新婚なのに妻が冷たい平安貴族が猫を拾う話

朱音ゆうひ

文字の大きさ
上 下
3 / 3

3

しおりを挟む
 妻は猫の扱いに慣れていたようで、湯あみを済ませて夕餉をいただく頃には猫たちはごろごろと喉を鳴らして安らいでいた。
 暖かく安全な我が家にて憩う母猫と子猫の姿は、いいものだ。
 こんな光景が見たかったのだ――男は満たされた気分になった。
 
「ああ、そうそう。こちらが本日の和歌です」
 
 和歌の先生に提出するようにかしこまって和歌を渡せば、妻は受け取ってくれた。
 
 そして、いそいそと文方卓ふみつくえに向かうではないか。
 さすが由緒正しき家柄の姫。
 和歌のお返事も息を吸うようにすらすらと書かれるのだな――と思っていた男は、差し出されたお返事を見て目を丸くした。
 
 渡された紙には、和歌ではなく猫の絵が描かれていたのである。
 母猫と子猫。そして、大きな猫がもう二匹……身を寄せ合い、幸せそうにしている。
 
 袖をもちあげて顔を隠しながら、妻は男に秘密の話をしてくれた。
 恥ずかしそうに言ってくれる姿はなんとも可愛らしく、男は胸が高鳴って苦しくなった。
 
「実はわたくし、和歌があまり得意ではないのです」

 妻が言うには、彼女は和歌を書いても伝えたいことと逆の意味に受け取られてしまうのだとか。

 ……ということは、今までのつれない恋文の返答はすべて……? 
 
 いや、あの和歌やこの和歌を逆の意味に解釈しろというのは、かなり難しいのではないか?
 誰が読んでも同じ意味に受け取ると思うが……。
 しかし、本人が言うのだから、そうなのだろう。
 
 男は過去の和歌の数々を今度じっくり「再解釈」してみようと決意しつつ、妻に心を伝えた。
 
「私も実は和歌が苦手でした。身分が高く教養のある姫に釣り合う自分でありたいと、背伸びばかりをしていたのです……」

 妻の手を握ると、指先がかすかに震えていて、ひんやりと冷えて彼女の緊張を伝えていた。
 顔を見ると、耳が赤い。
 恥じらいながら男を見つめて微笑む表情には、甘やかな情が花開いているように思われた。
 
「和歌ではなく、素直な言葉であらためて申し上げたい。私は姫を初めてお見掛けした時から、お慕いしておりました。他のどの花も目に入ることはありません。誓ってあなただけを愛しております」
  
 黒髪に触れると綺麗な髪が指の間をさらさらと滑り落ちていく。
 妻は、恥ずかしそうにしながらも「わたくしもお慕いしておりますわ」と言葉を返してくれた。

「だって、わたくしの下手なお歌に嫌な顔せず、良いお歌を返し続けてくれるのですもの。雨に濡れた猫さんを泥だらけになってお迎えしてくださる方ですもの」
  
 肩に触れると華奢な体付きが感じられて、呼吸に上下する胸元が頼りなく無防備だ。
 憧れの姫は、他の誰でもない自分を受け入れてくれたのだ。
 この貴き花に触れる権利が、自分にはあるのだ。

 そんな高揚に頭が痺れるような心地がして、男は妻を抱き寄せ、その唇に自分の唇を重ねた。
 
 夫婦になる過程で当然、体は重ねていたので、もちろん接吻は初めてではない。
 
 しかし、この夜に重ねた唇は想い合っているという喜びにあふれた極上の甘さで、触れ合う一瞬一瞬が「心がつながった」と感じる特別で幸せな時間だった。

 
 いつの間にか雨も上がった、月と星が輝く夜。
 新婚の二人は猫を家族に迎え、仲良くなったのである。


 めでたし、めでたし。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

処理中です...