恋するクロネコ🐾

秋野 林檎 

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クロネコとドキンとなる私の胸

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「…はぁ~ぁ。」

窓枠に置いていた手に顎を乗せ、また、「はぁ~ぁ。」

「どうしてこんなに、トゲトゲした感情を持ってしまうようになったんだろうな。こんな気持ちを抱いてしまう自分が嫌でしょうがないよ。でも…あれを見るとね。」

ほんの少し視線を下げ、またあの金魚の〇ん状態の下を見て、顔を顰め

「イラッとしてしまうのよね。なんでだろうな。」

でも、ぼんやり見ていた目に、ひとりの女子生徒が、先輩の手を引くのが見え、耳に「今日だけいいでしょう。ねぇ、カラオケ行こうよ。秋月君」と甘ったらしい声で誘う声が聞こえて、せっかく落ち着いた心がまたトゲを出した。

「だいたい…だいたい!女子生徒に囲まれたら、その場から逃げればいいのに、留まっているのは、ああやって女の子にベタベタされるのを期待してるんだ!不純だ!」


2階から聞こえないと思って、言いたい放題だった花音だったが、その声が小さくなった。

「ゲェ!先輩と目が合った?!…いやいや、有り得ない。有り得ない。」

そう言いながら、後ずさりすると大きく深呼吸をして
「…行こう……。だいたい、私はここがお気に入りと言うだけで、放課後の恒例行事を見るために、ここにいるわけじゃないもん。」


踵を返し歩き出したら、下から声が聞こえた気がした。

「・・・。」

えっ?

「・・・。」

今、呼ばれたような気がしたけど…。



半分教室へと向けていた体を、また窓へと捻ったが軽く頭を横に振り
「さてさて、部活にいきますか!」そう言って、大きく伸びをした。


百人一首部。部員2名。

そして部長は、三年の花巻 真一。

まぁ、どうでもいい情報だが花巻 真一は私のお兄ちゃん。
両親が10年ほど前に離婚して、苗字が変わったが実のお兄ちゃんだ。
言いたくないが、血が言っている…容姿がそっくり…間違いない兄妹だと……最悪。

だが、わざわざ人に実の兄ですとは言ってない、まぁ…恥しいから。
だって、変人と言われているお兄ちゃんなんだもの。
ただでも、暗い高校生活なのに、もし知られたら、暗いどころか暗黒な高校生活にしてしまう恐れがあり!さすがに暗黒は嫌だ。

でも、お兄ちゃんは変人だけど悪い人間ではない、ただ一般人が付いて行けない感覚の持ち主。
だから、部員も集まらないのかもしれない。このままだと廃部は免れないからと頭を下げられ入部したけど、やはり免れなくて…来春、廃部になってしまった。

きっと、お兄ちゃんなら百人一首競技会の個人戦に出れば、結構いいところまで行けると思うんだけど、そこはお兄ちゃん、【百人一首競技会と言えば団体戦!そこに出なくてどこに出る!】と言って譲らない。
でも部員が2名だと、競技会の団体戦は出場はできず、百人一首部の部室は、兄妹のふたりで、和気あいあいと百人一首をやっているという茶の間のような状態。まぁ、こんな状態じゃ、活動をしていないと学校は判断するよね。

…で

そんな部なのに、なぜ中間考査の10日前だというのに、なぜ部室に行くのかと言うと、お兄ちゃんである部長が、この約2年の間に、部室にいろんなものを持ち込んだせい。
(お兄ちゃんには宝物らしいが、私から見れば…ただのゴミ。)
おかげで部室は、今やお兄ちゃんの私室となっている。
来春、廃部となったから片付けなくてはいけないのに、全然片付ける気配はない。
今からやらないと、高三のお兄ちゃんは大学受験でますます動けなくなり、あのゴミの巣窟を私ひとりで片付けなくてはならない状態になるからだ。動きの悪いお兄ちゃんのお尻を叩いてやっているんだけど、先が見えない、
まったく、どうなることやら。

渡り廊下を歩きながら、「でも、やらないとね。」と呟き、両手で顔を叩いて気合を入れたが、突然振り出した雨に気合はもろくも崩れ、大きな溜め息さえ出てしまった。

重い気分を抱え、ようやく着いた部室だったが、ドアノブに手を掛けたら…ガチャ ガチャとノブが回らない。

「あ、あれ?!鍵が掛かっている。お兄ちゃん、いないんだ。もう~片付けたくなくて逃げたなぁ!」

ガチャ ガチャ

「…はぁ~。なんだか力が抜けた。もうどうでもいいや…。」

部室の扉に凭もたれ、雨に煙る校庭に目をやり、そっと目を瞑った。


雨の匂いがする。
太陽をめいっぱい浴びた土や草に近い、もわっとしたあの香り。
それは生命の香りなのかなぁと思う。
辛い事も、悲しい事も流し、生まれ変われる清廉な香り。


クスッ…私らしくない事を思っちゃった。

「さ~て、帰るか。部室が開いていないなら、ここにいる理由はないし。」



【お願い。助けてあげて。】



「えっ?まただ!」

でも先程とは違って、今度ははっきりと聞こえた。

それは懐かしく、優しい女性の声に聞こえ、キョロキョロと周りを見渡すと。


        にゃぁ…


「猫?」
部室の前の植え込みから、黒い子猫が出てきた。
野良猫かな?雨に濡れたせいもあるのかもしれないけど、小さくて痩せてる。

「おいで…」
手を差し伸べると子猫は私の指に甘えるように、体を寄せて来た。

「どうしたの?こんな雨の中…風邪ひいちゃうよ。」
そう言って、私は自分の腕の中に子猫を囲って体を温めようとしたら…
子猫は視線を校庭へと向け


       にゃぁ…にゃぁ…

とまた鳴いた。

「なにかあるの?お母さんがいるのかなぁ。」


子猫の視線の先を見たら、サッカーゴールに凭れ、雨が降っているのに傘も差さず、雨空を睨むように見つめてた人がいた。

…あれは…秋月先輩?

こんなところにいるはずはないと、思わず目を擦ったが、その手が金縛りにあったかのように固まった。
それは、雨空を睨んでいた先輩の目がきつく閉じた瞬間、線になって頬を伝わる雫が見えたせいだった。
思わず小さな叫び越えをあげ、とっさに植え込みに身を隠した。


あ、あれは…雨じゃないよね?
先輩の頬に伝うものは…あれは…涙…だよね?
泣いている…。
微笑むことで、本当の顔を見せない人が声を押し殺し泣いている。

だが、雨が激しく降りだしたら、先輩はもう我慢できなかったように声をあげた。

顔は子供みたい泣くから、鼻の頭が赤くなり、少し茶色い髪の毛先が、いつもは計算されたかのように流れているのに雨でぐしゃぐしゃで、ネクタイはなくて、ブレザーは雨を吸い込み…型崩れして…

全然カッコよくないのに、なぜだか胸が…ドキンと音を立てた。
「な、なんで!あの秋月先輩なんかにドキドキしてるのよ?!」

その音を押さえようとして、思わず動かした手の間から、子猫が腕の中から飛び出し、慌てて子猫を止めようとしたが、ぬかるんだ植え込みに尻もちをついてしまった。
逃げ出した子猫は一瞬立ち止まると、振り返り私を見たが、「にゃぁ…」とまるで謝るかのように鳴くと、目的があるかのように、まっすぐと走って行った。

その先にある水たまりをよけようともせず、ただまっすぐと走った子猫がたどり着いたのは…雨と泥で汚れた学生ズボン。その裾に尻尾を絡ませ、子猫は鳴いた。

それはまるで慰めるかのように、にゃぁ…にゃぁ…と鳴くその子猫の姿に、私はまだドキドキする胸に手をやると、ぬかるんだ植え込みに座り込み、

「…先輩を慰めに行きたかったんだ。」
呟くように言った言葉は、それは子猫に言ったのか、それとも…ドキドキする胸に言ったのかは私自身にも、まだわからなかった。



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