上 下
67 / 78

66

しおりを挟む
エリザベスは眼を覚ますと大きな声で泣き出し、コンウォール夫妻の名を呼んだ。
その時エリザベスの手に、白く柔らかい手が覆った。

「エリザベス様。」

コンウォール夫人の手だった、そして声だった。


エリザベスは両手を突き出し抱擁をねだった。コンウォール夫人は、エリザベスをしっかり抱きしめ
「私も主人も大丈夫です。ありがとうございます。エリザベス様。」

エリザベスは泣いたため掠れた声で、そしてすこし震えながら
「…ふたりとも…死ぬ覚悟だったのでしょう。私の前に立って、ジェラルドから私を守る為に、体を張って…なのに…治癒魔法を使うなって…言うんだもの…嫌よ。もう…両親を失うのを見るのは嫌です!」


コンウォール男爵は、部屋の前でエリザベスの声を聞いた。言葉が出なかった。部屋に入るつもりが、動けなかった。
ー私達夫婦を、親のように思って下さることは嬉しい。だが私はエリザベス様を守る為なら、また命を投げ出すだろう。


コンウォールは、扉を見つめていたがとうとう部屋に入ることが出来ず…踵を返した。






ジェラルドと言う男は、レジスタンス活動家と言っているが、本当は協力すればサザーランドの重鎮として迎えるという美味しい餌に釣られている小物だ。だが、あのバクルー王から、逃げてきたところを見ると、どうや ら悪運だけは、大物並みにあるらしい。
サーザーランド国の将軍は、嘲笑いながら目の前の男をそう評した。

「それでエリザベス王女は本物か?」

「間違いないです。治癒魔法を使い、かまいたちのようなつむじ風をおこしたり、すごい魔法でしたが…でも体調が悪かったのか倒れて…。」

「倒れたのか?」

「はい、真っ青な顔で倒れてしまったんですよ、でもおかげで命拾いしました。」

「体調が…悪いのか…」

「だから今なら王女を攫えますよ。それにあの王女は、コンウォール夫妻に懐いているから、あの夫妻を人質にとれば、言うことを聞かせることは簡単にできます。」



サザーランド国の将軍はこの男を信用はしていないが、この案は使えると思った。魔法を使って王国に結界を張り、数百年他国を寄せ付けなかったマールバラ王国、それがエリザベス王女の叔母パメラによって崩れた。あの時は魔法を持っていても、恨み、妬みは我々と同じかと笑ったが…まさかバクルー国が、裏で糸を引いているとは思っていなかった。あの時はやられたと臍を噛んだが、もうこれ以上、バクルー国の思い通りにさせられん。いずれ、バクルー国はこの大陸を手中に治め、海を隔てた我が国サザーランド国にも手を伸ばしてくるだろう。


それに…エリザベス王女の魔法は欲しい。ジェラルドの言う通りなら、やはり今だろう。今しかない。

「ジェラルド、おまえが逃走に使ったルートを使い、まず少人数潜り込ませ内部を撹乱し、本隊を突入させる。ジェラルド、案内せぇ!!」」


「はい!」






深く寝静まり返った王宮で、腹部に触れながら囁くエリザベスの声が響いた。

「やっぱり、あなたはここにいるのね。」


―胎盤が母親の血液から赤ちゃんの成長に必要な酸素と栄養を吸収するように、この子は私から魔力を取り込んでいるんだろう。だから…あの時魔力が枯渇して…倒れたんだ。
確かに治癒魔法は膨大な魔力を使うが…2回ほどの治癒魔法で魔力が枯渇なんてあり得ない。

魔力の枯渇は確かに…マズい。
ペンダントに入れたマールバラ王家が代々繋げてきた《王華》も手元にない。
これからの事をかんがえると、良い状況とは言えないだろう。


でも…エリザベスはまたそっとおなかに触れ


ーあなたがいる。

そして…。

枕元で私を見るコンウォール夫人に…今はこれだけで満足。


命さえあれば、次の機会を窺える。状況は押され気味だが、まだ負けたわけじゃない。
どう出るバクルー王。そしてジェラルドは逃げたと聞いた、サザーランド国が出てくるかもしれない。

アーク、今どの辺り?魔法が枯渇しているから探ることさえ出来ない…。

《王華》をもちろん待っている、でもそれ以上にあなたに会いたい。


そう思っていたら、また眠りに攫われてしまった。





コンウォール夫人は、小さな寝息を立て始めたエリザベスの額に掛かる髪を横に流しながら
ーこの方は、いつまでも子供ような純真な心と、勇しい君主の強さと、恋する女の艶やかさをお持ちだ…ぁ…それと…優しい母親の顔も…。
どの顔にも皆が心引かれ、この方を敬い、そして欲しがる。きっと魔法をお持ちでなかったとしても同じだろう。


コンウォール夫人は、エリザベスの額に手を翳し、熱が高いことに眉を顰めた。

冷やして方がいいと思い、部屋の扉に手を掛けた…ところが扉のノブに力を入れる前に外から引っ張られ、扉の外に飛び出したような状態になり、バランスを崩す寸前…大きく太い腕に抱きとめられた。


「飛んで火にいる夏の虫?自分から進んで災いの中に飛び込んでくるとは…」とその腕は言った。

コンウォール夫人は、顔を上げその顔を見た。

「あ、あなたは…?」

その男は、その場に合わない笑顔で

「私はサザーランドで将軍を拝命しておる、フリール。お初にお目にかかる、コンウォール男爵夫人。」



コンウォール夫人は…言葉を無くした、なんてこと…サザーランドまでが参戦してくるとは…恐かった、だが…負けられないとコンウォール夫人は、フリールを睨み、その腕から逃れようと体を捻りながら


「ここはエリザベス様のお部屋、無礼でしょう…どうぞお引取りを」


フリールは、腕の中のコンウォール夫人を囲う手を緩めたが…それは後ろの部下へ引き渡すためだった。

「悪いが、あなたとエリザベス王女は、サザーランドに来て頂く。」

コンウォール夫人は、叫び声を挙げるまもなく、猿轡をされ抱えあげられた。


フリールは、ゆっくりエリザベスのベットに近づき…

「ほぉ~。どれだけお疲れなんだ、眠っている。」と笑い、エリザベスに手を伸ばした。だが、その手は小さく白い手に弾かれた。


「触らないで」静かな声だったが、フリールは息を飲んだ。

「自分で起き上がれます。」そう言って、エリザベスは体を起こした。その時、扉近くで拘束されている、コンウォール夫人が眼に入ったのだろう、エリザベスはフリールを睨み

「コンウォール夫人にもしものことがあったら、ここを火の海にするわ。」


フリールは、頷くことしかできなかった、それほどエリザベスの迫力に飲まれていた。エリザベスはふらつく体を叱咤しながら、部屋の扉まできて…後ろを振り返った。そこには今まで寝ていたベットしかないのだが、エリザベスには…こちらに向かっているアークが見えた気がした。



ーアーク、あなたにもう会えないのだろうか…。

ゆっくりと踵を返し、扉へと向かったエリザベスだったが、その背に(エリザベス)と呼ぶアークの声が…した。

エリザベスはハッとして、もう一度振り返ったが、寝室の扉がゆっくりと、アークフリードとエリザベスを引き離すようにガタンという重い音をたてて閉まっていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...