紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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エリザベスは落ち着いていた。
ノーフォーク王の祝福に、笑顔を見せ「ありがたきお言葉…」と言って綺麗な淑女の挨拶をした。



ーへぇ~。あの笑顔が本当だとは、これぽっちも思ってはいないが、見事に顔を作ったもんだ。
だが崩してやりたい。その笑顔…。



「ノーフォーク王、すこしミーナ嬢とふたりで話しても良いだろうか。」

「おおっ、これはすまない。バクルー王。」

バクルー王は、エリザベスに、にこやかに近づきその手をとって

「婚約者殿、これからのことを話をしたいのだが、よろしいか…。」

「私に、選択の余地はございますの?」と微笑んだエリザベスに「ないなぁ…」とバクルー王はニヤリと笑い、庭へと誘った。



エリザベスは、バクルー王がなにを言ってくるのか、ある程度予想していた、それは…出立の日にちを、早めることではないかということだった。

突然バクルー王が立ち止まった、エリザベスは訝しげな顔をしてバクルー王に顔を向けたら

「ようやく…こちらを見たなぁ」

どうやら、庭に着いたのに自分は、気がつかなかったらしい…この御仁の前で、ぼんやりだなんて命取りに なるところだ、エリザベスは、背中に冷たい物が走ったが、その素振りも見せず…花が綻ぶ様な笑顔を見せた。


そんなエリザベスの顔を見て…面白そうに眉をあげ

「余裕だなぁ」

「とんでもない…、バクルー王を前にして余裕なぞありません。」

「まぁいいさ、エリザベス。俺の手の内を見せてやる。まず、出立は明後日だ。 旧マールバラ王国で2日ほど滞在する…いまはバクルー国だがなぁ」

と言ってエリザベスの気持ちを逆撫でしようとしたが、予想していたことだ…エリザベスは、顔色ひとつ変えずに聞いていた。



そんなエリザベスに、つまらなそうに

「なんだ、予想していたのか…。」

「私が、マールバラ王国のエリザベスだと周知してもらう為の、イベントはしなくてはなりません。それならマールバラでやるのが一番効果的。」

「あぁ、紫の髪と瞳を見せれば一番早いんだが、でもちょっと迷っている。《王華》を持ったおまえには勝てないからなぁ。」

「まぁ、あなたが私を恐れていらっしゃるとは…」

「そりゃぁ、怖いさ。未知なるものは恐れの対象だ。」そういうと、バクルー王はニヤリと笑い。

「魔法は怖いさ。でも…大きな魔法を使えば…枯渇するんだろう。例えばこんなのはどうだろう…おまえの大切な人そうだなぁ…コンウォール夫人なんかどうだ。

夫人がおまえの目の前で、不 慮 の 事 故 なんかにあったら…おまえは治癒魔法、あるいは再生魔法を使うだろう。

話によると、瀕死の状態の人間を回復させるのには、かなりの魔法を消費するらしいなぁ。魔法を消費することで、体力、知力を落としたおまえは…ただの女だ…。あとはどうにでもなる。おいおい、そんな顔をして睨むな。例えばの話だ。まぁ今回、コンウォール夫人も同行するから、こんな話を聞いたら、気分が悪いよなぁ…悪かった。」


悪かったと言いながら、全然悪びれていている様子もないバクルー王に、エリザベスは…彼女らしからぬ、薄笑いを浮かべ…。

「そうですね、不慮の事故…そんなことが、バクルー王にも決して起こらないように、旅の無事を神仏に祈らなくては…。」

バクルー王は、エリザベスの返答に笑いながら

「おまえもそんな顔をして笑うんだ。やはり、おまえは生まれながらの君主だなぁ。」


そう言って、軽く手を上げ

「悪いなぁ。もっとおまえとの駆け引きを楽しみたいんだが…明後日の出立前にやらなくてはいけない野暮用があってなぁ、残念だが今日はこれまでだ。おまえのその余裕は、最初の一手はどうやら…もう打っていると言う事か…その一手、いつわかるのか楽しみだ。」


エリザベスは、バクルー王に笑みを浮かべ
「バクルー王のように、強引に敵を自分の土俵に引っ張り上げて、相手が落とし穴に、嵌るのを待つような一手ではございません。」



そう言って、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げ、腰を曲げて頭を深々と下げて、淑女の挨拶をした。

バクルー王は、じっとエリザベスを見ていたが、やがて大きな声で笑って去っていった。お辞儀をした頭をゆっくりと上げ、立ち去るバクルー王の背中を見つめ、コンウォールの母までも、使うつもりだったのか…と睨むように見ていたが、エリザベスは気持ちを切り替えるかのように頭を振った。



明後日までに、私もやらなくてはいけないことが…そう言うとエリザベスの姿はその場から消えていった。







突然、バクルー王がブランドン公爵家に、来訪したことにパメラは驚いた。

自分に近づくなと冷たくあしらわれ、あんなに気まずい形で、別れたのに…。
気にすることもなくやってきた男に、パメラはやはりこの男には、誠はなかったのだと改めて思った。
そう思うと…バクルー王の言葉が耳に入ってこなくなった。


「おい、どうしたんだ…パメラ?」とただの問いかけなのに、 睦言のような甘く優しい声で、バクルー王はパメラに言った。そして、ゆっくりと腰を引き寄せ

「昨日は悪かった。いろいろ考えていたものだから、酷い事を言ってしまった。 今夜はどうだ?ゆっくり楽しもうぜ。」


パメラは黙ってバクルー王の胸にもたれ、密かに笑った。

ー私は本当に愚かだ…。こんな偽りの優しさにも、縋ってしまう。
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