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エピローグ

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 数ヶ月後
 
 あの戦いの後、クヴァルドとハミシュはエイルへと戻った。神の消滅と、それに際して起こりうる問題を研究するための機関がもうすぐ発足すると、先日受け取った手紙に記されていた。
 エミリアは、長い間にわたって投与され続けた柔らかい石アマルガムの影響で、ひどく衰弱していた。彼女は父親の元で療養しながら生活することとなった。限りなく抜け殻に近い彼女を迎え入れたニコラスは泣いていた。彼は爵位と役職と、領地のほとんどを手放し、モートンへと居を移した。聞くところによると、献身的な看護により、エミリアは簡単な単語を口にし、日に何度かは、他者と意思の疎通を図ることが出来るまでに回復しているという。
 矯正院は解体された。審問庁は存続するが、王が新たな聖法官の擁立を拒否したため、カルタニアとダイラの溝は一層深まった。教王からの干渉を拒む姿勢は国内教会勢力を弱体化させる一方、新たな火種を生んでもいる。
 貴金とうがねから、ナドカの力を奪う効力が失われたことは、全世界を震撼させた。多くの者がその理由を〈呪い〉に求めたのは無理からぬことだ。真相を知る者は一握りしかいない。このことが、これからの人間とナドカの関係にどのような影響をもたらすのかは、まだわからない。
 ビアトリス・ホーウッドとバーナード・ウィッカム他、魔女の誘拐にかかわったものたちの処刑は、その年の冬に行われた。ホラスは処刑を見届け、ジョーンの墓に花を手向けた。
 それからホラスはダイラを後にし、再びアシュモールの地に降り立った。
 マタルを探すために。
 
 オアシスに訪れる夜明けは、この世の全ての美を集めたかのようだ。
 宿の外には緑の木々が茂り、美しい声をした鳥たちが鳴き交わしている。飾り窓から差し込む光が、白い土壁に輝く文様を描いている。全てが、マタルを思い起こさせた。
 彼がここにいてくれたらと、ホラスは願った。そんな風に彼に手を伸ばすのが癖になっていた。
 
 別れの前に、ハミシュが言った。
陽神デイナは死んだのかな」
 ホラスは「わからない」と答えることしか出来なかった。少なくとも、自分の中に入ってきた、あのとてつもない力は跡形もなく消えてしまった。
 
 一人きりで、オアシスを発つ。肌の白い異邦人を見つめる砂漠の民の眼差しは鋭く、まるで試されているようだと思う。
 彼を見つけられるだろうか?
 ラーニヤが掴んだ噂では、砂漠の北にあるオアシスに、奇跡を起こす魔女がいるという。まずはそこから初めてみるつもりだ。そこが駄目なら、また別の地へと旅立つだけだ。彼を見つけるその日まで。
 どこまでも続く砂漠と、青い空。風が吹く度、輝きを放ちながら砂が流れる。連なる砂丘は時の中でゆっくりと移ろい、形を変えてゆく。砂漠は一日たりとも、同じ姿でいることがない。
 この世界そのもののようだと思った時、静かに胸を打つものがあった。
「風が吹くだろ? 日が昇るだろ? 星は輝くし、雨も降る。つまり、神がそこにいて、答えてくれたってことだ。普通は、それでわかるんだよ」マタルは確か、そう言った。
 ホラスの胸には、不思議な確信が芽生えていた。
 もしかしたら、いまもどこかで、新しい神が産声をあげているのではないだろうか。祈りを込めて、その名を呼ばれる時を待つばかりの神が。
 祈りによって神が生まれるなら、それはきっと、素朴な美や、他愛ない幸せや、ありふれた哀しみを糧にして、輝きを増してゆくのだろう。
 「いま行くぞ、マタル」
 最初の一歩を踏み出して、ホラスは祈った。
 ならば、その新しい神の眼差しは──徒花あだばなを慈しむ日輪にちりんのようであってほしいと。
 その後、二人がどうなったのかを語る者は少ない。
 アシュモールの砂漠に生きる魔女たちに〈暁の女神アシュタハ〉の物語を尋ねても、帰ってくるのは謎めいた詩ばかりだ。
 彼女たちは、飾面ブルグアの下に微笑を隠しては楽しげにうたう。
  
  夜闇つんざ払暁ふつぎょうの君
  日輪のかいな たずさ
  アシュタハ いまぞ蘇れり
 


 
 砂漠の果てにあるアケムという緑豊かなオアシスには、暁の女神アシュタハに捧げられた小さな神殿が建立されている。九重の薔薇が咲き乱れる神殿の奥には、墓碑銘のない二つの墓が並んでいるという。彼らについて語られた物語は数えるほどしかない。ただ、確かに言い伝えられているのは、暁の巫部かんなぎと彼の愛する人ハヤーティが死ぬまで寄り添って暮らしたと言うことだけだ。

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