上 下
35 / 78

34

しおりを挟む
バクルー王は、エリザベスからゆっくりと唇を離し、抱き寄せていた腰からも手を離した。


バクルー王は、小さく両手を挙げ、

「興味がない女でも、逆に、俺のことを死ぬほど嫌って、口汚く罵る様な女でも俺は抱ける。だが、口づけをしている時、感情のない眼を開けたまま口づけをする女には…さすがに勃つものも勃てないぜ。アークフリードの側で口づけでもしたら、いくらおまえでもその張り詰めた精神が切れると踏んだんだが…。」



エリザベスは右手の甲で、唇を拭いながら、

「たかが口づけのひとつで、私が崩れると思っていらしたとは……馬鹿馬鹿しい。」



バクルー王は、ふっと笑い…

「やっぱり、本物はいいなぁ。」と言って、エリザベスの顎に手をやり持ち上げたが、 緑の瞳が揺れてもいないことに、溜め息をついてエリザベスから手を離し、「でも、つまらん」と言っ て立ち去ろうとしたバクルー王が急に振り返った。

「そうそう、言い忘れてた。アークフリードには、おまえの代わりを用意した。

本当は、もうどうでも良かったんだが…俺がおまえを娶るまで、アークフリードには邪魔されたくないから、その間、違う方向を見てもらおうと相手を用意した。 13年前の戦乱の中で可哀想に眼を失い、記憶まで失った少女を拾ったんだ。でも金色の髪が麗しい少女でなぁ。いや、アークフリードがまさかと思うが、あの王女だと勘違いしなきゃいいのだが…なぁ。俺はあくまでも13年前のマールバラ王国で拾った少女だと言って紹介するが…」


と言って、にやりと笑うと

「その前に、自分で告白するか…私がエリザベスだと…。だが、アークフリードひとりを100人、1000人が狙えという命令は…まぁおまえ次第だということだ、覚えておくことだ。」

今度は、振り向きもせず、先ほどの晩餐会の居間へと行った。




エリザベスは、崩れそうになる膝を庭の楠にもたれて耐えた。
「今夜はもう部屋に戻ろう。あの御仁といると…疲れる」と呟いた。



エリザベスが使っている客間と晩餐会が催された居間は庭を挟んでいたから、このまま晩餐会の居間を通らずに部屋に戻ることも可能だった。



エリザベスは、客間に戻ろうと足を前に出したときだ…

「今度は…、誰と会うんだ。」と冷たい声が聞こえた。

「ぁ、アークフリード様…」


アークフリードはゆっくりと、エリザベスに近づいていった。
「ミーナ、君は何を隠してる?君がパメラと会っても、バクルー王と会っていても…君が俺を、いやノーフォーク王国を裏切るとは思えない。だがなぜ?なぜ…だ。バクルー王と…口づけを…していたんだ。」



エリザベスは、真っ青になった。
ー見られていたんだ…あれを…



彼女がバクルー王とテラスにいるのが見えた時、アークフリードはすぐにテラスに行こうとしたが、コンウォールに止められた。

「ミーナにお任せください。」

そう言ったコンウォール男爵の顔にもはっきりと不安の色が浮かんでいたが、それでも、もう一度言われた。
「どうか…今は…ご辛抱を。」

でも頷くことができず、テラスへと行った、だが、彼女はバクルー王に庭に連れて行かれた後だった。





庭の中、ようやく探し当てたときだ。
楠の大木の影で、バクルー王に口づけを受ける彼女がいた。

腰を抱かれ、大きな男が被さるように彼女に口づける様子は、情熱的で官能的だった。アークフリードは、わけがわからない怒りと哀しみで、体が石のように重くなり動けなかった…それほどショックだった。


―俺は自分を見失なっている…彼女を傷つけたいと思っている。
だから、言ってしまった。

嘲笑い、憎しみに満ちた眼を見せ
「君は国の為なら、どんな男にも体を差し出しても良いと思っているんだ。」…と



エリザベスは、目の前が真っ赤になった気がした、 思わす右手があがりアークフリードの頬に…だがその手はアークフリードの手に止められた、エリザベスは反対の左手を振り上げたが、その手もアークフリードに止められ、
エリザベスの両手はアークフリードの右手に一纏めにされた。



アークフリードはエリザベスの体を楠に押し当て
「…誰でもいいのなら…」と言って、エリザベスの顔に自分の顔を近づけてきた。


唇の上で熱い吐息を感じたエリザベスは、緑色の瞳を閉じて何も考えられなくなり、アークフリードの唇を受け入れていた。



愛している人の酷い言葉に、目の前が怒りで真っ赤になったのに…。彼の唇が、自分に触れていると思うだけで、エリザベスはただ心が震えた。彼の舌が咥内を動ごめき、彼女の舌を探り当てると強く吸い上げ、口づけは深くなっていった。



だが、突然、エリザベスは引き離され…そして見てしまったのだ。


 冷たく光る青い瞳を…。


エリザベスは首を横に細かく振り、部屋へと走っていった。







どうやって、部屋に戻ってきたのかわからなかった、 気がついたら扉の前で座り込んでいた。

ほんの数分前に、バクルー王に言った言葉が頭の中で繰り返し聞こえてくる。



『たかが口づけのひとつで、私が崩れると思っていらしたとは……馬鹿馬鹿しい。』



そう、たかが口づけひとつだ。なんてことはない…なんてことはない。と言って、エリザベスは声をあげて泣いた。







アークフリードは、彼女が泣きながら去っていって、ようやく自分のしたことに愕然とした。
「アークフリード?!、ミーナ嬢は見つかったか?」



ライドが後ろから声をかけた。だが反応のできなかった。

そんなアークフリードに訝しげ、彼の顔を見ようと前にまわった…ライドはアークフリードの顔を見て言葉が出てこなかった。



アークフリードの両肩を掴み「なにがあった!!」というライドに、アークフリードは呆然とした顔で

「バクルー王に口づけされる彼女を見て…あざ笑い……無理やり、ミーナ嬢に口づけた……」
とまだ言い終わらないうちにアークフリードはライドに殴られていた。



「コンウォール家で、男爵とミーナ嬢の話を聞いたろう。なぜ信じてやらん。あの毅然とした彼女が黙ってバクルー王の口づけを受けいれていたのなら、なにかあったと、なぜそう思わないんだ!!惚れているなら、信じてやれよ!俺は言ったはずだ、ここぞというとこで、間違えるなよ…と…このバカやろう。」




傷ついた左の口元を右手の中指で血を拭い、拭った指を見つめて、また口元に…いや…唇にその指を這わせた。

―嫉妬に汚れた冷たい口づけのはずだったが、こんなにも甘くせつないとは…



そう言ってかみ締めた口元から、またあらたな血が流れていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生ヒロインは悪役令嬢(♂)を攻略したい!!

弥生 真由
恋愛
 何事にも全力投球!猪突猛進であだ名は“うり坊”の女子高生、交通事故で死んだと思ったら、ドはまりしていた乙女ゲームのヒロインになっちゃった! せっかく購入から二日で全クリしちゃうくらい大好きな乙女ゲームの世界に来たんだから、ゲーム内で唯一攻略出来なかった悪役令嬢の親友を目指します!!  ……しかしなんと言うことでしょう、彼女が攻略したがっている悪役令嬢は本当は男だったのです! ※と、言うわけで百合じゃなくNLの完全コメディです!ご容赦ください^^;

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… 6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...