紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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サザーランド国の侵攻に震えあがったマールバラの国民は、エリザベスが君主となって治めて欲しいと望んだ。13年の間、バクルー王の治世が国民にようやく自我を芽生えさせたのに…また昔のように王一族への依存が深まってしまっていた。

おまけにバクルー王もエリザベスが君主としてやるというのなら、マールバラから手を引くと公の場で言ったことも大きかった。


だが、エリザベスは望んでいなかった。
13年前の内乱前に、コンウォール男爵と織物で国興しをやり始めていたが…うまくいかなければ、王一族が魔法でどうにかしてくれると、平然と言う貴族や国民にがっかりしてしまったことが、頭から離れないでいたからだった。



それに…。



そっと、エリザベスは自分の腹部に手をやり、王家の人間としてはいけないことかも知れないが…なによりもこの子をまた…マールバラ王家の悲しい歴史の中に入れたくなかった。 第二、第三のパメラが出てこないとは言えない。

サザーランド国も今回のことで、かなりの痛手を負い、マールバラにおける勢力もかなり削がれたいま、これから先は、いろいろ問題ありの御仁だが、バクルー王に治めてもらったほうが良いと思っていたのだが…マールバラの国民は、エリザベスが女王として国を治めてくれると信じ、国中お祭り騒ぎだった。その様子を知り、エリザベスは頭が痛かった…どうやって国民を納得させるか…とエリザベスのそんな思いをアークフリードは知らずにいた。

なぜなら、ふたりは話す暇がなかったのだ。

エリザベスは王位の問題で、バクルー王やマールバラ、バクルーの上位貴族たちとの話がつかなかった。

そしてアークフリードには、帰還命令が出ていた、

いくらエリザベスの母親が現ノーフォーク王の妹だったとはいえ、他国で戦いに及んだアークフリード、ライドそして、アークフリードの危機を知り駆けつけた騎士団員を、そのままマールバラに長居させるわけには行かず、パメラの魅了魔法が解け、ようやく事態を把握したノーフォーク王は、あたふたと帰還命令を出したのだ。





ノーフォークへの帰還が明日となっても、アークフリードはまだエリザベスとの思い出をすべて思い出してはいなかった。思い出したのは…幼い頃の思い出までだった。



ー俺の後を追いかけ
「アーク、アーク、もうノーフォークに帰るの?」と半泣きの顔。

舟遊びで腰が引けているくせに
「オクトの港町で、本当の船に乗りたい」と強気な顔。

プレゼントのペンダントを胸につけて、「ありがとう」と真っ赤な顔。


だがエリザベスの幼い頃の思い出の中に…が現れる。赤い髪、緑の瞳のが…いる。

ブランドン公爵の庭園で女性たちの笑い声。 あの声は…フランシスの声だ。そのフランシスの前で、身振り手振りを交えて話す……彼女が見える。赤い髪と緑の瞳の彼女が…。


いや、それだけではない。記憶の中のエリザベスの紫色に輝く髪が…揺れ動く紫の瞳が…いつしか赤い色の髪に…そして…瞳が紫色から緑色に変わることもあり、俺は…戸惑っていた。



アークフリードの複雑な思いを解決するすべを、エリザベスはもちろんだが…ライドもそしてコンォール夫妻も持っていたのだが…誰にも心の内を言わないアークフリードに誰も気がつかなかった。


運命はふたりの間に、マールバラとノーフォーク国という距離とすれ違う心という大きな距離をも作った。





アークフリードはノーフォーク国へ帰還した。
帰還して半月経ち、単調な日々が戻ってきた。帰還した当初は、他国との争いのため国を出奔したのだから何かしらの処分があると思っていたが、査問委員会からも特にお咎めなしだった。それはエリザベスやバクルー王から、助勢を求めたお礼の親書が来たというのが、大きな理由だったと言えるだろう。

本来なら、この温情にホッとするどころなのだが、だが、アークフリードの心の中に絡み合った思いが半月前と何一つ変わらないままだったことが、アークフリードの顔に笑顔が浮かばなかった。

それどころか、毎夜夢の中に、紫の髪と瞳のエリザベスと、赤い髪に緑の瞳の女性が現れ…同じように(アーク)と切なく呼び、その度にアークフリードの心は何かを感じるのだが、現実は半月たった今も答えを見つけられず、心も体も参っていた。


そんなある日の夜、天を覆して降る大雨の夜だった。

運命がどうする?…とアークフリードと投げかけるかように、二通の手紙がアークフリードを揺さぶった。



 一通はコンウォール男爵から、今夜お伺いしたいという手紙がきた。



今のアークフリードには、内乱後のエリザベスに繋がる事柄は記憶になかった…つまりコンウォール男爵は、ミーナ…いやエリザベスの育ての親という存在ではなく、貴族としては身分は低いが、ノーフォーク王国における大物の商人だった。

だから、なぜ?という疑問しか浮かばなかった。それもこんな大雨の夜に…。


その手紙を書斎に置き、椅子に深く腰掛けると…もう一通手紙を開いた。それはノーフォークのとある貴族からの手紙だった、たぶん夜会の招待状だろう。断るにしても見るしかないなぁとペーパーナイフを手に封を切ると…。


その手紙は…なんとバクルー王からだった。


雨の音が窓ガラスを叩く薄暗い部屋の中、たった一行のその文章は、アークフリードを荒れ狂う雨の中に放り込んだ。





 エリザベス王女は、マールバラ王国再建の為にバクルー王の俺と婚姻する事となった。と記されていた。

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