王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

3日目⑫

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必死で伸ばした手の前で、大きな水しぶきを上げ、ルシアン殿下が滝つぼへと体が沈んでゆく姿が見え、思わず唇を噛んだその瞬間、私は水面にたたきつけられ、その衝撃で目の前が真っ暗になった。


滝つぼの中では、水が渦巻いている。
落ちる水の勢いで下方への大きな流れが発生し、底に当たり上昇に転じ、水面近くに上がってきた流れは再び落ちる水の流れに吸い込まれ水はグルグル舞い、落ちた者は外に抜け出せずそして……溺れる。


だが…
その理屈に通りに死ぬわけには行かない!、ここでひとりで逝くわけには行かない!

頭に浮かんだ状況を抗うように、大きく腕を動かし水をかき上を目指した。
水面に顔を上げ、周りを見渡し、ルシアン殿下を探したが、だが、波紋が広がる滝つぼには、周りの木々から落ちた葉が、水面を覆っているだけで、ルシアン殿下の姿はない。


まだ、水中だ。


そう思ったら、体が震えた。


大丈夫、必ず…必ず…。


大きく息を吸い、また水中へと潜った。
落差約9m、幅10m、滝つぼの深さ3m。範囲は限られているんだ、きっと見つける。

だが…滝つぼの中は渦は、私の行く手を阻み、先にはなかなか行けない。



…ぁ…私はもうルシアン殿下のお側には…行けない?

嫌…。そんなのは嫌。


渦巻いて、私が先に行くことを拒む水の流れに、手を伸ばした…その手に



…当たった。



仮面……!


…ぁ…あ…見つけた!!



大きな体が渦に巻かれて、上へ上へと押し上げられてゆく姿が…。



後は覚えていない。
気がつけば、必死でルシアン殿下の体を陸へと上げていた。


「…背中は?…背中の傷は…」

そう口にしながら、ルシアン殿下の背中を見ると、その傷は皮のジャケットを着ていたおかげで、ルシアン殿下の皮膚を深く傷つけることはなかったようだった。

ほっと安堵の息を漏らした。 
「大丈夫だわ。良かった…。」

ルシアン殿下を仰向けにしながら
「背中の傷が大したことないです。…ルシアン殿下?」

仮面がない顔なのに…その顔色は真っ白に…

「ルシアン殿下?!ルシアン殿下!!」

ルシアン殿下の顎をあげ、吹き込む息が鼻から漏れ出さないようにつまみ、ルシアン殿下の口をおおうように密着させた。



落ち着け…。



約1秒かけて、ルシアン殿下の胸が上がるのが見てわかる程度の息を吹き込み、一旦口を離し、息が自然に吐き出されるのを待って、同様に2回目の吹き込み。

胸の真んなかに手の付け根を置き、もう片方の手を重ね、両手の指を組む。肘を伸ばし垂直に圧迫。

「こんなところで…終わらせない!」

何度、何度…息を吹き込み。
何度、何度…心臓を圧迫しただろう。

でも…

「ルシアン殿下!!」

目から、熱い物が溢れてきた。
「…お願い。お願いだから…帰ってきて。私のところに帰って来て。」

怖い。
このまま、この人を失ったら…私はどうやって生きて行けばいいのだろう。

このまま、私を置いて行くの?

愛してるって言ったくせに…。
離さないって言ったくせに…。

一緒に生きて行って欲しいって言ったくせに…!

広く逞しい胸に置いた手を動かしながら、私は叫んだ。
「ひとりしたら、許さないんだから!戻ってきて!ルシアン!!!」

涙が零れた。
ルシアン殿下の胸の上で、必死に動かしていた私の手に…

…ぁ…ぁ…

「…許さないんだから…。」

体重をかけ、ルシアン殿下の胸の真ん中を垂直に圧迫して
「ルシアンのバカ!ひとりにしたら、許さない!」


そう叫んだのに…私の唇は嗚咽を漏らし始めた。
必死で動かしていたのに…私の手は動きを止めた。

もう…

もう…

震えた。体中の血が凍って行くような気がした。

嫌…こんなの嫌だ。



震える私の手に…



ぁ…ぁ…
私の手に…

あぁ…
大きな手が重なった。


掠れた声が…途切れ途切れに…

「……よ…うやく…俺の名を…呼んだと…思ったら…ルシアン…のバカかよ…。」

「…バカ…です。私に盾になるなと言って、自分が盾になるなんてバカです!」

ルシアン殿下は気まずそうに
「…悪…かった。」

「…私をひとりにして…勝手に死んだら許さないんだから!」

今度は笑みを浮かべ
「悪かった…。」

「その余裕のある態度もムカつく!心配したんだから!すごく心配したんだから!」

ルシアン殿下の両頬を引っ張り
「これからは一緒にいて!私から離れないで!どこにでもついて行くから…。」


驚いた赤い瞳が大きく見開いた。

両頬を引っ張られて子供のようなあどけない顔で、私を見るその赤い瞳に微笑み、引っ張っていた両頬を優しく包み込み

「もう私…あなたをの側から離れたくないの。ルシアン…愛してる。」

私は微笑みながら、そして涙を零しながら、大きく見開く赤い瞳に唇を落とし、そして何か言おうとしている唇に、私はそっと唇で触れた。

大きな腕が私を包み込み、重なっていたルシアン殿下の唇が笑ったように緩むと、唇の上でルシアン殿下が私の名前を呼んだ。

「ロザリー…。」

私も…
「ルシアン。」

ルシアン殿下の唇が、また笑みを作った。


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