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2章
52、清明節、巳の刻、毒殺未遂
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巳の刻(朝10時)。
紺紺は咸白宮の侍女として式典会場にいた。
色彩豊かな布の垂れ幕や幟がはためく会場は、天井がない会場だ。天に祀り事を捧げるためである。
広い会場は中央が演舞台となっており、それを囲むように観覧席がある。
皇帝、東宮、上級妃の座る珠簾付きの席、他国からの賓客用の席、自国の高官や名門名士が並ぶ席。
大勢の観覧の視線が集まる中で皇帝が剣舞を天と祖先の霊に奉納するのが、式典の目玉となる催し物だ。
「ねえ、顔色が悪いわ。無理しないでね」
「……お互いに、ですね」
侍女頭の雨萱が心配してくれている。
親しい人物が行方不明で、探しても見つからないまま本日を迎えたから、紺紺と雨萱は二人そろって落ち着かない日々が続いていた。
「今ごろどうしているかしら。ご飯はちゃんと食べられているかしら。泣いていないかしら……」
心配だ。
「せっかくの式典ですのに。心配ですわね」
輿から降りた彰鈴妃は、そんな侍女たちに眉尻をさげ、「楽しめる気分ではないですわね」と同情的に呟いた。
咸白宮の祭りの始まり、式典の幕開けは、まるで葬式のような雰囲気だ。
「彰鈴妃には申し訳ございません、せっかくの特別な日ですのに。どうか、式典の間……私どものことは気にせずお過ごしください」
「そうね。清明節は祖先の霊も見守ってくださっているでしょうから、霊に礼を尽くし、加護を願いましょうか……ところで、傾城様はどのお方かしら」
珠簾の内側から憧れの人物を探す彰鈴妃に、どきりとする。「ちょっとここに呼び出して顔を見せてもらいましょう!」と言われては、厄介だ。
紺紺は慌てて予防策を打った。
「術師の方は警備とかをなさっていて、あんまりお席にじっとしていないんじゃないでしょうか? とってもとっても、お忙しいでしょうから……」
「そうね。実は今、ご挨拶したいから呼んでもらおうかと思っていたところだけど、お仕事がお忙しいでしょうから、邪魔してはいけませんわね」
危ないところだった! 紺紺は冷や汗を流した。
「あの、尚食局が人員不足らしくて。私、手伝ってまいります」
「わたくしの侍女は働き者ね。でも、紺紺は体が弱いのですし、寝不足で無理するのはいけませんわ。ちゃんと休んでね」
「はいっ」
彰鈴妃は、何を言っても深く追求しないし、疑わない。さぼりたければさぼっていいのよ、と許しちゃう人だ。
咸白宮務めだと、こういう時に自由が利く――紺紺は式典の予定を確認しながら物陰で九術師専用に用意された天文博士風の大衣を羽織り、狐のお面をつけた。
本日の予定は、以下となっている。
巳の刻(朝10時)。
入場。紺紺は咸白宮の侍女として彰鈴妃のお供をする。
傾城は皇帝のお供をして東宮に挨拶をする。
午の刻(昼12時)。
昼食が配膳され、皆で食べる。
紺紺は咸白宮の席で給仕をする。昼食中は、九術師が術芸を披露して耳目を楽しませる。
傾城は宝石商人と一緒に火の花を空に打ち上げる。
未の刻(昼14時)。
咸白宮と延禧宮の侍女団と、上級妃二人による音楽と舞いの奉納。
紺紺は曲笛を吹く。
傾城は昼食を摂る。
申の刻(夕方16時)。
皇帝が剣舞を奉納する。ここまでで「天と祖先の霊に礼儀を尽くし、これから一年の加護を祈祷する」という儀式が終わる。
紺紺は咸白宮の侍女として観覧する。
傾城は警備する。
酉の刻(夕方18時)。
後夜祭の始まり。
ご馳走が城下の民にも振る舞われ、楽しく賑やかなお祭り騒ぎとなるだろう……。
近い時間帯に、紺紺と傾城が続いて仕事をしないといけない。
いざとなったら体調不良という禁じ手を使おう、と考えながら、紺紺は皇帝の護衛に就いた。一緒に護衛するのは、かまど娘娘だ。
彼女は水鏡老師の弟子らしく、老師曰く「弟子が師匠を越えてしまった」のだとか。実力があるのは頼もしい。
皇帝は、父親の顔で十歳の東宮と話していた。
「父上の剣舞、楽しみです!」
「ははは、将来はそなたがするのだ。父の姿を目に焼き付けるのだぞ」
「はい。最近はとても体調がいいのです。天の加護って、こういうのを言うのでしょうか? 気分がよくて、毎日がんばれる気がするんです。きっと将来お勤めを果たしてみせます」
「よいことじゃ」
東宮は、利発な目をしていた。
背筋がしゃんと伸びていて、お行儀がいい。自分は子どもじゃないぞ、大人だぞって気持ちが全身から溢れでているみたいで、応援したくなる。
「失礼いたします」
その手元に「ついでにさん」というあだ名のある宮女、沐沐が緑色の団子を置く。
尚食局から運んできたらしい。当然、毒見を済ませたもののはずだが……?
「……」
面識のある宮女が近くにいる状況にひやひやしつつ、紺紺は団子の皿を取り上げた。
人間では嗅ぎ分けられないであろう、嫌な臭いがしたのだ。しかし、沐沐の前で喋るのには抵抗がある。紺紺だってばれちゃうもん。
「ふむ? 傾城、その皿になんぞ問題があったか?」
皇帝は、察しがよかった。
耳元に口を寄せ、「毒入りです」と囁けば、皇帝は「あいわかった」と皿を下げさせた。
そして、尚食局へと宮正を差し向けて「事実関係を確認するように」「毒を入れた犯人がわかれば、捕らえておけ」と指示を出してくれた。
「危ないところであったが、よく気づいてくれた。傾城、褒めてつかわすぞ」
「神聖な式典でも、毒を盛る不届き者がいるのですね、父上」
東宮は、そんな不穏な騒ぎにも落ち着いた気配であった。
この少年は呪いのせいで病弱だったので、いつも「明日には亡くなってしまうかも」と思いながら生きてきたのだ。きっと、そのせいだろう。
「さあ、傾城とかまど娘娘は術芸披露の準備をするのであろう。下がってよいぞよ……霞幽! 霞幽! こちらへ参れ。東宮の前であれを頼む、あれだ。わかるな?」
皇帝はそう言って、霞幽を呼んでいる。
「午後の天気は晴れです」
「違う。わしへの忠誠を表明してほしいのだ」
「明日の天気もたぶん晴れです」
かまど娘娘と「あとでね」と別れて、物陰で大衣とお面を外し、紺紺は侍女姿になった。
なかなか忙しい一日になりそうだ……!
咸白宮の席に戻ろうとしたところ、宮正と話していた『ついでにさん』沐沐に見つかった。
「あら、紺紺さん。どちらへ?」
「あっ、沐沐さん。尚食局が人員不足らしくて、料理を運ぶのを手伝ったりしています」
「私もなんだけど、おかげで偉い人の食事を運んで疑われる目に遭ってるわ。あーあ、勘弁してほしいわ~」
「災難ですね」
ぎくりとしたが、沐沐はあやしむことなく、小さな蒸篭を渡してくれた。
「ついでにだけど、これをあなたにあげるわ。いつもお仕事を押し付けても嫌な顔しないで引き受けてくれるし、お礼みたいなものよ。お昼に開けてね」
「わあ。差し入れですね。ありがとうございます」
蒸篭からは美味しそうな匂いがする。
桃饅頭っぽい。
妖狐の血の特性で、贈り物による霊力と身体能力向上を感じる。元気が出てくる。
紺紺はほんわりと癒され、咸白宮の席に戻った。
紺紺は咸白宮の侍女として式典会場にいた。
色彩豊かな布の垂れ幕や幟がはためく会場は、天井がない会場だ。天に祀り事を捧げるためである。
広い会場は中央が演舞台となっており、それを囲むように観覧席がある。
皇帝、東宮、上級妃の座る珠簾付きの席、他国からの賓客用の席、自国の高官や名門名士が並ぶ席。
大勢の観覧の視線が集まる中で皇帝が剣舞を天と祖先の霊に奉納するのが、式典の目玉となる催し物だ。
「ねえ、顔色が悪いわ。無理しないでね」
「……お互いに、ですね」
侍女頭の雨萱が心配してくれている。
親しい人物が行方不明で、探しても見つからないまま本日を迎えたから、紺紺と雨萱は二人そろって落ち着かない日々が続いていた。
「今ごろどうしているかしら。ご飯はちゃんと食べられているかしら。泣いていないかしら……」
心配だ。
「せっかくの式典ですのに。心配ですわね」
輿から降りた彰鈴妃は、そんな侍女たちに眉尻をさげ、「楽しめる気分ではないですわね」と同情的に呟いた。
咸白宮の祭りの始まり、式典の幕開けは、まるで葬式のような雰囲気だ。
「彰鈴妃には申し訳ございません、せっかくの特別な日ですのに。どうか、式典の間……私どものことは気にせずお過ごしください」
「そうね。清明節は祖先の霊も見守ってくださっているでしょうから、霊に礼を尽くし、加護を願いましょうか……ところで、傾城様はどのお方かしら」
珠簾の内側から憧れの人物を探す彰鈴妃に、どきりとする。「ちょっとここに呼び出して顔を見せてもらいましょう!」と言われては、厄介だ。
紺紺は慌てて予防策を打った。
「術師の方は警備とかをなさっていて、あんまりお席にじっとしていないんじゃないでしょうか? とってもとっても、お忙しいでしょうから……」
「そうね。実は今、ご挨拶したいから呼んでもらおうかと思っていたところだけど、お仕事がお忙しいでしょうから、邪魔してはいけませんわね」
危ないところだった! 紺紺は冷や汗を流した。
「あの、尚食局が人員不足らしくて。私、手伝ってまいります」
「わたくしの侍女は働き者ね。でも、紺紺は体が弱いのですし、寝不足で無理するのはいけませんわ。ちゃんと休んでね」
「はいっ」
彰鈴妃は、何を言っても深く追求しないし、疑わない。さぼりたければさぼっていいのよ、と許しちゃう人だ。
咸白宮務めだと、こういう時に自由が利く――紺紺は式典の予定を確認しながら物陰で九術師専用に用意された天文博士風の大衣を羽織り、狐のお面をつけた。
本日の予定は、以下となっている。
巳の刻(朝10時)。
入場。紺紺は咸白宮の侍女として彰鈴妃のお供をする。
傾城は皇帝のお供をして東宮に挨拶をする。
午の刻(昼12時)。
昼食が配膳され、皆で食べる。
紺紺は咸白宮の席で給仕をする。昼食中は、九術師が術芸を披露して耳目を楽しませる。
傾城は宝石商人と一緒に火の花を空に打ち上げる。
未の刻(昼14時)。
咸白宮と延禧宮の侍女団と、上級妃二人による音楽と舞いの奉納。
紺紺は曲笛を吹く。
傾城は昼食を摂る。
申の刻(夕方16時)。
皇帝が剣舞を奉納する。ここまでで「天と祖先の霊に礼儀を尽くし、これから一年の加護を祈祷する」という儀式が終わる。
紺紺は咸白宮の侍女として観覧する。
傾城は警備する。
酉の刻(夕方18時)。
後夜祭の始まり。
ご馳走が城下の民にも振る舞われ、楽しく賑やかなお祭り騒ぎとなるだろう……。
近い時間帯に、紺紺と傾城が続いて仕事をしないといけない。
いざとなったら体調不良という禁じ手を使おう、と考えながら、紺紺は皇帝の護衛に就いた。一緒に護衛するのは、かまど娘娘だ。
彼女は水鏡老師の弟子らしく、老師曰く「弟子が師匠を越えてしまった」のだとか。実力があるのは頼もしい。
皇帝は、父親の顔で十歳の東宮と話していた。
「父上の剣舞、楽しみです!」
「ははは、将来はそなたがするのだ。父の姿を目に焼き付けるのだぞ」
「はい。最近はとても体調がいいのです。天の加護って、こういうのを言うのでしょうか? 気分がよくて、毎日がんばれる気がするんです。きっと将来お勤めを果たしてみせます」
「よいことじゃ」
東宮は、利発な目をしていた。
背筋がしゃんと伸びていて、お行儀がいい。自分は子どもじゃないぞ、大人だぞって気持ちが全身から溢れでているみたいで、応援したくなる。
「失礼いたします」
その手元に「ついでにさん」というあだ名のある宮女、沐沐が緑色の団子を置く。
尚食局から運んできたらしい。当然、毒見を済ませたもののはずだが……?
「……」
面識のある宮女が近くにいる状況にひやひやしつつ、紺紺は団子の皿を取り上げた。
人間では嗅ぎ分けられないであろう、嫌な臭いがしたのだ。しかし、沐沐の前で喋るのには抵抗がある。紺紺だってばれちゃうもん。
「ふむ? 傾城、その皿になんぞ問題があったか?」
皇帝は、察しがよかった。
耳元に口を寄せ、「毒入りです」と囁けば、皇帝は「あいわかった」と皿を下げさせた。
そして、尚食局へと宮正を差し向けて「事実関係を確認するように」「毒を入れた犯人がわかれば、捕らえておけ」と指示を出してくれた。
「危ないところであったが、よく気づいてくれた。傾城、褒めてつかわすぞ」
「神聖な式典でも、毒を盛る不届き者がいるのですね、父上」
東宮は、そんな不穏な騒ぎにも落ち着いた気配であった。
この少年は呪いのせいで病弱だったので、いつも「明日には亡くなってしまうかも」と思いながら生きてきたのだ。きっと、そのせいだろう。
「さあ、傾城とかまど娘娘は術芸披露の準備をするのであろう。下がってよいぞよ……霞幽! 霞幽! こちらへ参れ。東宮の前であれを頼む、あれだ。わかるな?」
皇帝はそう言って、霞幽を呼んでいる。
「午後の天気は晴れです」
「違う。わしへの忠誠を表明してほしいのだ」
「明日の天気もたぶん晴れです」
かまど娘娘と「あとでね」と別れて、物陰で大衣とお面を外し、紺紺は侍女姿になった。
なかなか忙しい一日になりそうだ……!
咸白宮の席に戻ろうとしたところ、宮正と話していた『ついでにさん』沐沐に見つかった。
「あら、紺紺さん。どちらへ?」
「あっ、沐沐さん。尚食局が人員不足らしくて、料理を運ぶのを手伝ったりしています」
「私もなんだけど、おかげで偉い人の食事を運んで疑われる目に遭ってるわ。あーあ、勘弁してほしいわ~」
「災難ですね」
ぎくりとしたが、沐沐はあやしむことなく、小さな蒸篭を渡してくれた。
「ついでにだけど、これをあなたにあげるわ。いつもお仕事を押し付けても嫌な顔しないで引き受けてくれるし、お礼みたいなものよ。お昼に開けてね」
「わあ。差し入れですね。ありがとうございます」
蒸篭からは美味しそうな匂いがする。
桃饅頭っぽい。
妖狐の血の特性で、贈り物による霊力と身体能力向上を感じる。元気が出てくる。
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