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逢はむ日を その日と知らず 常闇に いづれの日まで 吾恋ひ居らむ (中臣朝臣宅守)
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「翔太、眼が腫れてるぞ。男前が台無しだな。」と俺の顔を見るなりそう言った真一に俺は笑った。
だが真一はハッとしたように息を呑むと、「もしかして翔太…」と言って、口ごもってしまった。
俺は努めて明るい声で
「読んだよ。あの調査書を読んで、母さん、父さん、松宮さん、三人の思いが少しわかったような気がする。俺の頼みを聞いて、興信所に頼んでくれてありがとう。」
そう言って、調査書を差出した。
「いいのか…?」
真一は戸惑うように俺を見たが、俺は真一にこのことを頼んだ時から、見てもらうつもりでいたから、にっこり笑って頷き
「あぁ、真一にも知って欲しいからな。」
「おじさんやおばさんの事を…俺が知っていいのか?なんだか覗き見るようで…。」
「俺も母さんの人生を覗き見るような気がして…ちょっと迷ったが、でも真実を語ってくれる人がいないなら、読むべきだと判断した。だから俺のことに関することが書かれている、18枚中13枚しか見てない。」
真一はそれでも迷っているようだった。
「真一、見てくれ。俺が愛されて生まれたことを知ってほしいんだ。」
「…バカ。おまえはおじさんとおばさんに愛されていたことは、俺は生で見ているんだ。知ってる。」
そう言って、笑みを浮かべ手にした調査書を読み出した。
・・・
読み終わった、真一は息を吐くと
「おばさんとおじさんって、ハードな人生だったんだなぁ。」と言って俺は見た。
俺はほんの少し笑みを浮かべ
「逢はむ日を その日と知らず 常闇に いづれの日まで 吾恋ひ居らむ (中臣朝臣宅守)」
【ふたたび逢える日はいつとも分からず、永久の闇にいるような思いで、いつまで私は恋に苦しんでいればよいのだろう】
…と和歌を詠むと…
真一は「俺の十八番を盗るな」と苦笑しながら
「命あらば 逢ふこともあらむ わが故に はだな思ひそ 命だに経ば (狹野茅上娘子)」
【命があったら、いつかまた逢うこともできるでしょう。私のために思い苦しまないでください。今はただ生きていさえいれば】
…それは、中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)の恋人と言われている狹野茅上娘子(さののおとがみおとめ)の和歌だった。
「3人の心境ってこんな感じだったのかなぁ…。」
「…かもなぁ…。」
胸に熱いものが込み上げてきそうで…俺は話題を変えた。
「そう言えば、大学時代の父さんや松宮さんは、黒峰の(峰)と、フランス語で猫を可愛らしく呼ぶ言い方(minet)を発音が似てるからと言って、母さんを(ミネ)と、そう呼んでいたらしいが、なんかキザだと思わないか?」
その時、二階からすごい音がした。
*****
昨夜は眠れなかった。鏡を覗くと浮腫んだ顔が映っていた。
私は両手で両方の頬をパンパンと叩くと「できる!私はやれる子だ!」と心の中で繰り返し言った。
翔兄の大事な時、せめて応援できる立場でいたい。妹と言う立場であってもだ。
ふう~と息を吐き、鏡に映る自分を見ると、鏡の中の私はほんの少し口角を上げ、目尻を下げたが…眼が、ある一点から動かなくなった。
あれは…なんだったんだろう。
あれは…見まちがい?
平蔵だった私には…唇に触れられた感覚はなかった。
鏡に映った唇を見つめた、この唇は、翔兄が…触れた唇なんだろうか?
もしかして…そう言って頭を振った、また堂々巡りだ。
もしそうなら、なぜイギリスに行ってしまうのかになってしまう。
あれが本当なら、あの意味を知りたいと思う反面、忘れたかった。
忘れないと…妹に、後輩に戻れない。
部屋の扉を開けると、1階から翔兄の笑う声が聞こえ、私はよし!と気合を入れ、あと数段で下に着く時だった。
「そう言えば、大学時代の父さんや松宮さんは、黒峰の(峰)と、フランス語で猫を可愛らしく呼ぶ言い方(minet)を発音が似てるからと言って、母さんを(ミネ)と、そう呼んでいたらしいが、なんかキザだと思わないか?」
フランス語(minet )…猫。 …黒峰…黒ミネ…黒い猫?
頭の中の浮かんだのは…へ、へいぞう!
私は這うように二階に上がり、自分の部屋に入ると、座り込んでしまった。
平蔵だ。平蔵が…あの不思議な猫が…翔兄を心配して…現れた…翔兄のお母さん?
そうじゃないかと思うと、もうそれ以外には、ないように思われた。
あぁっ!!!こんなところに座っている場合じゃない!
あの…不思議な猫は……翔兄のお母さんかもしれない。
教えなきゃ、翔兄に教えなきゃ!
私は扉を開け、また転がり落ちるように下り、そして私は、お兄ちゃんと翔兄の顔を見るなり叫んだ!
「猫だったの!…翔兄のお母さんが…平蔵で…私も猫で…翔兄を心配して…平蔵が…」
と叫ぶ私に、翔兄はキョトンとした顔だったが、その顔はだんだんとやわらかい笑みへと変わり、私の頭を撫でながら、
「昨日はありがとう。ちゃんと御礼が言ってなかったから…」
い…いや…その話はいいから…
「翔兄…猫よ!猫が…平蔵が…おかあさんで…そして私だったの…」
・・・・・・長い沈黙が流れ
「花音、熱があるのか?」と翔兄は心配そうに私の顔を覗き込んだ。
ダメだ……。
私はヘナヘナとその場に座り込んだ。
だが真一はハッとしたように息を呑むと、「もしかして翔太…」と言って、口ごもってしまった。
俺は努めて明るい声で
「読んだよ。あの調査書を読んで、母さん、父さん、松宮さん、三人の思いが少しわかったような気がする。俺の頼みを聞いて、興信所に頼んでくれてありがとう。」
そう言って、調査書を差出した。
「いいのか…?」
真一は戸惑うように俺を見たが、俺は真一にこのことを頼んだ時から、見てもらうつもりでいたから、にっこり笑って頷き
「あぁ、真一にも知って欲しいからな。」
「おじさんやおばさんの事を…俺が知っていいのか?なんだか覗き見るようで…。」
「俺も母さんの人生を覗き見るような気がして…ちょっと迷ったが、でも真実を語ってくれる人がいないなら、読むべきだと判断した。だから俺のことに関することが書かれている、18枚中13枚しか見てない。」
真一はそれでも迷っているようだった。
「真一、見てくれ。俺が愛されて生まれたことを知ってほしいんだ。」
「…バカ。おまえはおじさんとおばさんに愛されていたことは、俺は生で見ているんだ。知ってる。」
そう言って、笑みを浮かべ手にした調査書を読み出した。
・・・
読み終わった、真一は息を吐くと
「おばさんとおじさんって、ハードな人生だったんだなぁ。」と言って俺は見た。
俺はほんの少し笑みを浮かべ
「逢はむ日を その日と知らず 常闇に いづれの日まで 吾恋ひ居らむ (中臣朝臣宅守)」
【ふたたび逢える日はいつとも分からず、永久の闇にいるような思いで、いつまで私は恋に苦しんでいればよいのだろう】
…と和歌を詠むと…
真一は「俺の十八番を盗るな」と苦笑しながら
「命あらば 逢ふこともあらむ わが故に はだな思ひそ 命だに経ば (狹野茅上娘子)」
【命があったら、いつかまた逢うこともできるでしょう。私のために思い苦しまないでください。今はただ生きていさえいれば】
…それは、中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)の恋人と言われている狹野茅上娘子(さののおとがみおとめ)の和歌だった。
「3人の心境ってこんな感じだったのかなぁ…。」
「…かもなぁ…。」
胸に熱いものが込み上げてきそうで…俺は話題を変えた。
「そう言えば、大学時代の父さんや松宮さんは、黒峰の(峰)と、フランス語で猫を可愛らしく呼ぶ言い方(minet)を発音が似てるからと言って、母さんを(ミネ)と、そう呼んでいたらしいが、なんかキザだと思わないか?」
その時、二階からすごい音がした。
*****
昨夜は眠れなかった。鏡を覗くと浮腫んだ顔が映っていた。
私は両手で両方の頬をパンパンと叩くと「できる!私はやれる子だ!」と心の中で繰り返し言った。
翔兄の大事な時、せめて応援できる立場でいたい。妹と言う立場であってもだ。
ふう~と息を吐き、鏡に映る自分を見ると、鏡の中の私はほんの少し口角を上げ、目尻を下げたが…眼が、ある一点から動かなくなった。
あれは…なんだったんだろう。
あれは…見まちがい?
平蔵だった私には…唇に触れられた感覚はなかった。
鏡に映った唇を見つめた、この唇は、翔兄が…触れた唇なんだろうか?
もしかして…そう言って頭を振った、また堂々巡りだ。
もしそうなら、なぜイギリスに行ってしまうのかになってしまう。
あれが本当なら、あの意味を知りたいと思う反面、忘れたかった。
忘れないと…妹に、後輩に戻れない。
部屋の扉を開けると、1階から翔兄の笑う声が聞こえ、私はよし!と気合を入れ、あと数段で下に着く時だった。
「そう言えば、大学時代の父さんや松宮さんは、黒峰の(峰)と、フランス語で猫を可愛らしく呼ぶ言い方(minet)を発音が似てるからと言って、母さんを(ミネ)と、そう呼んでいたらしいが、なんかキザだと思わないか?」
フランス語(minet )…猫。 …黒峰…黒ミネ…黒い猫?
頭の中の浮かんだのは…へ、へいぞう!
私は這うように二階に上がり、自分の部屋に入ると、座り込んでしまった。
平蔵だ。平蔵が…あの不思議な猫が…翔兄を心配して…現れた…翔兄のお母さん?
そうじゃないかと思うと、もうそれ以外には、ないように思われた。
あぁっ!!!こんなところに座っている場合じゃない!
あの…不思議な猫は……翔兄のお母さんかもしれない。
教えなきゃ、翔兄に教えなきゃ!
私は扉を開け、また転がり落ちるように下り、そして私は、お兄ちゃんと翔兄の顔を見るなり叫んだ!
「猫だったの!…翔兄のお母さんが…平蔵で…私も猫で…翔兄を心配して…平蔵が…」
と叫ぶ私に、翔兄はキョトンとした顔だったが、その顔はだんだんとやわらかい笑みへと変わり、私の頭を撫でながら、
「昨日はありがとう。ちゃんと御礼が言ってなかったから…」
い…いや…その話はいいから…
「翔兄…猫よ!猫が…平蔵が…おかあさんで…そして私だったの…」
・・・・・・長い沈黙が流れ
「花音、熱があるのか?」と翔兄は心配そうに私の顔を覗き込んだ。
ダメだ……。
私はヘナヘナとその場に座り込んだ。
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