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1章
6、わっしょい、わっしょい
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月日が流れる。
紺紺が十三歳の時、「この街に有力な術師がいるというが本当か?」と国の官吏がやってきた。能力を見せたら「はわわ」と言って帰っていった。
十四歳の時、「能力があるなら国のために使ってくれたまえ」と国から命令された。試験を受けさせられて宮廷術師の肩書きを獲得した。
「この能力は、人助けに使えるんだ。誰かの役に立てるんだ」
西領での日々でその事実に気付いた紺紺は、十五歳になった時に決意を新たにした。
「私は、誰かを助けられる人間でいたい。この能力で、人に喜んでもらいたい」
白家に保護されてから十年の月日が過ぎたことになるが、保護者である霞幽とは一度も会ったことがない。
彼は基本、何を問いかけても『いいんじゃないかな、好きにおし(定型文)』という手紙をくれるだけの存在である。
しかし、試験に合格したのは喜ばしい出来事だったらしい。お祝いに、お屋敷を買ってくれた。
『やっぱり、お仕事をするなら都にお屋敷があった方が便利だろう。紺兵隊も君についていきそうだし、大きなお屋敷にしよう。都に行っても悪女にはならないでね。ところで、猫は好き?』
紺紺は紺兵隊を連れて西領の別邸に別れを告げ、都に移った。
てっきり飼い猫も用意されているのかと思ったが、新しいお屋敷に猫はいなかった。
「じゃあ、なぜ質問したの?」
霞幽の考えていることは、全然わからない。謎である……。
* * *
西領を離れて、ひと月後。
当晋国の都『健康』は、祝祭の日を迎えていた。
どっかん、どっかん。
赤提灯が揺れる街中に、お祝いの爆竹が鳴り響く。太鼓が打たれて、獅子舞が踊り、人々は大はしゃぎ。
「今上帝は仰った。健康的に騒いで楽しめ、わっしょい!」
「我らが皇帝陛下はわっしょいをご所望だ!」
これは『健騒祭』といい、祭り好きの現皇帝が考えた当晋国独自の催しである。
どんどんと叩かれる太鼓の音と同時に湧くのは、人々の歓声。それも、『投壺』という遊戯観戦で盛り上がる観客の声だ。
「わぁっ、一度も外さずに全部の矢を入れたぞ! わっしょい!」
注目されているのは、華奢で動きが俊敏な、どこか小動物のような印象を与える小娘だ。
上質な生地の衣裳に身を包んでいて、狐のお面で顔を隠している。
袖をまくって矢をつかみ、「えーい!」と投げる姿は元気いっぱい。
――十五歳になった紺紺である。
「全部入れたから、景品をもらってもいいかな? わっしょい?」
「優勝者ですからねえ。どうぞ、持ってってくださいな。わっしょい」
「ありがとう、わっしょい!」
おさげにした髪をぴょこりと揺らして景品の本を受け取る。
本は、『神異経』と題されていた。
読んでみると、『むかしむかし、病気をばら撒く妖怪がいて、爆竹が妖怪を遠ざけてくれたんだよ』という昔話が書いてある。
だから、爆竹はお祭りのときによくパチパチどっかんどっかんと鳴っているのだ。
「わっしょい! お嬢様、さすがですね! 格好良かったですよ。ご立派な姿を見て、爺やは誇らしくて涙が出ました」
焼きとうきびを差し出してくるのは、三十五歳の石苞だ。本日は紺色の布を外し、地味な装いをしている。
「石苞。爺やという年齢ではないでしょ」
「いやいや、最近は歳だなと思うことが多いんですよ。ナンパしたお姉さんにおじさん呼ばわりされて振られたとか」
「ナンパして振られたんだ……」
「振られた心の傷も、お嬢様のご活躍と都の空気で癒えました。スーーっ、この都はいい都ですね。名前がいいですよね、名前が。健康にいい……おれそんなに老けてます? くう~~っ」
傷心らしく、出店で酒をもらってクイっと飲んでいる。
なんとか元気づけてあげたいが、どうすればいいだろう?
「老けてないよ。次は成功するよ」
「成功しますかね。おれはお嬢様以外の女人と手を繋いだこともないのですがね」
「練習しよう石苞。あそこにある仙女像の手を握ってみよう」
「いきなり手を握ったら嫌われると思うんですよ、お嬢様。手を握るというのは親しくなってから結婚を前提に……」
と、仙女像の前でナンパ会議をしていると、「田舎者はナンパの仕方も知らぬらしい」と笑う声がする。
「むっ」
――うちの石苞をばかにするとは、何者。
声に視線を向けると、身なりのいい男がいた。
『お忍び』という雰囲気で、年齢は石苞より上に見える。
黒鋼のような髪と髭をしていて、体格がよく、筋骨隆々としたおじさまだ。
「ただ者ではないぞ」という雰囲気だが、なんとなく情けない感じもする。垂れ目と、その下にできている濃い隈のせいだろうか。
あと、じろじろと紺紺を眺める視線がなんとなーく女好きそう。
紺紺は石苞の背中にサッと隠れた。
「ちんが口説き方を教えてやろうか? まず情熱的な口付けからだな。実践してやるからそこの娘、お面を取るように」
「そんなことを言われてお面を取るわけないじゃないですか」
まるで皇帝の「朕」みたいに聞こえるが、皇帝がぼっちでふらふら街中にいるはずがない。きっと『ちん』は名前なのだろう。
「ふっ。そんなに熱心に見つめて……そなた、今『抱いて!』と思っているな」
「いえ。全くそんなことは思ってません。抱っこはほしくないです、嫌です」
「そなた」とか高貴な人っぽい言い方だ。でも、皇帝がこんなナンパおじさんなはずがない。
「ちょっとちょっと、ナンパはやめてください。うちのお嬢様は箱入り娘で異性とは色気皆無の事務的な文通しか経験がないのですよ!」
「石苞、恥ずかしいよ。やめて」
「お嬢様、大丈夫ですよ。紺兵隊は異性に入りませんからね。奴らは下僕です」
「石苞、下僕じゃないよ。みんな家族みたいな存在で、楽しい仲間だよ」
「だいたい、ナンパはよくないですよ。下心が見え見えですし」
「石苞? 自分もナンパしたんだよね?」
石苞は「ひっく」としゃっくりをして、近くに立っていた『腕相撲大会』の看板を見て、勝負を吹っ掛けた。
「ちん! 腕相撲大会で勝負だ、わっしょい!」
「よかろう。ちんは何事も受けて立つぞ、わっしょい。ちんが勝ったらこの可愛い傾城ちゃんに接吻をしてもらおう」
「それはちょっと……今なんて呼びました?」
「ちんが負けたらこの翡翠の連珠をやるぞ」
「お嬢様の唇は安くありませんので、代わりにおれが接吻してやりますよ」
「それはいらぬ……」
石苞とちんおじさんは勝負の土俵に上がった。
司会進行役が声を張り上げる。
「次の対戦は、なんと少女を巡って三角関係中のおっさん二人だ!」
ひどい紹介の仕方。
紺紺は「これで盛り上がるのか」と疑問に思ったが、意外と会場は盛り上がった。
「うおおおおお、少女を巡って腕比べ! 変態か! わっしょい!」
「いいぞ、やれやれーーーー! 片方は保護者らしいぞ。わっしょい! わっしょい!」
「爸爸がんばれ。わっしょい!」
「さっき爺やと言ってたのを聞いたが?」
紺紺は気づいた――煽り役(サクラ)が混ざってる。
観客席の真ん中あたり。
矢を持っている覆面の男がいるのだが、ちょうどその周囲をぐるっと囲むようにして、「せーの」と掛け声をかけて盛り上げている一味がいる。
主催者が用意したのだろう。
「わしは腕相撲を見るのが元気のもとなんじゃ~」
観客席には、ほのぼのとした声で楽しむお爺ちゃんもいる。微笑ましい。
さて、そんな観客席の人々の興奮が高まる中、二人の男はがしりと手を握り合い、睨み合う。
両者の瞳には戦意の火が燃え盛り、筋肉は闘志に燃え、観客の期待は爆発寸前だ。
「景品のお嬢ちゃんは、この特別席にどうぞ」
「景品ではないんですけど」
「ちんさんが勝ったら接吻してもらうと言ってましたよ」
「嫌ですけど……?」
特別席は座り心地がよかった。
それに、なぜか隣に猫が座っている。
真っ白で、ふわふわだ。……可愛い!
紺紺が十三歳の時、「この街に有力な術師がいるというが本当か?」と国の官吏がやってきた。能力を見せたら「はわわ」と言って帰っていった。
十四歳の時、「能力があるなら国のために使ってくれたまえ」と国から命令された。試験を受けさせられて宮廷術師の肩書きを獲得した。
「この能力は、人助けに使えるんだ。誰かの役に立てるんだ」
西領での日々でその事実に気付いた紺紺は、十五歳になった時に決意を新たにした。
「私は、誰かを助けられる人間でいたい。この能力で、人に喜んでもらいたい」
白家に保護されてから十年の月日が過ぎたことになるが、保護者である霞幽とは一度も会ったことがない。
彼は基本、何を問いかけても『いいんじゃないかな、好きにおし(定型文)』という手紙をくれるだけの存在である。
しかし、試験に合格したのは喜ばしい出来事だったらしい。お祝いに、お屋敷を買ってくれた。
『やっぱり、お仕事をするなら都にお屋敷があった方が便利だろう。紺兵隊も君についていきそうだし、大きなお屋敷にしよう。都に行っても悪女にはならないでね。ところで、猫は好き?』
紺紺は紺兵隊を連れて西領の別邸に別れを告げ、都に移った。
てっきり飼い猫も用意されているのかと思ったが、新しいお屋敷に猫はいなかった。
「じゃあ、なぜ質問したの?」
霞幽の考えていることは、全然わからない。謎である……。
* * *
西領を離れて、ひと月後。
当晋国の都『健康』は、祝祭の日を迎えていた。
どっかん、どっかん。
赤提灯が揺れる街中に、お祝いの爆竹が鳴り響く。太鼓が打たれて、獅子舞が踊り、人々は大はしゃぎ。
「今上帝は仰った。健康的に騒いで楽しめ、わっしょい!」
「我らが皇帝陛下はわっしょいをご所望だ!」
これは『健騒祭』といい、祭り好きの現皇帝が考えた当晋国独自の催しである。
どんどんと叩かれる太鼓の音と同時に湧くのは、人々の歓声。それも、『投壺』という遊戯観戦で盛り上がる観客の声だ。
「わぁっ、一度も外さずに全部の矢を入れたぞ! わっしょい!」
注目されているのは、華奢で動きが俊敏な、どこか小動物のような印象を与える小娘だ。
上質な生地の衣裳に身を包んでいて、狐のお面で顔を隠している。
袖をまくって矢をつかみ、「えーい!」と投げる姿は元気いっぱい。
――十五歳になった紺紺である。
「全部入れたから、景品をもらってもいいかな? わっしょい?」
「優勝者ですからねえ。どうぞ、持ってってくださいな。わっしょい」
「ありがとう、わっしょい!」
おさげにした髪をぴょこりと揺らして景品の本を受け取る。
本は、『神異経』と題されていた。
読んでみると、『むかしむかし、病気をばら撒く妖怪がいて、爆竹が妖怪を遠ざけてくれたんだよ』という昔話が書いてある。
だから、爆竹はお祭りのときによくパチパチどっかんどっかんと鳴っているのだ。
「わっしょい! お嬢様、さすがですね! 格好良かったですよ。ご立派な姿を見て、爺やは誇らしくて涙が出ました」
焼きとうきびを差し出してくるのは、三十五歳の石苞だ。本日は紺色の布を外し、地味な装いをしている。
「石苞。爺やという年齢ではないでしょ」
「いやいや、最近は歳だなと思うことが多いんですよ。ナンパしたお姉さんにおじさん呼ばわりされて振られたとか」
「ナンパして振られたんだ……」
「振られた心の傷も、お嬢様のご活躍と都の空気で癒えました。スーーっ、この都はいい都ですね。名前がいいですよね、名前が。健康にいい……おれそんなに老けてます? くう~~っ」
傷心らしく、出店で酒をもらってクイっと飲んでいる。
なんとか元気づけてあげたいが、どうすればいいだろう?
「老けてないよ。次は成功するよ」
「成功しますかね。おれはお嬢様以外の女人と手を繋いだこともないのですがね」
「練習しよう石苞。あそこにある仙女像の手を握ってみよう」
「いきなり手を握ったら嫌われると思うんですよ、お嬢様。手を握るというのは親しくなってから結婚を前提に……」
と、仙女像の前でナンパ会議をしていると、「田舎者はナンパの仕方も知らぬらしい」と笑う声がする。
「むっ」
――うちの石苞をばかにするとは、何者。
声に視線を向けると、身なりのいい男がいた。
『お忍び』という雰囲気で、年齢は石苞より上に見える。
黒鋼のような髪と髭をしていて、体格がよく、筋骨隆々としたおじさまだ。
「ただ者ではないぞ」という雰囲気だが、なんとなく情けない感じもする。垂れ目と、その下にできている濃い隈のせいだろうか。
あと、じろじろと紺紺を眺める視線がなんとなーく女好きそう。
紺紺は石苞の背中にサッと隠れた。
「ちんが口説き方を教えてやろうか? まず情熱的な口付けからだな。実践してやるからそこの娘、お面を取るように」
「そんなことを言われてお面を取るわけないじゃないですか」
まるで皇帝の「朕」みたいに聞こえるが、皇帝がぼっちでふらふら街中にいるはずがない。きっと『ちん』は名前なのだろう。
「ふっ。そんなに熱心に見つめて……そなた、今『抱いて!』と思っているな」
「いえ。全くそんなことは思ってません。抱っこはほしくないです、嫌です」
「そなた」とか高貴な人っぽい言い方だ。でも、皇帝がこんなナンパおじさんなはずがない。
「ちょっとちょっと、ナンパはやめてください。うちのお嬢様は箱入り娘で異性とは色気皆無の事務的な文通しか経験がないのですよ!」
「石苞、恥ずかしいよ。やめて」
「お嬢様、大丈夫ですよ。紺兵隊は異性に入りませんからね。奴らは下僕です」
「石苞、下僕じゃないよ。みんな家族みたいな存在で、楽しい仲間だよ」
「だいたい、ナンパはよくないですよ。下心が見え見えですし」
「石苞? 自分もナンパしたんだよね?」
石苞は「ひっく」としゃっくりをして、近くに立っていた『腕相撲大会』の看板を見て、勝負を吹っ掛けた。
「ちん! 腕相撲大会で勝負だ、わっしょい!」
「よかろう。ちんは何事も受けて立つぞ、わっしょい。ちんが勝ったらこの可愛い傾城ちゃんに接吻をしてもらおう」
「それはちょっと……今なんて呼びました?」
「ちんが負けたらこの翡翠の連珠をやるぞ」
「お嬢様の唇は安くありませんので、代わりにおれが接吻してやりますよ」
「それはいらぬ……」
石苞とちんおじさんは勝負の土俵に上がった。
司会進行役が声を張り上げる。
「次の対戦は、なんと少女を巡って三角関係中のおっさん二人だ!」
ひどい紹介の仕方。
紺紺は「これで盛り上がるのか」と疑問に思ったが、意外と会場は盛り上がった。
「うおおおおお、少女を巡って腕比べ! 変態か! わっしょい!」
「いいぞ、やれやれーーーー! 片方は保護者らしいぞ。わっしょい! わっしょい!」
「爸爸がんばれ。わっしょい!」
「さっき爺やと言ってたのを聞いたが?」
紺紺は気づいた――煽り役(サクラ)が混ざってる。
観客席の真ん中あたり。
矢を持っている覆面の男がいるのだが、ちょうどその周囲をぐるっと囲むようにして、「せーの」と掛け声をかけて盛り上げている一味がいる。
主催者が用意したのだろう。
「わしは腕相撲を見るのが元気のもとなんじゃ~」
観客席には、ほのぼのとした声で楽しむお爺ちゃんもいる。微笑ましい。
さて、そんな観客席の人々の興奮が高まる中、二人の男はがしりと手を握り合い、睨み合う。
両者の瞳には戦意の火が燃え盛り、筋肉は闘志に燃え、観客の期待は爆発寸前だ。
「景品のお嬢ちゃんは、この特別席にどうぞ」
「景品ではないんですけど」
「ちんさんが勝ったら接吻してもらうと言ってましたよ」
「嫌ですけど……?」
特別席は座り心地がよかった。
それに、なぜか隣に猫が座っている。
真っ白で、ふわふわだ。……可愛い!
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