タヌキのような猫と僕の初恋のはなし

加茂晶

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タヌキのような猫と僕の初恋のはなし

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 あれは中学三年の秋のことだ。学校が終わって家に帰る途中、体育館の裏の茂みからネコの鳴き声が聞こえてきた。

 「ニャー、ニャー、ニャー…」

 その声が弱々しく感じたので、茂みに入って見ると、ガリガリに痩せた子ネコが横たわっていた。これは放って置けないと思ったので、急いで家に帰ると牛乳とトレイを持って、学校に戻って来た。トレイに牛乳を入れると、子ネコはヨロっと立ち上がって飲み始めた。
 僕はネコなんて飼ったこと無いし、ウチのマンションはネコや犬を飼うのは禁止だ。でも、放っておいたら、この子ネコは死んでしまうかもしれない。
 それで、なけなしの小遣いを持って、ペットショップへ走った。

 その日から、朝は早めに登校して餌をやって、下校時にも餌をやる生活が始まった。子ネコは少しずつ回復して、毛艶も良くなってきた。
 僕はこのネコをポンタと名付けた。成長して太ってきたら、何となくタヌキっぽく見えるようになったからだ。
 枯れ枝や枯葉を集めて、少しは寒さがしのげるようにもしてやった。ポンタがずっとそこに留まっているのかどうかは分からなかった。でも、冬になってうっすら雪が積もっても、少なくとも朝夕に餌をあげる時にはそこにいた。

 その頃、僕には想い人がいた。隣のクラスの葉月はづきさんだ。葉月さんとは、中学二年生の時に同じクラスになったことがあった。
 中学二年生の春、校外活動で集団で移動している時、交差点を渡れずに立ち尽くしていたお婆さんがいた。生徒たちだけで無く先生たちも、見て見ぬふり。団体行動中だし皆忙しいのだ、と僕は心の中で言い訳したが、後ろめたさは拭えなかった。
 でも、見て見ぬふりができなかった生徒が一人だけいた。それが、葉月さんだった。彼女は、生徒の列から離れて、お婆さんの手を引いて交差点の反対側へ連れて行ってあげた。僕はその姿を尊いと思ったが、眺めていることしか出来なかった。
 でも、その時のことがきっかけになって、女子の中で葉月さんは浮いてしまったようだ。もしかすると、それはイジメだったのかもしれない。いつ見ても、彼女は一人っきりだった。
 でも、そんな葉月さんの何気ない仕草や表情が、僕には気になるようになっていった。だけど、彼女と違って僕には勇気が無い。僕の気持ちは、葉月さんに伝えられることもなく、ずっとそのまま…になるはずだった。

 そして、その日がやって来た。卒業式だ。僕は、中学生生活をまあまあ楽しめたと思っていたけど、心残りが二つあった。
 一つはポンタのこと。高校生になれば、中学校の体育館の裏にはもう来れないだろう。
 そして、もう一つは葉月さんだ。成績の良い彼女のことだ。多分、出来の悪い僕とは違う高校へ行ってしまうのだろう。そうなると、思いを伝えるどころか、会って話しをする機会も無くなる。
 ポンタはどうなってしまうのか?それに、葉月さんと永遠に会えなくなるなんて。ずっと悩んで来たけど、どうにも出来ない。僕なんかには…。

 卒業式が終わった後、ポンタに餌をやりながら話しかけた。これまでも、ポンタに餌をやっている時には、あれやこれや話しかけていた。だけど、今日は最後になるかもしれない。僕の心残りについて、ついつい長時間話しかけてしまった。
 餌が無くなってもポンタはじっとしていたけれど、話が終わるとポンタは走り出した。驚いてポンタの姿を目で追うと、ポンタは立ち止まり、僕の方を向いて首を縦に振った。

 ポンタに「ついて来い」って言われたような気がした。

 その後も、ポンタが走って前に進むと立ち止まって僕を振り返り、僕が追いつきそうになるとポンタはさらに先へ走った。なんだ、ポンタは追いかけっこがしたいのか?
 ずいぶん走らされたが、結局、中学校の近くの公園に戻って来た。走るのは苦手じゃなかったけど、これだけ走ったのは久しぶりだった。受験勉強でなまった身体には少しきつい。頭を下げて膝に手をついて、肩で息をした。

 すると、女の子の声がした。
「ポンタ?」
でもそれは、僕が勝手にこのネコにつけた名前だ。その名前を呼んでいるのは誰だ?
 顔を上げた僕の視界に入って来たのは葉月さん…僕の想い人だった。
「葉月さん…?」
永田ながた君…?」
僕らは互いの名前を、ほとんど同時に呼んだ。僕の顔は真っ赤だったはずだけど、彼女の顔もほんのり赤くなっているように見えた。

 その後、僕らはポンタの話をした。それは、僕らの長い長い会話の、始まりになった。
 葉月さんが初めてポンタを見かけたのは、体育館の裏だったそうだ。僕の後をつけて、僕がポンタに話しかけていたのを聞いて、名前を知ったらしい。
 何故僕の後をつけたのだろう?と思っていると、葉月さんは言った。
「永田君、ありがとう。」
僕は葉月さんのその言葉が理解できず、おそらく間の抜けた顔で葉月さんを見ていたはずだ。
 葉月さんは話を続けた。
「…やっと言えた。私は、ずっと言いたかったけど、その勇気が無かったの。」
「僕、葉月さんにお礼を言ってもらえるようなことを、何かしたかな?」
「私がイジメられてきたのを助けてくれたじやない?」
 どうやら、ずっと葉月さんが気になっていた僕は、何かと葉月さんを助けるような言動をしていたらしい。意識はしていなかったのだけど。きっと、その時々の僕には、そうすることが自然だったのだろう。

 その後も、僕たちの話はずっと続いた。僕たちの足元にいたポンタは、満足そうに見えた。いや、葉月さんが持って来てくれた餌が美味しかっただけかもしれないけど。
 葉月さんによると、この公園はポンタの「別荘」だったらしい。なので、その後も僕と葉月さんは、毎日公園に来てポンタに餌をあげることにした。もちろん、家族や周りの人には内緒だ。

 …それから十年。いろんなことがあったけれど、僕なりには頑張ってきたと思う。
 今、ポンタは僕の足元で丸まって眠っている。ポンタは僕の家で一緒に暮らしている。すっかり老猫になったけど、まだまだ元気だ。
 そして、僕にはポンタ以外に二人の家族がいる。一人は僕の腕の中ですやすや眠っている赤ちゃん、娘のさきだ。
 そして、もう一人はキッチンで夕食の準備をしてくれている。彼女は、中学生の頃の想い人。あの頃の僕は、彼女とこんな幸せな日々を送れるようになるとは、思ってもみなかった。

 タヌキは人を化かすと言う。もしかすると、僕の初恋が実ったのは、あの日ポンタに「化かされた」からなのかもしれない。
 足元で眠っているタヌキのようなネコの頭を、起こさないようにそっと撫でた。
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