紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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バクルー王と一緒に、コンウォール邸へと走る馬車の中で、ペンダントのことで頭が一杯なのに、バクルー王との腹の探りあいの会話をしなければならないことが、ひどくエリザベスを疲れさせていた。



その一瞬をバクルー王は、見逃さなかった。
馬車の中で、エリザベスはバクルー王に押し倒されたのだ。

「どうした、エリザベス?いやに元気がないなぁ…」そう言って、エリザベスの首筋に唇を寄せ、強く吸った。余りのおぞましさに…エリザベスは、動けなかった。

馬車の中でまさか、こんな暴挙に出られるとは思っていなかった、油断したことに、エリザベスは唇を噛んだ。

「ここで、おまえを奪おうとは思っていないが…だが、少しおまえを味わせてもらうつもりだ。」

エリザベスは大きく眼を見開いた…が、次第にその眼は、細められ…

「殺されたいのですか…」とぼそりと言った。そしてバクルー王の肩を押しながら

「私はあなたを殺すことに躊躇しません。」


バクルー王は、にやりと笑い…

「元気がでたようだなぁ…そのほうがおまえらしい。」


そう言って、エリザベスから離れ「楽しみは明後日までお預けだ」と笑い、コンウォール邸でエリザベスだけを降ろし、バクルー王は去っていった。



コンウォール邸に着いた途端…エリザベスは膝から崩れ落ちた。



ーそんな気もなかったくせに、あの男は…人を馬鹿にして…小娘扱いだ。
《王華》を、ペンダントを取り戻さなくては、これでは、負けてしまう。


眼を閉じ…王の魔法の気配を探った…。まだ移動している、マールはどこに行くつもりなのだろうか…。


どこかに止まってもらわないと…座標が定まらないと…私は飛べない。



不安だ…


マールからペンダントを取り戻せるのだろうか…。

一対一なら勝てる。だが、治癒魔法や再生魔法を何度も使った後でだったら…。
複数なら何人までなら…。そしてどのくらいこの体は持つのだろうか

目の前が揺れた、魔法はそれほど消費しているとは思っていなかったが、やはり、ふたりに魔法を使うということはかなり力を使ったんだ。 特にマールの眼は…潰れてなくなったのを再建したのだから、やはりかなりの量を消費したのかもしれない。


そう思った途端、意識が暗転した…。







マールは、忍び込んだ馬車の中で、うとうとして夢を見ていた…。

黒髪に、青い瞳の少年が、草むらからひょっこり顔を出し、
「ごめんね、驚いたんだね。」とそう言って、両手を掴んで立ち上がらせてくれて、足元にあった帽子を拾い

「君もおいでよ。エリザベスと年も近いみたいだし、きっと話が合うよ。」とにっこり笑った。


 ーい…いや、エリザベス様のペンダントを盗んだのから、会ったら殺される。



アークフリード様の黒い髪と、エリザベス様の金色の髪が、風に舞って一緒に混ざりあ靡いていた…。

エリザベス様の紫の瞳が、大きく見開きアークフリード様に何か話していた。
そして、アークフリード様の青い瞳が段々と細くなり、口元が微笑を作り、アークフリード様の眼が、口元の笑みが…エリザベス様を愛おしいと言っていた。


 ーあれは、あれは!!魅了魔法のせいだ、アークフリード様!気がついて!!



夢の中で叫ぶ自分の声で、眼が覚めた…。

馬車の中は、木箱が詰まれ、ところどころに野菜くずが落ちている。マールは野菜くずを拾い、狭い馬車の中を見渡した、眼が見えるのは13年ぶりだ…。

片方の眼はもう少し早かったら、手術で治ったかもしれないと言われた。

だが、そんな余裕などなかった…。生きていくだけで精一杯だった、


そして、潰れた眼は…どうにもなるわけもなかった。
このまま、盲いになるのかと思っていた。だから、ひと時の幸せを求めた。


ずっと会いたかった人に、エリザベス様だと偽って近づけば…愛されるかもしれないという、幸せを求めた。盲いになるのだからいいじゃないか、一度ぐらい夢を見ても…と


だが、眼は…エリザベス様の魔法で…。



なぜ…エリザベス様は、私の眼を治してくださったのだろう…。

あぁ、考えたくない、だって私には、もう選択ない。戻れば必ず罰せられる。逃げるしかない、そう逃げるしかないんだ。






行為のあとの気怠い身体を、ベットの上に投げ出し、パメラはひっそりと溜め息をついた。拒絶されたのに、縋り付き、嘘だとわかっていても、この男の睦言に心が騒めく…だがもう心が限界だ。

パメラは逞しい背中に言った。


「マールバラに行きたいの、連れて行ってくれない。」

パメラの申し出に、バクルー王は振り向き、本音を探るようにじっとパメラを見つめ…

「どうして、行きたいんだ。」

「久しぶりに、私が生まれ育った国に行きたいのよ。それに、エリザベスがすんなりとあなたの思い通りなるとは思えないわ。あの子を見張るのには、《王華》を持つ私が適任だと思うけど。」

「ふ~ん、まぁ、エリザベスを見張って貰うのならいいが…。」

バクルー王は含みのある言い方で答えた。



だがパメラは、気づかない振りをして、バクルー王に背中を向けた。




なにもかも…もう終わりにしたい。疲れた。
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