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第二章 10年前の恋
・・・ ②
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部屋に入ると同時に私は、震える手を握り締めて、松下さんの背中に声をかけた。
「あ、あの…松下さん。」
でもそんな私の行動は、初めから御見通しだったのだろうか、松下さんはにっこりと笑い
「本来なら、受付が言っておりました通り、アポイントメントを取って頂かないと、私も事務所にいるとは限りませんので、次回からは、その様にお願いします。」
そう言って、私に椅子を勧めると
「私は、企業法務を専門にしておりますが、一応民事も刑事もご依頼があれば、全力で依頼主が満足頂ける結果を出せる自信はありますが…今日はどのようなご相談でしょうか?」
「い、依頼では…あの…違うんです。私…」
「まぁ私用で?わざわざここに?それも私が仕事中に?」
そう言って、私を見る目は呆れているのか、ふう~と息を吐くと、
「私用ならば…お仕事バージョンはここまでってことで…」
と言うとクスリと笑い
「まさかと思うけど、…樹と別れてくれとでも言いに来た訳?」
「あ、あなたは…強いから…大丈夫でしょう!でも私は病気だし…何の力もないし…樹がいないと私はこれから先、生きてゆけないから…だから返して、樹を返して!お願いです。」
「いろいろ男女の修羅場は知ってはいるけど…『私は病気だし…何の力もないし…樹がいないと私はこれから先、生きてゆけないから…だから返して』は、マジ笑えるね。」
「…ひ、ひどい!」
「ひどいのはあんだだろう!!」
「えっ…?」
「樹は…物じゃねぇよ。そうやって利用するのはやめろよ。今あんたが切々と語った樹への思いは、どこかずれてるぜ。わかるかい?今あんたが言っている恋は、相手を利用するところから始まってんだよ。10年前も…意識して、樹を利用したとまでは言わないが、あんたは自分が一番好きなんだ。樹より自分が、好きなんだよ。」
「自分が一番…好き?違う!わ、私は樹を愛しているわ!」
「じゃぁ…聞こう。10年前17歳のガキだった樹について行けなかったのはわかる。
だが、なんで、助けてやらなかった?
久住の婆さんが、樹を笑って許すわけはないとあんただってわかっていただろう。
あの駆け落ち未遂が、樹をたったひとりで、アメリカに行かせたんだぞ!家庭の温もりを欲するあの寂しがりやをたったひとりでな!
なぜ、そのとき樹を庇ってやらなかった?!愛しているんだろう?だったらなぜだ?!関係ない顔で、安全な場所であんたは隠れていたんだ?!わかっているのか?実の両親から見捨てられて、傷ついていた樹の心が、ようやく落ち着ける居場所を見つけ、それなりに幸せだったのに、あんたのせいで失ったことを…。なのに…またかよ。また自分が久住家から、放り出されそうになったら、また樹を利用するのか!」
「違う!…樹は…樹は私より強いし、それに…私を久住というしがらみから出してやるって…言っていたもの。私は…弱いから、ひとりでは無理だから…」
「あんたさぁ…。それを愛だと思っているのか?あんたの愛って、自分だけに利をもたらす物みたいだなぁ。あたしなら、自分の問題で好きな相手が苦しみ、悩むのを見たくないがね。」
そう言って、松下さんは私を見て言った。
「…病気の件は…知っている。」…と
樹が…話した?!どうして…話すの?どうして?
「そ…そんな…」
「それで樹を責めるな。あいつがずいぶん悩んでいたのを…あたしが話しをさせたんだ。だがなぁ、本来なら、樹にそんなことを相談するあんたのほうが、むちゃくちゃなんだ。」
むちゃくちゃ…って…
「なんで男のあいつに、そんな相談をする?また同情させて利用するのか?」
「あ、あなたって…!ひどいわ!」
「だがそうだろう?!樹にどうして貰いたいんだ。(子供が生めないかも知れないの、そうなったら久住を追い出されるわ、だからお願い…樹。居場所がなくなる私を拾って)ってあたしにはそう、聞こえるよ。あたしもあんたと同じ女だ、その病気がどんなに、あんたを不安な気持ちにさせるかわかるが…今更、昔の男に頼るな!それは愛じゃない!あんたと樹の恋はもう終わっている。」
言葉が出てこない私に
「久住という伏魔殿から出たいのなら、自分の足で出るんだ。自分自身で解決しなければ、また捕まるぞ。誰かにやってもらうんじゃない。自分でやるんだ。ひとりで歩いて倒れそうになったなら、弁護士のあたしが杖になってやる。だから自分で扉を開けて、久住から出て行くんだ。」
ひとりで…ひとりで扉を開けて、久住から出て行く。
そんなことが…
ブッ…ブルブル…
バイブレーションの音に、現実に引き戻されたように、顔を上げた私に…松下さんは、チラリとスマホを見ると、顔を歪ませ
「悪い、電話にでてもいいか?」
と、私に言って、スマホを手に取った。
「丸山、なにかあったのか?」
・
・
「…そうか、今からそっちに行く。」
と言って切ると、今度は松下さんが電話をかけ始めた。
・
・
「今、どこだ?」
・
・
「なら、一番お前が葉月のコンビニに近いな。」
・
・
「……昨日の事は知っている。だが、今はそんなことを聞いている暇はない。九尾の狐が現れた。」
・
・
「そうだ。片付けようぜ。」
と言って、黙ってスマホを見ていたが、フッと笑みを浮かべ、呆然とする私に
「もう、一件電話してもいいか?」
黙って頷いた私に、また微笑むと
・
・
「なに、トロトロやってんだよ。早く電話に出ろ。とにかく今から葉月のコンビニに来い!」
・
・
「弁護士のあたしが、お前が長年悩んでいた事の、解決策になりそうな糸口を見つけてやった。だからすぐ来い。」
・
・
松下さんは、そう言うと、電話の相手の声を無視して切ると、バックにスマホを入れ
「行こう。」と言って、私に手を差し伸べてきた。
「…行こうって、いったいどこに…」
「化け物退治にさ…まぁこの一発でやられるような化け物じゃないけど…いろいろな問題は片付くかもな。」
そう言って、満面の笑みを浮かべた松下さんに、私は眼を見開いた。
「あ、あの…松下さん。」
でもそんな私の行動は、初めから御見通しだったのだろうか、松下さんはにっこりと笑い
「本来なら、受付が言っておりました通り、アポイントメントを取って頂かないと、私も事務所にいるとは限りませんので、次回からは、その様にお願いします。」
そう言って、私に椅子を勧めると
「私は、企業法務を専門にしておりますが、一応民事も刑事もご依頼があれば、全力で依頼主が満足頂ける結果を出せる自信はありますが…今日はどのようなご相談でしょうか?」
「い、依頼では…あの…違うんです。私…」
「まぁ私用で?わざわざここに?それも私が仕事中に?」
そう言って、私を見る目は呆れているのか、ふう~と息を吐くと、
「私用ならば…お仕事バージョンはここまでってことで…」
と言うとクスリと笑い
「まさかと思うけど、…樹と別れてくれとでも言いに来た訳?」
「あ、あなたは…強いから…大丈夫でしょう!でも私は病気だし…何の力もないし…樹がいないと私はこれから先、生きてゆけないから…だから返して、樹を返して!お願いです。」
「いろいろ男女の修羅場は知ってはいるけど…『私は病気だし…何の力もないし…樹がいないと私はこれから先、生きてゆけないから…だから返して』は、マジ笑えるね。」
「…ひ、ひどい!」
「ひどいのはあんだだろう!!」
「えっ…?」
「樹は…物じゃねぇよ。そうやって利用するのはやめろよ。今あんたが切々と語った樹への思いは、どこかずれてるぜ。わかるかい?今あんたが言っている恋は、相手を利用するところから始まってんだよ。10年前も…意識して、樹を利用したとまでは言わないが、あんたは自分が一番好きなんだ。樹より自分が、好きなんだよ。」
「自分が一番…好き?違う!わ、私は樹を愛しているわ!」
「じゃぁ…聞こう。10年前17歳のガキだった樹について行けなかったのはわかる。
だが、なんで、助けてやらなかった?
久住の婆さんが、樹を笑って許すわけはないとあんただってわかっていただろう。
あの駆け落ち未遂が、樹をたったひとりで、アメリカに行かせたんだぞ!家庭の温もりを欲するあの寂しがりやをたったひとりでな!
なぜ、そのとき樹を庇ってやらなかった?!愛しているんだろう?だったらなぜだ?!関係ない顔で、安全な場所であんたは隠れていたんだ?!わかっているのか?実の両親から見捨てられて、傷ついていた樹の心が、ようやく落ち着ける居場所を見つけ、それなりに幸せだったのに、あんたのせいで失ったことを…。なのに…またかよ。また自分が久住家から、放り出されそうになったら、また樹を利用するのか!」
「違う!…樹は…樹は私より強いし、それに…私を久住というしがらみから出してやるって…言っていたもの。私は…弱いから、ひとりでは無理だから…」
「あんたさぁ…。それを愛だと思っているのか?あんたの愛って、自分だけに利をもたらす物みたいだなぁ。あたしなら、自分の問題で好きな相手が苦しみ、悩むのを見たくないがね。」
そう言って、松下さんは私を見て言った。
「…病気の件は…知っている。」…と
樹が…話した?!どうして…話すの?どうして?
「そ…そんな…」
「それで樹を責めるな。あいつがずいぶん悩んでいたのを…あたしが話しをさせたんだ。だがなぁ、本来なら、樹にそんなことを相談するあんたのほうが、むちゃくちゃなんだ。」
むちゃくちゃ…って…
「なんで男のあいつに、そんな相談をする?また同情させて利用するのか?」
「あ、あなたって…!ひどいわ!」
「だがそうだろう?!樹にどうして貰いたいんだ。(子供が生めないかも知れないの、そうなったら久住を追い出されるわ、だからお願い…樹。居場所がなくなる私を拾って)ってあたしにはそう、聞こえるよ。あたしもあんたと同じ女だ、その病気がどんなに、あんたを不安な気持ちにさせるかわかるが…今更、昔の男に頼るな!それは愛じゃない!あんたと樹の恋はもう終わっている。」
言葉が出てこない私に
「久住という伏魔殿から出たいのなら、自分の足で出るんだ。自分自身で解決しなければ、また捕まるぞ。誰かにやってもらうんじゃない。自分でやるんだ。ひとりで歩いて倒れそうになったなら、弁護士のあたしが杖になってやる。だから自分で扉を開けて、久住から出て行くんだ。」
ひとりで…ひとりで扉を開けて、久住から出て行く。
そんなことが…
ブッ…ブルブル…
バイブレーションの音に、現実に引き戻されたように、顔を上げた私に…松下さんは、チラリとスマホを見ると、顔を歪ませ
「悪い、電話にでてもいいか?」
と、私に言って、スマホを手に取った。
「丸山、なにかあったのか?」
・
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「…そうか、今からそっちに行く。」
と言って切ると、今度は松下さんが電話をかけ始めた。
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・
「今、どこだ?」
・
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「なら、一番お前が葉月のコンビニに近いな。」
・
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「……昨日の事は知っている。だが、今はそんなことを聞いている暇はない。九尾の狐が現れた。」
・
・
「そうだ。片付けようぜ。」
と言って、黙ってスマホを見ていたが、フッと笑みを浮かべ、呆然とする私に
「もう、一件電話してもいいか?」
黙って頷いた私に、また微笑むと
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・
「なに、トロトロやってんだよ。早く電話に出ろ。とにかく今から葉月のコンビニに来い!」
・
・
「弁護士のあたしが、お前が長年悩んでいた事の、解決策になりそうな糸口を見つけてやった。だからすぐ来い。」
・
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松下さんは、そう言うと、電話の相手の声を無視して切ると、バックにスマホを入れ
「行こう。」と言って、私に手を差し伸べてきた。
「…行こうって、いったいどこに…」
「化け物退治にさ…まぁこの一発でやられるような化け物じゃないけど…いろいろな問題は片付くかもな。」
そう言って、満面の笑みを浮かべた松下さんに、私は眼を見開いた。
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