完結【日月の歌語りⅢ】 蒼穹と八重波

あかつき雨垂

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 意識を取り戻したとき、マリシュナ号の船室にいるのだと気付いたゲラードは確信した──自分は死んだのだと。ひとは死ぬと、その者が最も望んでいた場所に魂を飛ばすのだと何かで読んだことがあったからだ。
 ここで寝起きをしたのは、ダイラとエイルを渡る短い航海の間だけ。いままでに五回、この船に乗った。緑海を渡りきるのに二日ほどかかるから、合わせて二〇日程度だ。にもかかわらずゲラードは、この狭い船室を、城にある自分の部屋以上に居心地のいい場所だと感じていた。ここに留まることができるなら、死もそう悪いものではないのかもしれないとさえ思った。
 だが、見覚えのある赤ら顔の船医とその不機嫌な助手が、ゲラードの身体を押したり捻ったり、口や目や鼻の中を遠慮なく覗き込むので、どうやらここはあの世ではないらしいと思い直した。
 ドクと呼んでくれと、フィッツウォーター医師は言った。ジュワルカ人の助手の名前はブランドン・ドーソンというそうだ。
「あんたの名前は、あえて尋ねませんよ。その方がこの船全員のためだ。わしが言っている意味はわかるでしょうな?」
 ゲラードは慎重に頷いた。
 確かに、僕の存在は歓迎されない。当たり前だ。
 だが同時に、彼らが自分の身柄をすぐさまダイラに突き出すつもりではないとわかって安心した。
「どこまで事情を……?」
「キャトフォード沖に浮かんでたところを、我々が救出しました。あんたがこの船に乗っていることを知る者は、船員以外にはいないはずだ」
 ゲラードはホッと息をついた。
 船員たちの骨折りと心遣いが、ようやく心に染み渡る。
「ありがとう」それから、医師と助手のふたりにもう一度礼を言った。「ありがとう、本当に」
 ドクは擽ったそうな顔をして「お安いご用で」と言った。
 だが、ドクの背後に控えていた助手の表情は硬い。青年の眼差しは警戒に近いほど鋭かった。
 
 数日後、ふらつく脚になんとか言うことを聞かせつつ、ゲラードは甲板に出た。
 昇降口ハッチから頭を出した瞬間、吹き付けた風に息を奪われる。待ち受ける感覚の奔流を予感して、心臓は重く脈打っていた。ゲラードは、残りの階段を一気に駆け上がった。
 何日かぶりに浴びる太陽の光は強烈で、目から勝手に涙が溢れた。濃厚な潮の匂いに、身体を包み込むような海風を感じた。波飛沫が頬を濡らしたそばから、瞬く間に乾いてゆく。頭部に籠もる熱を少しでも下げるため、髪は短く切られていた。刺客から逃げようとして切ったときよりもさらに短い。そのおかげで、思いきり風を堪能することができた。
 船は、真っ青な海と空との、ちょうど真ん中にいた。
「ああ……!」
 この景色。この空気。
 すべてがあまりにも鮮烈で、胸が痛むほどだ。病によって長いこと眠っていた心がようやく目覚め、身のうちに流れ込む光景、肌触り、温度を必死に吸収しているような気がした。
 僕は生きてる。
 生きているんだ。
 昇降口ハッチの傍で立ちすくむゲラードとは対照的に、甲板上は慌ただしかった。
主檣帆メインスルを開け! 左舷開きポートタック!」
 号令一下、船員たちがマストによじ登り、畳まれていた帆を拡げていく。男たちがつなを引くと、帆の向きが変わった。真っ白な帆がたちまち風をはらみ、船は滑るように動き出す。
帆脚索シートを引け!」
 数人がかりで索を引っ張りながら、掌帆手が歌い出した。
 
  あのじいさまが言ってたよ
  「降りろよ、ジョニー 降りちまえ」
  明日給料もらったら
  こんな船とはおさらばだ
   
  降りろよ、ジョニー 降りちまえ
  なあ降りろよ、ジョニー 降りちまえ
  航海は長ぇ 風は吹かねぇ
  こんな船とはおさらばだ
 
 あり得そうもないことだが、歌の合間に、切れ切れの悲鳴が聞こえたような気がした。
 気のせいかと思ったけれど、そうではない。確かに聞こえる。
 慌てて周囲を見回すと、左舷側、蒼い海の中に突き出した岩礁の上に人影が見えた。懸命に手を振りながら、こちらに向かって何か──泣きわめいているではないか。
「人がいる!」ゲラードは叫んだ。「待ってくれ! あそこに人が! 助けないと!」
 よろめきながらげんの縁にしがみつき、必死で声を上げる。だが、掠れるほど叫んでも、誰も耳を貸そうとはしない。それどころか、遭難者の悲鳴をかき消すかのように、歌声を張り上げた。
 
  風は大荒れ 波も大暴れ
  降りろよ、ジョニー 降りちまえ
  ひでぇ海域ひいこら渡る
  こんな船とはおさらばだ
   
  降りろよ、ジョニー 降りちまえ
  なあ降りろよ、ジョニー 降りちまえ
  航海は長ぇ 風は吹かねぇ
  こんな船とはおさらばだ
   
  こんなボロ船 もういやだ
  降りろよ、ジョニー 降りちまえ
  配給酒グロッグはねぇ 飯もくせ
  こんな船とはおさらばだ……
 
 取り残された男と、ゲラードの目が合う。見覚えのない顔だが、向こうはこちらを知っていたのかもしれない。一瞬だけ叫ぶのをやめて……それからまた、口を開いた。だが、その声は波音と男たちの歌にかき消されて、聞き取ることができなかった。
「マルーンだ」
 背後からの声に、ゲラードはハッとしてふり返る。
 フーヴァル。
 船室を出て、船長室に行こうと思っていたところだったのだから、顔を見て動揺するのは道理に合わない。だが、ゲラードは動揺した。その声が、存在が、自分をどれほど揺さぶることができるのかを思い出したせいだ。
 日に焼けた肌に、張り詰めた肉体。波を思わせる緩やかな癖毛。無精髭と、左目を貫くように走る傷とが、彼の荒々しくも危うい魅力を強めている。いつでも悪戯めいた笑みを湛えた目。そのあおい瞳。
 ああ、少しも変わっていない。
 フーヴァルは舷の縁──舷縁ブルワークに肘をもたせかけ、遠ざかる男の影を見つめた。
「マルーンって、あの男の名前か? なぜ助けないんだ?」
「船員を雇うのは賭けだ。どんなにしっかり見極めたつもりでも、裏切り者は出る」ゲラードの質問を無視して、彼は言った。「やつは他の船員のケツを無理矢理掘ろうとしたところをとっつかまった。裁判の結果は全員一致で有罪だ。だからマルーン──置き去りの刑に処されたんだよ」
「だが……あのままでは、死んでしまう」
「だから? そんなのはみんなわかってる。情けをかける必要なんかねえ」
 呆然と海を見つめている間に、囚人の姿が波間に消えた。
 フーヴァルは、クツクツと笑った。
「ま、寝覚めに見たいもんじゃなかったかもな」
 ゲラードは、殴られたような衝撃からまだ覚めないまま、フーヴァルを見た。
 彼もまた、ゲラードを見た。深く、計り知れない力を秘めた海のような瞳。その奥に、ほんの一瞬、何かがよぎる。
 だが、すぐに消えてしまった。気まぐれな魚影のように。
 彼は厳つい指輪のはまった指で、ゲラードの髪を示した。
「短いのも悪くないぜ。殿でん──」それから、舌を噛んだみたいに言葉を飲み込み、言い直す。「ガル」
「ガル?」ゲラードは眉をひそめた。
「ドクから話をされただろ。今までみたいに呼ぶのはまずい。いつ部外者と接触するかわからねえから、徹底しておかねえと」
「確かに。でも、どうして『ガル』と?」
「ゲラードって名は、俺の地元の言葉じゃギアロイドっていう。その愛称だ。ガル」
 フーヴァルには、アルバの北方の訛りがある。母音を切り詰め、舌を転がすような音で『ガル』と呼ばれるのを……気に入らないはずがなかった。
「本当に、久しぶりだ」ゲラードはしみじみと言った。
 フーヴァルは苦い笑みを溢した。「二度とそのツラ、見たくなかったのによ」
「すまない」ゲラードは俯いた。
 以前なら、秘密で結ばれたふたりの間で交わされる憎まれ口で済んだ言葉が、今は真実になる。それは、甘んじて受け入れなければならない。
「耳飾りを、外したのか?」
 ゲラードはおずおずと尋ねた。出会った当初からずっと、フーヴァルの両耳で煌めいていた金の耳飾りが無くなっていたのだ。
「ああ」フーヴァルの表情がわずかに硬くなる。「あれは……捨てた」
「そうか……」
 口に出してみれば、あまりにも場違いで、ぎこちない質問だった。ふたりの間に、四年分の時がこごったような、堅苦しい沈黙が降りた。
 やがて、フーヴァルが言った。
「ついてこい」フーヴァルが視線で船長室を示した。「話がある」
 
「それで、とうとう実家から追い出されたのか?」
 フーヴァルは楽しそうにいい、船室に作り付けられた棚から、酒瓶と木の杯を取り出した。酒は得意ではないのだけれど、さっき叫んだせいで喉がヒリヒリと痛んでいたから、ありがたく頂戴した。
 マリシュナ号の船長室──つまりフーヴァルの私室は、大蒼洋を脅かす海賊として名を馳せた男の部屋にしてはずいぶん質素だ。部屋に入って右手には備え付けの棚が、船尾側の窓際には、航海日誌と手書きの海図が拡げられた書き物机がある。それから、他の船室のものよりほんの少しだけ広い寝棚ボンク。部屋の中央にある太い柱のようなものは、船尾楼から船底までを貫く最後檣ミズンマストの一部だ。そのせいでフーヴァルの部屋はいっそう手狭に見える。もっとも、マストに無造作に飾られた略奪品を見れば、彼がそんなことを気にしていないのはよくわかる。
 ふたりはフーヴァルの衣服箱シー・チェストをテーブル代わりにして、ゲラードは寝棚に、フーヴァルは椅子に、向かい合って座った。
「どこから話せばいいのか」ゲラードは、自分でも途方に暮れて笑った。
「昔のよしみだ。オチのない話でも、聞くくらいはしてやるぜ」
 昔のよしみという言葉に微かな痛みを感じながらも、ゲラードは話した。王位継承者の不審な死と、空のままの王座。墓場のようになってしまった王城と、そこに潜んでいるはずの刺客。真相を見つけ出そうとして遠くに追いやられ、挙げ句殺されそうになったことも。
「僕はこうして逃げおおせることができたが、危険は去ってない」ゲラードは言った。「次に狙われるのはユージーン……エレノアかもしれない。すぐに警告しなくては」
 フーヴァルは片肘ついた手に頬を預けて静かに話を聞いていたが、ようやく口を開いた。
「お前の兄妹が刺客を送り込んだ可能性があるとは思わねえのか?」
「まさか」
 ゲラードは、フーヴァルの顔の中に、冗談を言うときの皮肉めいた笑みを見出そうとした。だが、彼は真剣だった。
「ユージーンにそんな度胸は無いし、エレノアは絶対に僕を殺さない」ゲラードは言った。「刺客を送ったのは、王族ではないと思う」
「なぜわかる?」
「宮廷に長くいる者なら、僕が王位を継ぐことはないと知っている」それ以上の説明を求められる前に、言葉を繋いだ。「それに、僕に近いところにいる者ほど、自分の関与が疑われないような殺し方をするはずだ。毒なり魔法なり、自然死に見せかけて殺す方法はいくらだってある──現に、グレイアムは自然死だと診断されたんだ。それなのに、わざわざ牢獄に刺客を送り込んで心臓を刺し殺すなんてやり方では、噂は瞬く間に国中に広がってしまう。せっかく僕に罪を着せることができたかも知れないのに」
 フーヴァルは、頬に当てた手の小指をがしがしと囓っていた。「なるほどな」
 ゲラードは、不意に視界が開けるような感覚を味わった。なぜか、今までよりも頭がすっきりしている。思考に深く沈み込むほどに、これまで考えても見なかった結論が浮かんでくる。
「刺客を送った相手は、僕が死んだことを誰に知られようと、かまわないんじゃないだろうか? むしろ、病で死ぬのを待たなかったのだから、『何者かに殺された』ことを知らしめようとした可能性もある」
「なんでわざわざ」
「焚きつけようとしたのかも」ゲラードは口から言葉が零れるままに語った。「誰かを」
 三年前、デンズウィックに竜が現れる凶事が起こった。あとに続く混迷の最初の一つ──その日の出来事は、今では大禍殃マグナ・マルムと呼ばれている。
 三年前にダイラを覆った長雨が農産物の不作を招き、飢饉が訪れた。かつて飢饉の度に人間に力を貸していた魔術師や魔女は行方をくらましていて、打つ手はない。そして飢饉は、あっという間に疫病を連れてきた。疫病は、ダイラの国民の実に十分の一を死に至らしめた。
 さらに、貴金とうがねがその効力を失ったことが、混乱に追い打ちをかけた。ナドカの魔力ヘクスを打ち消す力を持つ貴金は、人間がナドカを支配するための鎖であり、最終兵器でもあった。ところがいまや、貴金は黄鉄鉱ほどの価値さえない。
 一方教会も、自らの支配力が盤石であることを示そうとして、これまで以上にナドカを迫害する。確固たるものに救いを求める民衆はそれに飛びつき、力の弱いナドカが私刑によって次々に殺されている。〈燈火の手ラテルナ・マヌス〉──ダイラでは通称〈ハンズ〉と呼ばれる連中が各地に出没し、銀の剣を振りかざしては、敵意のないナドカまで容赦なく殺害して回っている有様だ。
 多くの国がナドカの叛乱を警戒して締め付けを強めたことで、ナドカたちの反発を招いている。奴隷として使役されていたナドカが逃亡して郎党を組むようになった。彼らを吸収しながら、アラニや北方の叛乱軍レバルは勢力を拡大している。
 至る所で内紛が勃発している。
 魔女は森の奥深くに引きこもり、魔術師も学会サークルの門戸を固く閉ざした。デーモンは素性を隠して人間社会に紛れようとし、吸血鬼は下僕を引き連れて隠れ家に籠城している。野良の人狼が新たな群れを形成しようと無計画に人間に噛みつくせいで、野犬のように無秩序な群れクランが乱立していた。疫病による死を逃れるために、すすんでナドカになろうとする者がいる傍ら、ナドカをあぶり出そうとした人間によって森が焼かれ、妖精シーたちの気は立っている。これまで妖精たちの棲む領域で息をひそめていた魔獣も、人里にまで姿を現すようになっていた。
 情勢は不安定さを増す一方だ。いまは誰もが、生きる権利を奪い合う時代なのだ。
「王族を殺せば、相応の力を持っていることの証明になる。ひとは強いものに縋る。力を見せつけて、有象無象の勢力をまとめ上げようとしているのかもしれない。混迷を極める世だからこそ」
 あるいは──。
 まったく別の可能性が、ふっと頭に浮かびそうになる。
 あるいは、ただ単に、邪魔者を消そうとしただけなのかも。
 でも、僕が何の邪魔になると言うのだろう。
「それはわかるが、なんでよりによってお前なんだ」
 そこで集中が途切れ、掴みかけていた糸口は指をすり抜けて消えてしまった。
「さあ……わからない」ゲラードは言った。「僕じゃなくても良いのかもしれない。たまたま、警備の手薄な監獄にいたのが僕であっただけで」
 そもそも、僕の生き死にが、何かに影響を与えることの方が少ない。ましてや、誰かの邪魔になるなんて……まずあり得ないことだ。
 フーヴァルは思案げにため息をついた。「俺は、お前をどうすべきだ?」
「どこか……大陸のどこかの港に降ろしてくれないか。長居をすれば、君たちやエイルに迷惑をかけてしまう。すでに十分迷惑だろうけど」
「かまわねえよ、それくらい」フーヴァルは言った。
「恩に着る、船長」ゲラードはいい、ワインを少しだけ啜った。
 しばらくの間、ふたりは沈黙の中で、ただワインを飲んでいた。
 部屋のすぐ外で、船員たちの賑やかな声がする。それから、非番の船員がどこかで楽器を掻き鳴らす音。それにあわせて歌う声。ゲラードは船の軋みと、潮騒と、海に暮らすひとびとの営みの音──夢にまで見た自由の音が、身体に染みこんでいくに任せた。
「それにしても、君に助けられてほんとうに運が良かった」ゲラードは、おもむろに言った。「キャトフォード沖で拾ってくれたと言っていたけど、なぜあのあたりにいたんだ?」
 今度はフーヴァルが話す番だ。だが、彼は相変わらず、無駄に言葉を費やすということをしない男だった。
「たまたまだ」フーヴァルはそれ以上の説明をしなかった。「誰かがエイルの評判を落とすような小細工をしてやがるんだ。そいつを片付けるために、もう一ヶ月と半分は海の上にいる。キャトフォードに向かったのは、ただの勘だな」
「海軍卿がそんなに港を留守にして、平気なのか?」
「俺はもう海軍卿様じゃねえ。その肩書きはイルヴァに譲った」フーヴァルは事もなげに言った。「肩書きなんぞに縛られるよりは、海で好き勝手やってる方が性にあうしな」
 これがフーヴァルという男だ。驚きと、呆れと、賞賛を、同時に集めることができる希有なる存在。
「エイルの評判を落とすような小細工というのは……?」
 すると、フーヴァルは聞かせてくれた。幽霊船団や、その前兆として波間に現れるシルリク王──ヴェルギルのことを。
「それなら、報告書で見た覚えがある」ゲラードは言った。「確か、〈嵐の民ドイン・ステョルム〉と呼ばれているとか」
 ゲラードは、王港長官の娘と結婚した暁には海上防衛と海軍の総轄に携わる予定だった。結婚は無くなったとは言え、これも何かの縁だろうと、海軍省と枢密院との折衝に関わるようになっていたのだ。
「さすが、仕事熱心なことで」フーヴァルは言った。
「〈クラン〉はこういうことに関知しないのだろうかと、不思議に思っていたんだ」
「〈クラン〉は何でも屋じゃねえんだ」フーヴァルは言った。「まあ、本当なら連中が出張ってきてもおかしかない。だが、誰かがなにかと理由をつけて連中を抑えてるみたいだな」
「エイルに悪評が立つ方が、都合が良い者がいる、と?」
 フーヴァルは頷いた。「そういうこった」
 ゲラードはため息をついた。
「共存のための〈協定ノード〉と、それを守るための〈クラン〉だったはずなのに」
 ゲラードがそう言うと、フーヴァルはこれ見よがしに顔をしかめた。
「どうした?」
「その話を続けるなら、俺は仕事に戻る」
 ゲラードは眉をひそめた。「君たち自身が関係している話だ」
「俺の持論はな、ガル」まるで凄むような目つきで、身を乗り出す。「『ご大層な掟や、人間様に助けてもらわないと生きていけねえようなナドカは、さっさと死ね』だ」
 久しぶりに感じた、フーヴァルの中の炎のような感情に圧倒されて、ゲラードは言葉を失った。
「〈協定ノード〉なんざ、クソくらえってことだよ」
「君はそれでもいいだろう。だが、皆が皆、君のように強いわけじゃない」
 フーヴァルは、フンと鼻を鳴らした。
「人間だろうがナドカだろうが、そんなもんに守ってもらわなきゃ死んじまうような奴らに、生きてる価値なんかねえ」ワインを呷って、勢いよく杯を置く。「俺は〈協定ノード〉なんか無視してここまで生き延びてきた。だからそういう話には虫唾が走るんだよ。わかったら金輪際、俺の船でクソッタレ〈協定ノード〉の話なんか持ち出さないでくれ。いいな?」
 こうなってしまったら、何を言っても意味はない。フーヴァルの苛烈さは彼の魅力の一つだが、薪をくべすぎれば火傷してしまう。
「ああ」
「とにかく」フーヴァルは立ち上がった。「俺様の海で小細工をしてるクソ野郎を捕まえて、帆桁ヤードにぶら下げて腹かっさばいて、はらわたをさらけ出させたまま九海きゅうかい中引きずり回してやるまではエイルには戻らねえ」
 ゲラードは、このどぎつくも豊かな想像力を懐かしみながらも、おとなしく頷いた。
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