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「じゃあ、早速引継ぎを!」
優里は勝どきを上げるかのように叫ぶと、ニンマリ笑い「お兄ちゃん、小池さんお借りしまーす!」と言いながら事務所を出て行った。あとにはギーギーと軋むような音を立てるドアと、いい歳をした男の泣き節が事務所内に響いていた。
「……優里にこれ以上迷惑はかけられねぇもんな。でも月17万の出費が決定か。おまけになんか圧を感じる女史と、この狭~い部屋で8時間か…なげぇなぁ…。」
優里はご機嫌だった、ようやく美容師の仕事に打ち込めると思うと、階段を下りる足も軽やかで、鼻歌まででるほどだったが、あと数段で一階に着くというところで足を止め、後ろからついてくる景子へと振り返り
「髪、染め直してあげるね。」
「えっ?」
「それじゃぁ、夏休み明けの中学生が慌てて、金髪から黒髪にしたみたいで…墨で塗ったみだいなんだもん。」
「け、景子さん!あ、あの…」
「どうしてって?そりゃわかるよ、一応私は美容師だよ。その不自然な黒髪を見ればね。」
真っ赤になった顔を両手で隠しながら、景子はポツリと
「……そんなに変でした?」
「うん」
景子は頭を抱え、大きなため息をついた。
「怪しい女だって思いませんでしたか?」
「怪しい…?」
優里は不思議そうに頭をひねり
「前の職場を辞めたのは、セクハラって言っていたから…新しい職場が怖かったんでしょう?だからダサい眼鏡とわざとらしい黒髪で面接に来たんじゃないの?でも、兄ちゃんはセクハラなんてしないよ。真面目だし、頼りがいがある男だよ。…ぁ…見えないよね。…でも色々あって…今はやる気をなくしてるから、頼りない中年に見えるけどさ、数年前までは亡くなった父ちゃんと同じ、○○署の捜査一課の刑事だったんだよ。カッコよくて、優しくて…だから今は仮の姿、何れ復活するから!大丈夫!」
景子は何とも言えないぎこちない笑みを浮かべ
「…今は仮の姿…何れ復活ですか…。」
だが、ぎこちない笑みがだんだんと柔らくなり
「優里さんはお兄さんの事が大好きなんですね。」
大きく頷くと俯いた優里は
「大好き…優しいんだよ。父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんも…みんな大好き。」そう言って鼻を啜ると、両手を握りしめ
「私が美容師の仕事に戻りたいってのもあるけど…兄ちゃんが昔みたいになって欲しいの。色々試したんだけど…全然反応なし、でも小池さんなら兄ちゃんを復活させることができる気がするの。」
「私がですか?私のどこが…?」
「うん、兄ちゃんに対するそのSっぽいところが…。」
景子はまた頭を抱えると呟くように
「…S…S…っぽい…。そう、そう見えました。」
「うん、無表情でそっけない感じがSだった。本当の小池さんはこんなにも表情豊かなのに…やっぱりセクハラのせいで男性が苦手なんだね。兄ちゃんの傍で働くことで男慣れしようよ。兄ちゃんはセクハラ男じゃないし、なんたって兄ちゃんって男と感じしないし、むしろガキみたいじゃない。」
「…いや…そこまで…」
妹にそこまで言われる遼一に哀れさを感じたのか、景子の戸惑う言い方に優里は満面の笑顔を浮かべ
「でもセクシーではない!」
「セクシーではない…ですか…きっぱり言うんですね。」
ケラケラと笑った優里だったが、その目から一粒の涙が…。
「うん、でも大好きなんだ。兄ちゃんが傍に居てくれたから、私は生きてこれたんだもの。私さ…養女なんだ。」
景子は黙ってポツリポツリと話す優里を見つめた
景子は自宅の洗面所で、ぼんやりと自分の顔を見ていた。
「…ダサいか。まったくいつの時代の日本の情報だったのよ。私がちゃんと確かめるべきだったわ。」
そう言うと、眼鏡を外し…コンタクトを外した。そして鏡の中に向かって
「…なんて顔をしてるのよ。今になって後悔してるの?」
鏡の中の自分に問えば、返ってくるはずの声が聞こえる
(後悔なんてしない。ただ…)
そう、ただ…。
先ほどの深澤優里の事が…浮かんできた。
「…あなたのことも調べていたから…知っていたの。あなたが養女だったことは…ごめんね。」
時間をかけ、深澤遼一の周辺は調べていた。失敗だったのは、突然の事務員の募集とそれに慌てて面接に行ったことだ。いろいろボロが出ている。何れ近づくつもりだったが…性急過ぎた。
優里さんは私の事を疑っていなかったが…深澤遼一はどうだろう?ここは一旦引くべきか…。
でも…
『うん、でも大好きなんだ。兄ちゃんが傍に居てくれたから、私は生きてこれたんだもの。私さ…養女なんだ。
だからかなぁ…。
本当の兄妹じゃないから、キツイことを言ったりしたら、嫌われてもうそばにいられなくなるような気がしちゃって。どこか遠慮があるんだ。だって兄ちゃんには絶対に嫌われたくないんだもの。兄ちゃんも…同じなのかなぁ。私の前では自分を取り繕うのは、本当の兄妹じゃないからかなぁ。
信用されていないとは思っていないよ。でもいつも肝心なところは隠すの。弱いところを見せたくないんだろうなぁ。突然警察を辞めた時もそうだった。何かあったと思った。でも笑って(ポアロやホームズみたいな探偵になるんだ。いつかは探偵にって思っていたからいい潮時だったんだよ。)そんなバカみたいな理由を言って、私に隠したつもりだったんだろうけど…あんなのに騙されるわけないじゃん、警察官であることを誇りに思っていた兄ちゃんがそんなバカみたいな理由で辞めるはずないもの。
悲しかった。こんなバカげた理由でごまかすのは、本当の家族として認めていないんだと思った。
でも…気づいたの。
こんなバカみたいな話を…バレバレだと私に気づかれることはわかっていても、ふざけていないとたまらないほど大きな傷を心に負ったんだってことに。
それに気づいたら…同じ警察官だった父ちゃんが生きていてくれたら、兄ちゃんの力になったんだろうなぁって思った。私じゃ…だめなんだって思った。
でも…でも私じゃダメなんだと思っても、兄ちゃんの心の汚泥がどんどん溜まって、兄ちゃんの心が何にも感じなくなる前にどうにかしたいの。本当の妹なら兄ちゃんの尻を叩いて発破をかけるんだろうけど…怖くてできない、ズカズカと心の中に入って嫌われたくない。兄ちゃんに嫌われたら、また私ひとりぼっちだもの。
だから、今日嬉しかったの。いろいろ考えて頭が回っている兄ちゃんをみたのは久しぶりなんだもの。人に興味を無くし、いつも霞の中で生きているみたいな兄ちゃんが小池さんの一言一句に反応する様が私嬉しくて。……お願い、ここで働いて。兄ちゃんの心を助けて。』
「お兄さんを助けたい…あなたの気持ちは本当だろう、本当だと思うから…申し訳ない。あなたは私を雇う事で、お兄さんの深澤遼一を立ち直る切っ掛けを見つけたいのに…でも…私はあなたの望みを叶えるどころか、粉々に崩すかもしれないのよ。」
そう言って、いったん目伏せたが、フウ~と息を吐くと鏡を見た。
右の緑の眼が戸惑うように揺れ、そして左の青い眼が刺すようにこちらを見ていた。
優里は勝どきを上げるかのように叫ぶと、ニンマリ笑い「お兄ちゃん、小池さんお借りしまーす!」と言いながら事務所を出て行った。あとにはギーギーと軋むような音を立てるドアと、いい歳をした男の泣き節が事務所内に響いていた。
「……優里にこれ以上迷惑はかけられねぇもんな。でも月17万の出費が決定か。おまけになんか圧を感じる女史と、この狭~い部屋で8時間か…なげぇなぁ…。」
優里はご機嫌だった、ようやく美容師の仕事に打ち込めると思うと、階段を下りる足も軽やかで、鼻歌まででるほどだったが、あと数段で一階に着くというところで足を止め、後ろからついてくる景子へと振り返り
「髪、染め直してあげるね。」
「えっ?」
「それじゃぁ、夏休み明けの中学生が慌てて、金髪から黒髪にしたみたいで…墨で塗ったみだいなんだもん。」
「け、景子さん!あ、あの…」
「どうしてって?そりゃわかるよ、一応私は美容師だよ。その不自然な黒髪を見ればね。」
真っ赤になった顔を両手で隠しながら、景子はポツリと
「……そんなに変でした?」
「うん」
景子は頭を抱え、大きなため息をついた。
「怪しい女だって思いませんでしたか?」
「怪しい…?」
優里は不思議そうに頭をひねり
「前の職場を辞めたのは、セクハラって言っていたから…新しい職場が怖かったんでしょう?だからダサい眼鏡とわざとらしい黒髪で面接に来たんじゃないの?でも、兄ちゃんはセクハラなんてしないよ。真面目だし、頼りがいがある男だよ。…ぁ…見えないよね。…でも色々あって…今はやる気をなくしてるから、頼りない中年に見えるけどさ、数年前までは亡くなった父ちゃんと同じ、○○署の捜査一課の刑事だったんだよ。カッコよくて、優しくて…だから今は仮の姿、何れ復活するから!大丈夫!」
景子は何とも言えないぎこちない笑みを浮かべ
「…今は仮の姿…何れ復活ですか…。」
だが、ぎこちない笑みがだんだんと柔らくなり
「優里さんはお兄さんの事が大好きなんですね。」
大きく頷くと俯いた優里は
「大好き…優しいんだよ。父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんも…みんな大好き。」そう言って鼻を啜ると、両手を握りしめ
「私が美容師の仕事に戻りたいってのもあるけど…兄ちゃんが昔みたいになって欲しいの。色々試したんだけど…全然反応なし、でも小池さんなら兄ちゃんを復活させることができる気がするの。」
「私がですか?私のどこが…?」
「うん、兄ちゃんに対するそのSっぽいところが…。」
景子はまた頭を抱えると呟くように
「…S…S…っぽい…。そう、そう見えました。」
「うん、無表情でそっけない感じがSだった。本当の小池さんはこんなにも表情豊かなのに…やっぱりセクハラのせいで男性が苦手なんだね。兄ちゃんの傍で働くことで男慣れしようよ。兄ちゃんはセクハラ男じゃないし、なんたって兄ちゃんって男と感じしないし、むしろガキみたいじゃない。」
「…いや…そこまで…」
妹にそこまで言われる遼一に哀れさを感じたのか、景子の戸惑う言い方に優里は満面の笑顔を浮かべ
「でもセクシーではない!」
「セクシーではない…ですか…きっぱり言うんですね。」
ケラケラと笑った優里だったが、その目から一粒の涙が…。
「うん、でも大好きなんだ。兄ちゃんが傍に居てくれたから、私は生きてこれたんだもの。私さ…養女なんだ。」
景子は黙ってポツリポツリと話す優里を見つめた
景子は自宅の洗面所で、ぼんやりと自分の顔を見ていた。
「…ダサいか。まったくいつの時代の日本の情報だったのよ。私がちゃんと確かめるべきだったわ。」
そう言うと、眼鏡を外し…コンタクトを外した。そして鏡の中に向かって
「…なんて顔をしてるのよ。今になって後悔してるの?」
鏡の中の自分に問えば、返ってくるはずの声が聞こえる
(後悔なんてしない。ただ…)
そう、ただ…。
先ほどの深澤優里の事が…浮かんできた。
「…あなたのことも調べていたから…知っていたの。あなたが養女だったことは…ごめんね。」
時間をかけ、深澤遼一の周辺は調べていた。失敗だったのは、突然の事務員の募集とそれに慌てて面接に行ったことだ。いろいろボロが出ている。何れ近づくつもりだったが…性急過ぎた。
優里さんは私の事を疑っていなかったが…深澤遼一はどうだろう?ここは一旦引くべきか…。
でも…
『うん、でも大好きなんだ。兄ちゃんが傍に居てくれたから、私は生きてこれたんだもの。私さ…養女なんだ。
だからかなぁ…。
本当の兄妹じゃないから、キツイことを言ったりしたら、嫌われてもうそばにいられなくなるような気がしちゃって。どこか遠慮があるんだ。だって兄ちゃんには絶対に嫌われたくないんだもの。兄ちゃんも…同じなのかなぁ。私の前では自分を取り繕うのは、本当の兄妹じゃないからかなぁ。
信用されていないとは思っていないよ。でもいつも肝心なところは隠すの。弱いところを見せたくないんだろうなぁ。突然警察を辞めた時もそうだった。何かあったと思った。でも笑って(ポアロやホームズみたいな探偵になるんだ。いつかは探偵にって思っていたからいい潮時だったんだよ。)そんなバカみたいな理由を言って、私に隠したつもりだったんだろうけど…あんなのに騙されるわけないじゃん、警察官であることを誇りに思っていた兄ちゃんがそんなバカみたいな理由で辞めるはずないもの。
悲しかった。こんなバカげた理由でごまかすのは、本当の家族として認めていないんだと思った。
でも…気づいたの。
こんなバカみたいな話を…バレバレだと私に気づかれることはわかっていても、ふざけていないとたまらないほど大きな傷を心に負ったんだってことに。
それに気づいたら…同じ警察官だった父ちゃんが生きていてくれたら、兄ちゃんの力になったんだろうなぁって思った。私じゃ…だめなんだって思った。
でも…でも私じゃダメなんだと思っても、兄ちゃんの心の汚泥がどんどん溜まって、兄ちゃんの心が何にも感じなくなる前にどうにかしたいの。本当の妹なら兄ちゃんの尻を叩いて発破をかけるんだろうけど…怖くてできない、ズカズカと心の中に入って嫌われたくない。兄ちゃんに嫌われたら、また私ひとりぼっちだもの。
だから、今日嬉しかったの。いろいろ考えて頭が回っている兄ちゃんをみたのは久しぶりなんだもの。人に興味を無くし、いつも霞の中で生きているみたいな兄ちゃんが小池さんの一言一句に反応する様が私嬉しくて。……お願い、ここで働いて。兄ちゃんの心を助けて。』
「お兄さんを助けたい…あなたの気持ちは本当だろう、本当だと思うから…申し訳ない。あなたは私を雇う事で、お兄さんの深澤遼一を立ち直る切っ掛けを見つけたいのに…でも…私はあなたの望みを叶えるどころか、粉々に崩すかもしれないのよ。」
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