婚約者が俺のことをバカ王子と呼んだ件 ~バカを治すのは難しいが浮気しないで頑張るからどうか捨てないでほしい。

朱音ゆうひ

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2、俺は塩、君は可愛い

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 公爵令嬢リミリアは、公爵家の自室で休んでいた。

 応接室で待たされながら、魔術師レデンツは微妙な顔になった。
「考えてみたら、王族が突然訪問して『病床の令嬢に会わせろ』と圧をかけるのってどうなんですかねえ。迷惑じゃね?」
「お、お前、止めなかったではないか」
「やだなぁ殿下。ご自分の判断で『あっ、相手に迷惑かな~』って考えたりしなきゃ」
「そ、それはそうだが、止めてくれてもよいではないか」
 ライアンは凛々しい眉を下げた。両手の人差し指をつんつんと合わせながら。
「俺はお前を頼りにしているから、次からは頼むぞ」
 
 それを見て、騎士ノウキンが邸宅中に聞こえそうな大声で吠える。
「しっかりなさってくださいバカ殿下ッ! それでは獅子ではなくワンコちゃんですぞッ!!」
 やめてほしい。恥ずかしい。
「おい、ノウキン。お前、今俺のことをバカ殿下と言ったか? 罰するべきか?」
「殿下には耳掃除が必要ですかなッ? 若獅子殿下と申し上げたのですがッ?」
「いや、お前はぜったいバカと言った」

 ギスギスした空気の中、リミリアがやってくる。
 健気に身支度をととのえて、カーテシーと呼ばれる伝統的な礼を綺麗にして敬意を伝えてくれる彼女は、ライアンの心をふわふわと癒してくれた。
 
「殿下、お待たせいたしまして申し訳ございません」
 
 あ~~、可憐な声だ。どうしてこんな可愛い声が出るのだ。ずっと聞いていたい。
 
 宝石のように美しい瞳が自分を見ている。
 ライアンはどきどきした。
 しかし、気のせいか。その眼差しには昨日まではなかった「バカが来ちゃった。困る」という感情がチラチラしていないか? 気のせいかな?
 
「いや、リミリア。俺が突然訪問して困らせた。すまぬ」
 
 ここだ。ここで伝えるべきだ。
 
 俺のことバカだと思ってる?
 バカでごめんね、心配したんだよ、俺のこと嫌いになった? って。

「俺はしししし」
 心配という言葉が出ない。これはだめだ。ライアンは視線を逸らした。別な言葉でいこう。
「おおおおお」
 
「殿下? 塩でございますかッ? 俺は塩ッ? 殿下は塩になりたいと?」
「塩対応を詫びると仰りたいのかも」
 側近二人がうるさい。

 リミリアは眉をよせ、三人にカモミールティーをすすめた。

「気持ちが安らぐお茶でございます、どうぞお召し上がりください」
 お茶はおいしかった。でもこれ、遠回しに「落ち着け」と言われてないか?
「はぁっ、……俺は心配したのだ。塩対応を詫びるのだ。俺を嫌わないでほしいのだ。お茶は美味なのだ」
 ライアンは気持ちを落ち着かせながら言葉を選んだ。

「殿下、バカっぽくていいですよ」
「頑張ってお話なさっているのですなッ!」
 
 側近二人が面白がっている。リミリアはというと、驚いた様子だ。

「貴き殿下にご心配をおかけして申し訳ございません。殿下の気持ちを曇らせてしまうなんて、わたくしは婚約者失格ですわ」

「あっ、これ『ですから婚約者やめます』ってなる流れですよ」
 魔術師レデンツが小声で怖いことを言う。やめて。ライアンは哀しい気持ちになった。

「そのようなことはない。リミリアは婚約者として合格だ!!」
「その言い方は偉そうで好感度下がりません? 合否判定するのは殿下ではないのですよ。殿下たちの婚約は国王陛下が定められたのですから。そういうところバカって言われるポイントですよ」
 
 魔術師レデンツがすかさず口を挟んでくる。
「はい、失格なのは俺でしたっ!!」
 思わず丁寧語になるライアンに、リミリアはびっくりしている。
「はい。あ、いえ」
 今の「はい」、さては本音だなリミリア? ライアンはショックを受けつつ、見舞いの品とメッセージカードを渡した。

『俺がバカですまない』
 側近二人と相談して書いた直筆メッセージを見て、リミリアが笑顔を凍らせている。笑顔が崩れないのは、優れた令嬢教育の賜物だな。素晴らしい――ライアンは感心しつつ内心で詫びた。リアクションに困らせてごめんね。

「わ、わたくしがバカと申し上げたのを気になさったのですね。失言でした」
「い、いや。俺がバカですまぬ」
「いえいえ、わたくしがすみません」
「いや俺が」
「いえわたくしが」
 
 はー、この謝ってくれる優しさが全身の毛穴から大腸まで届く。寿命が伸びそうだ。ライアンは思った。婚約者は俺に効く。幸せにしてくれる。健康にいい。万病が治る。すごく良い。

 魔術師がカンペを見せてくる。
『あんまり謝罪合戦してても良い印象つきません。ここはひとつ甘い言葉でグッと迫りましょう』

 カンペを出すならもっと具体的に書いてほしい。
 甘い言葉でグッと迫ると言われても困る。ライアンは心底困り果てながら頑張った。

「リミリア・マイエンジェル。俺を捨てないでほしい。俺、頑張るから」
「まあ、殿下……捨てるだなんて……マイエンジェルって。懐かしい。殿下のセリフがちょっとダサいってネットで笑われてましたっけ」
 リミリアが俺に理解できないことを言っている。
 ダサいって、ネットって、なに。ライアンは困惑した。
 
「マイエンジェルだって」
「精いっぱい格好つけたのですなッ!」
 側近二人の反応はイマイチだったが、リミリアは笑ってくれた。なので、このお見舞いは成功です! ライアンはそう結論付けた。

 自室に引き上げての反省会で、ライアンはニマニマした。
 
「リミリアは可愛かった」
 
 いい匂いがした。令嬢ってなんであんなにふわふわキラキラしていて可愛いのだろう。砂糖菓子でできたお花のようだ。
 あの綺麗で可愛いお花は、俺のなんだ。やったぜ。
 
「俺のお花、リミリア……俺、頑張るよ……!」
 側近たちには、生暖かい目で見られた。

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