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 エイル エリマス城 
 
「これは立派な戦争行為ですぞ」 
 マルディラ大使ナシオ・レガラドは語気を強めた。そうすれば、この未熟な王をたじろがせ、思い通りに操ることができると思っているのだろう。 
「戦争?」クヴァルドは困惑したように眉を顰めた。 
「さよう、戦争です」 
 クヴァルドはロドリックと目を見交わした。ロドリックは小さく肩をすくめた。 
「状況を整理いたします、大使閣下」ロドリックが言った。「まず、貴国の海軍が、我が国に所属する通商船の船員を逮捕なさった」 
 クヴァルドが尋ねた。「何の罪で?」 
「通商船が聞いて呆れる!」大使は心外そうに顎を引いた。「彼らは海賊です! 以前より、『マリシュナ号とその船員』に対しては指名手配がなされています」 
 クヴァルドがロドリックにうなずいた。 
「閣下、お言葉を返すようですが、指名手配はすでに取り下げられているのですよ」 
「そんな馬鹿な──」 
 大使を遮って、ロドリックが手にした書類を読み上げた。 
「余、エイル国王フィランは、我が国に船籍を置く私掠しりゃく船団・〈浪吼団カルホウニ〉による、貴国への損害の賠償を以下の通り行う──云々。これ以後、同船・船員が通商船として大蒼洋を航行する際には、貴国の法を遵守することをここに宣誓する。これにより、同船・船員は一切の法的制限を受けぬものとする」ロドリックは顔を上げた。「当時大使を務められていたアランサバル閣下を交え、マクシミリアノ前陛下との間で交わした書面です。前陛下の御璽もございますよ」 
「だが、そんなことは──」 
 大蒼洋中を駆け巡る有能な臣下のために、首にかかった賞金という危険な芽はできる限り潰しておく必要があった。代償は高くついたけれど、指名手配を取り下げさせるために手を尽くしたことが今になって実を結んだ。難しい顔をしながらも、クヴァルドは内心、安堵していた。 
「去年ご即位なされたセフェリノ陛下と同じく、あなたも大使に任ぜられて日が浅い」クヴァルドは言った。「情報が上手く伝わらぬのは、ままあることだ」 
 この賠償は、フーヴァルが結んだ人魚たちとの取り引きによって、オルノアの財宝を得たことがきっかけで為された。宝についての噂は、それがエイルに上陸するやいなや大陸中に行き届いた。賠償の申し出にはどこの国も飛びついた。支払いはオルノアから引き上げられた宝物ほうもつによって行われるのだから、当然だ。伝説の国の秘宝を手に入れるまたとない機会をふいにする者はいなかった。結果、賠償はほぼ全ての国で受け入れられた。 
 取引のほとんどは秘密裏に行われた。無理もない。これが教会の耳に入れば、最悪の場合、国家君主の破門もありうる。王の代替わりのどさくさに紛れて記録がうやむやになったとしても驚くにはあたらない。 
 フーヴァルたちはそこにつけこみ、わざと自分たちを捕えさせたのだろうが、任務は終わった。これ以上マルディラ君主の健忘症に付き合ってやることはない。 
 泣き寝入りをする気は毛頭ないし、果たされた賠償をうやむやにするような真似を許す気も無い。 
 大使はあくまで食い下がった。 
「ですが、あなたの海賊団が我々の監獄を破壊し、囚人たちを連れ去ったのは事実です!」 
 ロドリックが控えめに言い添えた。「通商団です、閣下」 
「失礼、ですな」大使は憤然と訂正した。 
 俺は侮られている。それはわかる。それまでの人生を放浪民や兵卒として生きてきた男が王冠をかぶったからと言って、王になれるものかと思うのも、もっともだ。 
 だがクヴァルドには、自分の姿が他人の目にどう映ろうと気にしなかった。 
 国を守り、民を守るものこそが王だ。 
「ともかく、我が国が被った損害は計り知れません」大使は言った。「我が国に戦いを挑む意思はないと仰るのであれば──」 
「無論、戦いを挑む意思などない」 
「でございますれば、セフェリノ陛下は此度の件への謝罪と、賠償金として二十万ルノルの支払いを要求するとおおせです」 
 謁見の間がざわつく。 
「閣下、そのお申し出は果たして妥当なものでしょうか」ロドリックは心外そうに、だがあくまで冷静に言った。 
 二十万ルノルと言えば、マルディラの国家予算の四分の一をまかなえる額だ。侮られているどころではない。舐められている。 
「先も言ったとおり、そもそもこの事件は、貴国の海軍が我が通商船団を不当に逮捕・監禁したことに端を発している」クヴァルドはゆっくりと言った。「当然、彼らは逃げだそうとするだろう。その際、ちょっとした間違いがあったのは確かかも知れないが」 
「ちょっとした間違いですと? 監獄が灰燼に帰したのですぞ!」 
 クヴァルドは大使の目を見た。「死者は?」 
 大使は喉を突かれたかのように口をばくばくとさせた。「それは……おりませんが」 
「実に幸いだった。かの監獄では、一日に十人の囚人が処刑され、もう二十人が何らかので命を落とすと聞く。それに比べれば」クヴァルドは、語気は軽やかに、だが目には怒りをたたえて、大使を見た。「これが戦争でなくてよかった。もし戦であれば、我が軍は無能の集まりだ」 
 大使は、自分が相対しているものが人ではないことにようやく気付いたかのようだった。目は泳ぎ、背中からは緊張の汗が滲んでいる。 
 頃合いだ。 
「信頼関係を結ぶには、長い時間を要する。牢獄一つで、せっかく築きあげた友好を危険にさらしたいとは思わない」クヴァルドは言った。「時に、貴殿の兄上はご健勝か?」 
 大使は「はっ?」と声を上げてから、気を取り直して答えた。「ええ、神のたまもので、一族みな健やかに──」 
「それは重畳」クヴァルドは頷いた。「我が国の商人たちは、彼と非常に良好な関係を築いているようだ。貴国への魔道具フアラヒの輸入に際して、実に真摯に力を貸してくれていると聞く」 
 おかげで、大使の兄ヴェラスコ・レガラドは巨万の富を得た。エイルから輸出される魔道具フアラヒのほとんどが、彼が所有する港に降ろされる。その税収によって、レガラド家はこの数年で王家に匹敵するほどの金持ちになった。だが彼らは賢明にも、それを吹聴するような真似はしていない。さもなくば、王は彼らに不信の目を向けるだろう。反逆の疑いありと睨まれてしまえば、せっかく築き上げた富の使い道もなくなる。国内紛争が長く続いたマルディラでは、たとえ貴族と言えども、正しい立ち回り方を知っていなければ生き残ることができない。 
 それは、エイルに遣わされたこのレガラドにも当てはまる。彼は、兄の名を聞かされた途端に目の色を変えた。 
「ヴェラスコ殿と我が国の間にある信頼関係を、若きセフェリノ陛下にも是非参考にしていただきたい。一筆、文を書き送るべきか?」 
 王のあずかり知らぬところで、王もうらやむほどの金を集めている臣下。不和の種として、これほどうってつけなものはない。 
 案の定、大使は目を伏せた。 
「それにはおよびません、陛下」 
「そうか」クヴァルドは感情を交えずに言った。「とは言え、重要な拠点を失った貴国に、見舞いの気持ちを表明するようなものを贈りたい」 
『見舞い』で手を打つほかはないのだ。大使の顔に、理解が浮かんだ。 
「エイルの樫で建造した船はどうか。来月には完成するものがいくつかある。最も優れた一隻を港まで届けさせよう」 
 軽く丈夫なエイルの樫で造られた船の評判は、実に高い。エイルでは、魔術によって木々の成長を促進することができる。そうした魔法が可能なのは、この国の土が千年に亘って力を蓄えてきたからだ。他の国では、これほど容易くは行かない。木材に困らない分、船大工の手が空きさえすれば何隻でも建造できる。惜しげもなく船を与えれば、エイルの国力を示威することにもなるだろう。 
「我が通商船団に加える予定の船だったが──まあ、これもいい教訓になる。人の家での振る舞い方について、学ぶべきものがあるのは否めないからな」 
 人の家での振る舞い方について、自分もまた釘を刺されているのだと、大使は正しく理解したらしい。 
「陛下の寛大なるお申し出に、感謝いたします。陛下にお伝えいたします」 
 大使は粛々と謁見の間を退出した。 
 
 数日後、への謝意を示す正式な書状が届けられた。 
「お見事です、陛下」ロドリックは笑った。拍手さえしそうな表情をしている。 
 クヴァルドは微笑んだ。「少しは王様ぶるのも板についてきただろうか」 
 すると、ロドリックは、皺の増えた顔に悲しげな笑みを浮かべた。 
「ええ、陛下。実にご立派でいらっしゃいます」 
 近頃そういう顔でクヴァルドを見る者は少なくなったのだが、ロドリックだけは別だった。 
「ありがとう、ロドリック・リオーダン。あなたのおかげだ」 
「滅相もございません」彼は言い、頭を下げた。 
 
 それから間もなく、今度は別の書状が届いた。エレノア女王からのものだ。 
「これ、女王は本気で言ってんのかね?」 
 枢密院議会という改まった場でも、海軍卿イルヴァ・シーゲレは砕けた言葉を使う。几帳面なクラリス・アベラールはそれが気に入らないようだが、文句は飲み込んだ。 
「本気でなければ、公式の書状を送るはずがないでしょう」 
 枢密院の会議が行われる会議場は、国の議会が開かれる議場よりも少し小さい。そこでの会議は、枢密議会顧問官や、役職に任ぜられたものたちが王の命により招集された時にのみひらかれる。その日、円卓には国の再興が始まった当初から顧問官の任についている顔ぶれがそろっていた。 
「でもさあ……〈アラニ〉を抜けた連中を、エイルで保護しろ、なんて──」イルヴァが言った。 
「虫が良すぎる。いまさら情けを乞おうなど」アベラールが吐き捨てる。「あんなことをしておいて!」 
 彼女が話しているのは、ヴェルギルが犠牲になった、あの事件のことだ。 
「いま、それを持ち出しても埒があかないだろう」魔術技術卿のオティエノ・ワンジクが仲裁した。 
 議会の席についた全員が、眉間に皺を寄せていた。 
「あの事件が〈アラニ〉の総意で計画されたものではない可能性はあります」ロドリックは慎重に、だがきっぱりと意見を口にした。「お命を狙われた他の方々のことも考慮しますと……あれはコナル・モルニに近しい一部の者による凶行であったと考えるべきなのかもしれません」 
「気持ちはわかるが、その考えは甘い」大蔵卿のホーエンローエが言った。「ひとりの狂気をみなで共有するのが、ああした輩の怖ろしいところだ」 
「だからこそ、彼らは〈アラニ〉から離れたがっているのかもしれませんよ」ソーンヒルはロドリックに加勢した。 
 ワンジクがため息をつく。「問題は、女王の提案を呑むか、否か──それだけだ」 
 この話題になると、冷静さを欠きそうな自分を抑え込むのに苦労する。クヴァルドはきつく握った拳の内側に爪を立てて、怒りを抑えた。 
 クヴァルドは深いため息をついた。 
「感情は……脇に置いて考えなければならない」クヴァルドは言った。「彼らを受け入れることで生じる利益が不利益を上回るのであれば、女王の要請に応えるべきだ」 
 ワンジクが鼻を鳴らした。「そして、このエイルはダイラから追い出されたナドカの流刑地になるというわけだ」 
「ワンジク!」アベラールが釘を刺す。 
「かまわない」クヴァルドは頷いた。「彼の言葉にも一理ある」 
「まず一つ目の不利益がそれですな。一度罪人の受け入れをよしとすれば、今後も同様の要請をされかねない」ロドリックが冷静に言った。「我が国に、エイルの罪人を受け入れる義務はありません。それは確かです」 
「〈アラニ〉を抜けたからと言って、本心からそうしたがっているかどうかも定かではない」ワンジクが言う。 
「確かに、離反者に見せかけた間者という可能性もある」アベラールが同調した。 
「でもさ、疑いはじめたら切りがないよな? 〈浪吼団カルホウニ〉が連れてくる難民たちにも同じ事が言える」イルヴァは少し考え込んでから、肩をすくめた。「あたしは、改心したって信じたいよ。〈アラニ〉はヤバいと気付いたんだって」 
「どちらの可能性も、充分に考え得ることです」ロドリックが言った。「他には?」 
 ソーンヒルが、おずおずと手をあげた。クヴァルドは頷いた。 
「言ってくれ」 
「これは何年か前にダイラの学者仲間に聞いた話で、真偽のほども定かならざる伝説というか、むしろ言い伝えのようなものだったのですが、このほど──」 
 イルヴァが小さく「早く言えって」と急かす。ソーンヒルは咳払いをして続けた。 
「実は〈アラニ〉の中に、古い導者の伝統を守り続けている集団がいるというのです。彼らはナドカではありませんが、異端という意味では、等しく教会に追われる身でした。〈アラニ〉を興した最初の老魔法使いと深い親交があったとも言われています」 
 かつて、大陸における神官は、緑海を取り巻く地域では導者ユールと呼ばれた。神事を司り、予言を授ける重要な役目を負っていた。彼らは王や首長のよき助言者だった。 
 まさか、その生き残りが存在していたとは。 
 クヴァルドは、円卓に身を乗り出した。「それで?」 
「実は数週間前、その友人づてに相談を受けました。彼らがエイルに亡命する手立てはないか、と」 
「いかにも怪しい。何か裏があるのでは?」ワンジクが言う。 
「わたしはそうは思いませんでした。むしろ、彼らの声がようやく外の世界に届いたのではないかと考えます」 
「つまり?」 
「導者たちを掴んで離さなかったのは〈アラニ〉の方で、彼らはずっと以前から、〈アラニ〉と縁を切りたがっていたようなのです」 
「何でまた」イルヴァが言う。「導者なんて、ちょっと物知りなだけの、ただの人間だろ? 〈アラニ〉にとっちゃお荷物なんじゃないのかね?」 
 ソーンヒルは『ちょっと物知りなだけの、ただの人間』という言葉に大いに異論があるようだったけれど、それには反論せずに続けた。 
「〈アラニ〉は古い伝承を語ります。ナドカの祖国エイルの物語を語り、祖国への帰還を語る。そうして、多くのナドカを引きつけました。特に世間から孤立している若いナドカたちは、同じ苦しみを味わった仲間と共に、伝統に帰属する安心感を求めます」ソーンヒルは、円卓の上で組んだ指を几帳面そうに動かした。「かつては、ナドカがナドカを育てる基盤がありました。老いた魔女が若い魔女に教え、老いた人狼が若い人狼を鍛え、吸血鬼は新たな吸血鬼を作る前に、そのものを従僕として側に置くことで生き方を教えた。しかし、今は……変わってきています」 
「どう変わった?」クヴァルドが尋ねた。 
「ナドカは昔よりも……何というか、ずいぶん気ままに、同族を増やしているように思えます。昔からの方法に則った増やし方ではありません。儀式もなければ、その後の面倒を見ることもない。未熟な者が、さらに未熟なナドカを生み出しています。そうした、いわば奔放な変異を繰り返してきたせいか、ナドカに受け継がれる力は年々弱まっています。若い彼らは不安を抱き、群れたがっている。そこに現れたのが〈アラニ〉という……ひとつの学び舎です」 
「〈アラニ〉が、新しいナドカたちの拠り所となっているというのか」ホーエンローエが言った。 
「その通りです。導者たちは、月神ヘカを初めとする古き神々の知識を蓄えていました。そして〈アラニ〉たちと手を組んでからは、ナドカへの理解をも深めていきました。マルヴィナ・ムーンヴェイルをエイルの復活に駆り立てたのも、魔女の中から魔術師という分派を生み出したのも、彼らの知識があったからこそです」 
「それが何故、今になって離反を望む?」クヴァルドは言った。「〈アラニ〉の元で守られていれば安全だ。女王は陽神教の力を弱めているのだし、じきに何をも憚ることなく生きられるようになるだろう」 
 ソーンヒルは、困ったように眉を下げた。 
「陛下、これはわたしの推測です」 
「続けてくれ」 
「彼らは、我が国の大学に魅力を感じているのだと思います」ソーンヒルは言った。「導者たちの知識に対する貪欲さは有名です。彼らはを食らって生き、はざまに身を横たえて死ぬと言われるほどですから」 
「共感せずにはおれない、という顔だな」アベラールが揶揄したが、その目は厳しかった。「本当にそんなことで、裏切りの危険を冒してまで〈アラニ〉を離れるだろうか」 
「これは、わたしの部下からの報告ですが──陛下」ロドリックがわずかに身を乗り出した。「アルバの叛乱軍レバルズには分裂が生じているそうでございます」 
 アルバについては、エイルでも動向を追っていた。ミドゥン率いる〈大いなる功業クレサ・モール〉が中心となり、アルバ総督の軍をほぼ壊滅にまで追い込んだという報せは、国内外を大いに騒がせた。 
「確かに。女王はすでにエルマン公を総督の座から罷免しました。内乱を防ぐため、次はアルバ諸侯から総督を選ぶだろうともっぱらの噂です」アベラールが言った。 
「そうなのです。叛乱軍レバルズの中で、王国内での自治権を求める者と、アルバの独立を目指していた者との間に亀裂が生じています。〈赤き手ラーヴ・ジェラク〉は、すでに反旗を翻しました。同じ事が、〈アラニ〉でも起こっているのです」 
「なるほど」ワンジクが言った。「ムーンヴェイルに比べれば、コナルは魅力にも、求心力にも欠ける。このまま先の見えない戦いを続けるのに嫌気が差した〈アラニ〉は多いだろう」 
「まさに、その通りです」ロドリックは言った。「〈アラニ〉は〈大いなる功業クレサ・モール〉との同盟を破棄し、独立派の〈赤き手ラーヴ・ジェラク〉につくという噂もあります」 
「迷走しているな……無理もないことだが」 
「ようは、沈みかけた船を降りたいんだろう。鼠みたいな連中だ」 
 議論に耳を傾けながら、クヴァルドは同時に、別のことにも思いを馳せていた。 
 ヴェルギルの形見でもある大学が、またしても、新たな縁を結ぶことになるのだろうか。 ならば感情は……憎しみは、今は脇に置いて考えなければならない。 
 国の安寧を思うのであれば──導者という存在は必要だ。まだ孵化して間もないエイルには『文化』がない。様々な土地から寄り集まった人びとを一つに結び合わせるには、皆が共有できる文化が必要だ。このエイルで生きる人びとの、心の礎となるものが。 
 導者の持つ知識が、それを我々に与えてくれるかも知れない。 
「わかった」クヴァルドはゆっくりと言った。「彼らを受け入れよう」 
 その一言で、議場の空気が一つにまとまった。 
 それから、議論は彼らを迎え入れるか否かではなく、彼らを迎え入れた後のことに移った。 
「しばらくは監視をつける必要がある」ワンジクが言う。 
「ああ。それはあちらも覚悟の上だろう」ソーンヒルの顔には安堵があった。 
「また新たな居住地が必要だな」ホーエンローエは悩ましげにため息をついた。大蔵卿としては、居住地を開発するための資金調達は常に頭痛の種だ。 
「時に、陛下」ロドリックが声を上げる。「書状には、北部叛乱軍レバルズと女王の条約締結の席に是非ご出席賜りたいとありますが」 
 クヴァルドは考え込んだ。 
「〈アラニ〉のことがあるとは言え、他国で結ばれる条約だぞ。王が直々に顔を出さなくてはならないのか?」ワンジクは懐疑的に眉をひそめた。 
「確かに、異例だな」 
 だが、叛乱軍を率いたミドゥンの噂は聞き及んでいた。彼が駆使した面妖な戦術についても。 
 一度、顔を見ておくのも良いかもしれない。 
「出席しよう」クヴァルドは言った。「異例だからこそ、自分で確かめに行くべきだ」 
 ロドリックは頷いて、書状を畳んだ。 
「では、そのように返答いたします」 
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