ざった声をかけている。
「鈴木店長! 私たち仕事終わった後で飲みに行くんですけど一緒に行きませんか?」
普段お誘いを断る鈴木店長は、このお誘いに乗った。
これが、私の日常が変化する最初の出来事だった。
15
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中

【完結】貧乏男爵家のガリ勉令嬢が幸せをつかむまでー平凡顔ですが勉強だけは負けませんー
華抹茶
恋愛
家は貧乏な男爵家の長女、ベティーナ・アルタマンは可愛い弟の学費を捻出するために良いところへ就職しなければならない。そのためには学院をいい成績で卒業することが必須なため、がむしゃらに勉強へ打ち込んできた。
学院始まって最初の試験で1位を取ったことで、入学試験1位、今回の試験で2位へ落ちたコンラート・ブランディスと関わるようになる。容姿端麗、頭脳明晰、家は上級貴族の侯爵家。ご令嬢がこぞって結婚したい大人気のモテ男。そんな人からライバル宣言されてしまって――
ライバルから恋心を抱いていく2人のお話です。12話で完結。(12月31日に完結します)
※以前投稿した、長文短編を加筆修正し分割した物になります。
※R5.2月 コンラート視点の話を追加しました。(全5話)

伯爵令嬢は身代わりに婚約者を奪われた、はずでした
佐崎咲
恋愛
「恨まないでよね、これは仕事なんだから」
アシェント伯爵の娘フリージアの身代わりとして連れて来られた少女、リディはそう笑った。
フリージアには幼い頃に決められた婚約者グレイがいた。
しかしフリージアがとある力を持っていることが発覚し、悪用を恐れた義兄に家に閉じ込められ、会わせてもらえなくなってしまった。
それでもいつか会えるようになると信じていたフリージアだが、リディが『フリージア』として嫁ぐと聞かされる。
このままではグレイをとられてしまう。
それでも窓辺から談笑する二人を見ているしかないフリージアだったが、何故かグレイの視線が時折こちらを向いていることに気づき――
============
三章からは明るい展開になります。
こちらを元に改稿、構成など見直したものを小説家になろう様に掲載しています。イチャイチャ成分プラスです。
※無断転載・複写はお断りいたします。

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!
よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。
ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。
その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。
短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる