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1章
14、仲良く簀巻きになって(2)
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宦官は手慣れていた。
気付けば、全裸にぺろんっと剥かれて布団にくるまれている。
彼らが「手間をかけさせるな」と言わんばかりに担いで運ぼうとするので、紺紺は幻惑の術を使った。
「待ってください」
言っても宦官は止まらない。
どうしたらいいだろう?
幻惑の術は、説得力を強化する術だ。
術に頼りきりではなく、素の主張にも「アッ、この人の言うことは聞かないと」と思わせる何かが必要だ。
皇帝の命令で動いている宦官に「皇帝よりも私の言うことを聞きなさい」というには、道理で説くよりは、道理をねじまげて「ひえっ、聞かなきゃ」となるような威厳や覇気が効くんじゃないだろうか?
でも、今の紺紺は全裸で簀巻きだ。
全裸簀巻き娘に威厳は出せるだろうか? 難しいのでは?
――いいや、出す!
イメージするのは、自分が「怖い」と思った人。
先見の公子だ。
「……止まりなさい!」
彼は命令することが多い。
とても自然に、当たり前のように。
「君は従うでしょう?」という態度で、命令するのだ。
* * *
所変わって、皇帝の寝所では、この国の至高の身分に君臨する男が熊のように室内を歩いていた。『ちんおじさん』こと皇帝である。
「ふんふんふん♪ まだか、まだか~♪」
当晋国の九代目皇帝は、四十二歳!
実は三人の子持ち! 慈煕 という名があるが、呼ぶ者はいない!
そんな彼は、寝所で浮かれていた。
というのも、もうすぐ、簀巻きにされた『夜伽役』が寝所に届けられるからだ。
それも、西領で名を馳せたとびっきり優秀な術師で。
とびっきり血筋が高貴で。
とびっきり善良で。
とびっきり可愛いっ!
しかも、その上、あの白 霞幽が気にかけている。
白 霞幽は、四大名家の一つである白家の嫡男だ。
現在は二十一歳。
十三年前から白家を掌握し、意のままに動かしている青年である。
そんな八歳の霞幽と皇帝は二十九歳の時に知り合った。
当時、まだ即位前の慈煕 の耳には、噂が届いていた。
『西領に麒麟児あり。仙人のように物事を知り尽くし、ことごとく未来の出来事を言い当てる者なり』
当時の霞幽は、まだ八歳。
「才能がある」とか「優秀」という次元ではない。
神童や天才というより、天仙やあやかしが子供に憑依していると言われたほうが納得できる話だった。
実際、会ってみたところ、当時八歳だった霞幽は全く子供らしさを感じさせない佇まいだった。慈煕 は「これはただの子供ではあるまい」と思ったものだった。
「そなたが噂の霞幽か。超人的に優秀だと聞くが、真実であれば『我が子房』と呼ぶべきかな」
『子房』とは、古い時代に主君を支えた優秀な参謀、張良という人物の字である。有能な人材は、得難きもの。
君子としての教育では『飛びぬけて優れた人物を見つけて「この者が朕を補佐してくれたらいいなあ」と思ったら、とりあえず「我が子房!」と呼んでおけ』と教えられていたものだ。
有能な補佐役を「我が子房!」と呼んで尽くしてもらうのは、憧れであった。
ちなみに、補佐役側も返し言葉がある。
「あなたこそ我が主君!」というのだ。
演劇などでもよく主君と臣下の出会いシーンに出てくる返し言葉で、これまた憧れであった。
いやー、朕もついに、あのお約束みたいなやり取りをしちゃうのか。
胸が熱くなるではないか。
慈煕 がドキドキしていると、霞幽は無感情に言った。
『三日後の正午に大地が揺れ、炊事で使っていた火が原因で大火災が発生します』
これが他の子供の言うことならば笑い飛ばして終わりであった。
だが、噂を知っていただけに、慈煕 は地震が起きると想定。
人々を事前に避難させ、その時間帯に火を使うことを禁止した。
そして、……地震は起きた。
備えがなければ大変な被害を出すところだったが、悲劇を防ぐことができた。慈煕 の評判も良くなった。
その一件のみならず、霞幽は次々と未来に起きる出来事を言い当てる。
暗殺を防ぎ、雨季の河の氾濫を抑え、作物の不作を言い当て、他国と通じて反乱を企てる者の集会場所を暴き、イナゴの群れがいつどこの村を襲うかも知らせた。
慈煕 は当然、彼の発言を重んじた。そして、「あなたはこのままだと暗殺されて死ぬ運命ですよ」と伝えられて猛烈にびびり、「やだ! 朕は皇帝になるもん! 助けて霞幽えもん!」と泣いて縋って皇帝になる手伝いをしてもらった。
彼のために特別な役職を設けて、もともとあった『天文密奏』という仕事に似た『先見の密奏』を定期的に行わせた。
彼の声は天の声に等しく、皇帝にとって頭の上がらない人物なのである。
さて、能力と功績において重用されている霞幽だが、彼にも弱点というか、問題点がある。
まず、(くだらないと言われればそれまでだが)霞幽は「我が子房!」「あなたこそ我が主君!」というやり取りをしてくれない。
「霞幽くん。君は我が子房だね……もじもじ。ちらっ。期待……」とアピールしてみても無言、無表情、無感情である。
「私の用事は以上ですが、主上は他にご不明点はございますか? ございませんね」と事務的に仕事を終えて去っていくのである。酒に誘っても断られる。冷たい臣下だ。
それも仕方ないことで、霞幽には重大な欠点がある。
実は、霞幽には人間らしい感情が欠けているのだ。
物心ついてから大人顔負けの物言いをし、その異能鬼才をいかんなく発揮してきた霞幽は、どうも感情というものを母親の胎内に忘れてきたらしい。
ただ、感情がなくとも国家の安寧のためにその能力を発揮してくれているのだから、大した欠点ではない――とは、有識者の見解であった。
皇帝は淋しいのだが!
臣下と仲良くしたいのだが!
本人は「淋しい? 仲良く? なんですかそれは」という態度で、他者も「無理です。諦めてください」というのである!
さて、そんな霞幽が、十年もの間、大切に育ててきたものがある。
それが、『傾城』――元隣国の紫玉公主だ。
あの霞幽が、まるで愛玩動物のように名前までつけてあげたというのが、実に驚きだ。
詳細に調べさせてみれば、他者の介入を許さず、本人も慎重に距離を置いて事務的な手紙のやりとりのみの交流に留め。
けれど常に気にかけ、せっせと動向を報告させては生活の不便なきよう取り計らっている。
その上、お忍びで街に出て人助けをする彼女に『傾城』という二つ名もつけて西領に英雄譚を広めさせた、というのだから、にやにやしてしまうではないか~。
「どう考えてもお気に入りではないか~。それも陰から見守って支援するだけの不器用な可愛がり方だ。ふははは、霞幽。そなたも可愛いところがあるのだな! 感情があったのだな! まさか惚れているのか?」
傾城ちゃんは可愛い。
そして、今まで有能だが感情がなく、底が知れなくて扱い注意だと思っていた霞幽も、唐突に可愛げを感じさせてくれるではないか!
霞幽に可愛げを感じる日が来るとは!
――朕、感動!
戯れに臣下を派遣して調べさせてみれば、「ちょっかいを出すな、さっさと帰れ」と脅されたという。
「はわわ」と泡を食って帰ってきた臣下の顔色といったら!
その後で「西領に羽虫がやってきましたが?」と霞幽が文句を言いに来たところまで含めて、実に見ものであった。
そなた、まさか、こっそりひっそり大切に愛でて育てていたお気に入りの宝物を朕に奪われないか、焦ったのか?
そんなの、にやにやしてしまうではないか~~!
思えば、未来を告げる霞幽に「あいわかった」「そなたに従う」と従い続け、「皇帝は言いなりだ」とか「傀儡だ」とかいう謗りを受けたこともあったが、本日は誰が至高の存在かを知らしめてやる好機である。
霞幽の宝は朕の宝だ、と言ってやろうぞ!
とはいえ、もちろん、霞幽は大事な寵臣だ。
本当に奪ったりはせぬ。フリだけだ!
軽く鑑賞して、「はっはっは。お話して添い寝するだけだ。安心せよ」と頭でも撫でてやり、抱っこしてスヤスヤ眠るだけだ。
霞幽がやってきたらどんな顔をするか見てやって「待ってたぞ! いやなに、そなたをちょいと驚かしてやろうと思っただけだ。はっはっは!」と笑って返してやるのだ。
「お待たせいたしました。宮女をお運び申し上げました」
「来たか!」
来た。届いた。楽しい玩具が届いたぞ!
臥牀に運ばれる布団の塊、二つ。
なんで二つあるのか聞けば、お友達も連れてきちゃったらしい。
連れてきちゃったなら仕方ない。
朕は博愛精神のある皇帝だ。二人一緒に可愛がろう!
「でゅふふ。どっちの布団が傾城ちゃんか当ててみせよう。……こ、ち、ら、だ!」
布団の上から覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめると中から「めぇ」という声が聞こえた。
これは「だめぇ」と言ったのだな。かわいいのう。
調べによると、少女は性に関する知識もないほど純真無垢に育てられ、後宮に来てから知識を学ばされたばかりだという。
いわば、誰にも踏み荒らされていない真っ白な雪原。
霞幽が大事に育て、見守ってきて、ようやく蕾を咲かせたばかりのお花ちゃん!
「震えておるな? ぐふふ、苦しゅうない。朕は優しい。本当だぞ。むふふふ」
簀巻きの布団を剥いでいく開封作業は、いつもわくわくする。
中身を想像すると、いつも股間がむくむくする。
しかし、今はイタズラ心がむくむくだ。
「そーれ。中を……見、ちゃ、う、ぞ~~!」
皇帝はクワッと布団を剥いだ。
これが皇帝に許されし横暴だ。霞幽め、両手で顔を覆って「私の宝だったのに!」と泣くがいい。
それか、慌てて駆け付けて「主上、返してくだちゃい! その女の子、かゆうのです!」とか叫ぶがいい。
想像すると可愛げがあって大変いい!
見てみたいぞ!
「さあ! その愛いお顔を、朕に見せよ……――んっ?」
「めえええ」
間の抜けた声が寝所に響く。
「な、なん、だ…………っ!?」
朕の現実がおかしい。
皇帝は目を疑った。
耳も疑った。
現実を疑いまくって自分の手で自分の高貴な頬をぺしっと叩いた。
母にもぶたれたことのない頬である。
初めてを自分で奪ってしまった!
……錯乱して自分が何を言っているかわからないが、皇帝は目の前の生き物から逃れて尻もちをついた。
「めえ~~、めえ~~!」
「ひ、羊ではないかーーーーーーーっ‼」
簀巻きにして寝所に運ばれたのは、娘ではなかった。
お楽しみの布団の中身は……羊だったのだ!
気付けば、全裸にぺろんっと剥かれて布団にくるまれている。
彼らが「手間をかけさせるな」と言わんばかりに担いで運ぼうとするので、紺紺は幻惑の術を使った。
「待ってください」
言っても宦官は止まらない。
どうしたらいいだろう?
幻惑の術は、説得力を強化する術だ。
術に頼りきりではなく、素の主張にも「アッ、この人の言うことは聞かないと」と思わせる何かが必要だ。
皇帝の命令で動いている宦官に「皇帝よりも私の言うことを聞きなさい」というには、道理で説くよりは、道理をねじまげて「ひえっ、聞かなきゃ」となるような威厳や覇気が効くんじゃないだろうか?
でも、今の紺紺は全裸で簀巻きだ。
全裸簀巻き娘に威厳は出せるだろうか? 難しいのでは?
――いいや、出す!
イメージするのは、自分が「怖い」と思った人。
先見の公子だ。
「……止まりなさい!」
彼は命令することが多い。
とても自然に、当たり前のように。
「君は従うでしょう?」という態度で、命令するのだ。
* * *
所変わって、皇帝の寝所では、この国の至高の身分に君臨する男が熊のように室内を歩いていた。『ちんおじさん』こと皇帝である。
「ふんふんふん♪ まだか、まだか~♪」
当晋国の九代目皇帝は、四十二歳!
実は三人の子持ち! 慈煕 という名があるが、呼ぶ者はいない!
そんな彼は、寝所で浮かれていた。
というのも、もうすぐ、簀巻きにされた『夜伽役』が寝所に届けられるからだ。
それも、西領で名を馳せたとびっきり優秀な術師で。
とびっきり血筋が高貴で。
とびっきり善良で。
とびっきり可愛いっ!
しかも、その上、あの白 霞幽が気にかけている。
白 霞幽は、四大名家の一つである白家の嫡男だ。
現在は二十一歳。
十三年前から白家を掌握し、意のままに動かしている青年である。
そんな八歳の霞幽と皇帝は二十九歳の時に知り合った。
当時、まだ即位前の慈煕 の耳には、噂が届いていた。
『西領に麒麟児あり。仙人のように物事を知り尽くし、ことごとく未来の出来事を言い当てる者なり』
当時の霞幽は、まだ八歳。
「才能がある」とか「優秀」という次元ではない。
神童や天才というより、天仙やあやかしが子供に憑依していると言われたほうが納得できる話だった。
実際、会ってみたところ、当時八歳だった霞幽は全く子供らしさを感じさせない佇まいだった。慈煕 は「これはただの子供ではあるまい」と思ったものだった。
「そなたが噂の霞幽か。超人的に優秀だと聞くが、真実であれば『我が子房』と呼ぶべきかな」
『子房』とは、古い時代に主君を支えた優秀な参謀、張良という人物の字である。有能な人材は、得難きもの。
君子としての教育では『飛びぬけて優れた人物を見つけて「この者が朕を補佐してくれたらいいなあ」と思ったら、とりあえず「我が子房!」と呼んでおけ』と教えられていたものだ。
有能な補佐役を「我が子房!」と呼んで尽くしてもらうのは、憧れであった。
ちなみに、補佐役側も返し言葉がある。
「あなたこそ我が主君!」というのだ。
演劇などでもよく主君と臣下の出会いシーンに出てくる返し言葉で、これまた憧れであった。
いやー、朕もついに、あのお約束みたいなやり取りをしちゃうのか。
胸が熱くなるではないか。
慈煕 がドキドキしていると、霞幽は無感情に言った。
『三日後の正午に大地が揺れ、炊事で使っていた火が原因で大火災が発生します』
これが他の子供の言うことならば笑い飛ばして終わりであった。
だが、噂を知っていただけに、慈煕 は地震が起きると想定。
人々を事前に避難させ、その時間帯に火を使うことを禁止した。
そして、……地震は起きた。
備えがなければ大変な被害を出すところだったが、悲劇を防ぐことができた。慈煕 の評判も良くなった。
その一件のみならず、霞幽は次々と未来に起きる出来事を言い当てる。
暗殺を防ぎ、雨季の河の氾濫を抑え、作物の不作を言い当て、他国と通じて反乱を企てる者の集会場所を暴き、イナゴの群れがいつどこの村を襲うかも知らせた。
慈煕 は当然、彼の発言を重んじた。そして、「あなたはこのままだと暗殺されて死ぬ運命ですよ」と伝えられて猛烈にびびり、「やだ! 朕は皇帝になるもん! 助けて霞幽えもん!」と泣いて縋って皇帝になる手伝いをしてもらった。
彼のために特別な役職を設けて、もともとあった『天文密奏』という仕事に似た『先見の密奏』を定期的に行わせた。
彼の声は天の声に等しく、皇帝にとって頭の上がらない人物なのである。
さて、能力と功績において重用されている霞幽だが、彼にも弱点というか、問題点がある。
まず、(くだらないと言われればそれまでだが)霞幽は「我が子房!」「あなたこそ我が主君!」というやり取りをしてくれない。
「霞幽くん。君は我が子房だね……もじもじ。ちらっ。期待……」とアピールしてみても無言、無表情、無感情である。
「私の用事は以上ですが、主上は他にご不明点はございますか? ございませんね」と事務的に仕事を終えて去っていくのである。酒に誘っても断られる。冷たい臣下だ。
それも仕方ないことで、霞幽には重大な欠点がある。
実は、霞幽には人間らしい感情が欠けているのだ。
物心ついてから大人顔負けの物言いをし、その異能鬼才をいかんなく発揮してきた霞幽は、どうも感情というものを母親の胎内に忘れてきたらしい。
ただ、感情がなくとも国家の安寧のためにその能力を発揮してくれているのだから、大した欠点ではない――とは、有識者の見解であった。
皇帝は淋しいのだが!
臣下と仲良くしたいのだが!
本人は「淋しい? 仲良く? なんですかそれは」という態度で、他者も「無理です。諦めてください」というのである!
さて、そんな霞幽が、十年もの間、大切に育ててきたものがある。
それが、『傾城』――元隣国の紫玉公主だ。
あの霞幽が、まるで愛玩動物のように名前までつけてあげたというのが、実に驚きだ。
詳細に調べさせてみれば、他者の介入を許さず、本人も慎重に距離を置いて事務的な手紙のやりとりのみの交流に留め。
けれど常に気にかけ、せっせと動向を報告させては生活の不便なきよう取り計らっている。
その上、お忍びで街に出て人助けをする彼女に『傾城』という二つ名もつけて西領に英雄譚を広めさせた、というのだから、にやにやしてしまうではないか~。
「どう考えてもお気に入りではないか~。それも陰から見守って支援するだけの不器用な可愛がり方だ。ふははは、霞幽。そなたも可愛いところがあるのだな! 感情があったのだな! まさか惚れているのか?」
傾城ちゃんは可愛い。
そして、今まで有能だが感情がなく、底が知れなくて扱い注意だと思っていた霞幽も、唐突に可愛げを感じさせてくれるではないか!
霞幽に可愛げを感じる日が来るとは!
――朕、感動!
戯れに臣下を派遣して調べさせてみれば、「ちょっかいを出すな、さっさと帰れ」と脅されたという。
「はわわ」と泡を食って帰ってきた臣下の顔色といったら!
その後で「西領に羽虫がやってきましたが?」と霞幽が文句を言いに来たところまで含めて、実に見ものであった。
そなた、まさか、こっそりひっそり大切に愛でて育てていたお気に入りの宝物を朕に奪われないか、焦ったのか?
そんなの、にやにやしてしまうではないか~~!
思えば、未来を告げる霞幽に「あいわかった」「そなたに従う」と従い続け、「皇帝は言いなりだ」とか「傀儡だ」とかいう謗りを受けたこともあったが、本日は誰が至高の存在かを知らしめてやる好機である。
霞幽の宝は朕の宝だ、と言ってやろうぞ!
とはいえ、もちろん、霞幽は大事な寵臣だ。
本当に奪ったりはせぬ。フリだけだ!
軽く鑑賞して、「はっはっは。お話して添い寝するだけだ。安心せよ」と頭でも撫でてやり、抱っこしてスヤスヤ眠るだけだ。
霞幽がやってきたらどんな顔をするか見てやって「待ってたぞ! いやなに、そなたをちょいと驚かしてやろうと思っただけだ。はっはっは!」と笑って返してやるのだ。
「お待たせいたしました。宮女をお運び申し上げました」
「来たか!」
来た。届いた。楽しい玩具が届いたぞ!
臥牀に運ばれる布団の塊、二つ。
なんで二つあるのか聞けば、お友達も連れてきちゃったらしい。
連れてきちゃったなら仕方ない。
朕は博愛精神のある皇帝だ。二人一緒に可愛がろう!
「でゅふふ。どっちの布団が傾城ちゃんか当ててみせよう。……こ、ち、ら、だ!」
布団の上から覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめると中から「めぇ」という声が聞こえた。
これは「だめぇ」と言ったのだな。かわいいのう。
調べによると、少女は性に関する知識もないほど純真無垢に育てられ、後宮に来てから知識を学ばされたばかりだという。
いわば、誰にも踏み荒らされていない真っ白な雪原。
霞幽が大事に育て、見守ってきて、ようやく蕾を咲かせたばかりのお花ちゃん!
「震えておるな? ぐふふ、苦しゅうない。朕は優しい。本当だぞ。むふふふ」
簀巻きの布団を剥いでいく開封作業は、いつもわくわくする。
中身を想像すると、いつも股間がむくむくする。
しかし、今はイタズラ心がむくむくだ。
「そーれ。中を……見、ちゃ、う、ぞ~~!」
皇帝はクワッと布団を剥いだ。
これが皇帝に許されし横暴だ。霞幽め、両手で顔を覆って「私の宝だったのに!」と泣くがいい。
それか、慌てて駆け付けて「主上、返してくだちゃい! その女の子、かゆうのです!」とか叫ぶがいい。
想像すると可愛げがあって大変いい!
見てみたいぞ!
「さあ! その愛いお顔を、朕に見せよ……――んっ?」
「めえええ」
間の抜けた声が寝所に響く。
「な、なん、だ…………っ!?」
朕の現実がおかしい。
皇帝は目を疑った。
耳も疑った。
現実を疑いまくって自分の手で自分の高貴な頬をぺしっと叩いた。
母にもぶたれたことのない頬である。
初めてを自分で奪ってしまった!
……錯乱して自分が何を言っているかわからないが、皇帝は目の前の生き物から逃れて尻もちをついた。
「めえ~~、めえ~~!」
「ひ、羊ではないかーーーーーーーっ‼」
簀巻きにして寝所に運ばれたのは、娘ではなかった。
お楽しみの布団の中身は……羊だったのだ!
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