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空との間に遮るものが何もない場所では、黄昏の時間が長い。太陽が沈んだあとも、世界は鮮やかな色彩の中で燃え続けた。水平線に取り残されたちぎれ雲は黄金。上空に棚引く雲は珊瑚の赤に染まっている。それらを包み込むのは、紫紺の薄雲を纏った、まだ若い夜の群青だ。凪いだ海に、何処までも続く浅瀬に、空に散らばるすべての色が映っていた。平凡な色などどこにもない。全てが美しかった。ただ見つめているだけで、わけもなく涙が滲みそうなほど。
濡れた砂浜が、鏡のように夕映えを映している。溢れる色彩の中に身を横たえて、ふたりは何度も口づけをした。フーヴァルの身体の全ての曲線を辿りながら、彼が同じことをしてゆくのに身を委ねる。すっかり開けたシャツは、そのままにしていた。脱ぎ去る時間さえ惜しいような気がして。
髪を梳き、首筋に触れるフーヴァルの手を感じながら、ゲラードは彼の背中に腕を回し、引き寄せてキスをした。ずぶ濡れの脚衣が肌に纏わり付いて、抑えきれない想いを露わにしていた。ゆっくりと覆い被さると、彼はゲラードの腰を抱いた。ほんのわずかに擦れただけで、肌という肌が悦びに震えた。
フーヴァルがゲラードの腿を抱えて、さらに近くへ引き寄せる。馬乗りになると、彼はゲラードの腰を掴み、波打つように腰を揺らめかせた。
「ああ……」
臍の下にじわりと熱が滲み、それが硬く、重くなる。突き上げるような動きに漏れる、互いの甘い声を口づけで貪る。穏やかな波音にあわせて踊るように、ふたりは揺れた。
フーヴァルの手が、ゲラードの脚衣のボタンを外す。濡れた服を脱ぐのは簡単なことではなかった。ふたりとも気が急いていたし、服を脱がせようとするのをわざと邪魔したり、クスクスと笑ったりして、ちっとも思い通りに脱がすことができない。
「邪魔しないでくれ」ゲラードは笑いながら言った。
「どっちが!」フーヴァルは言い、ゲラードの肩を押して砂浜に押し倒した。
脱げかけた下穿きはそのままに、臀部を半分さらけ出したフーヴァルが、勝ち誇ったようにゲラードに覆い被さる。彼は、ゲラードの腰の下で縒り縄のように丸まった脚衣を掴むと、問答無用とばかりにずり降ろした。
「ハ! 俺の勝ちだ!」
やたらに可笑しくて、二人して笑った。笑いながらキスをして、揶揄うように舌を絡ませる。再び湧き上がる熱情に呼吸が荒くなる頃には、冗談めいた雰囲気はどこかへ消え去っていた。
フーヴァルはゲラードを見つめたまま、顎や首筋、胸元へと口づけをした。どこへたどり着くのか、よく見ていろと言うような眼差し。
「アーヴィン……」
尖らせた舌先で臍を擽られて、鋭く息を吸う。
彼はそんなゲラードを見て小さく、そして満足げに笑ってから、さらに下へと進んだ。
「あ……」
期待と切望に張り詰めたものに、フーヴァルの舌が触れる。
それだけで、腰が浮き、仰け反ってしまうのを止められない。熱く濡れた舌がゲラードを味わう度、堪えきれない声が喉の奥からこみ上げる。
「ああ……!」
フーヴァルとの交わりは、いつでも性急だった。扉一枚隔てた向こう側に溢れる、数多の問題事や心配事──そういう余計なことを考える隙を作らぬように。
だがこれは、今までのものとは違う。
海を背にしたフーヴァルの背後では、残照が鮮やかに燃えていた。彼は目を伏せてかがみ込むと、海図を読み、日誌を記すときと同じ真剣さで、ゲラードのものを愛撫した。
視線に気付いたフーヴァルがこちらを見て、ニヤリと笑う。彼は舌を出して、屹立の根元から先端までをこれ見よがしに舐め上げた。
ゲラードは砂を握り、あっという間に上り詰めようとする自身を戒めた。
彼は、まるで歌うような声で言った。
「それは……今すぐぶち込みたいって顔か?」
あけすけな言葉に、いとも簡単に揺るがされてしまいそうになる。だがゲラードはぐっと堪えて、半身を起こした。
「これは」フーヴァルをそっと押し倒し、耳元で囁いた。「僕も、君のことを味わいたいと思っている顔だ」
ゲラードは彼の腰に手を這わせ、彼の肉体に施された刺青をなぞるように愛撫し、キスをした。それは海で死に、顔面を魚に食い荒らされても誰の亡骸かわかるようにと、船乗りが身体に刻む唯一無二の刺青だ。両手の指に刻み込まれた『HOLD』『FAST』の文字。胸の真ん中にある北極星と、それを挟んで向かい合う二羽の燕。右腕の海亀。左手の錨──そこに施された模様の意味を、ゲラードはすべて覚えていた。それは彼が、船乗りとして歩んできた航跡そのものだ。
フーヴァルの腰に手を当て、背中を向けさせる。
ゲラードは背中からフーヴァルに覆い被さり、背中の隆起や、腰の窪みや、尻の膨らみにキスをしながら、彼の下穿きをゆっくりと脱がせた。日焼けした肌と、腰から下の白い肌との対比。太陽さえも知らない場所に、ゲラードは優しく噛みついた。フーヴァルが低い声で呻き、今の悪戯を気に入ったのだとわかった。
彼は砂の上に胸をつけ、尻を高く掲げた。淫靡に反った腰の曲線の向こうでは、張り詰めた背中の筋肉が美しい陰影を描いている。
ゲラードは、背骨が尽きたところにキスを落とした。それから、二つの膨らみの間に。そして、さらに下に。
どこもかしこも、海の味がした。海の味と混ざり合う、彼自身の汗の味も。
舌先でなぞり、突いて、丹念に濡らしながら、その場所が強ばりを捨てるのを感じる。フーヴァルのうめき声が、もどかしげに高まってゆく。彼の屹立はゲラードの手の中で濡れていた。とろりとした先走りを指に絡めてそっと扱くと、彼は砂を握りしめて身を震わせた。
「ガル」とうとう、フーヴァルが音を上げた。「ガル、さっさと──」
「ぶち込め?」
笑い混じりの低い声で、らしくない言葉を使うゲラードに、フーヴァルはほんの一瞬面食らった顔をした。けれどすぐに、共犯者めいた笑顔が取って代わる。
彼は身を起こし、ゲラードの胸に背中を合わせると、後ろ手に腰を引き寄せて、尻を押しつけた。
「ぶち込んで、めちゃくちゃにつきまくって、全部ぶちまけてくれよ──俺の中に」
愛撫より濃厚な声が、ゲラードの全身を這い回る。あっけなく、ゲラードは言葉を失った。
その顔を見たときの、フーヴァルの得意げな顔ときたら。
「いくよ……」
砂浜に膝をつき、後ろから抱きかかえたまま、彼の温もりに、自身を沈める。
「ああ……!」
結合が深まるほどに、皮膚を甘く痺れさせるものを分かち合いたくて、彼の腰に、胸に、腹に手を這わせた。
ゲラードの腕の中で、彼は張り詰め、仰け反り……そして降伏するように、すべてを緩めた。
ふたりの目の前には夜凪の海があり、月明かりを映した銀の波が静かにさざめいていた。空は、満天の星に埋め尽くされていた。凄絶なまでの星空。じっと眺めていると、怖ろしくなる。肉体から解き放たれ、意識が吸い込まれてしまうのではないか、と。
だがいま、ゲラードの腕の中にはフーヴァルがいて、ふたりはしっかりと繋がっている。ここより他に、行きたい場所などない。
フーヴァルが振り向き、ゲラードの頬を引き寄せる。キスをしたまま、穏やかな律動で揺れる。ゲラードの肉体に赦された、フーヴァルの一番奥にある場所への愛撫──その恩恵を味わうように、優しく、深い抽挿を繰り返した。
フーヴァルの左手がゲラードの右手を捕まえる。彼はそれを臍に──その下の屹立に導いた。そうして、絡み合わせた手に突き入れるように、腰を動かす。
「ああ……」
彼の肌を、肉を震わせた官能を、ゲラードも確かに感じた。彼が、彼の思うままに腰をくねらせると、さっきより早く、激しく、情熱的な新しい律動が、ふたりの間に生まれた。
「アーヴィン」荒い息で囁きながら、彼の耳を甘く噛む。
「ああ……ガル──」
燃えるように熱い耳朶に舌を這わせ、耳飾りごと口に含む。
フーヴァルは狂おしげな声を上げて、さらに強く腰を抱き寄せ、尻を押しつけた。
潮の音が遠ざかり、心臓の鼓動ばかりが耳の中に響いた。快感に、熱情に唆され、動きが早まる。打ち付ける音。ふたりを濡らす汗の音。荒い呼吸。濡れそぼつ屹立が立てる音が重なり合う。もう、それしか聞こえない。それしか、聞きたくない。
互いにしがみつく手が汗で滑って、それでも放すまいと爪を立てる。掻き抱く力強さは愛撫よりも荒々しく、激しく、ふたりの中の炎を燃え立たせた。
「ん、あ……ガル……っ」
戦慄が肌の上を覆う。まるで、積乱雲の表面にはしる雷のように。
「アーヴィン」
ゲラードは囁き、彼の顎に手を添えて振り向かせ、キスをした。すると彼は、喘ぎとも吐息ともわからぬ声を上げながら、それを受け入れ──ゲラードの唇を噛んだ。
絡み合った、ぬめる両手の中にあるものが、限界を訴えて震える。それを強く握ると、腰に突き立てられたフーヴァルの爪がさらに深く食い込み、熱い内壁がきゅっと締まった。
「あ……!」
まるで、嵐を抱いているようだ。
「あ、クソ……」フーヴァルが、もどかしさと、快感と、切望が一緒くたになったような声をあげる。
「いきそうだ」ゲラードは、フーヴァルの耳にねじ込むように、ざらりとした声で囁いた。「アーヴィン、君に、全て注ぎ込みたい」
ひときわ大きく、フーヴァルの身体が震える。
「ああ……!」
頭の中で、いや、身体中で、何かが弾ける。
それは意識を真っ白な光で塗りつぶした。解放。そして、どこかに帰り着いたような安心感を覚える。同時に、自分の中から溢れるものが誰かを満たしているという、荒々しい満足感もある。
ゲラードはフーヴァルを抱きかかえたまま、絶頂の谺に突き動かされるように、何度も深く、自身を埋め込んだ。目に涙が浮かぶほど甘美な陶酔が、頻波の如くに何度も全身を包み込み──それが引いたあとには、ただただ満ち足りた思いだけが残る。
抱擁を解いて、彼の中から自身を引き抜く。
すると、振り向いたフーヴァルがゲラードにキスをし、そのまま押し倒した。
「覚悟は?」
フーヴァルが、キスの合間に笑い交じりの声で囁く。
ゲラードも笑って答えた。
「とっくに、できてるよ」
彼は、自分の中に注がれたものが流れ出すのを手で受け止め、それを自身と、ゲラードに塗り込んだ。扇情的な手つきに解されるまでもなく、そこはすでに、彼を求めて疼いていた。
窺うような抽挿を数度繰り返したあとで、結合が深まる。彼を受け入れるこの瞬間は、彼に受け入れられるのと同じくらいに素晴らしい。
一度の絶頂を経て、快感は鈍るどころか、さらに強まっていた。素肌を撫でる海風や、背中の下の濡れた砂の一粒一粒にさえ、いちいち感じてしまいそうなほど。
そんな考えを読んだのか、フーヴァルは滑らかな抽挿でゲラードを揺さぶりながら、片手で砂を掬い、ゲラードの胸に落とした。細かな砂を胸に塗り拡げ、親指で乳首を擦る。
「──あ……っ」
ざらりとしたあたたかい感触に、思わず腰が跳ねる。それを見て、フーヴァルはニヤリと笑った。ざらつく愛撫を続けながら、腿を引き寄せて結合を深め、奥の奥までも容赦なく抉るように腰を揺らす。
「あー……すっげえ、イイ」フーヴァルは荒々しく掠れた息を漏らした。「最高だ……」
受け入れるときも、その逆の時も、フーヴァルは喘ぎ声を抑えない。快感に没頭しているその声が耳に流れ込むと、ゲラードはいっそう敏感になる。
為す術なく喘ぐゲラードの目に、涙が滲んだ。
「アーヴィン──フーヴ……!」
酷薄な彼を呼ぶには、やはりこちらの名前が似合う気がする。
ゲラードは縋るようにフーヴァルの腕を掴み、力なく引っ掻いた。
フーヴァルは、実に満足そうに呻きながら身をかがめて、ゲラードの唇を舐めた。
「あ……」
キスを期待して開いた唇にわずかに届かぬところで、彼が微笑む。そうして何度も顔を近づけては離し、物欲しげなゲラードの顔を見下ろして悦に入っていた。
悪党め。
痺れを切らしたゲラードはフーヴァルの首筋に手を当て、無理矢理引き寄せ、キスをした。
勝利の口づけに目を閉じ、深く呻く。
フーヴァルの抽挿が、この上なく優しく、ゲラードを追い詰めてゆく。まるで、十重二十重に打ち寄せる、あたたかな波のように。
「ん……ン……っ」
揺さぶられ、突き上げられて、ゲラードは、自分の形が静かに崩れていくような気がした。波打ち際の砂の城のように跡形もなく。
それは、さっき絶頂で味わったのとは別の感覚だった。自分という殻を捨てて、海と一つになる──そんな、得も言われぬ解放だった。
「ガル──」
フーヴァルが囁く。それだけで、ゲラードにはわかる。
「ああ……」ゲラードは微笑み、彼の肩を抱いた。「来て」
腕の中で上り詰めてゆく彼を感じる。切なげにひそめられた眉。額を転がる汗。絶頂を迎えそうになると、彼は何かに耐えるような表情をする。唸り声を上げる獣のように、鼻にしわを寄せ、唇を強く噛む。
荒い息が、不意に張り詰め……とまる。
繋がった場所に別の熱が滲んで、満たし、溢れてゆく。
彼の雫を一滴も漏らさず、自分の中に留めておけたらいいのに──ゲラードは、フーヴァルを抱きしめながら、そんなことを思った。
フーヴァルがきつく噛みしめた唇を、ゲラードが舐めて緩ませる。互いに呼応するような喘鳴がおさまるまで、ふたりは口づけをした。何度も。何度も。分かち合った絶頂が、互いの身体に及ぼす変化までも、余さず味わい尽くそうとするように。
やがて、狂おしいほどの衝動は、心を満たす幸福に取って代わる。つなぎ合わされた二つの心を満たす幸福に。
ふたりは夜の浜辺で、手を握り合い、眠りに落ちた。
瞼を閉じる直前まで、互いの笑顔を見つめたまま。
空との間に遮るものが何もない場所では、黄昏の時間が長い。太陽が沈んだあとも、世界は鮮やかな色彩の中で燃え続けた。水平線に取り残されたちぎれ雲は黄金。上空に棚引く雲は珊瑚の赤に染まっている。それらを包み込むのは、紫紺の薄雲を纏った、まだ若い夜の群青だ。凪いだ海に、何処までも続く浅瀬に、空に散らばるすべての色が映っていた。平凡な色などどこにもない。全てが美しかった。ただ見つめているだけで、わけもなく涙が滲みそうなほど。
濡れた砂浜が、鏡のように夕映えを映している。溢れる色彩の中に身を横たえて、ふたりは何度も口づけをした。フーヴァルの身体の全ての曲線を辿りながら、彼が同じことをしてゆくのに身を委ねる。すっかり開けたシャツは、そのままにしていた。脱ぎ去る時間さえ惜しいような気がして。
髪を梳き、首筋に触れるフーヴァルの手を感じながら、ゲラードは彼の背中に腕を回し、引き寄せてキスをした。ずぶ濡れの脚衣が肌に纏わり付いて、抑えきれない想いを露わにしていた。ゆっくりと覆い被さると、彼はゲラードの腰を抱いた。ほんのわずかに擦れただけで、肌という肌が悦びに震えた。
フーヴァルがゲラードの腿を抱えて、さらに近くへ引き寄せる。馬乗りになると、彼はゲラードの腰を掴み、波打つように腰を揺らめかせた。
「ああ……」
臍の下にじわりと熱が滲み、それが硬く、重くなる。突き上げるような動きに漏れる、互いの甘い声を口づけで貪る。穏やかな波音にあわせて踊るように、ふたりは揺れた。
フーヴァルの手が、ゲラードの脚衣のボタンを外す。濡れた服を脱ぐのは簡単なことではなかった。ふたりとも気が急いていたし、服を脱がせようとするのをわざと邪魔したり、クスクスと笑ったりして、ちっとも思い通りに脱がすことができない。
「邪魔しないでくれ」ゲラードは笑いながら言った。
「どっちが!」フーヴァルは言い、ゲラードの肩を押して砂浜に押し倒した。
脱げかけた下穿きはそのままに、臀部を半分さらけ出したフーヴァルが、勝ち誇ったようにゲラードに覆い被さる。彼は、ゲラードの腰の下で縒り縄のように丸まった脚衣を掴むと、問答無用とばかりにずり降ろした。
「ハ! 俺の勝ちだ!」
やたらに可笑しくて、二人して笑った。笑いながらキスをして、揶揄うように舌を絡ませる。再び湧き上がる熱情に呼吸が荒くなる頃には、冗談めいた雰囲気はどこかへ消え去っていた。
フーヴァルはゲラードを見つめたまま、顎や首筋、胸元へと口づけをした。どこへたどり着くのか、よく見ていろと言うような眼差し。
「アーヴィン……」
尖らせた舌先で臍を擽られて、鋭く息を吸う。
彼はそんなゲラードを見て小さく、そして満足げに笑ってから、さらに下へと進んだ。
「あ……」
期待と切望に張り詰めたものに、フーヴァルの舌が触れる。
それだけで、腰が浮き、仰け反ってしまうのを止められない。熱く濡れた舌がゲラードを味わう度、堪えきれない声が喉の奥からこみ上げる。
「ああ……!」
フーヴァルとの交わりは、いつでも性急だった。扉一枚隔てた向こう側に溢れる、数多の問題事や心配事──そういう余計なことを考える隙を作らぬように。
だがこれは、今までのものとは違う。
海を背にしたフーヴァルの背後では、残照が鮮やかに燃えていた。彼は目を伏せてかがみ込むと、海図を読み、日誌を記すときと同じ真剣さで、ゲラードのものを愛撫した。
視線に気付いたフーヴァルがこちらを見て、ニヤリと笑う。彼は舌を出して、屹立の根元から先端までをこれ見よがしに舐め上げた。
ゲラードは砂を握り、あっという間に上り詰めようとする自身を戒めた。
彼は、まるで歌うような声で言った。
「それは……今すぐぶち込みたいって顔か?」
あけすけな言葉に、いとも簡単に揺るがされてしまいそうになる。だがゲラードはぐっと堪えて、半身を起こした。
「これは」フーヴァルをそっと押し倒し、耳元で囁いた。「僕も、君のことを味わいたいと思っている顔だ」
ゲラードは彼の腰に手を這わせ、彼の肉体に施された刺青をなぞるように愛撫し、キスをした。それは海で死に、顔面を魚に食い荒らされても誰の亡骸かわかるようにと、船乗りが身体に刻む唯一無二の刺青だ。両手の指に刻み込まれた『HOLD』『FAST』の文字。胸の真ん中にある北極星と、それを挟んで向かい合う二羽の燕。右腕の海亀。左手の錨──そこに施された模様の意味を、ゲラードはすべて覚えていた。それは彼が、船乗りとして歩んできた航跡そのものだ。
フーヴァルの腰に手を当て、背中を向けさせる。
ゲラードは背中からフーヴァルに覆い被さり、背中の隆起や、腰の窪みや、尻の膨らみにキスをしながら、彼の下穿きをゆっくりと脱がせた。日焼けした肌と、腰から下の白い肌との対比。太陽さえも知らない場所に、ゲラードは優しく噛みついた。フーヴァルが低い声で呻き、今の悪戯を気に入ったのだとわかった。
彼は砂の上に胸をつけ、尻を高く掲げた。淫靡に反った腰の曲線の向こうでは、張り詰めた背中の筋肉が美しい陰影を描いている。
ゲラードは、背骨が尽きたところにキスを落とした。それから、二つの膨らみの間に。そして、さらに下に。
どこもかしこも、海の味がした。海の味と混ざり合う、彼自身の汗の味も。
舌先でなぞり、突いて、丹念に濡らしながら、その場所が強ばりを捨てるのを感じる。フーヴァルのうめき声が、もどかしげに高まってゆく。彼の屹立はゲラードの手の中で濡れていた。とろりとした先走りを指に絡めてそっと扱くと、彼は砂を握りしめて身を震わせた。
「ガル」とうとう、フーヴァルが音を上げた。「ガル、さっさと──」
「ぶち込め?」
笑い混じりの低い声で、らしくない言葉を使うゲラードに、フーヴァルはほんの一瞬面食らった顔をした。けれどすぐに、共犯者めいた笑顔が取って代わる。
彼は身を起こし、ゲラードの胸に背中を合わせると、後ろ手に腰を引き寄せて、尻を押しつけた。
「ぶち込んで、めちゃくちゃにつきまくって、全部ぶちまけてくれよ──俺の中に」
愛撫より濃厚な声が、ゲラードの全身を這い回る。あっけなく、ゲラードは言葉を失った。
その顔を見たときの、フーヴァルの得意げな顔ときたら。
「いくよ……」
砂浜に膝をつき、後ろから抱きかかえたまま、彼の温もりに、自身を沈める。
「ああ……!」
結合が深まるほどに、皮膚を甘く痺れさせるものを分かち合いたくて、彼の腰に、胸に、腹に手を這わせた。
ゲラードの腕の中で、彼は張り詰め、仰け反り……そして降伏するように、すべてを緩めた。
ふたりの目の前には夜凪の海があり、月明かりを映した銀の波が静かにさざめいていた。空は、満天の星に埋め尽くされていた。凄絶なまでの星空。じっと眺めていると、怖ろしくなる。肉体から解き放たれ、意識が吸い込まれてしまうのではないか、と。
だがいま、ゲラードの腕の中にはフーヴァルがいて、ふたりはしっかりと繋がっている。ここより他に、行きたい場所などない。
フーヴァルが振り向き、ゲラードの頬を引き寄せる。キスをしたまま、穏やかな律動で揺れる。ゲラードの肉体に赦された、フーヴァルの一番奥にある場所への愛撫──その恩恵を味わうように、優しく、深い抽挿を繰り返した。
フーヴァルの左手がゲラードの右手を捕まえる。彼はそれを臍に──その下の屹立に導いた。そうして、絡み合わせた手に突き入れるように、腰を動かす。
「ああ……」
彼の肌を、肉を震わせた官能を、ゲラードも確かに感じた。彼が、彼の思うままに腰をくねらせると、さっきより早く、激しく、情熱的な新しい律動が、ふたりの間に生まれた。
「アーヴィン」荒い息で囁きながら、彼の耳を甘く噛む。
「ああ……ガル──」
燃えるように熱い耳朶に舌を這わせ、耳飾りごと口に含む。
フーヴァルは狂おしげな声を上げて、さらに強く腰を抱き寄せ、尻を押しつけた。
潮の音が遠ざかり、心臓の鼓動ばかりが耳の中に響いた。快感に、熱情に唆され、動きが早まる。打ち付ける音。ふたりを濡らす汗の音。荒い呼吸。濡れそぼつ屹立が立てる音が重なり合う。もう、それしか聞こえない。それしか、聞きたくない。
互いにしがみつく手が汗で滑って、それでも放すまいと爪を立てる。掻き抱く力強さは愛撫よりも荒々しく、激しく、ふたりの中の炎を燃え立たせた。
「ん、あ……ガル……っ」
戦慄が肌の上を覆う。まるで、積乱雲の表面にはしる雷のように。
「アーヴィン」
ゲラードは囁き、彼の顎に手を添えて振り向かせ、キスをした。すると彼は、喘ぎとも吐息ともわからぬ声を上げながら、それを受け入れ──ゲラードの唇を噛んだ。
絡み合った、ぬめる両手の中にあるものが、限界を訴えて震える。それを強く握ると、腰に突き立てられたフーヴァルの爪がさらに深く食い込み、熱い内壁がきゅっと締まった。
「あ……!」
まるで、嵐を抱いているようだ。
「あ、クソ……」フーヴァルが、もどかしさと、快感と、切望が一緒くたになったような声をあげる。
「いきそうだ」ゲラードは、フーヴァルの耳にねじ込むように、ざらりとした声で囁いた。「アーヴィン、君に、全て注ぎ込みたい」
ひときわ大きく、フーヴァルの身体が震える。
「ああ……!」
頭の中で、いや、身体中で、何かが弾ける。
それは意識を真っ白な光で塗りつぶした。解放。そして、どこかに帰り着いたような安心感を覚える。同時に、自分の中から溢れるものが誰かを満たしているという、荒々しい満足感もある。
ゲラードはフーヴァルを抱きかかえたまま、絶頂の谺に突き動かされるように、何度も深く、自身を埋め込んだ。目に涙が浮かぶほど甘美な陶酔が、頻波の如くに何度も全身を包み込み──それが引いたあとには、ただただ満ち足りた思いだけが残る。
抱擁を解いて、彼の中から自身を引き抜く。
すると、振り向いたフーヴァルがゲラードにキスをし、そのまま押し倒した。
「覚悟は?」
フーヴァルが、キスの合間に笑い交じりの声で囁く。
ゲラードも笑って答えた。
「とっくに、できてるよ」
彼は、自分の中に注がれたものが流れ出すのを手で受け止め、それを自身と、ゲラードに塗り込んだ。扇情的な手つきに解されるまでもなく、そこはすでに、彼を求めて疼いていた。
窺うような抽挿を数度繰り返したあとで、結合が深まる。彼を受け入れるこの瞬間は、彼に受け入れられるのと同じくらいに素晴らしい。
一度の絶頂を経て、快感は鈍るどころか、さらに強まっていた。素肌を撫でる海風や、背中の下の濡れた砂の一粒一粒にさえ、いちいち感じてしまいそうなほど。
そんな考えを読んだのか、フーヴァルは滑らかな抽挿でゲラードを揺さぶりながら、片手で砂を掬い、ゲラードの胸に落とした。細かな砂を胸に塗り拡げ、親指で乳首を擦る。
「──あ……っ」
ざらりとしたあたたかい感触に、思わず腰が跳ねる。それを見て、フーヴァルはニヤリと笑った。ざらつく愛撫を続けながら、腿を引き寄せて結合を深め、奥の奥までも容赦なく抉るように腰を揺らす。
「あー……すっげえ、イイ」フーヴァルは荒々しく掠れた息を漏らした。「最高だ……」
受け入れるときも、その逆の時も、フーヴァルは喘ぎ声を抑えない。快感に没頭しているその声が耳に流れ込むと、ゲラードはいっそう敏感になる。
為す術なく喘ぐゲラードの目に、涙が滲んだ。
「アーヴィン──フーヴ……!」
酷薄な彼を呼ぶには、やはりこちらの名前が似合う気がする。
ゲラードは縋るようにフーヴァルの腕を掴み、力なく引っ掻いた。
フーヴァルは、実に満足そうに呻きながら身をかがめて、ゲラードの唇を舐めた。
「あ……」
キスを期待して開いた唇にわずかに届かぬところで、彼が微笑む。そうして何度も顔を近づけては離し、物欲しげなゲラードの顔を見下ろして悦に入っていた。
悪党め。
痺れを切らしたゲラードはフーヴァルの首筋に手を当て、無理矢理引き寄せ、キスをした。
勝利の口づけに目を閉じ、深く呻く。
フーヴァルの抽挿が、この上なく優しく、ゲラードを追い詰めてゆく。まるで、十重二十重に打ち寄せる、あたたかな波のように。
「ん……ン……っ」
揺さぶられ、突き上げられて、ゲラードは、自分の形が静かに崩れていくような気がした。波打ち際の砂の城のように跡形もなく。
それは、さっき絶頂で味わったのとは別の感覚だった。自分という殻を捨てて、海と一つになる──そんな、得も言われぬ解放だった。
「ガル──」
フーヴァルが囁く。それだけで、ゲラードにはわかる。
「ああ……」ゲラードは微笑み、彼の肩を抱いた。「来て」
腕の中で上り詰めてゆく彼を感じる。切なげにひそめられた眉。額を転がる汗。絶頂を迎えそうになると、彼は何かに耐えるような表情をする。唸り声を上げる獣のように、鼻にしわを寄せ、唇を強く噛む。
荒い息が、不意に張り詰め……とまる。
繋がった場所に別の熱が滲んで、満たし、溢れてゆく。
彼の雫を一滴も漏らさず、自分の中に留めておけたらいいのに──ゲラードは、フーヴァルを抱きしめながら、そんなことを思った。
フーヴァルがきつく噛みしめた唇を、ゲラードが舐めて緩ませる。互いに呼応するような喘鳴がおさまるまで、ふたりは口づけをした。何度も。何度も。分かち合った絶頂が、互いの身体に及ぼす変化までも、余さず味わい尽くそうとするように。
やがて、狂おしいほどの衝動は、心を満たす幸福に取って代わる。つなぎ合わされた二つの心を満たす幸福に。
ふたりは夜の浜辺で、手を握り合い、眠りに落ちた。
瞼を閉じる直前まで、互いの笑顔を見つめたまま。
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目が覚めたらそこは、知らない国だった。
平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。
そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。
何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!?
異世界転移 王子×王子・・・?
こちらは個人サイトからの再録になります。
十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】再会したらあれっ?~王子の初恋の美少女はイケメン男子でした~
竜鳴躍
BL
ノワール王子は小さい頃、天使のような美少女に恋をした。
自分の婚約者にしたい!とおねだりしたのに、まわりの大人はなぜかとても渋い顔をして。
高位貴族の子で年が近いことは確かなんだから、と学園で再会するその日を糧に、自分磨きに邁進する日々。そしてようやく出会えたその人は………。あれ?君、ごつくない? 思い出美化されてた??
「殿下、隣国に男の人でも子どもが産めるようになる魔法があるらしいので、私、術者を探してきましょうか?」側近にもかわいそうな目で見られるし…。
でも、やだっ。彼、ちょっと素敵じゃない?
※2年生でピンクの聖女が出てきます。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
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