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2章

51、宝石商人、倚天剣と青釭剣、北の石王

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「清明節の後に処分を言い渡すので、黒家一族は謹慎きんしんして待て」

 会議の結果を知らされた黒家当主は一族の危機に蒼白となり、破滅回避の道はないかと禿頭をかきむしって呻いた。

「おのれ……このままで終わるものか……」

 その様子を見届けて、窓の外から覗いていた烏が羽休めの枝からばさばさと飛び立つ。
 
 烏は黒い翼を上下させ、風に乗って空を翔け、皇宮の一角へと入っていく。
 
 * * *
 
 皇帝の九術師が集まる部屋の中に、烏が窓から飛びこんできた。
 序列二位の術師である『宝石商人』の式神だ。
 
「宝石商人様の烏が帰ってきたみたいですね」
「めい」
   
 狐のお面をつけた序列一位の『傾城』――紺紺は、その時、宝石商人の膝に抱えられていた。
 
 皇帝の招集がかかり、「体調不良」という名目で侍女のお仕事を休んで『九術師』の集まる部屋に行った紺紺は、最初、無難に挨拶をした。

「どうも、傾城です。仕事で呼ばれて来ました。皆さんもですよね、あはは。当たり前のことを言っちゃいました、すみません。いつもお疲れ様です。あっ、先見の公子様は遅れていらっしゃるようですね。私、隅っこの席に座ってもいいですか? 邪魔にならないようにするので」
 
 と、隅っこの席に向かおうとしたところ、宝石商人にひょいっと抱えられ、「めいはここ」と言われて、膝の上で抱っこされたのだ。
 ちなみに、宝石商人とは軽い挨拶と仕事上での会話しかしたことがない。
 でも、なんか気に入られているらしい。あと、なぜか「めい」と呼ばれている。謎である。
 
 序列四位の『かまど娘娘ニャンニャン』が、序列五位の『水鏡老師』に何か耳打ちしている。
 普通の人間なら聞こえない小声だが、紺紺には聞こえた。

「傾城が色目を使っててむかつく」
「使ってないですよ!」
  
 思わず反論する紺紺を、水鏡老師が「まあまあ」となだめる。
 微妙な雰囲気の室内だが、宝石商人はマイペースだった。
 
「めい。黒家の当主は、悪あがきをするかもしれません」
「逃げたりしないよう、気を付けた方がいいかもですね」
 
 長い白髪を結わえることなく背に流し、目元に布を巻いた宝石商人は、見た目は青年で、宝石と猫が大好きな変人だ。
 
 術師になる前は旅の商人だったというが、詳しい素性は不明である。
 喋り方もちょっと人間性が壊れた雰囲気だし、人間離れした術を使うしで、紺紺は「この人も普通の人間じゃなくて妖魔とか仙人とかなのかなぁ」と思っている。
 
 さて、外からは、もう一羽飛び込んできた。
 ツグミだ。
 別の場所を偵察させていた式神らしい。
 ツグミから「ふんふん」と話をきいて、宝石商人は新しい情報を告げた。
 
「めい。北方の王が代わっています」
「騎馬民族の王様ですか?」

 
 * * *
 
 清明節の日は、あいにくの空模様だった。
 天より降りそそぐ雨は、地上にいくつもの水たまりを作っていた。
 
 克斯国こくしこくの二代目少年王、十五歳の岳武輪がくぶりんは、そんな祭りの中で当晋国とうしんこくを訪れた。

 初めての外交。
 初めての当晋国とうしんこく

 民が「あれが隣国の少年王か」と注目してくる。
 武輪は目立つのが大好きだ。気持ちいいッ! 
 
 昨夜のうちに諸葛老師が見せてくれた『傾城』の姿絵が脳裏をよぎる。
 少女の姿絵は、可憐だった。
 あの少女に好かれたい。格好よいと思われたい。

当晋国とうしんこくの民よ。俺にもっと注目してくれ! 俺こそが西方の虎! 二代目君子剣! 傾城の夫となる男! 岳武輪である!」
 
 どこかで傾城が見ていたりしないだろうか?
 武輪は腰に帯びていた倚天剣いてんけんを抜いた。
 
 倚天剣は、護国の神剣だ。
 まだ正晋国せいしんこく当晋国とうしんこくがなかった頃、曹魏王そうぎおうという英傑覇王が愛用していたことで知られている。
 「それ、欲しい」と駄々をこねたら、諸葛老師が墓を暴いて持ってきてくれたのだ。

「おーい、民よ。見てくれこの剣。すごい剣なんだ!」
  
 突然の抜剣に民が驚き怯える中、武輪は、「試しに切れ味をみせてやろうか」と近くにいた乞食に向けて剣を振り下ろした。こいつはゴミだ、と蔑みながら。

「うわあぁっ、お、お助け」 
「食い扶持を自分で稼ぐこともできぬ奴に、生きる意味はない。苦しまずに死なせてやるのも慈悲というものぞ。どうだ、俺は優しい男だろう!」
   
 雨に濡れる剣の切っ先が乞食の命を奪う、と誰もが予想したが、そこに割り込む剣があった。
 キィン、と硬い金属音が周囲に響いて、声があがる。

「むっ?」

 危なげなく剣を受け止めたのは、浮世離れした存在感のある美青年だった。
 
「護国の神剣とは奇遇ですね。こちらも夏丞相に青釭剣せいこうけんを貢がせたところでした」

 声は、清涼な水底に沈めた水晶のようだった。

「青釭剣だと?」
「そして私は、先見の公子と申し上げる。貴国には地仙の老師がいると聞いていますが、私は天仙です。格上なので敬ってください」

 一般に、天仙は「昇仙」――天に昇って仙人と成った者で、なんらかの使命を持って天から地上に降りてきている者だ。
 対して、地仙とは、仙道を得てはいても天に昇った経験はなく、地上で修行中の「天仙未満」。天仙から使命を言われて果たすこともある下位存在だ。

 先見の公子はいけしゃあしゃあと上位格アピールマウンティングをしたわけだ。
 
「先見の公子とは先見の能力者として高名だが、剣もできるとは初耳だ。そして、天仙だと?」
「我が主上は、天からの加護を厚く受けし龍なのです。懐の広い方ですから、やんちゃな猫さん坊やにも優しくしてくださいますよ」
「誰がやんちゃな猫さん坊やだ! そ、それに、お前は嘘をついているな!」
 
 武輪はむっとした。

「青釭剣は、倚天剣と対をなす剣だ。曹魏王が寵愛した配下、夏将軍に与えた剣だな」
「ええ、そうです」
当晋国とうしんこくの夏丞相は夏将軍の末裔なので、青釭剣を持っていてもおかしくないが、夏将軍は敵国の名将、趙将軍と戦い敗戦して、剣を奪われてしまったはずだぞ!」

 俺の知ってる歴史だと、夏家は青釭剣を失ったはずなのだ!
 しかし、先見の公子はあっさりと否定した。

「それは趙将軍の名声を盛るための作り話ですよ」
「な、なんとっ?」
「さあ、お客様。玩具は鞘におさめてください。さもないとお仕置きをしたくなります」
 
 少年が現実を知ってショックを受ける中、青釭剣を携えた先見の公子はパチンと指を鳴らして合図した。
 
 すると、武輪を囲むようにボワッと炎が生まれる。

「なっ!?」
「この炎は、大河を燃やしたやつだ……!」

 炎は高く壁をつくり、城の門へと横道に逸れる事の出来ない一本道を作り上げていた。

「う、うおおっ!? これが噂に聞く当晋国とうしんこくの奇術か。なんの、剣は炎に負けん!」
「我が国の術には種も仕掛けもございません。炎に勝ちも負けもありません」
 
 先見の公子は淡々と相槌を打ち、武輪の利き手を握った。
 そして、武輪が握っていた剣を鞘におさめさせて、背中を押した。
  
「次に城内で剣を抜かれた際は、我が国に敵対したとみなします。よしなに」

 その笑顔は美しく、男でも見惚れるほどであったが、態度は慇懃無礼で、武輪を道端の雑草を見るように見下していた。天仙という言葉が真実なら、その態度も納得である。

 場内へと克斯国こくしこくの一行が入っていき、炎が消える。
 その様子に、民は大興奮で「今のを見たか」と語り合った。
 
克斯国こくしこくの少年王は、あんな無法者だったのか」
「対応したのは名高き『皇帝の九術師』――先見の公子様だ」
「噂はあったが、なんとあのお方は天仙だったのだなぁ」
「あんな野蛮な王を中に入れて大丈夫なのか? 宴の最中に暴れ出すのでは?」
「いやいや、今のを見ただろう。暴れても簡単に取り押さえてしまうさ」
「……あっ。別の一団が来たぞ」
 
 雨があがり、雲が風に流されて、明るい青空が見えてくる。
 そんな都の道を、雄々しい騎馬隊が進んできた。
 馬は見るからに良い馬で、立派な防具をつけている。跨る騎馬兵はいずれも屈強で、戦い慣れしている精鋭戦士の貫禄があった。
 
「……北方の騎馬民族だ」
「北の石王だ」
  
 日差しを浴びて光る水たまりの水を跳ね、騎馬隊が整然と道を進む。
 一団の先頭を往く騎馬民族国家の王、『北の石王』は、紺色の布を巻いた手首を撫でて口元を緩めた。
 
「ふーむ。ただいまの炎は、お嬢様のもの。霞幽様ともども、お元気そうでよかったよかった、どっかんどっかん」

 石王は門を堂々と通過して、門兵に手を振った。

「あなたはいつか、女装して後宮に入ろうとした俺を拒絶しましたね。抜け道を掘っていた俺を止めたこともありました。あなたのおかげで今の俺がありますよ、ありがとうございます」

 門兵は何を言われているのか一瞬わからず、ぽかんとして――相手が誰だか思い至り、腰を抜かすほど驚いたという。
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