56 / 63
2章
55、清明節、申の刻、朕のわっしょい(ピンチ)
しおりを挟む
「三人の宮女を無事に返してほしければ、先見の公子を暗殺せよ」
……誤解しようもなく、敵だ!
紺紺は身構えた。
「お二人は……黒家と繋がっていたんですね。敵だったんですね!」
後宮のあちらこちらに貼られていたお札。機能不全に陥っていた宮正。
後宮を掌握して好きにしていた黒貴妃。黒家と繋がっていた宮女、侍女。
彰鈴妃を陥れようとした存在。東宮を呪い、暗殺しようとした存在。
……一度目の人生で暗躍していたという、地仙。
頭の中でいくつもの情報が浮かんでは消えていく。
「ひどいですっ、私、水鏡老師は頼りになると思ってたのに。沐沐さまも萌萌と仲が良かったはずなのに。……克斯国の諸葛老師とも関係がありますか? 諸葛老師って、地仙らしいですね?」
「うむ。わしこそが諸葛老師よ」
そう答える諸葛老師の顔には年輪を重ねた者特有の深いしわが刻まれていて、老境の渋みがある。
その双眸は、ぎらぎらと暗い炎を燃やしていた。
「わしは他者とは違う。皆が肉を食い酒を楽しみ贅肉を育むのを尻目に、わしは蛍の光を頼りに勉学に勤しみ、山道を駆け上がり、健やかなる肉体を育んだ。皆が女色や愛だの恋だのに溺れる中、わしは長い年月をかけて滝行や梅花の気功術に励み、人という枠を破り、地仙となったのよ」
「努力はすごいと思いますけど、どうして人を誘拐したり暗殺しようとしたり……国を滅亡させたりするんですか」
紺紺は霞幽の話を思い出した。
彼の一度目の人生で、諸葛老師という地仙は黒幕とか諸悪の根源と言っても過言ではない印象だった気がする。
この人物は、正晋国の下克上を正当化し、妖狐を利用し、大陸中を大混乱に陥らせて、消えたのだ。
「どうして……」
……その動機が理解できない、と思うと同時に、「許せない」という怒りも湧いてくる。
でも、人質を取られている。どうしよう? ――焦燥と不安も湧いてくる。
感情と理性の狭間で思考を巡らせた紺紺は、ふと気づいた。
老師の後ろには、いつの間にか白猫がいる。
先見の公子――霞幽だ。
猫の瞳は、無感情だ。
こんな事件は想定通りで、何も慌てることがない――言葉ではなく、全身の醸し出す余裕のようなものが、そう感じさせた。
あれっ? 霞幽様は、全部お見通しだったんじゃないかな?
この様子だと、もしかして霞幽様が人質を助けてくれているんじゃないかな?
そんな希望的観測が、信頼という土台の上にむくむくと広がっていく。
きっと霞幽様が助けてくれてるんだ。
あんなに余裕な態度なんだもの。助けてないはずがないよ……!
思い込みが深まっていき、紺紺は強気になった。
「諸葛老師。人質は本当に捕まえてるんですか? 今頃、先見の公子様に逃がされてたりしませんか? ご確認なさった方がいいのでは? 確認に行くなら、一緒についていきますよ」
「何を笑っておる? わしの素晴らしさに感服したのかの?」
諸葛老師が訝しげな表情を浮かべる。
――ああ、人間らしい人!
老師の感情豊かな表情と背後の猫の無表情を見比べていると、紺紺は焦燥と不安が一気に薄れていくのを感じる。
「笑ってましたか、すみません。だって、諸葛老師……ぜんぜん先見の公子様と違うって思ったから」
霞幽と比べれば、すごく世俗の垢塗れで、小物っぽい。
「諸葛老師は世俗に浸かりきってる感じです、『人間!』って感じです」
「なっ……」
「先見の公子様は、あなたと全然違います。あなたが誇っているようなことをちっぽけなこととか些細なことだって思ってて……人の生死も、人生も、ちょっと遠くからどうでもよさそうに見てて……いまいちやる気がなくて、無責任で……最終的な目的を大切にしてて……」
諸葛老師は火がついたように猛り、両手の指を立てたり握ったりして術印を結んだ。
沸き立つような音を立てて池の水が蠢くところを見ると、術師としては確かに通常の人間では到達できない領域に達している仙人であるらしい。水が龍の形になって襲ってくるので、紺紺は後方転回して避けた。
「わしがあの青二才に劣るものか! どれだけの年月、研鑽を積んできたと思っている……! 沐沐、殺れ!」
「はい、老師様」
老師に命じられ、沐沐が素早く距離を詰め、暗器を閃かせる。
しっかり訓練を受けている暗殺者の身体裁きだ。
普通の小娘であれば、数秒で急所を突かれて絶命させられてしまうだろう。
急所じゃなくても、かすり傷でも毒が仕込んであって殺されてしまうかもしれない。
でも、紺紺は普通の人間ではない。
動きは全て見切ることができた。
超人的な反射速度で身軽に回避できる。
拾った陶器の破片を思い出して懐から取り出せば、皮肉にも殺意の刃を破片で受け流す役にも立った。
それにしても、引っ掛かる。
「えっと、劣るというのともちょっと違う気がするんですよね……」
紺紺は「人間らしい方がいいな」と思っているからだ。でも、老師は人間じゃない存在になりたいのだ。
「私、思うんです。天仙ってたぶん『自分が、自分が』って感じじゃないんじゃないかな。きっと、それこそ先見の公子様みたいに自分を消したようにしちゃったのが、天仙なんじゃないかな……」
霞幽を見ていると、何に対しても熱が欠けている気がする。
そう思いながら、紺紺は身を屈め、水龍の突撃を避けて地面を転がった。
上半身があった空間を水龍がすごい勢いで通過していく。しかも、すぐに方向転換してまた襲ってくるものだから厄介だ。紺紺は地を蹴って跳躍した。
「紺紺さん、戦いながらお喋りとは余裕ね!」
「ふふっ、私、お喋り好きなんです!」
――どんな時も、喋っていると前向きになれるから。
高く跳ぶ紺紺に、沐沐が飛びかかってくる。
空中で回転しながら繰り出してくる刃を陶器の破片で弾き、蹴りを受けたところに横から水龍が突っ込んでくる。
凄まじい勢いのそれに全身が突き上げられ、押し流されるように高く体が持ち上げられていく。
「くぅっ……、――あれっ……?」
天高く持ち上げられた一瞬、紺紺の目には、演舞台が見えた。
演舞台には、皇帝と岳 武輪がいた。舞台袖では、かまど娘娘と宝石商人が揉めている? そして警備兵が集まっている?
皇帝は、長い衣の裾を翻し、大きな儀礼用の剣を振っている。
岳 武輪は倚天剣を手に、殺気を隠そうともせず皇帝に向かっていく……。
――皇帝が、岳武輪に襲われている!
* * *
――申の刻(夕方16時)。
皇帝は滝のような汗を流しながら、必死に岳武輪の剣をしのいでいた。
清明節の目玉の儀式ともいえるのが、皇帝の剣舞。
大きくて重い儀礼用の剣を持ち、洗練された剣の舞いを単身で奉納する――それが、皇帝の公務。祀り仕事だ。
皇帝は剣の腕には覚えがあり、剣舞も得意だ。
「傾城のおかげで体調も改善したことだし、清明節の晴れ舞台を見事にこなしてみせよう」と意気込んでいた。
息子である東宮も目をキラキラさせて「父上の剣舞が楽しみ」と言ってくれていた。
よーし、爸爸張りきっちゃうぞ!
いろいろとあったが、祖先の霊も天上の神々もどうか朕の志を見てほしい。
立派な国主としてがんばるから!
演舞台にあがり、空を見れば、快晴であった。
夕暮れの太陽に、世界が燃えるように彩られている。まぶしい!
隅々まで地上が茜色と黄金色に照らされて、後ろ暗いことを何も許されないような気分になる。
皇帝は姿勢を正し、神妙な表情で剣舞を始めた。
「すーっ」
ゆったりと呼吸して自分の周りに満ちている空気を感じる。
気功を練るように両の手のひらをあわせ、自然な所作で足を一歩踏み込みながら、抜剣。
「わっしょいっ」
なお、掛け声はわっしょいである。
皇帝は、わっしょいが好きだ。一番がんばれる気がする掛け声なのだ。こだわりである。
「わっしょいっ」
滑らかな足運びで重心を移動しながら、抜いた剣は空気の流れを導くように、円を描くように横に振る。
「わっしょいっ」
その勢いのまま、全身を独楽のようにくるりと回転させたとき、異常事態が発生した。
岳武輪が乗り込んできたのだ。
「な、なんだっ?」
「はははっ!」
白い歯をみせながら岳武輪が抜いた倚天剣は、どう見ても儀礼用ではなく実戦用であった。
「岳王!?」
「ここに王がもう一人いる! 天に国主が舞いを捧げる儀式ならば、俺も舞わねばな。せっかく招いてくれたのだ、両国の発展を願い、仲良くやろう。遠慮するな」
それを嬉々として振る岳武輪には、明らかに殺気があった。
殺気を隠そうともせず、「二人で舞うなら剣を戦わせないとな!」と襲い掛かってくる。こ、殺される!
「こんな事態のための警備や術師たちは何をしているのだ?」と思ったところ、舞台袖ではなぜか宝石商人とかまど娘娘が花火をぶつけあっている。仲間割れ?
警備兵は舞台に駆け寄ってきたものの、視えない壁に阻まれてこちらに来れない様子。結界?
そして、遠くの空に今、水龍と戯れる傾城が一瞬だけチラッと見えた。水遊び……!?
「父上……?」
東宮が「これは異常事態? それとも、また演出?」という顔をしている。
こりゃ、いかん――皇帝は全力で虚勢を張った。
「うおおおっ、これは予定していたことであるッ! 朕の演出であるッ! 皆の者、慌てるでないッ!」
内心では危機に慌てふためいているが、皇帝は余裕の笑みをつくって儀礼用の剣で倚天剣を受け止めた。
――パキィィン!
「ち、父上! 剣が……!」
儀礼用の剣が無残に折れる。
伝説級の剣と儀礼用の剣を戦わせてはいけない、勝てるわけがなかった。
皇帝は涙目になりながら「これも想定通りッ! 朕の演出であるぞおぉぉッ‼」と吠えた。
「ほ、ほんとうですか、父上っ!?」
「ち……朕を……信じよ!」
息子に格好良いところを見せたい。
式典を無事成功させたい!
もう色々と限界かもしれぬが、朕は最期までがんばるぞ!
皇帝は必死に岳武輪の剣から逃げ回りながら、強気な笑顔を保ち続けた。
……誤解しようもなく、敵だ!
紺紺は身構えた。
「お二人は……黒家と繋がっていたんですね。敵だったんですね!」
後宮のあちらこちらに貼られていたお札。機能不全に陥っていた宮正。
後宮を掌握して好きにしていた黒貴妃。黒家と繋がっていた宮女、侍女。
彰鈴妃を陥れようとした存在。東宮を呪い、暗殺しようとした存在。
……一度目の人生で暗躍していたという、地仙。
頭の中でいくつもの情報が浮かんでは消えていく。
「ひどいですっ、私、水鏡老師は頼りになると思ってたのに。沐沐さまも萌萌と仲が良かったはずなのに。……克斯国の諸葛老師とも関係がありますか? 諸葛老師って、地仙らしいですね?」
「うむ。わしこそが諸葛老師よ」
そう答える諸葛老師の顔には年輪を重ねた者特有の深いしわが刻まれていて、老境の渋みがある。
その双眸は、ぎらぎらと暗い炎を燃やしていた。
「わしは他者とは違う。皆が肉を食い酒を楽しみ贅肉を育むのを尻目に、わしは蛍の光を頼りに勉学に勤しみ、山道を駆け上がり、健やかなる肉体を育んだ。皆が女色や愛だの恋だのに溺れる中、わしは長い年月をかけて滝行や梅花の気功術に励み、人という枠を破り、地仙となったのよ」
「努力はすごいと思いますけど、どうして人を誘拐したり暗殺しようとしたり……国を滅亡させたりするんですか」
紺紺は霞幽の話を思い出した。
彼の一度目の人生で、諸葛老師という地仙は黒幕とか諸悪の根源と言っても過言ではない印象だった気がする。
この人物は、正晋国の下克上を正当化し、妖狐を利用し、大陸中を大混乱に陥らせて、消えたのだ。
「どうして……」
……その動機が理解できない、と思うと同時に、「許せない」という怒りも湧いてくる。
でも、人質を取られている。どうしよう? ――焦燥と不安も湧いてくる。
感情と理性の狭間で思考を巡らせた紺紺は、ふと気づいた。
老師の後ろには、いつの間にか白猫がいる。
先見の公子――霞幽だ。
猫の瞳は、無感情だ。
こんな事件は想定通りで、何も慌てることがない――言葉ではなく、全身の醸し出す余裕のようなものが、そう感じさせた。
あれっ? 霞幽様は、全部お見通しだったんじゃないかな?
この様子だと、もしかして霞幽様が人質を助けてくれているんじゃないかな?
そんな希望的観測が、信頼という土台の上にむくむくと広がっていく。
きっと霞幽様が助けてくれてるんだ。
あんなに余裕な態度なんだもの。助けてないはずがないよ……!
思い込みが深まっていき、紺紺は強気になった。
「諸葛老師。人質は本当に捕まえてるんですか? 今頃、先見の公子様に逃がされてたりしませんか? ご確認なさった方がいいのでは? 確認に行くなら、一緒についていきますよ」
「何を笑っておる? わしの素晴らしさに感服したのかの?」
諸葛老師が訝しげな表情を浮かべる。
――ああ、人間らしい人!
老師の感情豊かな表情と背後の猫の無表情を見比べていると、紺紺は焦燥と不安が一気に薄れていくのを感じる。
「笑ってましたか、すみません。だって、諸葛老師……ぜんぜん先見の公子様と違うって思ったから」
霞幽と比べれば、すごく世俗の垢塗れで、小物っぽい。
「諸葛老師は世俗に浸かりきってる感じです、『人間!』って感じです」
「なっ……」
「先見の公子様は、あなたと全然違います。あなたが誇っているようなことをちっぽけなこととか些細なことだって思ってて……人の生死も、人生も、ちょっと遠くからどうでもよさそうに見てて……いまいちやる気がなくて、無責任で……最終的な目的を大切にしてて……」
諸葛老師は火がついたように猛り、両手の指を立てたり握ったりして術印を結んだ。
沸き立つような音を立てて池の水が蠢くところを見ると、術師としては確かに通常の人間では到達できない領域に達している仙人であるらしい。水が龍の形になって襲ってくるので、紺紺は後方転回して避けた。
「わしがあの青二才に劣るものか! どれだけの年月、研鑽を積んできたと思っている……! 沐沐、殺れ!」
「はい、老師様」
老師に命じられ、沐沐が素早く距離を詰め、暗器を閃かせる。
しっかり訓練を受けている暗殺者の身体裁きだ。
普通の小娘であれば、数秒で急所を突かれて絶命させられてしまうだろう。
急所じゃなくても、かすり傷でも毒が仕込んであって殺されてしまうかもしれない。
でも、紺紺は普通の人間ではない。
動きは全て見切ることができた。
超人的な反射速度で身軽に回避できる。
拾った陶器の破片を思い出して懐から取り出せば、皮肉にも殺意の刃を破片で受け流す役にも立った。
それにしても、引っ掛かる。
「えっと、劣るというのともちょっと違う気がするんですよね……」
紺紺は「人間らしい方がいいな」と思っているからだ。でも、老師は人間じゃない存在になりたいのだ。
「私、思うんです。天仙ってたぶん『自分が、自分が』って感じじゃないんじゃないかな。きっと、それこそ先見の公子様みたいに自分を消したようにしちゃったのが、天仙なんじゃないかな……」
霞幽を見ていると、何に対しても熱が欠けている気がする。
そう思いながら、紺紺は身を屈め、水龍の突撃を避けて地面を転がった。
上半身があった空間を水龍がすごい勢いで通過していく。しかも、すぐに方向転換してまた襲ってくるものだから厄介だ。紺紺は地を蹴って跳躍した。
「紺紺さん、戦いながらお喋りとは余裕ね!」
「ふふっ、私、お喋り好きなんです!」
――どんな時も、喋っていると前向きになれるから。
高く跳ぶ紺紺に、沐沐が飛びかかってくる。
空中で回転しながら繰り出してくる刃を陶器の破片で弾き、蹴りを受けたところに横から水龍が突っ込んでくる。
凄まじい勢いのそれに全身が突き上げられ、押し流されるように高く体が持ち上げられていく。
「くぅっ……、――あれっ……?」
天高く持ち上げられた一瞬、紺紺の目には、演舞台が見えた。
演舞台には、皇帝と岳 武輪がいた。舞台袖では、かまど娘娘と宝石商人が揉めている? そして警備兵が集まっている?
皇帝は、長い衣の裾を翻し、大きな儀礼用の剣を振っている。
岳 武輪は倚天剣を手に、殺気を隠そうともせず皇帝に向かっていく……。
――皇帝が、岳武輪に襲われている!
* * *
――申の刻(夕方16時)。
皇帝は滝のような汗を流しながら、必死に岳武輪の剣をしのいでいた。
清明節の目玉の儀式ともいえるのが、皇帝の剣舞。
大きくて重い儀礼用の剣を持ち、洗練された剣の舞いを単身で奉納する――それが、皇帝の公務。祀り仕事だ。
皇帝は剣の腕には覚えがあり、剣舞も得意だ。
「傾城のおかげで体調も改善したことだし、清明節の晴れ舞台を見事にこなしてみせよう」と意気込んでいた。
息子である東宮も目をキラキラさせて「父上の剣舞が楽しみ」と言ってくれていた。
よーし、爸爸張りきっちゃうぞ!
いろいろとあったが、祖先の霊も天上の神々もどうか朕の志を見てほしい。
立派な国主としてがんばるから!
演舞台にあがり、空を見れば、快晴であった。
夕暮れの太陽に、世界が燃えるように彩られている。まぶしい!
隅々まで地上が茜色と黄金色に照らされて、後ろ暗いことを何も許されないような気分になる。
皇帝は姿勢を正し、神妙な表情で剣舞を始めた。
「すーっ」
ゆったりと呼吸して自分の周りに満ちている空気を感じる。
気功を練るように両の手のひらをあわせ、自然な所作で足を一歩踏み込みながら、抜剣。
「わっしょいっ」
なお、掛け声はわっしょいである。
皇帝は、わっしょいが好きだ。一番がんばれる気がする掛け声なのだ。こだわりである。
「わっしょいっ」
滑らかな足運びで重心を移動しながら、抜いた剣は空気の流れを導くように、円を描くように横に振る。
「わっしょいっ」
その勢いのまま、全身を独楽のようにくるりと回転させたとき、異常事態が発生した。
岳武輪が乗り込んできたのだ。
「な、なんだっ?」
「はははっ!」
白い歯をみせながら岳武輪が抜いた倚天剣は、どう見ても儀礼用ではなく実戦用であった。
「岳王!?」
「ここに王がもう一人いる! 天に国主が舞いを捧げる儀式ならば、俺も舞わねばな。せっかく招いてくれたのだ、両国の発展を願い、仲良くやろう。遠慮するな」
それを嬉々として振る岳武輪には、明らかに殺気があった。
殺気を隠そうともせず、「二人で舞うなら剣を戦わせないとな!」と襲い掛かってくる。こ、殺される!
「こんな事態のための警備や術師たちは何をしているのだ?」と思ったところ、舞台袖ではなぜか宝石商人とかまど娘娘が花火をぶつけあっている。仲間割れ?
警備兵は舞台に駆け寄ってきたものの、視えない壁に阻まれてこちらに来れない様子。結界?
そして、遠くの空に今、水龍と戯れる傾城が一瞬だけチラッと見えた。水遊び……!?
「父上……?」
東宮が「これは異常事態? それとも、また演出?」という顔をしている。
こりゃ、いかん――皇帝は全力で虚勢を張った。
「うおおおっ、これは予定していたことであるッ! 朕の演出であるッ! 皆の者、慌てるでないッ!」
内心では危機に慌てふためいているが、皇帝は余裕の笑みをつくって儀礼用の剣で倚天剣を受け止めた。
――パキィィン!
「ち、父上! 剣が……!」
儀礼用の剣が無残に折れる。
伝説級の剣と儀礼用の剣を戦わせてはいけない、勝てるわけがなかった。
皇帝は涙目になりながら「これも想定通りッ! 朕の演出であるぞおぉぉッ‼」と吠えた。
「ほ、ほんとうですか、父上っ!?」
「ち……朕を……信じよ!」
息子に格好良いところを見せたい。
式典を無事成功させたい!
もう色々と限界かもしれぬが、朕は最期までがんばるぞ!
皇帝は必死に岳武輪の剣から逃げ回りながら、強気な笑顔を保ち続けた。
14
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
護国の鳥
凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!!
サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。
周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。
首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。
同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。
外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。
ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。
校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる