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おまえがくれた、奇跡だったんだよね。
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部室の鍵は開いていた。
だが、狭い部室はドアを開けた瞬間、お兄ちゃんはいないとすぐにわかった、でも呼ばずにいられなかった。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん…」
涙が溢れてくるのを手の甲で拭いながら、扉の近くの机と椅子に座り、ぼんやりと翔兄の呆然とした顔を思い出していた。
まさか私が来るって思っていなかったんだよね、あの顔は…。
翔兄の家に行かなきゃよかった。
泣いて目が腫れているだろうなぁ…きっと酷い顔してるよね…教室に行きたくない…。
バックから、鏡を出し自分の顔を見た。真っ黒な瞳の周りを囲む睫は長くやはり黒い、だが一重で切れ長の目だから、大きく黒く見えるが、その分キツイ顔に見える。
大きな黒い伊達眼鏡を外し、苦笑した。
眼鏡をかけたからって、このキツイ目元が優しく見えるわけではないのに、ただ隠すだけなのに…。
私は自分が嫌い。この目も、性格も、嫌い。
でも…
でも、髪だけは…好き。翔兄が昔、褒めてくれたこの髪は好き。
私は二本に分け編んでいた髪の編み目に、下から上へ手ぐしを入れてほぐし…鏡を覗いた。ゆるいウェーブが掛かった黒い髪が、私の顔に掛かった。
(花音の髪はツヤツヤで綺麗だね。綺麗な黒い髪はカラスの濡れ羽色って言うだよ。)
それを聞いて、私は泣いて翔兄を慌てさせたんだ。カラスのあの黒い色と、近くで見るとかなりの大きさのカラスが恐くて、本当に嫌だったからだった。
(翔兄、カラスは嫌…。)とメソメソする私をおろおろとした翔兄は(えっと、えっと…)と言って、半分泣きそうな顔で慌てていたなぁ。
それから、どうしたんだっけ。あぁそうだ、あの時…私はこう言ったんだ。
(花音ね、カラスよりカナリヤがいい…。)
(じゃぁ、花音の髪はカナリヤの濡れ羽色だ。)
(うん、花音、それがいい。)
全然意味がわからない例えになってしまったが、カナリヤの濡れ羽色は、かなり大きくなるまで言っていたなぁ。
翔兄はいつも優しかった。昔から優しかった。
そう、翔兄は変わっていなかった。頭が良くて、カッコよくて、優しくて…昔のままだった。
なのに私は翔兄だと半年も気がつかなかった。寧ろ避けていた。気になっていたくせに、秋月翔太という人物が本当は気になって仕方なかったのに避けていた。
廊下で翔兄を囲む女子の大群を見かけたら、方向転換してしまうくらい係わり合いになりたくなかったのは、今思えば、翔兄の周りの女子達の様に、華やかな世界の住人達とは私は違い過ぎるから、近づけば…自分が惨めになると感じていたからだと思う。
そして…それは今日、思っていた通りになった。惨めだった。
理香さんは、良い家柄で、美人で、頭も良い、それは翔兄と同じ華やかな世界の住人。
同じ華やかな世界の住人同士が惹かれあうのは自然だ。
幼い頃、華やかな世界の住人の翔兄の側にいられたこと自体が、有り得ない事だったんだ。
「翔兄…」と一度呟くと…もう止められなかった。
「翔兄、翔兄…大好きなの。」
とうとう口に出てしまったが…「今更」と言って机に伏して、目を瞑り、なんにも考えたくなかった。
カタン
物が倒れた音と「にゃぁ~ん、にゃぁ~ん」と子猫の声が…お兄ちゃんの私物の中から聞こえてきた。
猫?
机に伏したまま、視線だけを鳴き声が聞こえる方向に移すと、黒いかたまりが見える。
「にゃぁ~んにゃぁ~ん」
黒い子猫?…ぁ…まさか…へ…平蔵?
机から頭を上げようとしたが、黒いかたまりが私の頭の上に乗ってきて上げられなくなってしまった。
「…えっ~?!」
黒いかたまりは小さな手で私の頭をポンと叩いて、机に移ると私の顔をペロリと舐めた。
「へ、平蔵?!平蔵なの?!!」
(そうだよ。)と言うように、黒い子猫は「にゃぁ~ん」と鳴くと、自分の顔を私の頬へとこすり付けてきた。その温かさとふわふわとした毛並みに、私はそっと手を伸ばし平蔵の頭を撫でた。
「おまえって…不思議な猫だね。こんな時に現れるなんて、慰めにきてくれたみたい。ありがとう。」
私の目にまた涙が零れ、その涙を平蔵は小さなピンクの舌で慰めるように舐めてくれる、それはまるで励ましているように思えて、私は心の中にまだ残っている思いを口にしていた。
「わたしね、平蔵があの雨の中…雨と泥で汚れた翔兄のズボンの裾に、にゃぁ…にゃぁ…と鳴きながら、尻尾を絡ませる様子が、まるで元気を出してと翔兄に言っているかのような姿を見て…思っていたの。」
そう言いながら、平蔵の温かい体を抱きしめ
「もしかして、私の心の声が聞こえていた?」
水色のガラスのような目で私を見つめる平蔵に
「おまえのように猫だったら、華やかな世界の住人じゃない私でも、翔兄のそばであの涙を拭ってあげられるのにと思った事を…。」
「にゃぁ~」
まるで返事をするタイミングのように鳴いた平蔵に、私は微笑むと
「短い時間だったけど、翔兄の側にいられたのは、おまえがくれた奇跡だったんだよね。願いを叶えてくれたんだよね…ありがとう。」
平蔵は、にゃぁ~と鳴くと、また私の顔に自分の顔をこすり付けてきた。
だが、狭い部室はドアを開けた瞬間、お兄ちゃんはいないとすぐにわかった、でも呼ばずにいられなかった。
「お兄ちゃん…お兄ちゃん…」
涙が溢れてくるのを手の甲で拭いながら、扉の近くの机と椅子に座り、ぼんやりと翔兄の呆然とした顔を思い出していた。
まさか私が来るって思っていなかったんだよね、あの顔は…。
翔兄の家に行かなきゃよかった。
泣いて目が腫れているだろうなぁ…きっと酷い顔してるよね…教室に行きたくない…。
バックから、鏡を出し自分の顔を見た。真っ黒な瞳の周りを囲む睫は長くやはり黒い、だが一重で切れ長の目だから、大きく黒く見えるが、その分キツイ顔に見える。
大きな黒い伊達眼鏡を外し、苦笑した。
眼鏡をかけたからって、このキツイ目元が優しく見えるわけではないのに、ただ隠すだけなのに…。
私は自分が嫌い。この目も、性格も、嫌い。
でも…
でも、髪だけは…好き。翔兄が昔、褒めてくれたこの髪は好き。
私は二本に分け編んでいた髪の編み目に、下から上へ手ぐしを入れてほぐし…鏡を覗いた。ゆるいウェーブが掛かった黒い髪が、私の顔に掛かった。
(花音の髪はツヤツヤで綺麗だね。綺麗な黒い髪はカラスの濡れ羽色って言うだよ。)
それを聞いて、私は泣いて翔兄を慌てさせたんだ。カラスのあの黒い色と、近くで見るとかなりの大きさのカラスが恐くて、本当に嫌だったからだった。
(翔兄、カラスは嫌…。)とメソメソする私をおろおろとした翔兄は(えっと、えっと…)と言って、半分泣きそうな顔で慌てていたなぁ。
それから、どうしたんだっけ。あぁそうだ、あの時…私はこう言ったんだ。
(花音ね、カラスよりカナリヤがいい…。)
(じゃぁ、花音の髪はカナリヤの濡れ羽色だ。)
(うん、花音、それがいい。)
全然意味がわからない例えになってしまったが、カナリヤの濡れ羽色は、かなり大きくなるまで言っていたなぁ。
翔兄はいつも優しかった。昔から優しかった。
そう、翔兄は変わっていなかった。頭が良くて、カッコよくて、優しくて…昔のままだった。
なのに私は翔兄だと半年も気がつかなかった。寧ろ避けていた。気になっていたくせに、秋月翔太という人物が本当は気になって仕方なかったのに避けていた。
廊下で翔兄を囲む女子の大群を見かけたら、方向転換してしまうくらい係わり合いになりたくなかったのは、今思えば、翔兄の周りの女子達の様に、華やかな世界の住人達とは私は違い過ぎるから、近づけば…自分が惨めになると感じていたからだと思う。
そして…それは今日、思っていた通りになった。惨めだった。
理香さんは、良い家柄で、美人で、頭も良い、それは翔兄と同じ華やかな世界の住人。
同じ華やかな世界の住人同士が惹かれあうのは自然だ。
幼い頃、華やかな世界の住人の翔兄の側にいられたこと自体が、有り得ない事だったんだ。
「翔兄…」と一度呟くと…もう止められなかった。
「翔兄、翔兄…大好きなの。」
とうとう口に出てしまったが…「今更」と言って机に伏して、目を瞑り、なんにも考えたくなかった。
カタン
物が倒れた音と「にゃぁ~ん、にゃぁ~ん」と子猫の声が…お兄ちゃんの私物の中から聞こえてきた。
猫?
机に伏したまま、視線だけを鳴き声が聞こえる方向に移すと、黒いかたまりが見える。
「にゃぁ~んにゃぁ~ん」
黒い子猫?…ぁ…まさか…へ…平蔵?
机から頭を上げようとしたが、黒いかたまりが私の頭の上に乗ってきて上げられなくなってしまった。
「…えっ~?!」
黒いかたまりは小さな手で私の頭をポンと叩いて、机に移ると私の顔をペロリと舐めた。
「へ、平蔵?!平蔵なの?!!」
(そうだよ。)と言うように、黒い子猫は「にゃぁ~ん」と鳴くと、自分の顔を私の頬へとこすり付けてきた。その温かさとふわふわとした毛並みに、私はそっと手を伸ばし平蔵の頭を撫でた。
「おまえって…不思議な猫だね。こんな時に現れるなんて、慰めにきてくれたみたい。ありがとう。」
私の目にまた涙が零れ、その涙を平蔵は小さなピンクの舌で慰めるように舐めてくれる、それはまるで励ましているように思えて、私は心の中にまだ残っている思いを口にしていた。
「わたしね、平蔵があの雨の中…雨と泥で汚れた翔兄のズボンの裾に、にゃぁ…にゃぁ…と鳴きながら、尻尾を絡ませる様子が、まるで元気を出してと翔兄に言っているかのような姿を見て…思っていたの。」
そう言いながら、平蔵の温かい体を抱きしめ
「もしかして、私の心の声が聞こえていた?」
水色のガラスのような目で私を見つめる平蔵に
「おまえのように猫だったら、華やかな世界の住人じゃない私でも、翔兄のそばであの涙を拭ってあげられるのにと思った事を…。」
「にゃぁ~」
まるで返事をするタイミングのように鳴いた平蔵に、私は微笑むと
「短い時間だったけど、翔兄の側にいられたのは、おまえがくれた奇跡だったんだよね。願いを叶えてくれたんだよね…ありがとう。」
平蔵は、にゃぁ~と鳴くと、また私の顔に自分の顔をこすり付けてきた。
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