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 空との間に遮るものが何もない場所では、黄昏の時間が長い。太陽が沈んだあとも、世界は鮮やかな色彩の中で燃え続けた。水平線に取り残されたちぎれ雲は黄金。上空に棚引く雲は珊瑚の赤に染まっている。それらを包み込むのは、紫紺の薄雲を纏った、まだ若い夜の群青だ。凪いだ海に、何処までも続く浅瀬に、空に散らばるすべての色が映っていた。平凡な色などどこにもない。全てが美しかった。ただ見つめているだけで、わけもなく涙が滲みそうなほど。
 濡れた砂浜が、鏡のように夕映えを映している。あふれる色彩の中に身を横たえて、ふたりは何度も口づけをした。フーヴァルの身体の全ての曲線を辿りながら、彼が同じことをしてゆくのに身を委ねる。すっかりはだけたシャツは、そのままにしていた。脱ぎ去る時間さえ惜しいような気がして。
 髪を梳き、首筋に触れるフーヴァルの手を感じながら、ゲラードは彼の背中に腕を回し、引き寄せてキスをした。ずぶ濡れの脚衣が肌に纏わり付いて、抑えきれない想いを露わにしていた。ゆっくりと覆い被さると、彼はゲラードの腰を抱いた。ほんのわずかに擦れただけで、肌という肌が悦びに震えた。
 フーヴァルがゲラードの腿を抱えて、さらに近くへ引き寄せる。馬乗りになると、彼はゲラードの腰を掴み、波打つように腰を揺らめかせた。
「ああ……」
 臍の下にじわりと熱が滲み、が硬く、重くなる。突き上げるような動きに漏れる、互いの甘い声を口づけで貪る。穏やかな波音にあわせて踊るように、ふたりは揺れた。
 フーヴァルの手が、ゲラードの脚衣のボタンを外す。濡れた服を脱ぐのは簡単なことではなかった。ふたりとも気が急いていたし、服を脱がせようとするのをわざと邪魔したり、クスクスと笑ったりして、ちっとも思い通りに脱がすことができない。
「邪魔しないでくれ」ゲラードは笑いながら言った。
「どっちが!」フーヴァルは言い、ゲラードの肩を押して砂浜に押し倒した。
 脱げかけた下穿きはそのままに、臀部でんぶを半分さらけ出したフーヴァルが、勝ち誇ったようにゲラードに覆い被さる。彼は、ゲラードの腰の下で縒り縄のように丸まった脚衣を掴むと、問答無用とばかりにずり降ろした。
「ハ! 俺の勝ちだ!」
 やたらに可笑しくて、二人して笑った。笑いながらキスをして、揶揄うように舌を絡ませる。再び湧き上がる熱情に呼吸が荒くなる頃には、冗談めいた雰囲気はどこかへ消え去っていた。
 フーヴァルはゲラードを見つめたまま、顎や首筋、胸元へと口づけをした。どこへたどり着くのか、よく見ていろと言うような眼差し。
「アーヴィン……」
 尖らせた舌先で臍を擽られて、鋭く息を吸う。
 彼はそんなゲラードを見て小さく、そして満足げに笑ってから、さらに下へと進んだ。
「あ……」
 期待と切望に張り詰めたものに、フーヴァルの舌が触れる。
 それだけで、腰が浮き、仰け反ってしまうのを止められない。熱く濡れた舌がゲラードを味わう度、堪えきれない声が喉の奥からこみ上げる。
「ああ……!」
 フーヴァルとの交わりは、いつでも性急だった。扉一枚隔てた向こう側に溢れる、数多の問題事や心配事──そういう余計なことを考える隙を作らぬように。
 だがこれは、今までのものとは違う。
 海を背にしたフーヴァルの背後では、残照が鮮やかに燃えていた。彼は目を伏せてかがみ込むと、海図を読み、日誌を記すときと同じ真剣さで、ゲラードのものを愛撫した。
 視線に気付いたフーヴァルがこちらを見て、ニヤリと笑う。彼は舌を出して、屹立の根元から先端までをこれ見よがしに舐め上げた。
 ゲラードは砂を握り、あっという間に上り詰めようとする自身を戒めた。
 彼は、まるで歌うような声で言った。
「それは……今すぐぶち込みたいって顔か?」
 あけすけな言葉に、いとも簡単に揺るがされてしまいそうになる。だがゲラードはぐっと堪えて、半身を起こした。
「これは」フーヴァルをそっと押し倒し、耳元で囁いた。「僕も、君のことを味わいたいと思っている顔だ」
 ゲラードは彼の腰に手を這わせ、彼の肉体に施された刺青をなぞるように愛撫し、キスをした。それは海で死に、顔面を魚に食い荒らされても誰の亡骸かわかるようにと、船乗りが身体に刻む唯一無二の刺青だ。両手の指に刻み込まれた『HOLD』『FASTしっかりつかまれ』の文字。胸の真ん中にある北極星と、それを挟んで向かい合う二羽の燕。右腕の海亀。左手の錨──そこに施された模様の意味を、ゲラードはすべて覚えていた。それは彼が、船乗りとして歩んできた航跡そのものだ。
 フーヴァルの腰に手を当て、背中を向けさせる。
 ゲラードは背中からフーヴァルに覆い被さり、背中の隆起や、腰の窪みや、尻の膨らみにキスをしながら、彼の下穿きをゆっくりと脱がせた。日焼けした肌と、腰から下の白い肌との対比。太陽さえも知らない場所に、ゲラードは優しく噛みついた。フーヴァルが低い声で呻き、今の悪戯を気に入ったのだとわかった。
 彼は砂の上に胸をつけ、尻を高く掲げた。淫靡に反った腰の曲線の向こうでは、張り詰めた背中の筋肉が美しい陰影を描いている。
 ゲラードは、背骨が尽きたところにキスを落とした。それから、二つの膨らみの間に。そして、さらに下に。
 どこもかしこも、海の味がした。海の味と混ざり合う、彼自身の汗の味も。
 舌先でなぞり、突いて、丹念に濡らしながら、その場所が強ばりを捨てるのを感じる。フーヴァルのうめき声が、もどかしげに高まってゆく。彼の屹立はゲラードの手の中で濡れていた。とろりとした先走りを指に絡めてそっと扱くと、彼は砂を握りしめて身を震わせた。
「ガル」とうとう、フーヴァルが音を上げた。「ガル、さっさと──」
「ぶち込め?」
 笑い混じりの低い声で、らしくない言葉を使うゲラードに、フーヴァルはほんの一瞬面食らった顔をした。けれどすぐに、共犯者めいた笑顔が取って代わる。
 彼は身を起こし、ゲラードの胸に背中を合わせると、後ろ手に腰を引き寄せて、尻を押しつけた。
「ぶち込んで、めちゃくちゃにつきまくって、全部ぶちまけてくれよ──俺の中に」
 愛撫より濃厚な声が、ゲラードの全身を這い回る。あっけなく、ゲラードは言葉を失った。
 その顔を見たときの、フーヴァルの得意げな顔ときたら。
「いくよ……」
 砂浜に膝をつき、後ろから抱きかかえたまま、彼の温もりに、自身を沈める。
「ああ……!」
 結合が深まるほどに、皮膚を甘く痺れさせるものを分かち合いたくて、彼の腰に、胸に、腹に手を這わせた。
 ゲラードの腕の中で、彼は張り詰め、仰け反り……そして降伏するように、すべてを緩めた。
 ふたりの目の前には夜凪よなぎの海があり、月明かりを映した銀の波が静かにさざめいていた。空は、満天の星に埋め尽くされていた。凄絶なまでの星空。じっと眺めていると、怖ろしくなる。肉体から解き放たれ、意識が吸い込まれてしまうのではないか、と。
 だがいま、ゲラードの腕の中にはフーヴァルがいて、ふたりはしっかりと繋がっている。ここより他に、行きたい場所などない。
 フーヴァルが振り向き、ゲラードの頬を引き寄せる。キスをしたまま、穏やかな律動で揺れる。ゲラードの肉体に赦された、フーヴァルの一番奥にある場所への愛撫──その恩恵を味わうように、優しく、深い抽挿を繰り返した。
 フーヴァルの左手がゲラードの右手を捕まえる。彼はそれを臍に──その下の屹立に導いた。そうして、絡み合わせた手に突き入れるように、腰を動かす。
「ああ……」
 彼の肌を、肉を震わせた官能を、ゲラードも確かに感じた。彼が、彼の思うままに腰をくねらせると、さっきより早く、激しく、情熱的な新しい律動が、ふたりの間に生まれた。
「アーヴィン」荒い息で囁きながら、彼の耳を甘く噛む。
「ああ……ガル──」
 燃えるように熱い耳朶に舌を這わせ、耳飾りごと口に含む。
 フーヴァルは狂おしげな声を上げて、さらに強く腰を抱き寄せ、尻を押しつけた。
 しおが遠ざかり、心臓の鼓動ばかりが耳の中に響いた。快感に、熱情に唆され、動きが早まる。打ち付ける音。ふたりを濡らす汗の音。荒い呼吸。濡れそぼつ屹立が立てる音が重なり合う。もう、それしか聞こえない。それしか、聞きたくない。
 互いにしがみつく手が汗で滑って、それでも放すまいと爪を立てる。掻き抱く力強さは愛撫よりも荒々しく、激しく、ふたりの中の炎を燃え立たせた。
「ん、あ……ガル……っ」
 戦慄が肌の上を覆う。まるで、積乱雲の表面にはしる雷のように。
「アーヴィン」
 ゲラードは囁き、彼の顎に手を添えて振り向かせ、キスをした。すると彼は、喘ぎとも吐息ともわからぬ声を上げながら、それを受け入れ──ゲラードの唇を噛んだ。
 絡み合った、ぬめる両手の中にあるものが、限界を訴えて震える。それを強く握ると、腰に突き立てられたフーヴァルの爪がさらに深く食い込み、熱い内壁がきゅっと締まった。
「あ……!」
 まるで、嵐を抱いているようだ。
「あ、クソ……」フーヴァルが、もどかしさと、快感と、切望が一緒くたになったような声をあげる。
「いきそうだ」ゲラードは、フーヴァルの耳にねじ込むように、ざらりとした声で囁いた。「アーヴィン、君に、全て注ぎ込みたい」
 ひときわ大きく、フーヴァルの身体が震える。
「ああ……!」
 頭の中で、いや、身体中で、何かが弾ける。
 それは意識を真っ白な光で塗りつぶした。解放。そして、どこかに帰り着いたような安心感を覚える。同時に、自分の中から溢れるものが誰かを満たしているという、荒々しい満足感もある。
 ゲラードはフーヴァルを抱きかかえたまま、絶頂のこだまに突き動かされるように、何度も深く、自身を埋め込んだ。目に涙が浮かぶほど甘美な陶酔が、頻波しきなみの如くに何度も全身を包み込み──それが引いたあとには、ただただ満ち足りた思いだけが残る。
 抱擁を解いて、彼の中から自身を引き抜く。
 すると、振り向いたフーヴァルがゲラードにキスをし、そのまま押し倒した。
「覚悟は?」
 フーヴァルが、キスの合間に笑い交じりの声で囁く。
 ゲラードも笑って答えた。
「とっくに、できてるよ」
 
 彼は、自分の中に注がれたものが流れ出すのを手で受け止め、それを自身と、ゲラードに塗り込んだ。扇情的な手つきに解されるまでもなく、そこはすでに、彼を求めて疼いていた。
 窺うような抽挿を数度繰り返したあとで、結合が深まる。彼を受け入れるこの瞬間は、彼に受け入れられるのと同じくらいに素晴らしい。
 一度の絶頂を経て、快感は鈍るどころか、さらに強まっていた。素肌を撫でる海風や、背中の下の濡れた砂の一粒一粒にさえ、いちいち感じてしまいそうなほど。
 そんな考えを読んだのか、フーヴァルは滑らかな抽挿でゲラードを揺さぶりながら、片手で砂を掬い、ゲラードの胸に落とした。細かな砂を胸に塗り拡げ、親指で乳首を擦る。
「──あ……っ」
 ざらりとしたあたたかい感触に、思わず腰が跳ねる。それを見て、フーヴァルはニヤリと笑った。ざらつく愛撫を続けながら、腿を引き寄せて結合を深め、奥の奥までも容赦なく抉るように腰を揺らす。
「あー……すっげえ、イイ」フーヴァルは荒々しく掠れた息を漏らした。「最高だ……」
 受け入れるときも、その逆の時も、フーヴァルは喘ぎ声を抑えない。快感に没頭しているその声が耳に流れ込むと、ゲラードはいっそう敏感になる。
 為す術なく喘ぐゲラードの目に、涙が滲んだ。
「アーヴィン──フーヴ……!」
 酷薄な彼を呼ぶには、やはりこちらの名前が似合う気がする。
 ゲラードは縋るようにフーヴァルの腕を掴み、力なく引っ掻いた。
 フーヴァルは、実に満足そうに呻きながら身をかがめて、ゲラードの唇を舐めた。
「あ……」
 キスを期待して開いた唇にわずかに届かぬところで、彼が微笑む。そうして何度も顔を近づけては離し、物欲しげなゲラードの顔を見下ろして悦に入っていた。
 悪党め。
 痺れを切らしたゲラードはフーヴァルの首筋に手を当て、無理矢理引き寄せ、キスをした。
 勝利の口づけに目を閉じ、深く呻く。
 フーヴァルの抽挿が、この上なく優しく、ゲラードを追い詰めてゆく。まるで、十重二十重に打ち寄せる、あたたかな波のように。
「ん……ン……っ」
 揺さぶられ、突き上げられて、ゲラードは、自分の形が静かに崩れていくような気がした。波打ち際の砂の城のように跡形もなく。
 それは、さっき絶頂で味わったのとは別の感覚だった。自分という殻を捨てて、海と一つになる──そんな、得も言われぬ解放だった。
「ガル──」
 フーヴァルが囁く。それだけで、ゲラードにはわかる。
「ああ……」ゲラードは微笑み、彼の肩を抱いた。「来て」
 腕の中で上り詰めてゆく彼を感じる。切なげにひそめられた眉。額を転がる汗。絶頂を迎えそうになると、彼は何かに耐えるような表情をする。唸り声を上げる獣のように、鼻にしわを寄せ、唇を強く噛む。
 荒い息が、不意に張り詰め……とまる。
 繋がった場所に別の熱が滲んで、満たし、溢れてゆく。
 彼の雫を一滴も漏らさず、自分の中に留めておけたらいいのに──ゲラードは、フーヴァルを抱きしめながら、そんなことを思った。
 フーヴァルがきつく噛みしめた唇を、ゲラードが舐めて緩ませる。互いに呼応するような喘鳴がおさまるまで、ふたりは口づけをした。何度も。何度も。分かち合った絶頂が、互いの身体に及ぼす変化までも、余さず味わい尽くそうとするように。
 やがて、狂おしいほどの衝動は、心を満たす幸福に取って代わる。つなぎ合わされた二つの心を満たす幸福に。
 ふたりは夜の浜辺で、手を握り合い、眠りに落ちた。
 瞼を閉じる直前まで、互いの笑顔を見つめたまま。
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