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ー傍らにあったぬくもりを腕の中に囲いこもうとした、だが…そこには何もなかった。
シーツにさえもぬくもりは残されていなった。

あれは…夢か…?彼女をこの腕に抱いたのは夢なのか?
「離さないで」と俺にしがみついたあの手は…小さな口から紡ぎだされたあの甘い言葉は….彼女の体の奥に、俺の心を刻み込んだと思っていた。彼女にはまだ、俺には言えないことがあるのだろうか。


アークフリードは、黒い髪の中に両手を入れ、うな垂れていたが傍らのシーツに眼をやり……そっと撫でた。

そこに愛する人がいるかのように…愛する人の素肌に愛撫するかのように。

だがその手に感じるのは、冷たいシーツと寂しさだった。




その頃、エリザベスは、部屋を出てから、コンウォール男爵に会っていた。


「バクルー王から、婚姻の話がありました。」

コンウォールは驚きに言葉が出なかった…さすがのコンウォールも予想していなかったんだろう。



そんなコンウォールを見て、

「うふふ…さすがのお父様も予想されていなかったんですね。」


この場面に、そして話の内容に、そぐわない笑い声を上げるエリザベスに、コンウォールは眉をあげ
「本当に…本当に笑っていらっしゃいますか?私には悲しく聞こえるのですが。なにかあったのでございますか?」


コンウォールの言葉づかいに、今度はエリザベスが驚いた。

「お父様こそ…。」

「晩餐会でエリザベス様に戻るお覚悟を、このコンウォールは感じましたが。 間違いではございませんよね。」



エリザベスは、緑色の眼を見開き…息を飲んだ。

ーもう…もう、この人を父と呼んではいけないということなの?



それは主従に戻ると言ってるのかと思うと、エリザベスは体が震えてきた。
コンウォールの後ろにいた妻も、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げ、腰を曲げて頭を深々と下げている。



エリザベスは、ぽろぽろと涙を流し始め、嫌だとばかりに大きく頭を振った。

「エリザベス様…」というコンウォールの呼びかけに、エリザベスはまた大きく頭を横に振ると 「嫌!嫌です。私は…」と言って、エリザベスは声が出なくなった。



7歳からだった…コンウォール男爵の子供になって13年。

実の両親マールバラ王夫妻もエリザベスを愛していた。
だが《王華》を持って生まれたということが、国を揺るがし、パメラに愚かな考えをおこさせるのではないかと、マールバラ王夫妻に大きな不安を抱かせた。そんな空気がエリザベスを早く大人にならなくてはと思わせたのかもしれない。だがまだ7歳だった、まだ両親の腕の中で甘えてもいい歳だったのに…。

親に上手に甘えるということができないまま……そしてあの日を迎えてしまった。

そんなエリザベスを自分たちの娘として接し、甘えさせたくれたコンウォール夫妻だった。







ー春の草原でのピクニック。

乗馬もあの時始めてやったんだ。オロオロとする母に、「大丈夫」と笑い、父と二人で草原を駆け回った。



夏の湖で。

父に泳ぎを教えてもらい、恐かった水と友達になれたことが嬉しくて、唇が紫色になっても泳いで母に叱られた。



秋の日。

厨房で母とパイ作ったが失敗した、でもその失敗したパイを「美味しい!」と少し震えながら食べていた父を母と笑った。



冬の庭での雪遊び。

雪だまを父に投げ、それがきっかけでコンウォール商会で働く人も、客も巻き込んでの雪合戦。


嫌…嫌だ…。今の私はあの13年があったから、マールバラ王国の悲劇を乗り越え、こうして生きているのだ。
この13年の中で幸せを教えてくれたコンウォールの両親がいたから…こうしていられるのに…。



だがそれは声として出てこなかった。なぜなら、臣下の礼をとるふたりに、今、何かが終わったことを感じたからだった。




ー背中を押してくれてる。

私はマールバラ王国の王女としての最後の仕事を…マールバラ男爵夫妻と一緒にやり遂げなくてはならない。


エリザベスは涙声だったが、しっかりと言った。

「長い間、本当にありがとうございました。私はおふたりのおかげで本当に、本当に幸せでした。」

そして深々と頭を下げた。涙が見事な絨毯の上に零れた。



だが顔を上げたときには
もう涙はなかった。……もうミーナはいなかった。



エリザベスは、視線を鋭くしてコンウォールを見て言った。
「コンウォール殿…バクルー王の狙いはノーフォーク王国、手を汚さず……」



エリザベスとコンウォール男爵は、何もなかったかのように今後のことを話し始めた。
コンウォールの妻は、そっと部屋を出て…そして声もあげずに、ただ涙を零した。



また…娘を失った瞬間だった。
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