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1章 葉月と樹

葉月・・・チクン。樹・・・クスリ。

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…チクン…

そうチクン…ってしたんだった。

胸のこの辺り?うう~ん、もっと上?あれ?もっと右だったけ…



21歳の女性が、路上で胸を触りまくるのは…さすがに…変だよね。
でも、どうしてチクンとしたんだろう。

『樹。あたしの彼氏になれ。』

そう、理香さんが久住さんにそう言った時だ。チクンとしたのは…あの時…あっ!久住さんの事を、樹って呼び捨てだ。と思ったんだ?う~ん、でもジョセフィーヌさんのことも大吾って呼び捨てだもんね。理香さんは…

じゃぁ彼氏?!彼氏と言う言葉でチクンとした?なんで?意味がわからないなぁ…そうよ、そう…だいたい、なぜあの時、ドアを開けて二人を見た瞬間、呆然としたんだろう。

どうして…?
わからないなぁ…呆然とするような事はなかったよなぁ…う~ん、それから、そうだ。

そのあと…理香さんがこう言ったんだ。
『樹に彼女がいたほうが、久住家にとっては安心なんだよ。だけど…悪いが、葉月じゃぁ、樹と並ぶと恋人というより、兄妹って感じだ。寧ろ私のほうが、恋人ぽっく見える。』

あぁ…その時も…チクンだった。

久住さんが好きだった人は、今は弟さんの許婚だものね。理香さんの言うとおり、久住さんに恋人がいたほうが安心ってのはわかる、そうわかるんだけど…チクンなんだよね。

はぁ~

理香さんの職場から、追い出されるように出された久住さんと私は、今…黙って並んで歩いている。久住さんはあれから…ひとことも話さない。

悩んでいるのに、私に話せないと言うことは…やっぱり、私の手じゃ、久住さんは手を伸ばせないのかなぁ。

『任せてください。今の久住さんの手も、10年前の久住さんの手も…絶対離しませんから!』

本当にそう思っているんですよ。
私の手でよければ、いつだって久住さんに手を伸ばすつもりなのになぁ。

チクン…

はぁ~

どうしたんだろう私。私の手だけでは、力が足りないのなら、たくさんの人の手も借りるべきだとも思っているのに…、それが理香さんなら、より頼りになることもわかっているのに…

でも…チクンなんだよなぁ…チクン・チクン・チクン

はぁ~


*****

隣を歩く葉月ちゃんの溜め息が大きくて、俺は密かに笑った。
横目で視線の30cm下を見る…
このふわふわの茶色いお団子頭は、何を考えているのやら…、
時折難しい顔で唸ったり、両手で胸を擦ったり…大忙しだ。

それにしても、何をやってんだ?胸を触って…クスッ…

だが俺は、この少女のような子に…圧倒されたんだった。

『だから私、お誘いを受けたパーティに行きます。
その方に会える勇気が出るように、久住さんの背中を押してあげます。
笑えないのなら、こうやって頬を引っ張ってあげます。だから…まだ、心の中で、どこに行ったらいいのかわからなくて、彷徨っている10年前の久住さんがいて…不安で堪らないのなら…手を…私に伸ばしてください。もう、心を自由にしてあげるために…終わらせましょう。』

笑って伸ばしてくれた手に、俺は縋る様に手を伸ばし

『任せてください。今の久住さんの手も、10年前の久住さんの手も…絶対離しませんから!』
 
と、言ってくれた言葉に…そしてあの小さな手に、勇気を貰った。

とは、言っても、俺は葉月ちゃんに、久住家と関わり合いを持たせるつもりはなかった。あの時、駅で会長に会ったばっかりに…彼女をこんな事に巻き込むことになってしまった。だが、もう今更だ。理香さんの言う通り、もう逃げられない、例え今回は逃げても、しつこく会長は追ってくるだろう。だから今回俺は、由梨菜との事も…そして久住家との事も片付けて、そして葉月ちゃんと、久住家との関わり合いを、最小限に留め、もう二度と葉月ちゃんに、久住家が関わる事がないようにするつもりだ。

そうしなければ…理香さんが異常なまでに、心配していた事が起きそうで…正直不安だ。


『あいつがお前の相手だと思われたら…余計…面倒な事になる。』
『葉月は…いろいろと問題を抱えている。』
『お前同様に…いろいろとなぁ…』

余計…面倒な事にか…
俺と同様にいろいろと…問題がか…。なにが有るんだろうか、彼女に…
横目で俺は彼女を見た。

小柄な体…

ふわふわとした茶色い髪…

大きな眼を縁取る黒く長い睫…

そして、九州では割りと見られると聞くが、珍しいへーゼル色の瞳…


葉月ちゃんがまた胸を押しながら、大きく溜め息を吐いた。
どうやら…彼女の悩みも深そうだ。

クスリと俺は、彼女の考えを邪魔しないように…抑えてまた笑った。

俺も…彼女に助けて貰うばかりじゃ情けない。
理香さん達のように葉月ちゃんを守りたい。

だが今は守るどころか、むしろ厄介ごとに引きずり込んでしまった。

片付ける。必ずだ。そして俺は久住家から出る。
もう、あの家に振り回されるのはごめんだ。

金曜日まで、もうそう日にちはない、取り合えず養父と養母に会おう、あのふたりなら、助けてくれるはずだ。秋継が生まれたとき、居場所がなくなった俺に、兄という居場所を作ってくれた人達だ。きっと…助けてくれる。


俺は、俺自身の問題にたくさんの人を巻き込んでしまった。

ならばせめて…俺を助けようとしてくれる葉月ちゃんが、俺のせいで…辛い目に遇わないように…
葉月ちゃんを大事に思っている理香さんが、心配しているような事にならないように…

俺自身が、しっかりと立ち向かわければならない。

葉月ちゃん…そう思えるようになったのは…こんな力が湧いてきたのは…

みんな…君のおかげだ。


俺はまた、横目で視線の30cm下を見ると、茶色いお団子頭が、俺の視線に気が付いたのか立ち止まり俺を見た。ヘーゼル色の瞳が揺れて…

「私は…」と言ったが、俯くと黙り込み…
小さく何か言って、俺をまた見ると、今度はにっこり笑い

「金曜日はめちゃめちゃおしゃれをして…えぇっ!!!これがあの葉月ちゃんか!!と久住さんに、驚きの声あげさせて見せますから、楽しみにしていてください!」

「じゃぁ俺は…えぇっ!!これがあの葉月ちゃんか!!と言う練習をしておく。」

「いや…それって練習の必要ないですから…」

と剥れた葉月ちゃんの頬を突きながら…俺は笑い、そして葉月ちゃんも笑った。


ごめんなぁ…巻き込んでしまって…
その笑顔を曇らせないように守るから、君を守るから…


いつまでも、笑っていて…







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