王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

3日目 ①

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…ぁ…?


澄み渡ったカン、カンカンカンという連続的な音で、私は眼を覚ました。

剣と剣とがぶつかり合う音だ。
すごい…。
手首の返しがすごい。

手首が細かに動いて発するその音の細やかさに、思わず飛び起きると…横から大きな手が私の腕を取った。


「気になるか?」

「…ぁ、はい。あの剣の使い手達は…ルシアン殿下や私のように、幼い頃から修行をした者ですね。かなりの使い手だと思います。特に…片方は…すごい。」


いったい誰だろう?

見たい。
その剣裁きを…
その剣の使い手も…誰なのか…

見たい。

ルシアン殿下に腕を取られていたが、窓を覗こうと体を捻ると、大きな手は私の腕から離れたが、すぐに私の体を後ろから抱きしめ、掠れた声でまた言われた。

「…気になるのか?」

「はぁ?」


意味が分からなかった。
寧ろなぜ、ルシアン殿下が気にならないのかが不思議だった。


「俺よりも…その剣の使い手が気になるか?」

「えっ?もちろん、気になりますよ。この町の兵士らは、ならず者がほどんどです。体は大きくて腕力はありそうですが、剣のほうは、お粗末な輩ばかりのこの町で、あのような剣裁きをする者は…おそらく貴族です。もしかしてナダル達を操る黒幕かもしれないんですよ。気になります!」

「…俺よりもか?」

そう言われたルシアン殿下の赤い瞳が、イラついているように見えた。

「ルシアン殿下?」

「…まだ…殿下というのか?」

「…な…にを…何をおっしゃっているのか…私にはわかりません。そんな事よりも、あの剣の使い手が誰だか知っておくほうが先だと思います。」

「そんな事?…それは…昨夜、初めて俺に抱かれ事も…。いつまでたっても、俺を殿下と呼び、主君と家臣という関係を崩さない事も…。そんな事という一括りの物の中に当てはまるのか?!」
 
「…えっ?…私は…」

言葉が出なかった。

そして…ルシアン殿下も何も言われず…ベットから立ち上がると私に背を向けたまま

「すまない。おまえの言う通りだ。今は俺を殺そうとする輩を一掃するほうが先だ。わかっているんだ。わかっているけれど、おまえのひとつひとつの言動に、時折たまらなくイラつくんだ。そしてイラつく自分に…より腹が立つ。こんな時に…すまない。」

ベットの下に落ちたシャツを羽織り、仮面をつけるとルシアン殿下は部屋を出ていかれた。

その間、私はなにも動けず、なにも言えなかった。

「どうして…どうして…こんなことに」

ようやく出てきた言葉は涙声。
頬を伝う涙を昨夜のように、大きな手が拭ってはくれない。

苦しくて、息がうまくできない体を抱きしめるのは、私の細い腕。
昨夜のように、安心できる腕はない。


【おまえのひとつひとつの言動に、時折たまらなくイラつくんだ。そしてイラつく自分に…より腹が立つ。】


昨夜、黒髪から僅かに覗く赤い瞳は…やはりイラついていたんだ。気のせいではなかった。

でも…
でも…
ルシアン殿下をイラつかせても、私の一番はルシアン殿下の命。

生きていてくだされば、例え…そう、例えルシアン殿下のたったひとりの妃になれなくても…結婚式が無くなっても…私の一番は!

涙を拭った。
拭ってくれる大きな手がないのなら、自分の手で拭えばいい。負けない。

胸に残る昨夜の跡を指先で触れ…また溢れ出した涙を、また自分の手で涙を拭い、私は窓から、剣の音がする下を覗いた。

潤んだ目ではなかなかその人物が誰なのか、わからず目を擦って…息を飲んだ。

あれは…あの男は…アストン。


カルヴィン・アストン。


まさか、ここで会うとは…僅か数カ月で、また強くなっている。


あの男が…ここにいるという事は、また敵側に回ったということか?!
より強くなったあの男と、ここ数カ月まともに剣を握っていなかった私では勝てない。


今度こそ…危ない。





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