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第8話 ある狼
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朝、目が覚めるとカーテンが開いており、外は晴れていた。
ドアは開いていた。
部屋の中は散らかり、衣類や食べかけの食器類が散乱していた。
家の中には誰もおらず、外では子どもたちが騒いでいた。
居間の時計は九時半を指していた。
曜日がまだわからないが、学校が休みであることは妹の書き置きを見てわかった。
――買い物。
それだけ、そこには書いてあった。
よくわからない、何かの動物の絵が隣に描いてあった。
里紗がたまに描く、絵の感じだ。
あいつが絵を描くのは、言葉で上手くものを言えないときだ。
昔からそうだった。
それか、嫌なことがあるときだ。
あるいはその両方だ。
携帯端末の着信を知らせるランプが光っているのが見えた。
妹からのメッセージだ。
開いて読むと、そこには情けない文面があった。
金が足りなくて買えない。
メモを送るから、足りない分を買っておいて、とのことだった。
あいつは遠くまで歩くのを嫌い、すぐ近くの商店街までしか買い物に行かない。
布夜は、仕方なくメモを受け取り、何軒かのスーパーまで歩いて出かけた。
◆ ◆ ◆
暗い部屋で赤い目が薄く光る。
「そいつは昼の間にやれ」
男は低い声で言った。
隣に少女が座っている。
長い黒髪をずっと見ていると体がどこかに沈んでいく気がする。
髪で顔を隠していても、その呪いは簡単には隠せない。
そばに立つ見等乃は一枚の用紙に書かれた名前を視界の隅に捉えた。男の名前だ。
里摺は黙ったままの姿で、小首を傾げながらその男の名前を見ているようだった。髪の毛の隙間から、僅かに黒い眼が見える。
見等乃はそばに控えていた二人の兄妹に冒頭の文句で念を押した。
兄と思われる方が恭しく頭を下げた。妹の方は正面を向いたまま顔を傾けて里摺のことを眺めている。当然、黒髪も視界に入っている。
「片づけます」
兄はそう言うと、袖で妹の顔を覆い、部屋から連れ去っていった。
◆ ◆ ◆
いつもの通学路からは大分外れ、一軒目のスーパーに着いたとき、少しだけおかしな光景が見えた。
中学生くらいの女の子が駐輪場のところで何かを見下ろして立っている。
セーラー服を着ているその少女は傍目には奇妙に見えるほど、地面に向かってうなだれていた。
――何だ?
異様な気配に、思わず立ち止まりそうになった。
構わずメモに視線を戻し、スーパーに入る。
三十分後、買い物を済ませて戻ってみると、女の子はまだ同じ姿勢のままでそこに立っていた。
気配が、少しだけ濃くなっているのがわかった。
……。
布夜が改めてその地面を確認すると、女の子の足元に陣が描かれていた。
どうやらバリアが発動したようだ。
――夜兎だ。
身構えるために邪魔をしていた買い物袋を地面に置くと、それがそのまま地面を伝わって少女の足元まで吸い込まれていってしまった。
バリアで間違いないようだ。
買い物に三十分かけたのは日没を背にして迎え撃つためだ。少女の異様な姿に嫌な気配を感じた布夜はあえて時間を遅らせた。
布夜は夜、源力が高まる。
しかしそれは少女側にとっても有利に働いた。布夜がその能力の発動を遅らせたために、少女の振戦もまた一段階上昇していたのだった。
振戦「自酷展開」。
同じ姿勢でいる時間に応じてバリアの能力が変わる。少女はこの姿勢で、すでに四時間が経過していた。
白い手首。
――細い。
まるでこの世界で生きることをあきらめたように、それはとても色薄く見えた。
置いたのがかばんでなくてよかった、と布夜は思った。
妹に言い訳のメッセージが送れなくなる。
文言を意識のどこかで考えながら、布夜もまた、ゆっくりと迎撃の姿勢を整えた。
ドアは開いていた。
部屋の中は散らかり、衣類や食べかけの食器類が散乱していた。
家の中には誰もおらず、外では子どもたちが騒いでいた。
居間の時計は九時半を指していた。
曜日がまだわからないが、学校が休みであることは妹の書き置きを見てわかった。
――買い物。
それだけ、そこには書いてあった。
よくわからない、何かの動物の絵が隣に描いてあった。
里紗がたまに描く、絵の感じだ。
あいつが絵を描くのは、言葉で上手くものを言えないときだ。
昔からそうだった。
それか、嫌なことがあるときだ。
あるいはその両方だ。
携帯端末の着信を知らせるランプが光っているのが見えた。
妹からのメッセージだ。
開いて読むと、そこには情けない文面があった。
金が足りなくて買えない。
メモを送るから、足りない分を買っておいて、とのことだった。
あいつは遠くまで歩くのを嫌い、すぐ近くの商店街までしか買い物に行かない。
布夜は、仕方なくメモを受け取り、何軒かのスーパーまで歩いて出かけた。
◆ ◆ ◆
暗い部屋で赤い目が薄く光る。
「そいつは昼の間にやれ」
男は低い声で言った。
隣に少女が座っている。
長い黒髪をずっと見ていると体がどこかに沈んでいく気がする。
髪で顔を隠していても、その呪いは簡単には隠せない。
そばに立つ見等乃は一枚の用紙に書かれた名前を視界の隅に捉えた。男の名前だ。
里摺は黙ったままの姿で、小首を傾げながらその男の名前を見ているようだった。髪の毛の隙間から、僅かに黒い眼が見える。
見等乃はそばに控えていた二人の兄妹に冒頭の文句で念を押した。
兄と思われる方が恭しく頭を下げた。妹の方は正面を向いたまま顔を傾けて里摺のことを眺めている。当然、黒髪も視界に入っている。
「片づけます」
兄はそう言うと、袖で妹の顔を覆い、部屋から連れ去っていった。
◆ ◆ ◆
いつもの通学路からは大分外れ、一軒目のスーパーに着いたとき、少しだけおかしな光景が見えた。
中学生くらいの女の子が駐輪場のところで何かを見下ろして立っている。
セーラー服を着ているその少女は傍目には奇妙に見えるほど、地面に向かってうなだれていた。
――何だ?
異様な気配に、思わず立ち止まりそうになった。
構わずメモに視線を戻し、スーパーに入る。
三十分後、買い物を済ませて戻ってみると、女の子はまだ同じ姿勢のままでそこに立っていた。
気配が、少しだけ濃くなっているのがわかった。
……。
布夜が改めてその地面を確認すると、女の子の足元に陣が描かれていた。
どうやらバリアが発動したようだ。
――夜兎だ。
身構えるために邪魔をしていた買い物袋を地面に置くと、それがそのまま地面を伝わって少女の足元まで吸い込まれていってしまった。
バリアで間違いないようだ。
買い物に三十分かけたのは日没を背にして迎え撃つためだ。少女の異様な姿に嫌な気配を感じた布夜はあえて時間を遅らせた。
布夜は夜、源力が高まる。
しかしそれは少女側にとっても有利に働いた。布夜がその能力の発動を遅らせたために、少女の振戦もまた一段階上昇していたのだった。
振戦「自酷展開」。
同じ姿勢でいる時間に応じてバリアの能力が変わる。少女はこの姿勢で、すでに四時間が経過していた。
白い手首。
――細い。
まるでこの世界で生きることをあきらめたように、それはとても色薄く見えた。
置いたのがかばんでなくてよかった、と布夜は思った。
妹に言い訳のメッセージが送れなくなる。
文言を意識のどこかで考えながら、布夜もまた、ゆっくりと迎撃の姿勢を整えた。
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