45 / 67
1章 葉月と樹
樹・・・唇を噛む。
しおりを挟む
何度も寝返りをうつその度に、眼が覚め、とうとう俺は眠ることを諦めるとベランダへと出た。
冷たい夜風に、思わず身を縮みこませたが、手すりにつかまると、大きく体を逸らせて、縮みこんだ心と体を冷たい夜風に曝け出したら、今日あったすべての出来事が、冷たい風と一緒に、一気に頭の中を駆け抜けるような気がして、その映像を追いかけるように目を瞑った。
理香さんと別れたあと俺は、広間に戻ることなく、運転手に葉月ちゃん達を乗せて帰るように伝えると、途中で拾ったタクシーに乗って養父の家へと向かった。それは昨夜、養父からの俺を心配する言葉があったからだった。
『母は私を呼ぶつもりはないらしい。私も相当嫌われたものだ。だから、本家には一緒には行けないが、樹…せめて明日は、ここに戻って来い。』
そう言って、ウィスキーが入ったグラスを、何度も手の中で転がしながら
『……今度こそ力になりたいから、話を聞かせてくれ。』
おそらく、久住本家に行ったら、俺が新たな悩みを、抱えて来ると予想しての言葉だったのだろうか。だが昨夜、帰ってきた俺の顔を見た養父は、黙って俺の肩を叩くと、
『お前の部屋はそのままだ。』と言って、それ以上はなにも言わなかった。
ありがたかった。落ち込んでいるというよりも、考えが纏らず、早く一人になりたいというのが、本心だったからだ。
いろいろあり過ぎた一日が、10年前に止まったままだと思っていた俺の人生を、動かしたように思える。
動き出した人生か…俺のこの先の人生の道しるべが、今…眼を開くと見えるだろうか。正直、見るのが恐くもある。だが前に進みたい。
俺はしっかり眼を開き、前を見据えた。
由梨奈の病気の件は、女性である理香さんにまず相談しよう。病気によって、久住家からあるいは桐谷家から、理不尽な扱いを受けることもあるかもしれない、だが弁護士の理香さんなら、その辺も力になってくれるはずだ。
これで由梨奈が、久住家から心も体も解放されたら、辛くて、悲しくてたまらないだけだったの恋が…幸せだった恋の思い出に変わって行ける。
そうやって、俺の中で10年前の恋が終わったら…
すべてが終わったら…
だがそうなったら…
ジョセィーヌさんとも、理香さんとも……葉月ちゃんとも…
「…もう会えなくなる。」
ズキン・・・
口にしたら、胸が大きく音をたてた気がした。
「いや…もともと、俺と葉月ちゃんは一緒にはいられないんだ。」
ズキン・・・
【諸刃の剣】
そう、諸刃の剣だから。
もし今回、葉月ちゃんが俺の恋人と言う設定で、葉月ちゃんの出生を語ったとしたら、婆様のやり方に不満を持つ親戚、会社の重鎮は…おそらくすべて俺についていただろう。ウッドフォード国は小国だが、豊かな地下資源と温暖な気候に恵まれた国で、その国王の娘とならば、周りはその恩恵に授かろうとする下心を持つ輩ばかりだろうが…数の点で俺が優位に立てば、久住は変われる。
だが裏を返せば、婆様や葉月ちゃんの父親と反目しあう王家の人間が、葉月ちゃんを利用しようと、動く可能性もあるということでもある。
確かに葉月ちゃんの秘密は、俺がこの久住と決別できるほどのものだが、その秘密で刃になった葉月ちゃんも無事では済まない。どちらにしろ、葉月ちゃんは物のように利用され、扱われて、あの笑顔を無くしてしまうと言うことだ。
そんなこと…俺には耐えられない。
だから、俺は葉月ちゃんから離れるべきなんだ。そう…離れるべきなんだ。
わかっているのに、そうしなくてはならないとわかっているのに…
どうして、この手は葉月ちゃんを離したくないと思うんだろうか?
どうして、この眼は葉月ちゃんをずっと見ていたいと思うのだろうか?
どうして、俺の心は悲鳴を上げるんだ!
手すりを掴んだ手に力が入り、きつく瞑った瞼の裏に浮かんだのは…
『メチャメチャ、カッコいいです!いつものジョセフィーヌさんも大好きだけど、この姿のジョセフィーヌさんも大好きです!!』
ジョセフィーヌさんを見てそう言う葉月ちゃんに… なんだか、面白くなかった。
『久住さんが、私を女性として見るわけないじゃないですか。21になっても、子供っぽい私なんかと…ぜんぜん合わないですよ。』
俺とは…合わない。その言葉だけで、葉月ちゃんに俺は顔を見せられないほど、車内の窓に映った顔は歪んでいた。
そして…
秋継に圧し掛かられた葉月ちゃんの髪は大きく乱れ、ハイヒールが遠くに散乱し、そして俺が選んだピンクのワンピースの裾が膝の上まで…捲くれていたその姿に、俺は冷静さを失くしていた。あのまま止められなければ…秋継を殴っていただろう。
俺は…
俺は…
葉月ちゃんに……惹かれていたんだ。
ふわふわとした茶色い髪に…
大きな眼を縁取る黒く長い睫に…
珍しいへーゼル色の瞳に…
そして、あの笑顔に…俺は惹かれていたんだ。
だが、好きだと気が付いた人は、いつも手の届かない人…か。
ベランダから見える灯りの中で、一番煌く花見中央駅の灯り。
見えるはずはないのに、その辺りに住んでいる葉月ちゃんを探そうとする俺の眼に…堪らず唇を噛んだ。
冷たい夜風に、思わず身を縮みこませたが、手すりにつかまると、大きく体を逸らせて、縮みこんだ心と体を冷たい夜風に曝け出したら、今日あったすべての出来事が、冷たい風と一緒に、一気に頭の中を駆け抜けるような気がして、その映像を追いかけるように目を瞑った。
理香さんと別れたあと俺は、広間に戻ることなく、運転手に葉月ちゃん達を乗せて帰るように伝えると、途中で拾ったタクシーに乗って養父の家へと向かった。それは昨夜、養父からの俺を心配する言葉があったからだった。
『母は私を呼ぶつもりはないらしい。私も相当嫌われたものだ。だから、本家には一緒には行けないが、樹…せめて明日は、ここに戻って来い。』
そう言って、ウィスキーが入ったグラスを、何度も手の中で転がしながら
『……今度こそ力になりたいから、話を聞かせてくれ。』
おそらく、久住本家に行ったら、俺が新たな悩みを、抱えて来ると予想しての言葉だったのだろうか。だが昨夜、帰ってきた俺の顔を見た養父は、黙って俺の肩を叩くと、
『お前の部屋はそのままだ。』と言って、それ以上はなにも言わなかった。
ありがたかった。落ち込んでいるというよりも、考えが纏らず、早く一人になりたいというのが、本心だったからだ。
いろいろあり過ぎた一日が、10年前に止まったままだと思っていた俺の人生を、動かしたように思える。
動き出した人生か…俺のこの先の人生の道しるべが、今…眼を開くと見えるだろうか。正直、見るのが恐くもある。だが前に進みたい。
俺はしっかり眼を開き、前を見据えた。
由梨奈の病気の件は、女性である理香さんにまず相談しよう。病気によって、久住家からあるいは桐谷家から、理不尽な扱いを受けることもあるかもしれない、だが弁護士の理香さんなら、その辺も力になってくれるはずだ。
これで由梨奈が、久住家から心も体も解放されたら、辛くて、悲しくてたまらないだけだったの恋が…幸せだった恋の思い出に変わって行ける。
そうやって、俺の中で10年前の恋が終わったら…
すべてが終わったら…
だがそうなったら…
ジョセィーヌさんとも、理香さんとも……葉月ちゃんとも…
「…もう会えなくなる。」
ズキン・・・
口にしたら、胸が大きく音をたてた気がした。
「いや…もともと、俺と葉月ちゃんは一緒にはいられないんだ。」
ズキン・・・
【諸刃の剣】
そう、諸刃の剣だから。
もし今回、葉月ちゃんが俺の恋人と言う設定で、葉月ちゃんの出生を語ったとしたら、婆様のやり方に不満を持つ親戚、会社の重鎮は…おそらくすべて俺についていただろう。ウッドフォード国は小国だが、豊かな地下資源と温暖な気候に恵まれた国で、その国王の娘とならば、周りはその恩恵に授かろうとする下心を持つ輩ばかりだろうが…数の点で俺が優位に立てば、久住は変われる。
だが裏を返せば、婆様や葉月ちゃんの父親と反目しあう王家の人間が、葉月ちゃんを利用しようと、動く可能性もあるということでもある。
確かに葉月ちゃんの秘密は、俺がこの久住と決別できるほどのものだが、その秘密で刃になった葉月ちゃんも無事では済まない。どちらにしろ、葉月ちゃんは物のように利用され、扱われて、あの笑顔を無くしてしまうと言うことだ。
そんなこと…俺には耐えられない。
だから、俺は葉月ちゃんから離れるべきなんだ。そう…離れるべきなんだ。
わかっているのに、そうしなくてはならないとわかっているのに…
どうして、この手は葉月ちゃんを離したくないと思うんだろうか?
どうして、この眼は葉月ちゃんをずっと見ていたいと思うのだろうか?
どうして、俺の心は悲鳴を上げるんだ!
手すりを掴んだ手に力が入り、きつく瞑った瞼の裏に浮かんだのは…
『メチャメチャ、カッコいいです!いつものジョセフィーヌさんも大好きだけど、この姿のジョセフィーヌさんも大好きです!!』
ジョセフィーヌさんを見てそう言う葉月ちゃんに… なんだか、面白くなかった。
『久住さんが、私を女性として見るわけないじゃないですか。21になっても、子供っぽい私なんかと…ぜんぜん合わないですよ。』
俺とは…合わない。その言葉だけで、葉月ちゃんに俺は顔を見せられないほど、車内の窓に映った顔は歪んでいた。
そして…
秋継に圧し掛かられた葉月ちゃんの髪は大きく乱れ、ハイヒールが遠くに散乱し、そして俺が選んだピンクのワンピースの裾が膝の上まで…捲くれていたその姿に、俺は冷静さを失くしていた。あのまま止められなければ…秋継を殴っていただろう。
俺は…
俺は…
葉月ちゃんに……惹かれていたんだ。
ふわふわとした茶色い髪に…
大きな眼を縁取る黒く長い睫に…
珍しいへーゼル色の瞳に…
そして、あの笑顔に…俺は惹かれていたんだ。
だが、好きだと気が付いた人は、いつも手の届かない人…か。
ベランダから見える灯りの中で、一番煌く花見中央駅の灯り。
見えるはずはないのに、その辺りに住んでいる葉月ちゃんを探そうとする俺の眼に…堪らず唇を噛んだ。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
影の王宮
朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。
ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。
幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。
両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。
だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。
タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。
すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。
一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。
メインになるのは親世代かと。
※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。
苦手な方はご自衛ください。
※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる