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44
無茶を言っているのはわかっていたけれど、ゲラードにはあまり時間がなかった。だから、半ば強引にその店の扉を開けてしまったのだ。案の定、何事かと駆けつけてきた従業員たちに取り囲まれた。
「無作法をして申し訳ない。しかし急ぎの用があって──」
彼女たちになんとか事情を説明しようとしているところで、店の奥から落ち着いた声が聞こえた。
「おはようございます、気の早い旦那様。あいにく当店はまだ開店準備中で──あら」
女主人は、ゲラードの姿を見て足を止めた。
ゲラードは、その声を聞いて微笑んだ。
やっぱり、間違っていなかった。
「これはこれは。このような店に足をお運びくださり、恐悦至極に存じます」
〈黒梟〉亭の女主人アドゥオールは、優雅な辞儀をした。ゲラードを取り囲んでいた従業員たちも、一糸乱れぬ動きでそれに倣う。
アドゥオールはゆっくりと身を起こすと、迷惑な客に嫌な顔一つせず、店の奥にある最も座り心地のいい席を勧めた。席についた瞬間、お茶の入った杯がテーブルに置かれた。
「本日は、妹君が戴冠なさるご予定ではなかったのですか」
「僕のような身分の者は、聖堂の中には入れませんから」
ゲラードは紅茶に口をつけた。微かに葡萄の香りがする、とてもおいしいお茶だった。ゲラードはしばらくその香りを楽しんでから、言った。
「いままで、忠告をありがとう」そっと微笑む。「そのお礼を言いたくて。しばらくダイラを離れることになるので」
「それはそれは」アドゥオールは、正しい答えを導き出した教え子に向けるような笑みを浮かべた。「あなたはまこと、類い希なる王子であらせられる」
「もう王子ではありません」ゲラードは小さく笑った。
「いいえ。あなたは王の末裔」アドゥオールはゲラードの目を見つめた。「我々にとって唯一の王、マウリス王の子孫です」
まだ、その名前と自分とをつなぎ合わせるのになれていないゲラードには、ただ頷いてその言葉を受け入れることしかできなかった。
「あなたは、何もかもご存じだった」ゲラードは言った。
「幸いにも、わたしの友好関係は広いのです、殿下。人魚は素晴らしい種族ですが、陸地を見るための目がなければ、話す魚と大差はありません。お互いの利益のために、手を取り合ったのです」アドゥオールは優雅にお茶を飲んだ。「水底の女王の頼みは断れませんわ」
ゲラードは、彼女の言いように小さく笑った。「確かに」
「今日いらして頂けて幸運でした」彼女は言った。「例の刺客について、お伝えしたいことがあったのですよ」
途端に、胸に押し当てられた短剣を思い出して、身がすくむ。
「何かわかったのですか?」
アドゥオールが頷いた。
「カルタニアです」
ゲラードは眉を顰めた。「カルタニア……」
「一年もの間追いかけ回して、ようやく、お命を狙った刺客の出所を突き止めました。カルタニアの教会に属する、金面軍という暗殺集団です」
「金面……暗殺者……!?」
わけがわからず、混乱と緊張の汗が滲む。
決して素行の良い信者ではなかったにせよ、いくらなんでも、教会に命を狙われるようなことをした覚えはない──と、ここまで考えたところで、ようやく思い出す。
「貴銀の血──」
神を生み出す力を持つその血を、陽神が封じた。それはなぜだった? 陽神が、貴銀の血の力を恐れたからではなかったか?
「教会は、僕の血を恐れている──?」
アドゥオールは頷いた。
「おそらく」
「しかし、なぜ?」ゲラードは途方に暮れた。「僕には……たいした力はないのに」
アドゥオールも、同じくらい途方に暮れているようだった。彼女も力なく首を振った。
「まだわかりません」彼女は言った。「とにかく、教会の動向を探らなくては」
アドゥオールは、ゲラードを見つめた。
「ご注意を、殿下。何かが動き出しています。我々の立つ地面の裏、風の隙間、雲の陰で」
背筋がざわめき、嫌な汗が背中を伝った。
彼女は言った。
「教会の狙いを、探らなくてはなりません。引き続き、私の密偵に探らせます」
「ありがとう。僕も……目を光らせておきます」
ふたりは頷き合い、ゲラードが席を立った。
「戴冠式にお出にならなくて、本当によろしかったのですか?」
ゲラードは肩をすくめた。
「彼女には直接お祝いを伝えたから。それに、これからいくらでも──」
そこから先の言葉は、永遠に口にされなかった。
空を裂くような爆発の音が聞こえたのは、ちょうどその時だった。
王都を駆け抜けてゆく振動が、建物を震わせた。食器がガチャガチャと音を立て、魔女たちの間から、控えめな悲鳴がおこる。
「みんな、狼狽えては駄目よ」
アドゥオールは言ったが、彼女の顔も強ばっていた。
そして、振動がおさまった。
「今のは、一体なに?」
真夜中の魔女は囁いた。答えを知るのが怖ろしいと、彼女の目が語っていた。
不気味な余韻の中で、ゲラードは感じていた。世界が決定的に変わってしまったことを。
彼の中に流れる貴銀の血が、そっと囁いていた。
昨日と同じ世界はやってこない。もう二度と。
45
一三七二年、樫の月。
緑海の国々ではこの上ない吉日とされる十二日に、エレノア女王の戴冠式が執り行われた。
女王は国民の前に立ち、安定した社会と平和の実現、そして知識の追求によって皆が栄える世を作ることを約束した。
万雷の拍手の中、ひとりの男が王女の前に躍り出た。
彼が身に纏った外套を拡げると、そこには大量の炎薬の入った瓶が無数にくくりつけられていた。
男を取り押さえようと衛兵が前に出たが、男はその手を逃れた。
男が導火線に火をつけ、女王に向かって走った。
その時、祭司のマシュー・コンプトンが走り出て、祭壇から十数ナート離れたところで男を押し倒した。爆発はその瞬間に起こった。
この爆発で、コンプトン祭司は死亡。貴族七名が怪我を負ったが、命に別状は無い。プロフィテイア聖堂の翼廊が破壊され、聖堂は立ち入り禁止となった。
同日、旧アルバ領の北方山脈にある〈クラン〉の本拠地ヨトゥンヘルムでは、新たな頭領の就任の儀式が行われていた。視力を失ったヒルダ・フィンガルに代わり、年若いランヴァルド・フィンガルが頭領に就任することとなっていた。
式の最中、ここでも一人の人狼が声を上げた。彼もまた、炎薬の入った瓶を身に帯びていた。〈クラン〉の人狼たちはすぐさま彼を取り押さえようとした。だが、爆発の方が早かった。業火はヨトゥンヘルムを焼き尽くし、〈協定〉の守護者たちの砦は壊滅した。現在〈クラン〉は解散し、人狼たちの行方も知れない。
エイルではその日、大学の棟上げの祭りが行われていた。カルナバンの森に建設される予定で、シルリク王自身の立案によって創立されることとなっていた。
祭りには、シルリク王とその側近のフィラン・オロフリン、枢密院の顧問官や議会議員の他、大勢の市民がつめかけていた。
晴れ渡った空の下、大学の建設予定地に設えられた祭壇の前で、土地の神に祈りを捧げているちょうどそのときだった。炎薬の瓶を手にした男が現れたのは。
彼はアラニの大義と、救世主マルヴィナを弑したシルリク王への復讐を叫ぶと、導火線に火をつけた。シルリク王がすぐさま飛び出した。黒い靄に変化し、男の身柄を包んだ。人びとが悲鳴を上げる中、彼は男を抱えて、空高く飛翔した。
爆発は、空中でおこった。太陽の落とし子が生まれたかのように、激しい爆発だった。
シルリク王の亡骸はなかったが、新王に即位したフィラン王によって、シルリク王の崩御が正式に布告された。
46
船出の準備は滞りなく終わり、あとは錨を上げるだけだ。
悲しみが、波の音にも、風の温度にも宿っている。耳にこびりついて離れない弔鐘の響きのように、彼の不在は心に影を落とす。
クヴァルドは嘆きを表に出すことなく政務に励んでいる。それがいっそう痛々しい。ヴェルギルがいなくなったこのエイルは、最も眩い灯を失ったかのようだった。
それでも、すべての灯が消えたわけではない。
彼と交わした約束を果たす。そのために、フーヴァルは今日、再びエイルの港を出発する。
「準備はできたか、野郎ども!」
船尾楼甲板から、船を見渡す。ジャクィス・キャトルの討伐と引き換えにオルノアからせしめた財宝で、イルヴァのロッサーナ号をはじめとする〈浪吼団〉の船の多くが新たに作り直された。このマリシュナ号も、古い船から多くの船材と、名前を引き継いだ新造船だ。
それでも、ここには喪失が満ちていた。
乗組員たちの『応』という返事にも、空元気の痛々しさがあった。だが、立ち止まっては居られないのだ。
「錨を上げろ」フーヴァルは声を張り上げた。「出発だ!」
幸運の女神は、何度でも海にこぎ出す。
戦い続け、そして手を差し伸べ続けるために。
「いよいよだね」
ゲラードが傍らに立ち、フーヴァルの手を取った。
「ああ」
それ以上の言葉は必要なかった。ただふたりで、目の前に広がる青を見つめた。
空と、海の青。
その二つは、決して交わることなく存在し続ける。何千年前からそうであったように。何千年後も、そうであるように。
けれど、八重波は蒼穹を映し、蒼穹には八重波の如き白雲が連なっている。
空と海との間にいくつの嵐が生まれようと、海が干上がったり、空が飛び去ったりするようなことは……ないだろう。少なくとも、当分のうちは。
なら、それで十分なのかもしれないと、フーヴァルは思った。
空と海とが互いに向かい合っている限りは、きっと。
無茶を言っているのはわかっていたけれど、ゲラードにはあまり時間がなかった。だから、半ば強引にその店の扉を開けてしまったのだ。案の定、何事かと駆けつけてきた従業員たちに取り囲まれた。
「無作法をして申し訳ない。しかし急ぎの用があって──」
彼女たちになんとか事情を説明しようとしているところで、店の奥から落ち着いた声が聞こえた。
「おはようございます、気の早い旦那様。あいにく当店はまだ開店準備中で──あら」
女主人は、ゲラードの姿を見て足を止めた。
ゲラードは、その声を聞いて微笑んだ。
やっぱり、間違っていなかった。
「これはこれは。このような店に足をお運びくださり、恐悦至極に存じます」
〈黒梟〉亭の女主人アドゥオールは、優雅な辞儀をした。ゲラードを取り囲んでいた従業員たちも、一糸乱れぬ動きでそれに倣う。
アドゥオールはゆっくりと身を起こすと、迷惑な客に嫌な顔一つせず、店の奥にある最も座り心地のいい席を勧めた。席についた瞬間、お茶の入った杯がテーブルに置かれた。
「本日は、妹君が戴冠なさるご予定ではなかったのですか」
「僕のような身分の者は、聖堂の中には入れませんから」
ゲラードは紅茶に口をつけた。微かに葡萄の香りがする、とてもおいしいお茶だった。ゲラードはしばらくその香りを楽しんでから、言った。
「いままで、忠告をありがとう」そっと微笑む。「そのお礼を言いたくて。しばらくダイラを離れることになるので」
「それはそれは」アドゥオールは、正しい答えを導き出した教え子に向けるような笑みを浮かべた。「あなたはまこと、類い希なる王子であらせられる」
「もう王子ではありません」ゲラードは小さく笑った。
「いいえ。あなたは王の末裔」アドゥオールはゲラードの目を見つめた。「我々にとって唯一の王、マウリス王の子孫です」
まだ、その名前と自分とをつなぎ合わせるのになれていないゲラードには、ただ頷いてその言葉を受け入れることしかできなかった。
「あなたは、何もかもご存じだった」ゲラードは言った。
「幸いにも、わたしの友好関係は広いのです、殿下。人魚は素晴らしい種族ですが、陸地を見るための目がなければ、話す魚と大差はありません。お互いの利益のために、手を取り合ったのです」アドゥオールは優雅にお茶を飲んだ。「水底の女王の頼みは断れませんわ」
ゲラードは、彼女の言いように小さく笑った。「確かに」
「今日いらして頂けて幸運でした」彼女は言った。「例の刺客について、お伝えしたいことがあったのですよ」
途端に、胸に押し当てられた短剣を思い出して、身がすくむ。
「何かわかったのですか?」
アドゥオールが頷いた。
「カルタニアです」
ゲラードは眉を顰めた。「カルタニア……」
「一年もの間追いかけ回して、ようやく、お命を狙った刺客の出所を突き止めました。カルタニアの教会に属する、金面軍という暗殺集団です」
「金面……暗殺者……!?」
わけがわからず、混乱と緊張の汗が滲む。
決して素行の良い信者ではなかったにせよ、いくらなんでも、教会に命を狙われるようなことをした覚えはない──と、ここまで考えたところで、ようやく思い出す。
「貴銀の血──」
神を生み出す力を持つその血を、陽神が封じた。それはなぜだった? 陽神が、貴銀の血の力を恐れたからではなかったか?
「教会は、僕の血を恐れている──?」
アドゥオールは頷いた。
「おそらく」
「しかし、なぜ?」ゲラードは途方に暮れた。「僕には……たいした力はないのに」
アドゥオールも、同じくらい途方に暮れているようだった。彼女も力なく首を振った。
「まだわかりません」彼女は言った。「とにかく、教会の動向を探らなくては」
アドゥオールは、ゲラードを見つめた。
「ご注意を、殿下。何かが動き出しています。我々の立つ地面の裏、風の隙間、雲の陰で」
背筋がざわめき、嫌な汗が背中を伝った。
彼女は言った。
「教会の狙いを、探らなくてはなりません。引き続き、私の密偵に探らせます」
「ありがとう。僕も……目を光らせておきます」
ふたりは頷き合い、ゲラードが席を立った。
「戴冠式にお出にならなくて、本当によろしかったのですか?」
ゲラードは肩をすくめた。
「彼女には直接お祝いを伝えたから。それに、これからいくらでも──」
そこから先の言葉は、永遠に口にされなかった。
空を裂くような爆発の音が聞こえたのは、ちょうどその時だった。
王都を駆け抜けてゆく振動が、建物を震わせた。食器がガチャガチャと音を立て、魔女たちの間から、控えめな悲鳴がおこる。
「みんな、狼狽えては駄目よ」
アドゥオールは言ったが、彼女の顔も強ばっていた。
そして、振動がおさまった。
「今のは、一体なに?」
真夜中の魔女は囁いた。答えを知るのが怖ろしいと、彼女の目が語っていた。
不気味な余韻の中で、ゲラードは感じていた。世界が決定的に変わってしまったことを。
彼の中に流れる貴銀の血が、そっと囁いていた。
昨日と同じ世界はやってこない。もう二度と。
45
一三七二年、樫の月。
緑海の国々ではこの上ない吉日とされる十二日に、エレノア女王の戴冠式が執り行われた。
女王は国民の前に立ち、安定した社会と平和の実現、そして知識の追求によって皆が栄える世を作ることを約束した。
万雷の拍手の中、ひとりの男が王女の前に躍り出た。
彼が身に纏った外套を拡げると、そこには大量の炎薬の入った瓶が無数にくくりつけられていた。
男を取り押さえようと衛兵が前に出たが、男はその手を逃れた。
男が導火線に火をつけ、女王に向かって走った。
その時、祭司のマシュー・コンプトンが走り出て、祭壇から十数ナート離れたところで男を押し倒した。爆発はその瞬間に起こった。
この爆発で、コンプトン祭司は死亡。貴族七名が怪我を負ったが、命に別状は無い。プロフィテイア聖堂の翼廊が破壊され、聖堂は立ち入り禁止となった。
同日、旧アルバ領の北方山脈にある〈クラン〉の本拠地ヨトゥンヘルムでは、新たな頭領の就任の儀式が行われていた。視力を失ったヒルダ・フィンガルに代わり、年若いランヴァルド・フィンガルが頭領に就任することとなっていた。
式の最中、ここでも一人の人狼が声を上げた。彼もまた、炎薬の入った瓶を身に帯びていた。〈クラン〉の人狼たちはすぐさま彼を取り押さえようとした。だが、爆発の方が早かった。業火はヨトゥンヘルムを焼き尽くし、〈協定〉の守護者たちの砦は壊滅した。現在〈クラン〉は解散し、人狼たちの行方も知れない。
エイルではその日、大学の棟上げの祭りが行われていた。カルナバンの森に建設される予定で、シルリク王自身の立案によって創立されることとなっていた。
祭りには、シルリク王とその側近のフィラン・オロフリン、枢密院の顧問官や議会議員の他、大勢の市民がつめかけていた。
晴れ渡った空の下、大学の建設予定地に設えられた祭壇の前で、土地の神に祈りを捧げているちょうどそのときだった。炎薬の瓶を手にした男が現れたのは。
彼はアラニの大義と、救世主マルヴィナを弑したシルリク王への復讐を叫ぶと、導火線に火をつけた。シルリク王がすぐさま飛び出した。黒い靄に変化し、男の身柄を包んだ。人びとが悲鳴を上げる中、彼は男を抱えて、空高く飛翔した。
爆発は、空中でおこった。太陽の落とし子が生まれたかのように、激しい爆発だった。
シルリク王の亡骸はなかったが、新王に即位したフィラン王によって、シルリク王の崩御が正式に布告された。
46
船出の準備は滞りなく終わり、あとは錨を上げるだけだ。
悲しみが、波の音にも、風の温度にも宿っている。耳にこびりついて離れない弔鐘の響きのように、彼の不在は心に影を落とす。
クヴァルドは嘆きを表に出すことなく政務に励んでいる。それがいっそう痛々しい。ヴェルギルがいなくなったこのエイルは、最も眩い灯を失ったかのようだった。
それでも、すべての灯が消えたわけではない。
彼と交わした約束を果たす。そのために、フーヴァルは今日、再びエイルの港を出発する。
「準備はできたか、野郎ども!」
船尾楼甲板から、船を見渡す。ジャクィス・キャトルの討伐と引き換えにオルノアからせしめた財宝で、イルヴァのロッサーナ号をはじめとする〈浪吼団〉の船の多くが新たに作り直された。このマリシュナ号も、古い船から多くの船材と、名前を引き継いだ新造船だ。
それでも、ここには喪失が満ちていた。
乗組員たちの『応』という返事にも、空元気の痛々しさがあった。だが、立ち止まっては居られないのだ。
「錨を上げろ」フーヴァルは声を張り上げた。「出発だ!」
幸運の女神は、何度でも海にこぎ出す。
戦い続け、そして手を差し伸べ続けるために。
「いよいよだね」
ゲラードが傍らに立ち、フーヴァルの手を取った。
「ああ」
それ以上の言葉は必要なかった。ただふたりで、目の前に広がる青を見つめた。
空と、海の青。
その二つは、決して交わることなく存在し続ける。何千年前からそうであったように。何千年後も、そうであるように。
けれど、八重波は蒼穹を映し、蒼穹には八重波の如き白雲が連なっている。
空と海との間にいくつの嵐が生まれようと、海が干上がったり、空が飛び去ったりするようなことは……ないだろう。少なくとも、当分のうちは。
なら、それで十分なのかもしれないと、フーヴァルは思った。
空と海とが互いに向かい合っている限りは、きっと。
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・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
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*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
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