キスをする5秒前~kiss.kiss.kiss~

秋野 林檎 

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第二章 10年前の恋

由梨奈③

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花見中央駅に着いたら、松下さんはスマホを出すと誰かに電話した。

「電話に出られるところを見たら、丸山…おまえ、どこかに逃げたな?」

《松下さん、人聞きの悪いことを言わないでください。俺は松下さんの指示を貰うために、バックヤードに隠れただけです。》

「そうか…なら指示をだす。」

《…えっ?!!》

「いいか、このままスマホを持ったまま、葉月の近くに行け。その場の会話を聞かせろ。」

《い、いや、戻れませんよ。変でしょう、また戻ったら…》

「大丈夫、お前はモブキャラだ。誰も気にしていないから、戻っても大丈夫だ。」

《何気にそれって、傷つきます。》

「ごめんな。」

《…えっ?えええっ?!!!松下さんが…ご、ごめんって…》

「丸山…お前が頼りだ。葉月と樹の状況を知りたいんだ。頼む。」

《ま、任せてください!!》

松下さんは舌を出すと、私に向かって
「豚も煽てりゃ木に登る。」

「えっ?」

「傷つけないように、嘘だとばれても笑えるぐらいに…男は利用しな。」

「利用…なんか…「してません!利用されてばかりですって言うのか?」」

松下さんの声が、私が言おうとした言葉を言った。

「なぁ…10年の間、知らん振りしていたのに樹に…今更、助けてって手を伸ばすのは…利用しているとは言わないかい?」

それは…

「久住という伏魔殿から出たいのなら、自分の足で出るんだ。自分自身で解決しなければ、また捕まる。だから自分で扉を開けて、久住から出て行けと言ったあたしの言葉をどう思った?」

私は…でも…ひとりじゃ…

「ひとりで歩いて倒れそうになったなら、弁護士のあたしが杖になってやるって言ったろう。だから自分で扉を開けろ。」

松下さんの真剣な目を避ける事ができなかった。

「樹は、幼い頃、引き裂かれた家族という温もりを、愛を、探していたんだと思う。そうしないと不安だったんだろうな。だから10年の間、縋ったあんたとの恋を引きずっていたのだとあたしは思うよ。

あんたと樹は…似ているのかもしれないな。家族という温もりを、愛を、探していた点は…。
だから10年前の樹との恋が、誰かに愛されたと言うことが、あんたにとっては心の拠り所なんだろうな。

だから思うのさ。
10年前の樹とあんたの恋は…あたしから見ると、ただお互いの傷を舐めあっていたようにしか見えないとね。」

聞きたくなかった。これ以上聞けば…自分がすごく惨めに思えて…。
「もう、聞きたくない!」

叫ぶように言って、両耳を手で押さえたら、松下さんがそっと私の手を耳から外しながら

「今、樹は久住という伏魔殿から出ようとしている。自分の足でな。聞いてろ!逃げずにあんたは聞くべきだ。あんたに見捨てられ傷だらけになった少年が…!あんたが思うほど強くない…いや強くなかった男が!久住という化け物に牙を剥く瞬間をな!」

そう言って、松下さんはスマホを差し出した。


《昨日の今日でカッコ悪いけど…でも…》

《君を守りたいから…カッコ悪くてもいいや思ったんだ。》

スマホから、聞こえる樹の声は…優しかった。



《間に合ったかい?葉月ちゃん。》

《はい!》


優しい声は、葉月ちゃんと呼ばれた女性に【好き】と言っているように聞こえ、そしてその女性のたったひと言、《はい》と言う言葉に、【好き】という思いが溢れていた。


《婆様のその価値観には、もううんざりです。これ以上、その価値観で人の人生を振り回すのなら…俺は許さない。》

い…樹?今のスマホから…聞こえてきた声は樹なの?
冷たくて…恐かった。


《どういう意味?》

《言葉通りです。久住 華子さん。》

《樹?!》



《あなたを久住から、追い出す。》


叫びそうになった口を手で押さえた。
久住から…出るんじゃない。

久住からお婆様を…追い出すなんて…

ただ震える私に、松下さんは
「あいつの本気は…想像以上だったな。」と言って…

私の肩を叩くと
「女は男を利用しても…潰しちゃいけない。男は…育てるものさ。いい男になったな。樹は…。なんで10年前、こうやって育ててやらなかった。でも…いくらいい男になっても、もう手を出すな。いや…もう樹は自分の足で歩いているから、そんな心配はいらないか。どうだ、あんたも久住に、牙を剥く度胸はついたか?参謀はあたしが付いてやる、そしてもうひとり…優秀な助手をつけてもいいぜ。」

そう言って、笑った松下さんの視線の先に…秋継さんが、不安げな顔で立っていた。



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